<内容>
■東京財団「日本の水源林の危機」〜グローバル資本の参入から「森と水の循環」を守るには〜 序章より
■「水はだれのもの?」
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■東京財団「日本の水源林の危機」〜グローバル資本の参入から「森と水の循環」を守るには〜 序章より
数年前から、林業関係者から「日本の森林を中国資本が買いに入っているらしい」という話を聞くようになって、「森林をとられちゃったら、水も危なくなる」と心配していました。
その心配は、本当にすべき心配である--東京財団から届いた提言書「日本の水源林の危機」〜グローバル資本の参入から「森と水の循環」を守るには〜 を読んで、背筋が寒くなりつつ「早く対策を!」と強く思いました。
東京財団 提言書「日本の水源林の危機」〜グローバル資本の参入から「森と水の循環」を守るには〜
http://www.tkfd.or.jp/admin/files/2008-9.pdf
この提言書の序章を引用してご紹介したいと思います。水と森を巡るグローバルな動向と、日本や私たちの暮らしにも直接関わる動きをぜひ知って下さい。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
序 章 日本の森と水が狙われている〜水源林を守り、「森と水の循環」を維持せよ
グローバル資本による森林売買
グローバル資本による天然資源の買収が拡大している。米国の有力投資家たちは現地法人を通じ、ブラジル・アマゾン流域の森林を買収する。その森は生物多様性の観点から最も豊かな生態系を擁しており、しかも世界の肺ともいわれるエリアだが、そこを遺伝子組み替えの大豆畑にするのだという。
わが国でも、大手山林保有者が森林売買に積極的になりつつある。住友林業は2010年3月期までに最大20億円を投じ、森林買収を進め、所有森林を現在の25%増しの5万ヘクタールにまで増やす計画である。日本一の大地主、王子製紙も保有山林を手放さないでいる。アメリカの大手製紙会社のように山林売却を行わず、グループ全体で17万ヘクタールもの森林ストックを所有するまでになった。
トヨタ自動車も紀州の山林王「諸戸林産」の所有森林1600ヘクタールを買収した。「諸戸林産」の瀟酒な管理事務所の持ち主は、地元の名家からグローバル企業へと変わった。紀伊半島では、このほか和歌山、奈良の奥地森林において、二束三文の商い事例がつづく。
一方、2008年1月、紀伊半島の奥地水源林(三重県大台町)に中国資本が触手を伸ばした。ダム湖上流部に広がる森林を伐採し、そこで得た木材を名古屋港から中国へ輸送するという構想だ。しかし、仲介にあたった国内のバイヤーは地元自治体の慎重姿勢により計画半ばで断念し、新たな物件を求め、ターゲットを別のエリアへ移した。
同年6月、長野県天龍村でも同様の動きがあった。中国でも事業を展開するバイヤーが、東京から現地に足を運んだ。中国の木材需要や飲料水事情を、案内する森林組合職員に語りつつ、山を探した。
林業不振の中、スポンサーは不明だが同様の話が各地で聞かれる。
安価な林地の買収と乱開発
森林買収が進む原因は様々ある。我が国の場合、直接的には森林がいま不当に安いからだ。1ヘクタール(3,000坪)の林地の価格は用材林地(人工林)が55万円。薪炭林地(雑木林)は36万円だ(2008年3月末価格。財団法人日本不動産研究所による)。17年連続の下落で、昭和49年の水準より安い。立木価格も昭和55年以降、25年以上にわたって下がりつづけており、最安値を更新中である。
さらに、安い森林を購入後、皆伐し、非合法だが植林を放棄すれば、採算が見込める。したがって、買いたい人が途切れない。本来、50〜60年サイクルで伐採、植林を繰り返す現下の林業では、伐採後に植林、下刈、除伐が必須だが、現在の木材価格では、それらすべての森林管理を全うしようとすれば経営は成り立たない。しかし伐採後、これらの植林や手入れをしないことにすれば十分成り立つ。植林放棄をし、「後は野となれ山となれ」というわけだ。由々しき事態だが、そういう違反行為の荒技が各地で見られる。
徳島県の奥地森林もその一つだ。大面積皆伐がなされた跡地(林地)は、植林されることもなく、安価で転売に次ぐ転売が繰り返され、その所有者は地元とは全く縁遠い存在となっている。このことは各種統計には現れてこない。自治体の長による再造林の勧告もなされない。なぜなら、仮に勧告したとて、所有者には再造林のコストを負担できる経済力はなく、実質的に解決出来ないことがわかっているからだ。また、伐採後の林地では、前生樹の根系の腐食が進む一方、後継樹が成長し新たな根系が形成されていくが、両者の根系が産み出す土壌緊縛力(崩壊防止機能)の総和は伐採後およそ15年前後の時点で最小となり、防災上、最も危険な時期を迎える。このことはスギ、カラマツ、ブナですでに証明されており、しかも同県内の過去の大災害(木頭村での昭和51年台風17号災害)が物語っているのだが、奥地森林の買収と大規模植林放棄はなくならない。
水資源めあての森林買収
森林買収のさらなる動機は「水」である。中国や日本ではペットボトルの水に対する需要が急速に伸びており、特に中国では1997〜2004年の間に需要が4倍となり、年間消費量は26億ガロン(98億リットル)に達している。世界の需給が逼迫していく中、各国の水源地を確保しようとする動きが活発化している。この一連の動きとして、我が国の水源林に注目が集まる。
例えば、中部・九州地方では、経営不振の酒造会社やボトラーが、海外資本の買収ターゲットになっている。彼らがもつ地下水の取水口(森林含む)が魅力的だからだ。また、酒造メーカー側が経営不振で八方ふさがりになり、売り急いでいることもある。酒造メーカーの没落は著しく、ここ50年で酒類製造場の数は、全国で4,021軒(1955年)から1,887軒(2006年)と半分以下になった。地方経済の疲弊を象徴している。
いずれの買収劇でも共通しているのは、どのケースでも仲介者やダミー会社を多用する点にある。二重三重と介在・迂回させることにより、真の投資者を明らかにさせない。このような匿名性は、公的な資源管理上、何かと問題を惹起しやすい。地域住民の声が届けられず、また企業の存在が遠く、その活動が不明なままであることが少なくないからだ。
現在、水メジャーやウォータ-・バロンズ(水男爵)と呼ばれる大手水企業は、世界の水源地に注目し、利権を確保しようと買収活動を活発化させている。フランスのスエズ、ヴェオリア、独英のテームズ・ウォーター/RWEなどの企業である。ブルーゴールド(Blue Gold)―― 水は、大手の飲料メーカーや水関連企業にとって大いなる利権の対象となっている。異業種からの新規参入も盛んだ。世界の化学産業を代表するモンサント(米)は1999年から、世界最大の電気メーカーGE(米)も、2003年からウォーター・ビジネスに参入し、水源地の利権確保に余念がない。
林地および地下水保全のための制度の不備
こうした動向は、空気と水と安全はタダだと思ってきた日本人には驚異だ。2007年、アメリカ発のサブプライム・ローン危機は、こうした傾向に拍車をかけている。世界の投資マネーは天然資源や穀物へ流れ込み、水関連企業の動向も活況だ。投資信託でいうと世界のウォーターファンドは、2007年12月時点で27本。総額2,000億ドルを超える規模になっている。水資源事業への投資は世界的潮流となり、その結果、世界の大手水関連企業の過去20年間の株価は約30倍になっている。
ただし、成長産業に光の部分があれば、必ず影の部分も存在する。米国ミシガン州では、ネスレ社(スイス)傘下のペリエ社が出資する企業が、地域住民と水争いを演じている。住民側は「地下水の枯渇と地域の生態系攪乱」に対する疑念をもち、「水はいったい誰のものなのか」という論点を提起している。この訴訟は、地主と企業との「水売買契約」の以前に開催された住民説明会からはじまっているが、日本ではこういった事前の地元説明会さえ、開発ルール上は行う必要がない(国土利用計画法では1ヘクタール未満であれば、土地売買の届出さえ必要ない)。したがって、進出企業は住民が知らないうちに地下水目当ての水源地を手に入れ、大量取水を始めていくことができる。我が国における林地保全や地下水保全のための一連のルールはあまりに不備だと言わざるを得ない。
「森と水の循環」を守れ
このように、我が国の屋台骨ともいえる森林資源はいま、地方が疲弊し山村が放棄され、地価や木材価格が極端に下落するなかで、グローバルな買収の危機と隣り合わせにある。
古来、日本人は恵まれた自然環境の中で、世界にも類をみない自然と密接なかかわりをもつ文化を築きあげてきた。我が国の国土の実に67%を占める森林は、生物多様性の宝庫であり、大切な水源である。我々の祖先は代々「森と水の循環」とも呼べる自然の恵みの中で、コメを栽培して味噌汁などの発酵食品を食べ、魚にタンパク質を求める稲作漁撈の文化を築いてきた。日本の国土において採草地を含む林野面積が60%を下回ったことは無く、豊かな森林資源に支えられた「森と水の循環」こそが日本を日本たらしめてきた風土的基盤だといえる。
グローバルな市場経済のなか、短期的な利潤追求のために森林を無暗に手放し開発することは、そうした日本人が積み重ねてきた自然と共存する知恵や、豊かな水源に支えられた安全な暮らしを手放すことに繋がりかねない。自然を破壊し、森と水の循環が失われたとき、その社会や文明が滅びることは、グアテマラのマヤ文明、カンボジアのアンコール文明などに関する本プロジェクトでの環境考古学調査からも明らかだ。我々はいまこそ、縄文から続く日本文化の基盤であり、水源かん養や災害防備など様々な公益的機能をもつ森林資源の重要性を再認識し、守らなければならない。
水源林の売買・開発に関するルールの整備は、地下水と土地所有の関係という極めて複雑な問題を孕む。また、グローバルな市場経済において、貨幣換算されにくいローカルな知恵や文化をどう維持するか、さらには、森林資源の公益的機能維持のための国の関与と私権制限の問題をどう考えるかなど、いくつもの難しい本質的な課題を含んでいる。
しかし、あえていまこの問題を直視し現行の制度の不備を改善しなければ、この先10年、20年後には、日本の国土は、森林資源が持つ価値や公益的機能を無視した無原則な売買や開発によって荒廃してしまいかねない。
次章以下、地下水と水源林保全について論点を整理し、その上で、当面、早急に必要と考えられる具体的な政策について提案を行う。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用ここまで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
このあと、
第1章 国土保全における水源林の重要性
第2章 我が国の林業の概要 〜現在の水源林の問題に至った背景
コラム:森林管理に係わる主な法制度
第3章 水源林保全のための政策提言
おわりに 水源林が育む未来の社会
参考文献
とさらなる現状と提言が続いています。
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■「水はだれのもの?」
さらに同提言書より、引用させていただきながら、ふだんあまり考えてこなかった側面を見てみたいと思います。
○欧州大手の水メジャー(ウォーター・バロンズ)の上位3社が世界の水道市場の約8割を占有するという寡占化状態がグローバルな実態。
○水道事業の民営化で最も歴史があるのはフランスだ。1853年にリヨン市が水道事業を民間に委託(外部委託契約)してから150年以上になる。仏企業は様々な経営ノウハウや技術をもち、世銀など国際金融機関の資金を活用しつつ海外事業を積極的に展開している。水メジャーの最大手も仏企業である。シラク元大統領はミネラルウォーターの水源で有名なエビアンでサミットを開催するなど、特に水ビジネスに熱心だった。
○英国は1980年代のサッチャー政権下、10の水道公社が完全民営化を果たした。担う最大企業は、当初、国内企業(テームズ・ウォーター)であったが、2000年からは外資である。2000〜2005年はドイツの電力会社RWEが、その後はオーストラリアのマクガニー銀行が買収し、運営している。この他、スエズ(仏)をはじめとするフランスの企業が英国の水道事業を担っている。ただし、水質検査と機材の安全性監視は、英国の水道事業規制管理局(完全に独立した法人)が行っている。
○米国の水道事業の民営化は全体で3割程度。飲料水では15%を民間企業が供給しており、そのほとんどをフランスとドイツの大手水企業が買収している。数年前、米国大手石油業(オイルメジャー)が中国資本の買収ターゲットになった際には、米国議会が国を挙げて防衛に徹したが、水分野では同じ状況を許容している。
○一方、オランダでは水道事業の民営化そのものを違法とする法律を制定しているし、デンマークは2007年、水の売買や水道事業から利益を上げることを企業に対して禁止する法律を制定した。だが、こういった事例は世界ではむしろ例外的である。
○日本の水道事業は、自治体が公営事業として運営するのが当たり前という状況だったが、この慣例は2002年に崩れた。広島県三次市が民間業者のジャパン・ウォーター社(三菱商事と日本ヘルス工業の共同出資企業)に浄水場の運営業務を委託した。水道事業民営化の第1号である。その後の2006年には海外からの参入もはじまった。広島市と埼玉県の下水道処理場の運転・維持管理である。2007年には大牟田市(福岡県)と荒尾市(熊本県)の水道事業全般の運営権を海外資本が取得した。4自治体のいずれも受託したのはフランスの水メジャーであるヴェオリア・ウォーター・ジャパンだ。
○これに至る伏線は複数あった。1999年のPFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)の制定、2001年の水道法の改正、2003年の地方自治法の改正である。日本の水道事業は、これらの法制定によって国内外に開放されたのである。
○問題は、水メジャーたちの真の狙いである。少子化・高齢化で水需要が右肩下がりとなる我が国の水道事業なのに、なぜ魅力的なのか。一つは、維持管理だけとなった水道事業が莫大な利益をもたらすからである。我が国の生活用水の原価は6兆円(1立方メートル当たり400円)。対する上下水道の粗収入は10兆円。その差益は莫大なのである。加えて、増大する海外での飲料水需要によって、おいしい水、安全な水が将来、不足していくからだ。我が国の水は世界でも屈指のおいしさを誇る。そのためにも水源地とその後背森林である水源林を押さえておくことは将来の布石として有望なのである。
○米国は包括通商法の中にエクソン・フロリオ条項と呼ばれる、外国企業による米国企業支配を制限する条項をもち、安全保障上の問題があれば、外国企業による国内企業の買収にストップがかけられることとなっている。しかし、我が国にはそういった仕組みはない。
○地下水につながる水源林は、いわば国家の基本インフラなのだが、森林所有者は個人の経済的な理由だけで林地ごと手放す。そして、植林放棄が増加するなど、近年は管理水準が確実に低下している。その監視体制も自治体の合併などを契機にさらに手薄になっている。グローバル経済の拡大するいまこそ、水源林の所有と管理と費用負担のあり方について、問い直されなければならない。
詳細は同提言書を読んでいただければと思いますが、皆が知っておくべき、考えるべき現実は、
「国土のグローバル化」が急速に進展しつつあるなかで、日本には、総合的な地下水のかん養と利用について規定した法律はなく、林地や地下水保全のための制度も整っていない。たとえば、国土利用計画法では1ヘクタール未満であれば、土地売買の届出さえ必要ないため、進出企業は住民が知らないうちに地下水目当ての水源地を手に入れ、大量取水を始めることができてしまう、ということです。
ライフラインの「水」とそれを生み出す「森林」を守ることは、経済原理や市場だけに委ねるのではなく、国家安全保障上の重要項目として、国としてきちんと考えてしかるべき法制度やしくみを整えなくてはならない分野です。国のレベルでそういう認識や動きはあるのでしょうか?(もしご存じの方がいらしたらぜひ教えて下さい)
手遅れになる前に……。