7月15日に開催された第9回中長期ロードマップ小委員会に、スケジュールの関係で出席できなかった私は、以下の問題提起の資料を配付してもらいました。
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第9回中長期ロードマップ小委員会2010年7月15日枝廣淳子
スケジュールの関係上、どうしても出席できないため、ぜひご検討いただきたいことを書面にてお伝えすることをお許し下さい。
最近、エアコンやヒートポンプの省エネ効果や温暖化抑制効果に関する報道が散見されます。中長期ロードマップでは、これらが削減量の計算の重要な一部分を構成しているため、これらの疑義について、しっかりと確認・解明することが必須と思われます。
生活者にしても「高効率エアコンに買い替えを勧めているけど、本当にそれが温暖化対策になるの?」という疑問を払拭せずにお財布を開くことは難しく、政府の進める温暖化対策全般への不信感につながらないよう、きちんと対処することが大事だと思われます。
エアコンにまつわる次の3点について、関係者や専門家への調査等により、確認・解明およびロードマップでの扱いに関するロードマップ小委員会の見解の確立をお願いいたします。
(1)ヒートポンプの効率を測定する際の「爆風モード」の問題エアコンやエコキュートなどヒートポンプに関して、その性能をあらわすCOPの表示を高くするために、メーカー側は通常では使用しないような手法を使うことで、試験の場でだけ高い省エネ効果を示す数値を出している?
(2)エアコンの使用時間の過大な想定の問題7月7日に出された(独)産業技術総合研究所「ルームエアコンの使用実態に関する調査報告」では、「アンケートによる年間使用日数(居間)は、JIS規格の46%にとどまる(関東)」と報告されている。
(3)ヒートポンプの冷媒の漏れによる温暖化効果が大きいという問題6月24日付の朝日新聞の報道などで、冷媒フロンの回収率の低さ、回収の難しさが指摘されており、「漏れる率が変わらず、ヒートポンプ機器が増え続ければ、2020年にはヒートポンプによって削減されると予測されている量に匹敵する量が漏れる(CO2換算)」とのこと。
以上です。どうぞよろしくお願いいたします。
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この件について、詳しい方に話を聞きに行ってきました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜以下、取材でお聞きした内容〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
○2007年11月、省エネ家電を実生活で評価していた研究者が、「外気温35℃、室内気温27℃でエアコンをつけていると暴走し始める」ことに気がついた。
2008年に日本冷凍空調工業会が調べたところ、消費者がふつうの操作では押せないモード(隠しスイッチ)にすると、通常よりもかなり強い風量のモード(爆風モード)となることがわかった。風量が大きいとエネルギー効率がよくなるので、通常の使用状態ではありえないモードでエネルギー効率(省エネ性能)を測っていたことがわかった。
日本冷凍空調工業会の通達に、2009年秋には、どのメーカーも「変えた」とのこと。
○この爆風モードは、ユーザーが使えない条件で省エネ性能を測っていることが問題であり、また爆風モードでは風量が多いのでかなりの騒音が出るが、しかしカタログ上の騒音表示は、ユーザーが使う通常のモードで測ったものを掲載していたことも問題。
○エアコンは単純な原理で動く機械である。省エネ性能を上げるには通常、熱交換機を大型化することになる(入れるフロンの量も増えることになる)。ところが、この爆風モードをつけば、制御ソフトを替えるだけで、コストをかけずに性能を上げることができる。
○さかのぼると、2002年にいくつかの会社が爆風モードを見出し、性能評価時に使用することを始めたようだ。その後、業界の間に広がっていったらしく、2004年には、ほとんどすべての会社が、このいわゆる爆風モードを使って性能を測るようになっていたと考えられる。
○2006年に爆風モードをやめた2社がある。その中には、それまで省エネ大賞の常連だった企業もあるが、爆風モードをやめてから省エネ大賞は取れなくなったという。爆風モードをやめたメーカーは、爆風モードを使わずに省エネ性能を出すために、3〜3.5割、熱交換機を大きくし、その分使うフロンも増やしている。
○2009年にメーカー各社が「変えた」「直した」というのは、今まで隠していたものを表に出した、ということ。つまり、これまでユーザーが使えなかった隠しスイッチ(検定モード)を、若干風量を下げて「スーパー風量モード」「ワイド」などというスイッチとして外に出した。ユーザーが(ほとんど使わないが)使えるようにしたので、「隠しスイッチではない」ということだ。騒音値は、このスーパーやワイドのモードに合わせて表示するようになった。従って、実際にカタログ記載上の騒音値は以前に比べて大きくなっている。
○性能評価のあり方にも問題がある。エアコンは性能評価がしにくく、ノウハウが必要なため、そこからごまかしが生まれる余地があったともいえる。現在は、こういった評価は業界団体の試験センターが行っている。第三者の試験機関で行うべきだとして、試験センターの独立法人化への動きがある。
○エアコンの使用時間については、2009年夏、産総研と住環研が調査をしたところ、実際には、店頭表示で「買い替えると電力料金がこれだけオトクになります!」という表示の計算根拠に使われている使用時間の5分の1ほどしか使っていないことがわかった。
○店頭表示の「省エネ効果」を計算する際に「1日18時間」という使用時間が想定されている。これは「JISの数字」として根拠があるかのように使われてきたが、実際のJISでは、18時間という数字は、エアコンの期間効率を算出する際の「外気温や熱負荷の算出基準」として出されている数字であり、これを使用時間であるかのように利用したことが誤りである。
○使用時間が長いほど、省エネ効果は高くなるため、「買い替えれば電気代がこれだけオトク!」と店頭表示にインパクトを与えることが目的だったと思われる。
○2004年に電力調査会が家電使用実態調査をした際に、驚くほど使用時間が少ないことがわかっていた(今回の調査データとほぼ等しいものがすでに出ていた)。
○冷媒フロンの現在の回収率は3割以下で、あとは大気中に放出されていると考えられている。フロンは二酸化炭素の数百〜数万倍の温室効果を持つ。省エネ性能を上げるために、フロンの充填量を増やすと、それだけ大気中に出ていくフロンが増えることになる。これでは、温暖化を抑制するどころか温暖化を加速してしまうのではないか。
○今は省エネ性能ばかりを競って開発が進められているが、日本では空調をいつどのように使っているかを考えるべきではないか。たとえば、日本の夏を快適に過ごすためには、湿気をとるとことが大事だが、「湿気とり」は省エネ性能につながらないので、現在のエアコンの機能としては重視されていない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜取材でお聞きした内容、ここまで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
いろいろとお話をうかがっていて、いろいろなことを考えさせられました。
現在の「トップランナー方式」が、「機器単体の省エネ性能さえ高めればよい」というものだったら、それこそ「それぞれが個別最適化を進めることで全体最適が失われる」(全体像をみるシステム思考の欠如でよく起こる問題)ではないでしょうか?
トップランナー方式はこれまで日本のさまざまな機器のエネルギー効率の大きな改善の立役者だったと思いますが、「行き過ぎたトップランナー方式は害である」「個別最適化だけを推進するトップランナー方式は全体最適を損なう」という認識で、制度自体をしっかり見直すことも必要ではないでしょうか?(経産省でそういう動きがあるのでしょうか?)
また、実態とかけ離れた架空の数値で競争しても、だれの役にも立ちません。メーカーの技術者だって空しいでしょう。ユーザーが実際にどのような使い方をするかに合わせた性能評価をしてもらわなくては(ユーザーの使用実態はさまざまだということももっともですが、だからといって実態とかけ離れた一律的な基準で評価してもよい、ということにはならないでしょう)。
そもそも、空調の目的である「快適さ」のために実際に必要なのは何か? 上記にあるように、「湿気とり」を効率よくやって、快適にしてくれるエアコンを使いたいですよね?
もし実態調査で出ているように(実感としてもそうだと思いますが)、日本のエアコンの使われ方が、短時間・間欠的(つけっぱなしではなく、つけたり消したりする)であるなら、そういう使われ方をしたときに効率が上がるよう、エアコンを設計すべきですよね? そういう使われ方をしたときの効率をメーカーが競うようにすればよいのですよね?
それから、自動車であれば、使途に応じて軽自動車もあればワゴンもある、というように、エアコンも使用パターンごとに機種をつくるほうがよいのではないか?「1日中ほぼつけっぱなし」というパターンと、「朝起きたときと、夜帰ってきたときだけつける」パターンと、「年に1〜2回お客さんが来たときだけつける」(客間エアコン)場合と、それぞれ、「使用時の性能」と「廃棄時のフロン漏洩」の重みを考えてつくるべきではないか、と思うのです。
連日1日中使っているなら、多少フロンを多めに使っても使用時の性能アップに注力したほうがよいかもしれないけれど、ほとんど使わないエアコンだったら、それでも廃棄時にフロンが平均的に7割以上漏洩するリスクがあるのだとしたら、使用時の性能は多少犠牲にしても、フロンをあまり入れないエアコンのほうがよいのではないか?
今回のエアコンの「偽装」性能表示の問題は、単に「だれが悪いことをしたのか」「だれの責任か」だけではなく、より根本的な構造的な問題を示しているように思います。
非難すべき行為は非難しながら、構造的な問題(例えば、全体最適を考えたトップランナー方式へ改善するなど)にも目を向ける必要があると思いました。メーカーが偽装を含む無理をせざるをえなくなる構造があるとしたら、その構造が変わらない限り、本当の意味での問題解決にはならないからです。
そして、私が委員を務めている中長期ロードマップでは、こういったエアコンを含むヒートポンプ関連の機器の大量の買い替えを前提に、25%の数字を積み上げています。
「爆風モードによる性能の偽装表示」「使用時間の実態との乖離」「フロンの漏洩」が、この数字の積み上げにどのような影響を及ぼすのか、または及ぼさないのかを知る必要があります。という背景で、冒頭の問題提起を出したのでした。今日(8月6日)のロードマップ小委員会で、政府の見解が伝えられる予定です。
省エネエアコンは、エコポイントの対象商品として、これまでかなり売れましたよね。エコポイントは税金です。税金を使い、政府が「これは省エネ型です」とお墨付きを与えたものです。
「爆風モードを使っていなかったら、本当にエコポイント対象商品になっていたのかな?」「エコポイントがついているから、政府が推奨しているから、買い替えたけれど、本当に温暖化防止に役立ったのかな?」……
偽装があったとしたら、実態とどのくらい違っていたのか、どれぐらいが偽装によるかさ上げでエコポイント対象商品になっていたのか、エコポイントに税金を投入して買い替えを推奨してきた政府としてどのように考え、対処するのか、今後はどうしていくつもりか。
温暖化防止のために、できるだけできることをやりたいと思っている人々がたくさんいます。そういう人々の信頼を失わずに、本当に実効性のある温暖化対策を進めるために、今回の件にどのように向き合うのか――政府や業界団体の対応にしっかり注目していきましょう!
そして、これまでもそうですが、今後ますます「ヒートポンプは地球を救う!」的なスローガンや推進力が出てくるように思います。
ヒートポンプがどのように省エネ性能を高めるのか、それは実態に則した数値なのか、ヒートポンプに使われる冷媒フロンの漏洩についてはどう考えられているのか、それは「省エネ性能」の計算に含まれているのか、含まずに機器使用時の性能だけをうたっているのか、ヒートポンプの本当の「実力」はどうなのか――そのあたりもしっかり見ていきましょう。