エダヒロ・ライブラリーレスター・R・ブラウン
情報更新日:2005年05月26日
中国の地下水位の低下が、世界の食糧価格を押し上げる
レスター・R・ブラウン
1999年、北京の地下水位は2.5メートル低下した。1965年以来、北京の地下水位は約59メートルも低下しており、中国指導層に対して、国の帯水層枯渇につれて台頭するであろう水不足に警鐘を鳴らしている。
水文学的にみると、中国は、揚子江流域とその南に広がる多湿の南部と、揚子江以北の北部の二つに分かれる。7億人が住む南部には、国の3分の1の農地と5分の4の水を有しているが、一方、5億5000万人が住む北部には、国全体の3分の2の農地があるのに、水は5分の1だけである。北部の農地1ヘクタールあたりの水の量は、南部の8分の1しかない。
水の需要が供給を上回るにつれ、北部の地域は干上がりつつある。地下水位が低下し、井戸が枯れつつある。小川も干上がり、河川や湖沼も姿を消しつつある。上海の北から北京のずっと北にまで広がる華北平原は、中国の穀物収穫量の40%を生産している地域だが、その地下水位は毎年1.5メートルずつ低下しているのだ。
北部の農家は、帯水層の枯渇に加えて、都市用水や工業用水への転用によっても、灌漑用水を失いつつある。今から、中国人口が1億2600万人増えると考えられる2010年までの間に、中国都市部の水需要は500億立方メートルから800億立方メートルへと60%も増大するだろうと、世界銀行は予測している。その間に、工業用水の需要は1270億立法メートルから2060億立法メートルへ62%も増大するという。北部の大部分の地域では、この水需要の増大に対応するには、農業から灌漑用水を取り上げるしかない。
灌漑用水がどうなるか、ということは、そのまま中国の農業見通しに影響を与える。穀物収穫量のうち灌漑用地で生産されている割合は、米国では15%足らずだが、中国では70%近くある。
都市、工業、農業が水を取り合う状況でソロバンをはじけば、農業は不利である。中国では、1000トンの水を使って1トンの小麦を生産すると、およそ200ドルになる。同じ量の水を工業で用いれば、産出高を70倍にあたる14000 ドルも増大することができる。経済を成長させ、雇用を創出することが必須である国において、農業用水を工業用に転用する利点は明らかだ。
中国を流れる二大河川のうち北に位置する黄河の水も過剰に使われている。何千年もの間、絶えることなく流れ続けて中国文明を生み育んだ黄河は、 1972年にはじめて、約15日間海にたどりつけずに途中で干上がってしまった。その後1985年までは、断続的に断流したが、それ以降は、毎年断流するようになった。渇水となった1997年には、黄河は226日間も海にたどりつけなかったのである。
黄河は8つの省を流れて海に達しているが、1997年の大半の期間、8番目の省である広東省にすら達することができなかった。広東省は、国のトウモロコシの5分の1,小麦の7分の1を生産しており、米国にとってアイオワ州とカンザス州を併せた以上に重要な役割を中国で担っている。この広東省の灌漑用水の半分は、黄河から引いているが、この水供給が減少しつつあるということだ。灌漑用水のもう半分は、帯水層から汲み上げている地下水だが、こちらも年に 1.5メートルずつ地下水位が低下している。
川の上流で、工業用水や都市用水に引水される量が増えるほど、下流で使える水の量は減ってしまう。中国政府は、貧しい上流の省が開発用の水を引くためには、下流流域の農業は犠牲になってもよいと考えている。
黄河上流には、引水計画が何百もあるが、そのひとつに、内蒙古自治区の首都であるフフホトから水を運ぶ運河を建設するというプロジェクトがあり、 2003年に着手される。この運河ができれば、増大する都市用水の需要も、拡大する工業のための水需要も満たすことができるだろう。この地域では膨大な数の羊を飼っており、毛織物産業が非常に重要な工業となってきている。約400万の人口を抱える山西省の首都、太原は最近、水を配給制にしなくてはならなくなったが、ここに水を引くための運河も計画中だ。
このように、上流での取水量が増えれば、黄河が広東省まで流れなくなる日がくるかもしれない。そうなると、広東省では灌漑用水の約半分を失うことになる。すると、大量の穀物を輸入することになるだろう。米国の穀物に頼らざるをえなくなるということを考えると、中国政府の政治指導者たちは夜も眠れないほど不安になるだろう。
黄河流域のすぐ北には、海河流域が広がっている。大工業都市である北京と天津を擁し、1億人以上が住む地域である。この流域の水利用量は現在、年間550億立方メートルに達しているが、持続可能な供給量は240億立方メートルにすぎない。年間210億立方メートルずつ不足している水は、地下水を過剰に汲み上げることで補っている。しかし、いったん帯水層が枯渇してしまえば、地下水が自然に補給される量しか汲み上げることができなくなり、水供給量は40%近くも減ってしまうだろう。この地域の急速な都市化と工業発展を考えれば、2010年にはこの流域の灌漑農業は大部分が姿を消してしまい、生産性の低い降雨依存型農業に後戻りせざるを得なくなるだろう。
一方、中国では、経済は年に推定7%成長し、年に1200万人ずつ人口が増えており、穀物を飼料として生産する肉の消費量が増えているので、その穀物需要は今後とも増大し続けるだろう。水不足の深刻化によって主要生産地での穀物生産量が減少しつつある時期に需要の増大が続けば、中国はまたたくまに日本も抜いて、世界最大の穀物輸入国になるだろう。
水不足は水の利用効率を上げることで改善できるが、中国ではこれは必ずしもたやすいことではない。最近の政府の戦略文書によると、そのためには水の価格を「適切な」レベル、つまり市場価格に近いレベルに上げなくてはならない。しかし、水の値上げは、中国政府にとって大きな政治リスクをはらんでいる。中国国民が「水の値上げ」と聞いたら、米国人がガソリンの値上げを告げられた時のように反応するからだ。
最近決定されている政策を見ると、中国がどの方向に動こうとしているかがわかる。ひとつには、中国は公式に長年の「穀物の自給自足」方針を捨てた。自給自足を続けるために、1994年に思い切って約42%も穀物支持価格を引き上げたが、その後中国の指導者たちは、財政的な負担が大きすぎることを認め、穀物価格が世界市場の価格水準にまで下落してもよいと考えている。また、水を巡る競争において、都市と工業をまず優先し、農業は後回しにするとも言明している。
水不足に直面しているのは中国だけではない。インド、パキスタン、イラン、エジプト、メキシコ、その他数十にのぼる小さな国々も、水不足が深刻化しているために穀物を輸入しているか、輸入せざるを得なくなりつつある。しかし、13億人の人口を抱え、経済が急速に成長し、米国に対して400億ドルもの貿易黒字を有していることを考えれば、中国は一ヶ国だけで、世界の穀物市場を混乱させる要因になりうる。つまり、中国で地下水位が低下すれば、すぐに世界全体の食糧価格が上がることになるかもしれない。