第3回【エダヒロの振り返り】印象に残った発言と考えたこと(その2)
2018年1月 9日ゲスト・スピーカーお二人目、ジム・スキー氏のプレゼンテーションは、英国政府の「カーボンバジェット」(炭素予算)のしくみや、現状、課題について、とてもわかりやすく伝えてくれるものでした。日本政府もこうあってほしい!と思う、きちんとしたしくみを持っています。そして、「今のままではまだ足りない」ということをしっかり認識した上で、手を打とうとしています。
長期的なビジョン・目標を「この5年、次の5年どこまでやるの?」という中期計画に落とし込み、政策とその効果をきちんと計算して、積み上げ、不足分がどのくらいかを押さえたうえで、さらなる対策を考える――長期的な政策とはこのようにつくられ、実効を挙げていくのではないでしょうか。
ジム・スキー氏の説明の要旨を、説明資料(日本語仮訳)とともにお伝えします。
▼ジム・スキー氏の資料はこちらにあります。http://www.enecho.meti.go.jp/committee/studygroup/ene_situation/003/pdf/003_007.pdf
▼会合の動画はこちらからご覧いただけます。
(最初からお二人のプレゼンテーションまで)
https://www.youtube.com/watch?v=vCPH64V3bZk&feature=youtu.be
(自由討議)
https://www.youtube.com/watch?v=OdRTZBP29jg&feature=youtu.be
事実に基づいて、イギリスのエネルギー状況と2050年に向けてのエネルギー戦略について話をしたい。まず全体の法的な枠組み、そしてイギリス全体での気候変動の対策について、それから、後半では電力セクターに特にフォーカスをして話ししたい。
英国では、2008年に気候変動法が成立し、ほぼ10年の経験を積んできた。
気候変動法の最初に、「排出量について、2050年までに1990年のベースラインよりも少なくとも80%を下回るようにする」という、法的拘束力のある義務を政府に課している。法的拘束力があるというのは、「80%」という目標が法律に書かれていて、法律的な拘束力を持っているということ。
政府は、5年ごとにカーボンバジェットを設定しなければならない、2050年に向けて、どの時期においてもカーボンバジェットが3回分、つまり15年間分が法律になっている。
枠組みを示す。
まず、2050年の排出目標があり、そこへの道筋が「カーボンバジェット」で示される。私がメンバーを務めている気候変動委員会が、カーボンバジェットの提言を行うが、議会で議論をされて、議会で可決されなければならない。ツールキットとして、政府はカーボンバジェットを達成するための戦略・計画を導入しなければならない。
また、モニタリングの枠組みがある。気候変動委員会は毎年、議会に報告を行う。政府の進捗状況、カーボンバジェット達成の可能性について報告するので、堅牢な枠組みとなっている。
このように、温暖化政策が政治的にも大変重要視されて取り上げられるようになっている。この10年間に政権は変わっても、温暖化政策は政治的に重要視されるような仕組みである。
なぜ、「80%削減」という目標にしたのかを説明したい。
まず、気候変動委員会の提言が出された。出発点は、科学に基づいたグローバルな目標である。「気温上昇を2度ぐらいにとどめる」という目標だが、不確実性があるため、フィフティ・フィフティ(50-50)の可能性とされている。
これに基づいて、イギリスに見合った目標は何かを考えた。最もシンプルな考え方だが、「2050年において、1人当たりの排出量が世界の平均と同じでなければならない」というもの。世界人口とイギリスの人口に基づいて計算をすると、「80%削減しなければならない」となった。この根拠に基づいて、「80%削減」を目標としている。
イギリスの現状とカーボンバジェット、2050年までの道筋はこのようになっている。
左側の黒い線が1990年以降の実際の排出量。すでに36%(2014年)削減が進んでいる。右側にあるように、2050年に80%削減を目指している。
現在、第5次カーボンバジェットの案が出されて議論されている。これは、2028年から2032年までの5年間に対するもので、1990年比57%の削減を達成することになっている。
これまでのカーボンバジェットの経験について紹介する。第1次カーボンバジェット(2008年~2012年)は、1%ほど上回って達成した。現在は、第2次カーボンバジェットの終わりに近づいているが、バジェットを大幅に上回って達成することになりそうだ。
現在の予想では、第3次カーボンバジェットについても大幅に上回って達成するだろう。しかしながら、第4次・第5次カーボンバジェット、つまり、2020年代、2030年代には、かなり厳しくなるだろう。目標も野心的に高くなっている。全ての政策が実行され、そして第4次・第5次カーボンバジェットが実施されなければ達成できないような目標になっている。
このグラフの上の実線は、ベースライン=BAU(ビジネス・アズ・ユージュアル)の排出量の予想だ。一番下の点線が、最も低コストで2050年までに達成するというもの。この実線と点線の間は3つに分けられている。確実に目標を達成できるであろう政策が緑色。政策として少しリスクがあるものがオレンジ色、まだ完全にきちんと細かく立案されたものではなく、資金手当ても十分に進んでいないというものです。そして、赤が政策ギャップ。信号のように、目標をどの程度達成できるかを示している。
政府は、気候変動法のもとで、なんとしても目標を達成しなければならない。そのためのツールキットが与えられている。 つい先月(2017年10月)、英国政府は「クリーン成長戦略」を発表した。
これは、どのように第5次カーボンバジェットを達成すべきかを記したもので、以前の第4次カーボンバジェットをどのように達成するのかを示した「カーボン・プラン(炭素計画)」に取ってかわるもの。
この文書のタイトルは、以前の「炭素計画」から、「成長戦略」になっている。さまざまな政治的な意味合いが込められている。「戦略」という、より包括的な意味の込められた言葉が使われて、そして、「炭素」ではなくて「クリーン成長」という言葉が使われている。これは大変象徴的な変化である。
これまでのイギリスの進捗をG7と比べると、1990年から2015年には、ほぼ同じ水準だったが、イギリスの排出量は42%削減されているが、G7の排出量削減は、わずかなものにとどまっている。
重視すべき2つの要因がある。
特に1990年代にイギリスが排出量を削減できたのは、産業構造の変革があったためだ。特に鉄鋼業など、エネルギー集約型の業種の規模が縮小したことが大きい。2つめの要因は、1990年代に石炭火力からガス火力への切り替えが進んだこと。2008年の気候変動法の成立前に、かなり多くの排出量の削減が達成されていた。
政府の中心的な戦略であるクリーン成長戦略と、私もメンバーである気候変動委員会が費用対効果が高いと考えている道筋の比較がこのグラフだ。ほとんど同じだが、違いの1つは運輸分野で、気候変動委員会では、より早くEVへ移行していくだろうと見ている。また、電力分野では政府はより野心的な削減量を考えている。
政府では、長期的には「どれ一つとして確実な道筋はない」として、2030年に向けて3つの代替的な道筋を考えている。1つは、電化、EV化がより早く進んでいくかどうか。もう1つは、エネルギー・キャリアとしての水素をどのくらい使うか。最後に、CO2をCCSによって隔離・貯留すること。この3通りのシナリオのそれぞれを考えている。将来について詳細にはわからないので、いろいろなシナリオを考えておかなければならないからだ。
このように政府はクリーン成長戦略で定量化された政策を示しているが、それだけでは第4次・第5次のカーボンバジェットは達成できない。まだ赤信号が光っている状態だ。
しかし、政府では、「イノベーションによって新しい技術が出てくるであろう」と強く信じている。また、カーボンバジェットを上回って達成した分は次のカーボンバジェットに持ち越すことができ、先々のプレッシャーを軽減できるようになっている。
これまでの達成度合いを見ると、1次、2次、3次のカーボンバジェットでは、計画を大きく上回って達成したことがわかる。しかし第4次、第5次では、プラスの数字が示すように、バジェットの達成にはまだ足りない。1次、2次、3次の余剰分を累積ベースで繰り越していくと、第5次でも不足分を減らすことができるので、政府としてはこうした柔軟性のあるメカニズムを使っていきたいと考えている。
他方、気候変動委員会としてはこれからの検討になるが、個人的には、このような柔軟性は過度に使ってはいけないと提言したいし、おそらく、そう提言していくと思う。こういったことを委員会では何度かに分けて議論している。
このスライドで示すように、クリーン成長戦略の政策や提言があっても、まだ政策ギャップが残っている。先述したように、この戦略では、施策ギャップを埋めるためにイノベーションの役割を重視している。戦略には、適切なフレームワークをつくること、また民間部門がイノベーションを起こして新しい技術をさらに推進することが含まれている。
英国政府や公的部門も、研究・技術の開発に関して、この計画の中に入っている。2016年から2021年までに、約26億ポンドの計画。45%が基礎・応用開発、35%が技術開発、20%が技術の実証プロジェクトとなっている。
最後に、全体的な政策を示す。
このクリーン成長戦略に関して非常に優れている点は、非常に詳細な政策策定のタイムテーブルが出ていること。「いつまでに何を実現すべきか」というマイルストーンが明示されている。
次に、電力部門を見ていく。強力なメッセージは、「英国の電力部門は、現在かなり脱炭素を進めている」ということ。
1990年から2016年までの排出強度(推定)を見ると、1990年代に極めて大きな削減が起こっていることがわかる。石炭から天然ガスへの切り替えと、再生可能エネルギーへの投資が行われた。
部門別の電力消費を見ると、ピークは2005年ごろで、今は下がってきている。そして、電力部門の排出量(kWhあたりのCO2-グラム)を見ると、この3~5年の間に大きな減少が見られる。これは電力需要と、排出強度の組み合わせによるものだ。
これは、過去12カ月(2016年11月~2017年10月)の英国での発電状況を示している。英国全体の約50%がゼロカーボンになっている。排出強度は238g/kWhと、日本の半分。原子力が7.7ギガワット、ブルーが風力発電。黄色の太陽光と風力を合わせると、平均的に6ギガワットとなっている。バイオマスも比較的大きく、ゼロカーボンに貢献している。最も大きいのはガス発電。
もう一つ指摘したいのは、いちばん上にある石炭火力発電。英国では、すでに石炭からは手を引いている状況だ。その理由はいくつかある。1つは、炭素税。もう一つが、EUの大気に関する規制。「何時間」という稼働時間の制限が書かれているため、結局閉鎖しなくてはいけなかったという説明になる。英国の発電は、現在は「石炭フリー」であると言える。
経済性はどうかということで、こちらを見ていただきたい。
再生可能エネルギーに関しての要件のほとんどは、EUのエネルギー指令によるもの。再エネの高コストに関して懸念があったので、入札が行われている。最近の入札には、洋上風力発電が含まれていたが、57ポンドと平均的な卸売価格に近くなってきている。洋上風力も、2020年はじめには補助金ゼロの状態になるだろう。原子力発電よりもずっと安価になっている。
こうした取り組みの効果はあらわれ始めており、2017年6月には、再生可能エネルギーは需要の50%を満たした。これでも、供給に関するセキュリティを脅かすこともない。
しかし、課題もある。
複雑な図なので説明はしないが、インペリアル・カレッジの電気工学の同僚の研究で、再生可能エネルギーの増加が今後21世紀も続いたらどうなるのかを見ている。さまざまな再生可能エネルギーからの供給があり、消費者の需要がある。2015年の状況だが、紫のラインが正味の需要(ネットディマンド)を見ると、ピークが短めになってきて、そして急激な上昇・下落がある。多くの再エネが含まれているためだが、英国ではその対策として、さらにスマートなシステムへの進化が重視されている。需要と供給の間でよりよい組み合わせを見ていこうとするものだ。
イノベーションという点で、エネルギー部門は過去数十年の間は非常に緩やかだったが、最近は大きく加速してきている。
2つの要素を指摘したい。1つは、エネルギー業界でのイノベーションが増えてきたというより、エネルギー部門が非常に幅広いイノベーションや新テクノロジーを活用できるようになったということ。もう1つは、また、材料科学でも大きな進化が見られること。風力のブレードや太陽光のセルなど、非常に大きな前進が見られる。
システムとしては、スマートな未来へのシフトが起こる。
さまざまな発電がさまざまなレベルにおいて出てくるだろう。そして需要にも、もっと対応することができるようになっていくだろう。また、情報に関しても異なったレベルの情報が考えられる。
これまでは垂直統合型だった発電事業だが、現在英国では「アンバンドリング」(分割)が行われている。その意味で、配電や送電側のイノベーションの可能性が高まってきている。発電のみならず、そういったところでのイノベーションが可能になってきている。
エネルギー担当省のスマート・エネルギー計画を示す。
電力貯蔵を含むエネルギー技術についての刷新を見ており、これをメカニズムとして、さらにマーケットのバランスを図っていこうというもの。
また、消費者側についても出されている。
例えば、各世帯にスマートメーターを入れていく、スマート家電の標準を設定していく、相互運用性を確保する(シグナルがあれば即時冷蔵庫などが反応できるなど)。また、「自動運転電気自動車法案」は、スマート電気自動車の充電設備の整備案を含む。この自動運転車は非常に重要。気候変動の戦略や政策が非常に幅広い意味での技術変化にかかわっているため。その意味で、議会の法案は、自動と電力の両方を対象とすることになっている。
原子力についてもプレゼンテーションの中に入れてほしいという要望があったので、最後に触れたい。
英国では、自国の原発開発に関しては、市民の反応は必ずしも障害になっていない。既に原子力発電所がある地域では、コミュニティとして受け入れている。それには、社会的な理由がある。すでに何十年も存在しているということ、エンジニアも子どもたちを地元の学校に通わせており、コミュニティとしての信頼感が醸成されている。リスクに対しても、北欧には現在、化学プラントなども多くあり、原子力発電所に対する不安感が最も少ないとも言われている。
一般の人々の考え方については、カンタスの大学で、多くのインタビューが行われている。個別の技術に関してではなく、システム変更に関する姿勢を聞いている。必ずしも積極的に原子力を考えているわけではないが、それと共存していくということを渋々と了承している。英国での障害は、市民というより、ファイナンス側。長期的に資金を提供するのが、最大の障害だと言えるのではないか。
原子力発電に関しては、現在3つのプロジェクトが英国で進行中。私自身は、スコットランド出身なので追記したいが、スコットランドでは原子炉の新規建設の予定はない。
また、小型モジュール炉に対する関心が高まっている。より速やかに建てられ、それほど大きな資金を必要としない。現在3つ、4つほどの小型モジュール炉の取り組みがある。
最後に、一つだけ補足をしたい。
世界全体で21世紀に「ネット・ゼロエミッション」を実現するには、大気からCO2を外す必要がある。その意味では、CCSが役割を果たすべき。こういった技術は、全体的なポートフォリオの中で、「代替」ではなくて、「補完的なもの」として見ていく必要性がある。それが、野心的なパリ協定の目標を実現するために必要。
英国でも、より多くの市民が受け入れているのは、そういったことではないか。「代替」ではなく「補完」であるべき、というのを結びの言葉としたい。
~~~~~~~ここまで~~~~~~~
ジム・スキー氏への私の質問と回答です。
~~~~~~~ここから引用~~~~~~~
▼枝廣委員
ジム・スキーさんにも質問したかったので、ありがとうございます。ごく短く。
まず、英国で法律をつくって、ちゃんとカーボンバジェットをつくって、5年毎にきっちり数字を出して減らしているということ、非常にすばらしいと思います。
私たち日本の政府でも、こういった形でやらなくてはいけない。いろいろなことをやって、「その結果どれぐらい減ったかな?」ではなく、「これぐらい減らしていかないと最終点にいかない。そのためにどうしたらいいか?」というやり方をぜひ、思うので、お手本として聞かせていただきました。
質問は2つあります。
1つは、EUのCO2が減ってきた理由です。理由の1つは、物づくりを海外に移したという側面だと思います。日本も同じ課題があります。つまり、中国やほかの国で日本の消費者用のものをつくればつくるほど、日本や英国のCO2は減ります。しかし、世界全体で見たときに減っているわけではない。このように消費者が海外から輸入しているもののCO2をどう考えるか? これは日本にとっての課題でもあるので、お考えを聞きたい。
もう一つは、「民間のイノベーションのためのフレームワーク」という話がありました。いろいろな可能性を模索するために民間がイノベーションを進めていけるフレームワークをつくること、今の日本にとってもとても大事だと思っています。英国で具体的にどのようにフレームワークを準備されて、どういったところが効果があったのか? そのあたりを教えていただければと思います。
▼ジム・スキー氏
まず、海外に製造拠点が移っているということによるCO2のリーケージ(漏れ)についてですが、英国では、主要な生産に関して、海外での排出についてカーボンフットプリントを行っています。実際に取引をされているものに関しては、国際的な合意はありません。しかし、リード大学のグループが統計をつくっています。このリーケージは非常に大きな問題で、今委員会でも、メインのレポートとは別に、カーボンフットプリントについての報告書をつくっています。
次に、イノベーションのためのフレームワークに関してですが、カーボンバジェットのフレームワークでは、イノベーション政策とのつながりはそれほど強くないと思っています。カーボンバジェットは15年間という時間軸で考えていますが、ここでは、イノベーションの側面はあまり考慮されていないと思います。
再生可能エネルギーに関しては、学習によってコストが低減されるものが多いので、「試すことで価格を下げていく」ことで学ぶものがあります。唯一政策という形でかかわっているのはこの再エネぐらいです。長期的な戦略、基礎研究に関しては、政府の他のシステムで政策がつくられています。