7分後、7年後の自分が見えますか?目標を達成したいけれど、「時間がない!」「近道が見つからない!」「一人でがんばっても中途半端で終わってしまう......」とあきらめていませんか?毎日の小さな選択の積み重ねで、人生も環境問題も、ぐんぐん前進、解決できる!自分とじょうずにつきあいながら、もっと幸せな自分になる=「自分マネジメント」のヒントや刺激をご紹介します。
はじめに
あなたはいまハッピーでしょうか? だれもが心のどこかで「幸せ」を求めていると思います。私も「どうせ生きるなら、幸せな自分を生きたい」と思います。でも幸せって、だれかが外からポンと渡してくれるものじゃなくて、自分の内にあるものだと思うのです。
ヘンなたとえですが、同じお料理を見ても、おなかがすいているときと、おなかがいっぱいのときでは、わき上がってくる感じが違うでしょう? 同じように、同じ状況や同じ相手でも、自分の心の状態によって、感じる幸せや不幸せは違ってくるのだと思います。とすると、幸せは自分の外にあるのではなくて、自分の内にある。「腑に落ちる」というときの「腑」が幸せを感じる感覚器なんじゃないかなぁ、と私は思うのです。
そうすると、「あなたはいまハッピーでしょうか?」という問いは、「あなたはいまの自分やいまの状況やいまの対人関係が、どのくらい腑に落ちていますか?」という問いなのかもしれません。そして、幸いなことに「腑」というのはとても柔軟性のある感覚器で、「ああ、そうか」「そういう見方もあるのか」「確かにそうだなぁ」という気づきや経験が腑に落ちるごとに、新しい感じ方ができるようになります。
「7分後」のあなたは何をしているでしょうか? もし7分後、本書をぱらぱらとめくって、ふと気になったところから読みながら、「あ、なるほど。そういう見方もあるかもしれないな」と思えることがあったらうれしいな、と思います。ひとつでもふたつでも、本書に込めた私の思いや経験、ものの見方や考え方がご自分の「腑」に落ちるとき、幸せの扉をコンコンとノックしている音が聞こえるかもしれません。
そして「7年後」のあなたは幸せでしょうか? 「そんなこと、わかりっこないよ。どういう状況になっているか、わからないんだから」と思ったとしたら、それは自分の幸せを他人や自分以外の状況に預けてしまっているのかもしれません。自分で自分の手綱を握ることができれば、たとえどういう状況になっても「幸せな自分」「なりたい自分」「ありたい自分」でいられるはずだと思うのです。
本書でも紹介しますが、アメリカのイロコイ族というネイティブアメリカンには、「何をするにも七代後のことを考えなさい」という掟があるそうです。未来から現在を見ることは、特に環境問題を考えるうえで大切な視点です。同じ視点で自分の人生を見てみるために、私は「7年後の自分はどう思うだろうか?」とよく思うのです。何も大きな機転のときにかぎりません。たとえば、新しい分野の本の翻訳を頼まれたとき、新しい洋服がほしくなったとき、スーパーで買い物をするとき……場合によっては、「7ヶ月後」「7週間後」「7日後」を考えます。毎日のほんの小さな行動にだって、自分の思いや大事にしていることを一つひとつ反映できるのだと思います。そんなときは「7分後」の自分を想像するのも、けっこう楽しいものです。
私は二九歳のとき、当八ヶ月の娘と夫の留学についていくことになり、アメリカで二年間を過ごしました。この渡米前に「この二年間をどうやって過ごそうかなあ?」といろいろ考えました。それまで勤めていた会社は退職しての渡米になりますから、「この二年間をどう使うかが、そのあとの自分の人生を大きく変えるだろう」という予感はありました。そんななかで、「同時通訳になろう!」と突拍子もないことを思いついたのでした。当時の自分の英語力を考えればとんでもないことでした。話すのはもちろん、英語のテープを聴いてもほとんどよくわからない、という状態だったのですから。
突拍子もない夢には、現状の改善をいくら積み重ねてもたどり着けません。「日常会話ができるようになればいい」という分相応の目標ではなく、「同時通訳」という近隣の地図から飛び出した目標を立てたことが幸いしたのだ、とあとから思いました。「現在地」からどうやって進んでいくか?ではなく、「目的地」から逆にルートをたどる方法で、二年間で何をどう勉強すればいいのか、計画を作りました。
この「目的地から逆にルートをたどる方法」をバックキャスティング(backcasting)という、ということを知ったのは、実際に通訳者になって、環境セミナーの通訳をしていたときでした。「ああ、そうか! 私のあの二年間はバックキャスティングをして進んでいたのだ」と腑に落ちました。また、毎日の勉強をどのように効果的に積み重ねていくか、自分を飽きさせず、落ち込ませず、いちばんいい状態で勉強させるにはどうしたらいいか、という工夫を二年間つづけていたのですが、これは「マネジメントシステム」だったのだということも、やはり環境セミナーの通訳をしていたときに知ったのでした。
最近、ビジョンを実現するための「自分マネジメントシステム」をテーマとした講演依頼が増えてきました。自分にとって、とても大事なこの中核的テーマは、環境の分野に関わることで意識化し、言葉にすることができました。ほかにも、自分の関わっている環境分野から学んだことがたくさんあります。毎日の生活をラクにしてくれるちょっとした工夫や気づき、自分の考え方の角度をちょっと変えてみるきっかけなどがいっぱいあるので、とっても楽しいのです。
企業経営の世界では、learning organization(学習する組織)こそが競争の時代にも生き残れる、と言われていますが、私は人生を豊かに楽しく生きる秘訣は、learning person(学びつづける人)になることだと思っています。いつでも、なんでも、一歩でも半歩でも自分を自分の望む方向に進めるきっかけにできる人――これが私の言うlearning personです。自分の求める方向、自分を高める方向、自分がラクに生きられる方向に、自分で自分を導いていくことができる人です。
会社や家庭、電車の中やPTA、居酒屋などでのさまざまな経験や出会い、人の話や読書から、大事なことに気づいたり、ハッとしたり、「ああ、そうか」と腑に落ちたりすることがあります。それをただの「気づき」ですませずに、実際に応用してみる。気づいたことを次の機会に実行してみるのです。これをひとつずつ積み重ねていくことで、自分をはぐくみ育てることができます。
これが「自分マネジメント」だと思うのです。「マネジメント」というと、「管理」というぎゅうぎゅう縛り付けるイメージがあるかもしれませんが、私は「マネジメント」とは「一二〇%引き出し、活かすこと」だと思っています。「自分マネジメント」とは、自分を縛ったり叱咤して、本当はやりたくないことを自分にやらせるための手法ではなくて、自分とじょうずにつきあいながら、自分が気づいていなかったものも含めて、自分の持てる力や興味を一二〇%引き出し、すとんすとんと腑に落ちながら、幸せな自分として生きていくしくみやコツだと思うのです。
自分マネジメントのコツがわかればしめたものです。どんどんラクになります。ストレスもなくなってきます。やりたいことが次々と出てきて、ぐんぐん進めるためのアイディアや工夫が泉のように湧いてきます。
本書は、私が環境問題という分野で活動をするなかで、自分の腑に落ちたこと、自分をラクにしてくれる「自分マネジメント」のコツとして「使える!」と人生に応用してきたことを具体的に書いたものです。
私は大学で教育心理学を学びました。大学院では臨床心理学を専攻し、カウンセリングの理論と実践を積みました。このときの経験と知識が、大きな土台としていつも私を支えてくれています。自分が関わっている活動で実際に応用しながら、考えてきた心理学が本書の土台にもなっています。
そんな私の工夫や学びのあれこれが、何かのお役に立つのであればとてもうれしく思います。そしてご自分の「自分マネジメント術」を少しずつ作っていってください。マネジメントシステムの真髄は「継続的な改善」です。つまり、昨日よりも今日、今日よりも明日と、少しずつでも「よくなりつづけることができる」のです。自分マネジメントがちょっとでもできるようになれば、「将来の自分は、いまよりも自分の腑に落ちる自分、いまよりも幸せな自分になっている」と(将来の状況はわからなくても)断言することができるのです。
「7分後」に本書を楽しんで読んでくださっているといいなぁ、と思います。そしてそのページから、「7年後のもっと幸せな自分」への自分マネジメントのコツやヒントや刺激を得ていただくことができたら、これほどうれしいことはありません。
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あとがき
四年半ほどまえから「環境メールニュース」を出しています。通訳の現場や取材先、講演先などで聞いた「これはぜひ多くの人に知ってほしい!」という国内や世界の情報を届けたり、そんな情報にふれるなかで、自分で感じたり考えたことをエッセイ的に書いたりしています。
メールニュースで「いま・ここに一〇〇%いること」を書いたことがあります。そのとき、ある読者の方からこんなお返事をいただきました。
「あの『いま・ここに一〇〇%いること』はすごく心に響きました。それまでの私は、仕事をしていても別のことを考えていたり、子どもの相手をしていても仕事のことが気になったり、妻の話を聞いていても「早くメールのチェックがしたいのに」と思いながら、ただ相づちを打つような感じでした。そして、仕事も子どもや妻の相手も趣味も、心から楽しめずに、いつも『なんか違うはずだ。こんなはずじゃなかった』とイライラしていました。
でも『いま・ここに一〇〇%いよう』と心がけるようになったら、ずいぶん自分が変わってきました。仕事をしているときは、あとで仕事のことを考えなくてもいいよう、そのときに一生懸命やります。子どもや妻の相手もそうです。そう思えば、できるんですね。そのときそのとき、目の前の仕事や相手に一〇〇%向き合うように気をつけるようになったら、仕事も家族との時間も楽しくなってきました。そして、あとは心おきなく自分の時間を一〇〇%楽しめます。これまでに比べて、充実感のある時間が増えました」。
ああ、うれしいなぁ!と思いました。私が環境に関わる活動をするなかで、本当にこれは大事だと思ったことを、同じように大事だと思ってくれて、その気づきを「本の上での気づき」に終わらせずに、実践してご自分の腑に落ちる体験にしてくださっている――情報や思いを発信している立場として、冥利に尽きるとはこのことです。
本書を読んでくださったなかで、ひとつでもふたつでも「!」と思うところがあったらうれしいなあ、七年後のご自分に向けて活かしてもらえたら幸せだなあ、と思います。
環境問題に関わるようになって一〇年ほどになります。私は環境問題の特定分野の専門家ではありません。「どうやって伝えるか」「どうやって自分に関わる問題として理解してもらうか」「どうやって行動につなげるか」という環境コミュニケーションが私のいちばんの関心事であり、カウンセリングや通訳・翻訳といった自分のこれまでの経験を活かせると思っています。私がこれまでやってきたことはすべて「伝えること・つなげること」。その知識と経験を使って、「一人ひとりの思いをつないで大きなうねりにしていくこと、同時に、自分の心や地域や地球とのつながりを取り戻すこと」を促せたら、と思っています。これこそが、環境問題やそのほかの社会問題を解決するための鍵を握っていると信じているからです。
心理学とは「つながりの学問」だと思っています。私たちと将来世代が直面している環境問題の解決のために、心理学をもっと勉強して活かしていきたい、と思っています。本書も、日常生活で「エコと心理学」を融合するひとつの試みでもあります。よろしかったらご意見やご感想をお聞かせ下さい。
本書を書くにあたって、たくさんの方々のご支援やご協力をいただきました。メールニュースの読者のみなさん、いつも読んでくださって、ときどき感想や情報を寄せてくださって、ありがとうございます。ニュースを出すたび、フィードバックをいただくたび、一歩ずつ新しい世界を進んでいくような気がしています。本書に登場してくださった田中優さん、新田由憲・みゆきさん、日本の今後の大きな鍵を握っている自然エネルギーに関するデータを提供・チェックしてくださった飯田哲也さん、本当にありがとうございました。
朝日新聞社書籍編集部の岡恵里さんがある講演会場でお声をかけてくださったことから、本書が誕生しました。「枝廣さんの生き方のしなやかさと強さを伝えたい」と私以上に私のことをわかって、決してせかさず丁寧に進めてくださった村野美希さん、ありがとうございました。
そして、本書に素敵なイラストを書いてくださったこじまさとみさん。いつだったか、ご自分で出していらっしゃるフリーペーパーに私のメールニュースを引用したい、とメールをくださいました。送ってくださったフリーペーパーには、心に語りかけてくるような不思議な魅力のイラストが描かれていて、私はそれをずっと大切に持っていたのです。本書の話が進むなかで「ぜひこの方にイラストをお願いしたい」とお願いし、実現しました。とってもうれしいです。メールニュースなどを通じて、私の思いや考えをよくわかってくださっている方々といっしょに本書を出すことができて、とっても幸せです。
人間っていいなあ!と思います。自分の心で感じることができる。自分の頭で考えることができる。そして、自分の行動を選ぶことができる。どういう自分でいたいか、どういう自分になりたいか、描くことができる。自分の感じ方や考え方、行動を変えることができる。
「7分後も、7年後も幸せな自分へ」――その鍵はすべて自分のなかにあるのです。
二〇〇四年
枝廣淳子