温暖化の次のテーマともいわれる「生物多様性」について、その現状と内外の動向を解説し、企業がどのように考え、取り組めばよいかを伝えます。「生物多様性」がビジネスのリスクにもチャンスにもなる時代に、先手を打ってリスクを回避し、ビジネスチャンスを見出していくためにぜひ!
はじめに
「ネスレ・ウォーターズ、世界で年間10億本販売している天然ミネラル水『ヴィッ
テル』ブランドを失う?」
「小売大手のホーム・デポ、消費者からの突き上げでブランド・イメージの危機」
「鉄道会社ユニオン・パシフィック、国有林で起こした山火事に対し、今までで
は考えられないほど莫大な損害賠償支払いへ」
「JP モルガン・チェースからの融資引き揚げの危機」
「ウォルマートとの取引が継続できない?」
「石油会社シェブロンの錬金術、ルイジアナに放置していた2800ヘクタールの採
掘跡地を1億5000 万ドル以上の価値に」
このような実例が、世界のあちこちで増えつつあります。経済や企業の競争力を
定義するルールが変わり始めていることを感じませんか?
社会はその時代において、何か「大切にすべきもの」が明らかになると、ルール
を変えることによってそれを守ろうとします。
たとえば、温暖化対策の動きがそうです。「安定した気候」という、これまで当
然と思っていたものが脅かされるようになった今、それを守るために、気候を不
安定にする二酸化炭素などの温室効果ガスに対して、規制をしたり、二酸化炭素
に価格をつける排出量取引や炭素税などのルールをつくり出したりして、その排
出を削減しようとしているのです。
冒頭にあげたいくつもの例は、社会が何を守ろうと動き出したことを示している
のでしょうか?
「生物多様性」です。フェアトレードや有機栽培の農作物への関心を高め、購入
する消費者が増えていること、経団連が「生物多様性宣言」を出したこと、環境
省が「生物多様性民間参画ガイドライン」を出したこと、日本でも海外でもさま
ざまな企業が、「温暖化の次のテーマだ」と言わんばかりに、生物多様性への取
り組みを展開し始めていること──。こうしたことからもわかるように、社会は
生物多様性を守ろうと動き出しているのです。
しかし、「生物多様性」とは何でしょうか?
「とてもわかりにくい」
「経営層や一般社員になかなか伝えられない」
「自然は大事だとは思うが、それと生物多様性は何が違うのか?」
「なぜ企業が生物多様性に取り組まなくてはならないのか、実感が湧かない」
たしかに、生物多様性はわかりにくいものかもしれません。「こういうことです」
とは一言で説明できず、温暖化のようにそのメカニズムを図示したり、二酸化炭
素排出量という単一の指標(いうなれば仮想敵)を設けたりすることができませ
んから。
しかし、社会は今、「生物多様性」が失われることのリスクを感知し始め、対応
をとり始めています。日本ではまだ、その動きはあまり目立ったものになってい
ませんが、グローバル経済に連なる国として、生物多様性がビジネスのリスクに
もなり、チャンスにもなる時代が、すぐそこまでやってきています。
温暖化への対応でも同じですが、社会が察知した問題に対する新しいルールが生
まれるたびに、先手を打ってビジネスチャンスを見いだしていく企業と、後手に
回り、大きなコストを払って他者がつくったルールに従わなくてはならなくなり、
ビジネスの存続すら危うくなる企業とが明白に分かれていきます。生物多様性に
対しても、企業の反応や対応は大きく分かれていくでしょう。それが次の時代に
「生き残れる企業」と「生き残れない企業」を決する1つの分岐点にもなってい
くことでしょう。
・生物多様性とは何か?
・なぜ今、社会の関心が高まり、新しいルールが生まれつつあるのか?
・世界の生物多様性の現状と見通しはどうなっているのか?
・企業にとって、生物多様性はどのようなリスクとチャンスをもたらし得るのか?
・先手を打ち始めた企業は、どのような枠組みを用い、取り組みを始めているのか?
本書では、自然保護に関心があってもなくても、企業にとって、そしてビジネス
・パーソンにとって、これから目をつぶることのできない取り組み領域となって
くる生物多様性について、企業の立場からわかりやすく解説しました。
執筆にあたり、世界資源研究所(WRI)のジョン・フィンドモア氏をはじめ、第7
章でご紹介した各企業の方々に、具体的な取り組み事例をご提供いただきました
ことを感謝いたします。また、ステキな本に仕上げてくださった技術評論社の佐
藤民子さん、編集全般をサポートしてくれた小島和子さん、ありがとうございま
した。
本書が、すべての人々の生物多様性の理解に役立ち、先見の明とビジョンを持っ
た企業を次の時代の成功者として後押しすることを願っています。
2009 年10 月
枝廣淳子・小田理一郎