「レジリエンス」とは、強い風にも重い雪にも、ぽきっと折れることなく、しなってまた元の姿に戻る竹のように、「何かあっても立ち直れる力」のこと。私はよく「しなやかな強さ」と訳します。
レジリエンスの入門書である本書では、もともと生態系と心理学の分野で発展してきたレジリエンスの考え方や、そこから教育、防災や地域づくり、温暖化対策など、さまざまな分野で広がる取り組みをみていき、人生と暮らしのレジリエンスを高めるための考え方を紹介します。
先の見えない激動の時代をたくましく、しなやかに強く生き抜いていくためには、ひとり一人も家庭も、組織も、地域も社会も、レジリエンスの強化を考え、実行していくことがとても大事です。
持続可能性と幸せにつながるレジリエンスを高めるために、本書がお役に立つことを心から願っています。
まえがきより
もともとは物理用語のひとつだった「レジリエンス」という言葉が、「外的な衝撃にも、ぽきっと折れてしまわず、しなやかに立ち直る強さ」という概念として、さまざまな分野で使われるようになったのは、それほど昔のことではありません。
しなやかな強さという意味での「レジリエンス」の概念は、生態系の分野と心理学の分野でそれぞれ発展してきました。今ではそれらが重ね合うような広がりをもって、教育、子育て、防災、地域づくり、温暖化対策など、さまざまな分野で使われるようになっており、数多くの「レジリエンス向上」のための取り組みが展開されています。
レジリエンスの入門書である本書では、生態系と心理学の分野のそれぞれで、レジリエンスという考え方がどのように生まれてきたのか、そこから広がって、教育、防災や地域づくり、温暖化対策などのさまざまな分野で、どのようなレジリエンスへの取り組みが進められているのかを見ていきます。英国や米国、オーストラリアなどでは、日本では考えられないほど、国としてレジリエンス強化に力を入れて取り組んでいるようすがわかっていただけると思います。
日本でも最近、政府の「国土強靱化」(ナショナル・レジリエンス)の取り組みなど、「レジリエンス」という言葉を聞くようになってきました。「国土強靱化」というと、国をコンクリートや堤防でがっちり固めるようなイメージもありますが、レジリエンスとは、ハード面を強固なものにすることではありません(強固すぎるとレジリエンスは失われます)。
東日本大震災でも、「東洋一の堤防」などハード面を強固なものにしたことで、「大丈夫」と安心していたところ、それが決壊して大惨事につながった地域もあります。逆に、「かつてここまで津波が来たから、この下には家を建てないように」という石碑の教えを守り続けて、全員の人命を守った地域もあります。本当のレジリエンスとは何なのか、どういった要素からつくり出すことができるのかを見ていきましょう。
また、米国などで盛んになりつつある、企業向けの「レジリエンス研修」が日本にも紹介されるようになってきました。しかし、「折れない社員をつくる」、つまり社員のレジリエンスを高めるとは、どんな過酷な状況下でも会社のために働き続ける人をつくるためのものではありません。同様に、いじめに対して、本人のレジリエンスを高めて、いじめられてもめげない強さを培うことも大事でしょうが、いじめが起きる環境をそのままにして、本人のめげない力を高めることで解決しようという取り組みは、自己責任論につながるだけで、真の問題解決にはなりません。
このように「レジリエンス」という言葉が日本でも使われるようになってきた現在、十分に理解されていないと感じるのは、「レジリエンスとは、システムの特性である」ということです(1)。システムとは、さまざまな要素が互いにつながったり影響を与え合ったりして、全体として何らかの営みをしたり機能したりしているものです。レジリエンスとは、個別の要素の特性ではなく、そういった要素がつながってできているシステムの特性のひとつなのです。組織のレジリエンスを高めたいのであれば、「社員のレジリエンスを高めればよい」と考えるのではなく、社員も経営陣をはじめとする内外のさまざまな環境・動機・行動など、さまざまな要素から成り立っている「組織」という「システム」のレジリエンスを高めるアプローチを考えなくてはなりません。システム思考の第一人者のドネラ・メドウズ氏が言うように、「従業員がうまくいっていないのに、会社はうまくいくということは不可能」なのです。
のちに紹介するオーストラリア政府の「レジリエンス教育」プログラムは、日本と同じ悩みである、いじめ問題への対処として立ち上げられたものですが、その内容は、単にいじめられている子やいじめている子だけではなく、ほかの子どもたちも含めたクラス全体、教師、学校、地域などからなる、「システム」への働きかけを重視するものです。完璧ではないでしょうが、よいお手本のひとつになると思います。
今後の不確実で不安定な世界に生きていく上で、個人にとっても組織や地域、社会にとっても、「レジリエンス」は、大事な考え方であり、日本でもさまざまな分野で取り組みが広がってほしいと強く願っています。その際に、「レジリエンスの意味するもの」について、誤解や部分的な理解ではなく、「レジリエンスとは本来どういうものなのか」をしっかり理解した上で、取り組みを進めてほしいと思い、本書を書きました。
これからの激動の時代をたくましくしなやかに強く生き抜いていくために、私たち一人ひとり、それぞれの組織や地域、そして社会全体がレジリエンスの大事さを理解し、持続可能性と幸せにつながる「本当のレジリエンス」を高める取り組みが広がることを願ってやみません。
枝廣淳子