訳者あとがきより
「日本はかつては再生可能エネルギーのリーダーだったのだが」――レスター・ブラウン氏の80歳の誕生日を祝うワシントンDCでの賑やかなお祝いの会に参加した私に、レスターはそう言いました。
「えっ? "リーダーだった"って過去形ですか?」と聞き返した私にレスターは、「そう。日本はかつて太陽光発電の技術など世界に先駆けて進んでいた分野もあったのに、現在では世界規模で起こっているエネルギー大転換に取り残されている――少なくとも、日本はもうこの分野のリーダーではないよね」。
「うーん......、私もそう思うけど......どうしてそうなっちゃったんだろう?」と私。「高齢化する社会の特徴かもしれないけど、日本の考え方を支配しているのは、年配の、しかもほぼ男性だろう? "これまでのやり方"しか考えられないんだよね。未来志向の考え方ではない」。
「いま世界では、ワクワクするような状況が展開し始めているんだよ」とレスターは続けました。
「風力発電の急拡大を見てごらん。中国では風力発電のメガコンプレックスを6つ建設中なんだけど、1つあたりの発電容量は、小さいものでも2万メガワットなんだよ。いちばん大きいのは3万8000メガワット」。
「それってどのくらい......?」
「ポーランドの一国分の電力需要を賄える規模だ。原子力発電所の規模は1基1000~2000メガワットぐらいだからね、この風力発電がいかに大きいかわかるよね? エネルギーの分野でこれほどの急拡大は見たことがないよ。全く新しい状況が展開しているんだ」。
「太陽光発電でも、太陽光発電パネルの価格の低下に伴って、屋根に太陽光発電パネルを載せる人がどんどん増え、電力会社から電力を買う量が減っている。電力会社は需要が減ってきても、送電設備は保たなくてはならないから、電気料金を上げざるをえない。電気料金が上がれば上がるほど、電力会社から電力を買うのをやめて自宅の屋根で発電する人がますます増える。この自己強化型のフィードバック・ループが回り始めたからね、通常なら50年かかる変化がこの10年で起こるよ。急速に進む原動力は"経済性"なんだ。米国の南西部でも、この新しい動きについていけない、従来型の見方しかできない電力会社が何社も倒産しているよ」。
私は思わずこう言いました。「日本でも太陽光発電や風力が広がりつつあるけど、産業界の人たちは"産業用には使えない"って。必要なのは、安定して、安価で、大量に供給できる電力だって」。
「それは、再生可能エネルギーって呼ばれているものだよ」とレスターは笑いました。「永久に枯渇しないし、今日どれぐらい発電したかに関係なく、明日も発電できる。これが太陽光や風力エネルギーの素晴らしいところだよね」。
日本が世界規模のエネルギー大転換から取り残されているのは、技術面や発電における割合などの実績面だけではありません。これだけグローバル化が進み、情報があふれているというのに、「エネルギーの分野で世界では何が起きているか」という事実や情報からも途絶されているように思えます。
デンマークは2014年時点で電力の39%を風力から得ており、その割合を2020年までに50%に引き上げ、2035年までには、「国内すべての電力と熱を再生可能エネルギー源から得る」ことを、さらに2050年までに「輸送エネルギーも含めすべてのエネルギーを再生可能エネルギーにする」ことをめざしていることを、多くの日本人は知りません。
2014年初めの時点で、世界中のソーラーシステムは、最大出力時には少なくとも原子炉100基分を発電していることも知らない人が多いでしょう。
中国では、2008年から2013年にかけて、風力発電が年率59%の拡大を遂げ、2010年には米国を抜いて世界一の風力発電大国となり、風力による発電量がすでに原子力発電所による発電量を上回っていることも。
米国には、自社の電力需要すべてを満たすだけの電力を再生可能エネルギー源で発電・調達している企業・機関が600もあることも。
日本では石炭火力発電所新設のニュースが相次いでいますが、石炭消費量が世界第2位の米国では、2010年初めの時点で稼働していた500超の石炭火力発電所のうち、180カ所以上がすでに閉鎖されたか閉鎖予定で、2007年から2013年までの間に石炭使用量は18%減っていることも。
欧州最大の石炭消費国であるドイツも1965年以降、石炭消費量を半減させ、英国とフランスは70%減らしていること、世界一の石炭消費国である中国でも石炭使用量は2014年に減り始めており、北京では2020年から石炭の使用と販売が禁止されることも。
日本政府は、核廃棄物の処分についての見通しがないまま、原発に依存し続けるようですが、米国の9つの州では「廃棄物の容認できる処理方法が開発されるまで、新規原子力発電所の建設は禁止」していることも。
本書は、半世紀近く環境問題のオピニオンリーダーとして世界を引っ張ってきたレスター・ブラウンが現役時代の最後の書として世界に贈るものです。温暖化の悪化などの現状に悲観的にならないか? という質問にレスターは、「急いで行動しなくてはならないが、私は悲観していないよ。太陽光や風力こそが将来なのだと、国も企業も投資家たちも気づき、ものの見方を変えつつある。大きな資金が動き、大きな動きが加速しつつあるんだ」と少年のように目を輝かせて語ってくれました。
将来の歴史家が「大きなエネルギー転換の時代」と位置づけるであろう時代を私たちは生きています。現状維持を願う人たちですら抗いようのない、強力で確かな流れです。日本こそ、大転換が求められている――本書は日本をこよなく愛してきたレスターからの、最後の叱咤激励のメッセージでもあります。ぜひ多くの方々に読んでいただきたいと思います。そして、この大転換の波に乗って進んでいきましょう。未来へ!
――後略(※ つづきは本書をご覧ください)