(まえがきより)
2017年9月5日、京都大学と日立製作所が重要なプレスリリースを発表しました。少子高齢化や人口減少、産業構造の変化などが進む中で、どのように人々の暮らしや地域の持続可能性を保っていくことができるか? それを考えるためのシナリオ分析に、AI(人工知能)を活用した研究結果です。
研究では、AIによるシミュレーションが描き出した2052年までの約2万通りの未来シナリオを分類した結果、「都市集中シナリオ」と「地方分散シナリオ」で傾向が大きく2つに分かれました。
「都市集中シナリオ」では、主に都市の企業が主導する技術革新によって、人口の都市への一極集中が進行し、地方は衰退、出生率の低下と格差の拡大がさらに進行し、個人の健康寿命や幸福感は低下するというもの。「地方分散シナリオ」は、地方へ人口分散が起こり、出生率が持ち直して格差が縮小し、個人の健康寿命や幸福感も増大するというもので、持続可能性という視点からより望ましいとされました。
「都市集中シナリオ」と「地方分散シナリオ」の社会が「持続的か、破局的か」、その分岐の時期はいつかを解析した結果は、都市に住む人々にとっても、地方に住む人々にとっても、政府や自治体にとっても、ショッキングな問題提起を突きつけるものとなりました。
「今から8~10年後に、都市集中シナリオと地方分散シナリオとの分岐が発生し、以降は両シナリオが再び交わることはない」ことが明らかになったのです。
そして、望ましいとされる地方分散シナリオは、「地域内の経済循環が十分に機能しないと、財政あるいは環境が極度に悪化し、やがて持続不能となる可能性がある。これらの持続不能シナリオへの分岐は17~20年後までに発生する。持続可能シナリオへ誘導するには、地方税収、地域内エネルギー自給率、地方雇用などについて経済循環を高める政策を継続的に実行する必要がある」というのです。
「いずれ、変化は必要だ」と多くの人が考えているでしょう。しかし、わずか10年足らずのうちに分岐点がやってくる。そのまえに、大きく地方分散シナリオに転換しなくてはならない、しかも、地域内の経済循環をしっかり回せるようにしておかないと、地方分散シナリオすらも持続不可能になってしまう――地域経済を「いま!」取り戻さなくては、創りなおさなくてはならないのです。
そして、これは地方に住む人々だけの問題ではありません。日本には現在、人口3万人未満の自治体が927あります。しかし、その人口を合計しても、日本の総人口の約8%にすぎません。他方、この人口3万人未満の自治体の面積を合わせると、日本全体の約48%になるのです。つまり、日本の面積の半分近くをわずか8%の住民が支えてくれているということなのです。これらの地方で地域の経済が回らなくなると、ますます人口減少に拍車が掛かり、いずれ、人のいない地域が広がっていくでしょう。そうなると、日本の国土を保全することすらおぼつかなくなってしまいます。
今でも年間10万人もの人が東京に移住していると言います。地方の高校や大学を出た若い人たちが、東京に集まってきます。昨年、私の研究室のゼミ生が卒論で調べたところ、そういった地方から東京に出てきている若者も「地元に帰りたい」という思いを持っている人が少なくない。しかし、「仕事がないから」東京に出てくるし、地元に戻れないというのです。
各地の地域が、それぞれ地元の経済をきちんと回し、お金や雇用を外部に依存する割合を低減しておくことは、次なる金融危機やエネルギー危機、顕在化する温暖化の影響(地球の裏側での被害もグローバル経済をたどって、地方にも大きな影響を及ぼす時代です)などに対する「しなやかに立ち直る力」(レジリエンス)を高める上でも、大きな鍵を握っています。
うれしい知らせは、「地域経済を取り戻す!」ための考え方やツール、事例がさまざまに登場しているということ。地元経済の現状を「見える化」し、地域経済の漏れ穴をふさぐ取り組みを重ねていくことで、地元の経済を創りなおしていくことができます。実際にいくつもの取り組みが生まれ、成果を挙げ始めています。
多くの地域で、「このままではいけない」という危機感が広がり、「何とかしよう、変えていこう」という思いがさまざまな試行錯誤を生み出しています。本書が提供する、分析・診断・対策の具体的な枠組みやツールを活用して、そのような思いや危機感をより効果的に実際の変化に結びつけていただきたい、と願っています。まだ間に合う間に、できるだけ多くの地域が、持続可能な未来に向けて、自分たちでたづなを握れる地域経済に向けて、転換をはかっていってもらえたら、これ以上うれしいことはありません。
枝廣淳子