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エダヒロの本棚

カウントダウン 世界の水が消える時代へ
レスター・R・ブラウン 著
監修・コラボレーション
翻訳書
 

レスター R ブラウン(著)

枝廣 淳子 (監訳)

海象社

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本書に寄せて


 著者のレスター・R・ブラウン(Lester Russell Brown)は、私にとって、環境問題のみならず人生のメンターであり、同志でもある。その経歴と人となりを少し紹介させていただきたい。
 レスターは、1934年に米国ニュージャージー州のトマト農家に生まれた。両親を助け、弟とトマト栽培に精を出し、地区のトマト・ピッキング大会で優勝したこともあると笑う。その後、1956年に国際青年農家交換プログラムに参加して、インドでの農家生活を体験したことが人生の転機になったという。農家出身であること、世界的視野を得たことは、彼のその後の活躍の基盤となったと思われる。
 1959年、国際アナリストとして米国農務省の海外農務局に入り、その後、海外の農業政策に関して農務長官の顧問を務めるために、1966年、国際農業開発局の局長に任命される。発展途上国42カ国で農務省の技術支援プログラムを実施するなど、取り組みを進めた。
 1969年に政府を離れたのち、1974年、ロックフェラー・ブラザーズ基金の支援を得て、ワールドウォッチ研究所を設立。グローバルな視点から地球環境問題の分析と発信を行う、それまでの世界にはなかった研究機関だ。1984年から始めた年次刊行物「地球白書」は40以上の言語に翻訳され、世界中で読まれた。2001年には「意識啓発の局面は終わった」とワールドウォッチ研究所を離れ、アースポリシー研究所を設立、2015年にその活動に幕を下ろすまで、持続可能な経済をつくるためのビジョンと指標、ロードマップを示してきた。その精力的で洞察に富んだ活動は、ワシントン・ポスト紙に「世界で最も影響力のある思想家の一人」と評された。日本でも昔から環境問題に取り組んでいる人の多くが、レスターの活動や業績に刺激を受けたと述べている。

 私は通訳の仕事をしていた頃、来日するレスターのサポートをさせてもらいつつ、環境問題について、そしてその取り組み方について、直接教えてもらう幸運に恵まれた。私が環境問題に取り組むようになったのは、「レスターみたいな人になりたい!」という思いからだ。その私をレスターはいつも温かく見守り応援してくれている。
 あるとき、レスターはこんな話をしてくれた。「僕はプロボクサーだったことがあるんだよ、本当に。15歳くらいで最初の試合に出てね。相手は自分よりずっと大きな青年だった。こっちは緊張してガチガチだったしね。でも結構いけたんだ。それから二試合、全部で三試合やったところで、世界チャンピオンにはなれそうにないことがわかって、やめたけどね。学生時代はレスリング部だった。その後は、つい最近までフットボールをやっていた。いまは時間がなくて観るだけになってしまったけど。昔から格闘技が好きなんだよ、実は」。
 「それで今は、世界の環境問題と『格闘』しているのね?」 と私が言うと、レスターはにっこりした。

 そのレスターが「人生の最後の戦い」として取り組んでいるのが、本書のテーマである「水問題」だ。彼が言うように、水問題はローカルな問題としてローカルで取り扱われてきたが、その世界的な全体像を明らかにしようという取り組みはこれまでそれほど多くなかった。しかし、レスターが本書で示しているように、各国それぞれの水不足の問題をあわせると、実は世界的に非常に危険な領域に入りつつあるのだ。丹念なデータ収集と分析、そして鋭い洞察力があってこその本書は、レスターだからこそ書けた本ではないかと思う。
 本書には恐ろしいまでの水不足の状況や見通しを抱える数多くの国が登場するが、幸い、日本はそういった国の中には入っていない。九州などで局地的・季節的な水不足が問題となることはあっても、モンスーン地方に位置する日本は降雨量も多く、「水不足のために村を捨てなくてはならない」といった他国の状況はピンとこない人が多いだろう。

 しかし、日本も「大きな水問題」を抱えている。それは、「バーチャル・ウォーター」の問題だ。日本は大量の食料を海外から輸入している。その農作物や畜産物を生産するとき、生産国ではそのために水を使っている。農業も畜産も水なしにはできない。たとえば、1キログラムのトウモロコシを生産するには、灌漑用水として1,800リットルの水が必要だ。牛肉はどうだろう? 牛はトウモロコシのように大量の水で生産された穀物を大量に消費しながら育つため、牛肉1キログラムを生産するには、約20,000倍、つまり、20トンもの水が使われている。つまり、あなたの好きな牛丼にのっている100グラムの輸入牛肉をつくるために、2トンの水が他国で使われているのだ。
 レスターは、「水を輸入する最も効率的なやり方は、食料を輸入することだ」という。日本のカロリーベースの食料自給率は40% 程度なので、私たち日本人は他国の水に頼って生きているともいえる。本書に出てくる他国の水不足問題は、私たちと無関係ではないのだ。そして、食料だけではない。綿の栽培にも膨大な水が必要だ。輸入した綿製品を使うことも、生産国の水をいただいていることになる。2005年に、海外から日本に輸入されたバーチャルウォーターの量は、約800億立方メートル。このバーチャルウォーター量は、日本国内で使われている年間水使用量と同程度だという。私たちは国内で使っている水量と同じだけ、他国の水量を使わせてもらっているのである。果たして、これは世界にとって、そして日本にとって、持続可能なのだろうか?

 そう考えると、本書に出てくる他国の水状況や水危機は、他人事ではなくなる。私たち一人ひとりが、どのように水問題や自分の水との付き合い方に向き合うか、が肝要なのだ。
 レスターは昔から日本が好きで、現役時代は来日しなかった年はないほどだ。その大好きな日本の私たちの意識と行動を変えるために本書が役に立つとしたら、この上なく喜ぶだろう。レスターの(おそらく)人生最後の戦いである「水問題」、私たちもしっかりと受けとめて考えていきたい。

(枝廣淳子)

 

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