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えだブログ

2006
Dec
25

抜け殻のおお片づけ

2006年12月25日

おととしは『成長の限界 人類の選択』の翻訳で、昨年は『細切れビジョンでなんでもできる!』の〆切直前で、冬休みのない生活だったが、今年は次の大きな〆切が1月末なので、久しぶりの暮れ気分である。

22日は客員助教授を務めている東大の人工物工学研究センターの教授会と忘年会。秘書さんたちも交えた忘年会は楽しく、クライマックスはプレゼント交換。それぞれ用意していって、くじびきで引き合い、贈り主がテレながらちょっと説明をする。私はフジイセンセイが「頭を柔らかく」と用意されたパズルをいただく。これで空間認知力(=方向感覚)がアップするとよいのだけど。(^^;

23日は、自分マネ第3回。いつも15人の参加者は分野ややっていることは違っても、「自分を成長させたい、変えたい」という思いは同志のグループだけあって、和気あいあいとしているのだが、今回の6期生は特に仲がよくて、第1回から終わったら飲みに行ったり、開始前のランチを食べたりしているようだ。ここでのコースは6ヶ月だけど、ここで出会った仲間は一生モノ。

今回の主な内容は「行動計画の立て方」「振り返りのしかた」。自分マネ(PDCサイクル)の中心である。とともに、年始に計画を立てる人も多いだろうから、タイミングもよかったと思う。自分マネでも一計でも、ワークショップでは私自身の「年間計画」「月間計画」「週間計画」「時間の記録」などのシートやエクセルを、参考までお見せするのだが、あと1週間でまた年間計画が立てられるのが楽しみであることよ。

終わったあと、JFSのクリスマス会へ。恒例の蕎麦打ち名人こと、早川さんと内藤さん、今年は天ぷらを目の前で揚げてもらって、すごーくおいしくて豪勢でした〜。町田ツウィンズのパスタ料理もいろいろな差しいれもおいしく、途中でサンタさんも登場して、楽しい会だった。

ところで、このサンタさんも毎年、プレゼントの袋とビンゴゲームをしょってやってきてくれるのだが、自分もビンゴゲームをやるといって聞かないので、私がかわりにゲームの進行役。きゃー当たった〜、きゃー外れた〜とにぎやかなサンタである。(^^;

ビンゴで上がった人から、大小さまざまな袋の山から自分の好きなプレゼントをもらっていく。(中身はまあ、いろいろ。1年間にあちこちからいただいて使っていないものなど……)

途中でサンタさんがあがったのだがおかしかった。好きな袋を持ってきて開けたとたん、「ぎゃー」と叫んだのである。どうしたの?というと、「去年も同じものが当たった」という。

思い出した。去年タオルがあたったサンタさんは「いらない」と返してきたので、そのまま同じ包みにくるんで、今年のプレゼントに回したのである。よりにもよって同じものを選ばなくてもいいのに。(^^;

また「いらない」と返してきたので、「じゃ、来年また使うね」といったら、前にいた早川さんが「換えてあげるよ」と、自分のプレゼントと交換してあげていた。ああ、よかった。じゃないときっとまた来年、サンタさんが引いてしまうだろうからね。

そんなこんなでにぎやかなひとときのあと、電気を消して、キャンドルナイト。静かにしゃべっていたら、JFSの事務局のサカモトサンの声が聞こえてきた。「エダヒロさんのダイアリーにセキサンの『エダヒロさんは、何か大きいことを言い出すときに、まずにっこりと大きな笑みを浮かべるクセがあるんですよ』という言葉が載っていたけど、ああ、あれのことねーって思ったんですよー」。

あら。本人は無意識なのだけど、あちこちで「大きなことのまえのにっこり」を振りまいているのかしら、私ったら。(^^;

そして24日、クリスマスイブの昨日から、自分の書斎のおお片づけ。お片づけ、ではなく、大片づけ、である。何を主に捨てていたかというと、抜け殻である。いや、セミの抜け殻を集める趣味があったわけじゃなく、自分の抜け殻である。(^^;

今年の8月頃、仕事でご一緒した通訳者さんがバリバリと仕事をしているのを見ていて、ああ、自分はもう通訳者という看板を下ろさなくてはならないなあ、と寂寥感というか、アイデンティティの部分的喪失に関わるような感じを感じていたことがあった。もっとも、そのずっと前から、いわゆる通訳者としての活動はほとんどしていなかったのだけど、実態に自己認識が追いついてくるのに時間がかかることもあるのだろう。

というわけで、書斎のおお片づけは、主に、通訳者としての資料、勉強ノート、単語帳などである。膨大な量なのね、これがまた(裏紙がいっぱいできた〜)。あの時代、よく勉強していたな〜と自分でも感心するぐらいである。原子炉の構造から、馬の骨格、化学兵器拡散防止条約の成り立ちから、ロターブレーダという心臓カテーテル手術の手法まで、いろいろな勉強をしたものである。(そのときのトレーニングのおかげで、「短時間で必要な情報を見つけて、最低限の理解をする」力が身についた。勉強した内容は忘れちゃっているけど、このスキルは一生モノなので、ありがたいことであるよ)

名刺からも「通訳者」の肩書きをとろうと思う(次に印刷する分からね)。もちろん、レスターやデニス、アランをはじめ、環境分野の通訳はこれからもやっていくと思うし、やっていきたいと思う。でも、どんな仕事でも!という、本物の通訳者としてのキャリアにはフォーマルにもインフォーマルにも幕を引こう。通訳派遣会社の通訳者リストからも下ろしてもらおう。

「で、膨大な通訳資料を処分して、だいぶスペースが空いたんでしょうね?」とハムスターのプチ。
まさか!? これからやっていきたいことの資料やアイディアで、もうスペースが足りない〜!(^^;

 

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