講演や、パネル・取材などでの私の発言を聞かれた方から、「エダヒロさんって、とても論理的ですね」と言われることがよくある。
私は直感型・感情型であるところも多くて、とても論理的とは言えないことは自分がいちばんよく知っているのだけど、でも少なくとも、人に何かを伝えるときにはできるだけ論理的に、組み立てを考えて話そう、書こう、と意識してきたのだと思う。だって、そうじゃなきゃ、伝わらないからね〜。
そんなトレーニングを意識的にやるようになったのは、同時通訳者をめざして勉強をしていた頃だと思う。その頃のようすを書いた『朝2時起きで、なんでもできる!』には、こんな下りがある。
「読む練習」も、「とにかくたくさん読む練習」もあれば、「論旨の組み立てなどに注意を払いながら、時間をかけて読む練習」もあります。また、ニュースだけではなく、まとまった内容のスピーチやレクチャーなどを読む練習もあります。適当に組み合わせながら、いろいろとやってみました。
数ヶ月リーディングの練習を重ねたころ、「パターン」がある、ということがわかってきました。新聞記事のパターン、雑誌記事のパターン、コラムのパターンなど、テーマは違っても、文章の展開に共通点があるのです。そこで、「文章の展開」に焦点を当てた読み方もしてみました。パラグラフごとに見出しを付けて、各パラグラフがどのような役割で置かれているのか、互いにどのように関連しているのかを図式にしてみるのです。自分で勝手に「アナリティカル・リーディング」(分析的読み方)と名付けたこのトレーニングをしばらく続けてみると、記事の組み立ての予想ができるようになってきました。
そこで今度は、記事のタイトルだけ見て、「きっとこういう流れで、こういう展開をするに違いない」と予想図を書いてみて、実際に読んで作った展開図と比べてみる、ということもしました。これは、トレーニングというより遊びでしたが、いまになって思うと、文章でもスピーチでも、「先の展開をある程度予測する」という通訳者に必要なスキルにつながっているかもしれません。
この遊びみたいなトレーニングが、とても役に立っているなあ!と思う。翻訳だってそうである。
「木を見て森を見ない」ようではよい翻訳にはならないし、逆も同じである。よい翻訳とは、「いま自分の向き合っているこの一文は、1冊の本という全体の森の中の、どのブロックに立っているどの木の、幹なのか、枝なのか、根の1本なのか」をつねに意識しているものだと思う。自分がどこにいるのだかわからないまま、ただ必死に目の前の文と格闘していても、語句レベルではよくても、文章や本になると、でこぼこになっちゃう。大事なのはGPS付きの翻訳ね。(^^;
この「森の中にいながら、現在の居場所の位置づけを意識しながら訳す」感覚を、どうやってトレーニングできるのか、ずーっと考えてきた。その1つの答えが、トラたまコミュニティで夏期講座としておこなった、社説などの縮約作業を通しておこなう「文章構成力をつけるトレーニング」である。
参加者の反応もよく、私の手応えもあったので、この秋から春にかけて、月に1度このトレーニングを行う講座を開講している。
日本語の教材を使って、日本語でおこなう作業なので、翻訳トレーニングの息抜きにもなるし、もちろん、翻訳者をめざしていなくても、「論理や構成を意識して読む」「論理的に伝える」ことに興味がある方には、とてもよい基礎トレになると思う。私も毎回やるたびに、勉強になるなあ〜と実感している。
10月下旬に次の課題を出す予定なので、よろしければぜひどうぞ!(翻訳者をめざしていなくても、トラたまコミュニティのメンバーになれるし、メンバーならだれでも受講できます)