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多くの自治体から、「地方創生に向けた人口ビジョンと総合戦略」が出されています。総合戦略を10月末までに策定した自治体は、数値目標設定などの条件を満たす申請をしていれば、上限1000万円の交付金が支給される、ということで、10月末までに策定したところが多かったようです。
日本の人口減少を食い止めるべく、各自治体に、それぞれの人口ビジョンとそのための戦略を打ち出すよう求めたもので、それぞれの自治体では、いろいろな知恵を絞って、人口のビジョンとそのための戦略を打ち出しています。
ちなみに私は、島根県海士町と、滋賀県近江八幡市の、人口ビジョンと総合戦略づくりのお手伝いをさせていただきました。これについてはまた別途、ご紹介したいと思います。
自治体の出したビジョンをみると、現在より大きく増えるという人口ビジョンを打ち出しているところもあります。当たり前かも知れませんが、減らしたくない、できれば増やしたいと考えているところが多いのでしょう。「全国自治体の人口ビジョンを合計すると、2億人を超えるのでは?」という冗談まで聞くほど(^^;
さて、この春に出した、ドネラ・メドウズさんの書いたシステム思考の入門書にも、人口の問題が出てきます。ドネラさんがどのように人口問題をテーマにシステム思考の真髄を伝えようとしているか、また、そこで取り上げられている国の考え方に、私たちも学ぶことができるのではないかと思い、ご紹介します。
『世界はシステムで動く――いま起きていることの本質をつかむ考え方』
ドネラ・H・メドウズ(著)枝廣淳子(訳)小田理一郎(解説)英治出版
~~~~~~~~~~~ここから引用~~~~~~~~~~~~~~~
『世界はシステムで動く――いま起きていることの本質をつかむ考え方』より
(前略)
「施策への抵抗」の結果は、悲劇的なものになる可能性もあります。1967年、ルーマニア政府は「ルーマニアの人口を増やす必要がある」と決め、そのための方法として、45歳以下の女性の中絶を非合法とすることを決定しました。突然、中絶が禁止されたのです。その直後には、出生率は3倍になりました。その後、ルーマニアの人々の「施策への抵抗」が始まりました。
避妊も中絶も変わらずに非合法だったにもかかわらず、出生率は徐々に低下し、以前の水準近くまで下がりました。こうなったのは主に、危険な違法中絶のためでした。これによって、妊婦の死亡率は3倍に増えました。さらに、中絶が非合法だった時期に、多くの望まれずに生まれた子供たちが、孤児院に送られました。
ルーマニアの家庭はとても貧しかったので、政府が望むたくさんの子供をきちんと育てることができません。彼らはそのことがわかっていたのです。そこで、彼らは、政府が家族の人数を増やそうという動きに抵抗しました。それは、自分たち自身にとっても、そして孤児院で育つ子供たちの世代にとっても、大きな代償を伴うものでした。
施策への抵抗に対処するひとつのやり方は、力で圧倒する方法です。十分な力を使うやり方で、それを続けることができるなら、この「力で」というアプローチはうまくいく可能性があります。その場合の代償は、とてつもない恨みと、その力が外されたときに爆発的な結果が生じる可能性です。
これが、ルーマニアの人口政策を策定したときに起こったことでした。独裁者ニコラエ・チャウシェスクは、長期にわたって懸命に、自分の政策への抵抗を力で抑え込もうとしました。政府が倒されたとき、彼は家族とともに処刑されました。新しい政府が最初に廃止した法律は、中絶と避妊の禁止令でした。
施策への抵抗を力で抑え込む代わりの方法は、あまりに直感に反しているため、ふつうは考えられないものです。「手を放す」ことなのです。効果のない施策をあきらめるのです。押しつけたり抵抗したりすることに注いでいる資源やエネルギーを、もっと建設的な目的のために使うようにするのです。
そのシステムはあなたの思い通りにはなりませんが、思うほど悪い方向に行くこともないでしょう。なぜなら、正そうとしていた行動の多くは、あなた自身の行動への反応として生じていたからです。あなたが落ち着けば、あなたに対抗して引っ張っている人たちも落ち着くでしょう。これが、1933年に米国で禁酒法が終わったときに起こったことでした。アルコールが引き起こす混乱もまた、ほぼなくなったのでした。
このように、落ち着くことによって、システム内のフィードバックをよりつぶさに見たり、その背後にある限定合理性を理解したり、システムの状態をよりよい方向に動かしながら、システムに参加している人たちの目標を達成する方法を見つけたりするチャンスが得られるかもしれません。
たとえば、出生率を上げたいと思っている国は、(子供の少ない家庭に)「なぜ、小家族なのですか?」と尋ねてみて、子供が嫌いなせいではないことがわかるでしょう。子供を増やすには、お金や住居、時間、保障が欠けているのかもしれません。
ルーマニアが人工中絶を禁止していたその時期に、ハンガリーも出生率の低さを懸念していました。労働人口が減る結果、経済が下向きになるのではないかと恐れたのです。ハンガリー政府は、狭苦しい住宅が小家族の理由のひとつであることを発見し、「より大家族には、より広い住居を提供する」という奨励策を立案しました。
この政策は部分的な成功しか収めませんでした。なぜなら、住宅だけが問題だったわけではないからです。それでも、ルーマニアの政策よりははるかに大きな成功を収め、ルーマニアのような悲惨な結果を避けることができました。
施策への抵抗に対処する上で最も効果的なやり方は通常、すべての主体者が各自の限定合理性から脱することができるような、包括的な目標を提示することによって、サブシステムのさまざまな目標の整合性をとる方法を見つけることです。
だれもが同じ結果に向けて一致して取り組むことができれば(すべてのフィードバック・ループが同じ目標に資するものであれば)、その結果は目を見張るほどすばらしいものになりえます。この目標の一致の例として最もよく知られているのは、戦時中の経済動員や、戦後または自然災害後の復旧です。
もうひとつの例は、かつてのスウェーデンの人口政策です。1930年代、スウェーデンの出生率が激減し、ルーマニアやハンガリーの政府と同様、スウェーデン政府も懸念しました。
ルーマニアやハンガリーとは違って、スウェーデン政府は政府の目標と人々のめざすところを吟味し、「合意の土台となるのは、家族の大きさではなく、子育ての質である」と決めました。どの子供も望まれ、はぐくまれるべきです。ひとりとして、物質的に窮乏している子供がいてはなりません。どの子供も、すぐれた教育と保健医療を受けられるべきです。こういった目標を掲げて、政府と国民は同じ立場に立つことができました。
その結果としての政策は、出生率が低い時期の政策としては奇妙なものに見えました。なぜなら、無料の避妊薬提供と人工中絶の容認が含まれていたからです。それは、「どの子供も望まれるべきだ」という原則があったためでした。政策には、性教育の普及、離婚しやすい法律、無料の産科診療、困窮家族への支援、教育と保健医療への投資の大幅な増額なども含まれていました。
それ以来、スウェーデンの出生率は何度か上下してきましたが、上がっても下がってもパニックを起こすことはありません。なぜなら、この国は「スウェーデン人の人数」よりもずっと大事な目標に焦点を当てているからです。
システム内で目標を一致させることは、つねに可能なことではありませんが、探ってみる価値のある選択肢です。それは、より狭い目標を手放し、システム全体の長期的な幸せを考慮することによってのみ、見いだすことができます。
(後略)
~~~~~~~~~~~~~引用ここまで~~~~~~~~~~~~~~~~
「人口」を考える際、もちろん「量」も大事な点ですが、はたして「人数が多ければ良い」というものなのか? スウェーデンのように、「大事なのは、家族の大きさではなく、子育ての質である」という共有ビジョンを持つとき、「システム全体の長期的な幸せ」に向けて、考え、取り組むことができるのではないか?
ドネラさんのこの一節は、システム思考の入門書としての教えだけではなく、今まさに日本が直面している「人口減少をどうしたらよいか」を考えるうえでも、大いに刺激と新たな視点を与えてくれるのではないでしょうか。
ちなみに、このドネラさんのシステム思考の入門書、私も大学院の授業での教科書として使いましたが、とても学ぶところが多く、よい教材となりました。まだご覧になっていない方、よかったらぜひ!
『世界はシステムで動く――いま起きていることの本質をつかむ考え方』
ドネラ・H・メドウズ(著)枝廣淳子(訳)小田理一郎(解説)英治出版