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日本の様々な取り組みを世界に発信している幸せ経済社会研究所のニュースレター4月号では、キリンホールディングスが「ママやパパになりきり、時間に制約がある働き方の体験により、労働生産性を高め、多様な人材がより活躍できる組織風土へ」との呼びかけとともに進めている「なりキリンママ・パパ」について紹介しました。このニュースレターの日本語版をご紹介します。
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「子育てしながら働く」状況を働きながらシミュレーション! キリンの「なりキリンママ・パパ」制度
「女性は結婚や出産を機に会社を辞めて家庭に入る」という風潮が強かった日本でも、今では「働くお母さん」は当たり前です。ただし、女性の家事負担はまだ大きく、労働政策研究・研修機構『データブック国際労働比較2019』によると、日本では男性が家事や家族のケアに使う時間が1時間8分なのに対して、女性は4時間2分と、欧米諸国と比べて女性が家事を担う時間の割合が高いことがわかります。
こうした環境の中で、「子育て中はフルタイムではなく、時短勤務や時間の融通がきくパートなどを選ぼう」と考える女性が多いこともあり、子育て中の女性の立場を十分に配慮できていない職場が多いのが現状です。こうして「働きながらの子育ては大変」→「出産を機に、時短勤務やパートに切り替える女性が多い」→「職場の子育て環境がなかなか整わない」という負のループが生じています。このループを断ち切るには、どうすればよいでしょうか。
そのヒントとなるのが、飲料事業を手掛けるキリンホールディングスの「なりキリンママ・パパ」の取り組みです。キリンでは「ママやパパになりきり、時間に制約がある働き方の体験により、労働生産性を高め、多様な人材がより活躍できる組織風土へ」との呼びかけとともに、「なりキリンママ・パパ」の全社展開を2018年に開始しました。今月号の幸せ研ニュースレターで、はこの取り組みについて紹介します。
○実証実験のスタート
「なりキリンママ・パパ」の取り組みのきっかけとなったのは、さまざまな企業の女性営業職が集う「新世代エイジョカレッジ」主催の2016年「エイジョカレッジ・サミット」でした。この年のサミットは、「営業現場における労働生産性向上」をテーマに様々な企業が実証実験を行い、成果を競い合いました。
当時キリンの営業職の女性は、子どもがいない従業員は「子どもができても仕事を続けられるのか」という不安を、子どもがいる従業員は「お手本となるロールモデルがいない」という悩みを抱えていました。そこで、「働きながらの子育てをイメージできないなら、自分たちでやってみよう」「上司や同僚にも体験してもらおう」ということで、「ママになりきる」という実証実験を行うことになったのです。
でも、どうすれば現実の子育てに近い環境を作れるでしょうか。子育てをしていると、保育園からの「お子さんに熱が出ました。すぐに迎えに来てください!」という連絡が入ることがあります。そこでこの実験では、抜き打ちで電話をかけてもらう仕組みをつくることで、仕事を中断して、すぐに迎えに行かなくてはならない状況を再現しました。また、「パートナーがサポートしてくれる」という想定で、週に1回は残業や飲み会に参加できるといった、細やかなルールも設定されました。この実証実験で「ママ」になったのは5人。実験期間は1ヶ月間です。
取引先への訪問直前に、「お子さんが発熱しました。迎えに来てください」という電話が入った場合、訪問予定だった取引先にキャンセルの連絡を入れなければなりません。実証実験のことは、取引先にも伝えてあります。取引先からは「わかりました。大丈夫ですよ」という返事をもらえたそうです。上司も「代わりに行こうか?」と声をかけてくれるなど、周囲の協力を予想以上に得られたことも収穫でした。
エイジョカレッジ・サミットの主旨である「営業現場における労働生産性向上」についても、業績を落とした実験参加者は一人もいなかった上、実験参加者の残業時間は51%削減されるという結果でした。実験に参加する中で、「資料を7割作成した段階で上司に方向性をチェックしてもらう」「効率的なスケジュールで動けるように移動時間を削減する」など、効率的に仕事を行う小さな積み重ねができたそうです。
こうしてこの実験を通して、参加者は「実際に子どもが生まれても、働き続けられる!」という自信を持つことができました。また、参加者が効率的に仕事をしている姿をみて、仕事のやり方を真似する従業員が出てきたり、急なお迎えに行かなくてはならないときにフォローするなど、周囲のマネジメントや組織のカルチャーが変化するきっかけにもなりました。
つまり、この実証実験は「働きながらの子育ては大変」→「出産を機に、時短勤務やパートに切り替える女性が多い」→「職場の子育て環境がなかなか整わない」という負のループのうち、「働きながらの子育ては大変」というイメージと、「職場の子育て環境を整える」の2箇所に働きかけたのです。
この実験は、社外有識者の高い評価を受けて、31チームが競い合った2016年の新世代エンジョイカレッジの大賞を受賞しました。
○全社展開はじまる
さらに「この制度は研修として、会社に残したほうがよい!」という上司からの働きかけもあり、2018年からは「なりきりんパパ・ママ」制度としてキリン株式会社(当時。現キリンホールディングス株式会社)での全社展開が始まりました。
全社展開を始めるにあたって、仮想の前提条件として、「子どもの年齢は2歳前後でパートナーと同居している」「実家のサポートは受けられない」「フルタイム勤務である」ことなどが設定されました。体験の期間は実証実験と同じく約1ヶ月間です。もちろん「突然の発熱連絡」も健在です。発熱連絡の際には、「すぐに退社してお迎えに行かなくてはならない」のか、「翌日は看病のために勤務ができない」のかも指示され、連絡を受けた「パパ」や「ママ」は、電話の指示通りに行動しなければなりません。そのためには、上司や同僚に仕事を引き継ぐといった組織的な対処が必要になります。
ただし、「どうしても残業しなくてはならず、保育園のお迎えに間に合わない」という場合は、架空の「シッター制」を使うこともできます。この場合は、外部のシッターを利用したと仮定して、その地域のシッター料金の相場からどの程度の費用がかかるのかを記録します。また子育て以外にも、介護やパートナーの病気などのメニューもあるそうです。
○なりキリンママ・パパ制度の成果と今後の展開
2018年の全社展開開始から4年。キリンでは、女性の育児休暇取得率と職場復帰率はもともと100%でしたが、男性の育児休暇取得率は2017年度の29%から2021年度には50%と、この間に大幅に伸びました。実験に関わった男性従業員の皆さんからは、「呼び出しで帰宅することを伝えた所、作業途中にも関わらず快諾してもらえて感謝している。自分も同様の場面に遭遇したら、相手をフォローできるようにしたい」「毎日同じ時間に帰るのがこんなにストレスなことを初めて知った」といった声が上がるなど、当初の目的だった「組織風土の改革」については、一定の成果をあげることができました。
そこで2022年3月からは、制度の目的を「個人の主体方の働きの見直し」に改め、これまで部署など組織単位でエントリーする仕組みだったのを、個人でもエントリーできるようにしました。また『なりキリンパパ・ママ』の研修モデルは、自治体の研修で導入されるなど、社外にも広がりを見せています。
子育てや介護などの大きなライフイベントを迎えたときに、仕事とどのように両立できるのか不安に感じている人も多いでしょう。なりキリンママ・パパ制度のような「仕事をしながらシミュレーションする機会」により、本人の準備や安心につながることはもちろん、職場や取引先が環境を整える準備にもつながります。「働き方の多様性」が認められる社会を実現するためには、こうした取り組みは大切な役割を担っています。
(参考資料)
キリンホールディングス「なりキリンママ・パパ」の全社展開の開始について
https://www.kirinholdings.com/jp/newsroom/release/2018/0201_02.html
キリンホールディングス「STORY 02 働き方改革」
https://careers.kirinholdings.com/project/project02.html
新世代エイジョカレッジ「『なりキリンママ』は今 5人が始めた実験は全社展開の人事施策になった」
https://eijyo.com/report/after_report_narikirin.html