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事業者は気候変動だけではなく、生物多様性にも取り組む必要があります。「省エネ・再エネ」という主要な取り組みがわかっていて、進捗も「CO2排出量」で見える化しやすい気候変動に対して、生物多様性はフクザツでひとつの指標で代表することもできず、「どうやって取り組んだら良いのだろう?」と思っておられる事業者も多いのではないでしょうか。
先週、環境省は、生物多様性に取り組もうとする事業者のための「生物多様性民間参画ガイドライン」の5年ぶりの改訂版を公表しました。最初の一歩として、ぜひ活用いただけたらと思い、ご紹介します。
「生物多様性民間参画ガイドライン(第3版)-ネイチャーポジティブ経営に向けて-」の公表について
https://www.env.go.jp/press/press_01452.html
生物多様性民間参画ガイドライン改訂の経緯について、このように書かれています。
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環境省では、生物多様性の保全と持続可能な利用を進めていく上で、企業活動が重要な役割を担っているという認識の下、事業者向けに、基礎的な情報や考え方などを取りまとめた「生物多様性民間参画ガイドライン」第1版を 2009 年に策定し、2017 年に改訂版である第2版を発行しました。
その後、ビジネスと生物多様性に関する国内外の多くのイニシアチブが発足し、影響評価や情報開示に関する枠組みの検討が活発に行われています。また、2021 年に G7 で合意された「自然協約」を踏まえ、我が国では陸と海の保全に関する 「 30by30 目標 」 が設定され、企業等の保有地等も生物多様性保全に貢献する地域としてその一部に組み込むなど、 民間による 生物多様性保全への期待は年々高まっています。さらに昨年12月に決定された生物多様性に関する新たな世界目標 「昆明・モントリオール生物多様性枠組」には 、事業者に関する多くの目標が含まれています。
こうした背景を踏まえ、 2021 年度に有識者からなる「生物多様性民間参画ガイドラインの改訂に関する検討会」を設置し、同ガイドラインの改訂に向けた検討を進めてきました。
改訂に当たっては、国内外の最新の状況に対応すると同時に、事業者が生物多様性への配慮を行う際に課題となっている「目標設定」及び近年顕著な動きがある「情報開示」について詳述しました。
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エグゼクティブ・サマリーを一読すると、大きな方向性や、「いつ本編をしっかり読んだら良いか」がわかると思いますので、ご紹介します。(グラフや表は載せられないので、こちらから直接ご覧下さい)
https://www.env.go.jp/content/000125802.pdf
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エグゼクティブ・サマリー
1.はじめに
なぜ事業者は生物多様性の保全に取り組む必要があるのでしょうか?事業者が、事業活動を通じて国内外の生態系に依存していること、また生態系に大きな影響を与えていること、さらに、製品やサービスを通じて消費者とも繋がったり市場を変革したりするという重要な役割を担っていることがそのひとつの理由です。また、近年、短期的に得られる利益だけではなく、生物多様性配慮を含む ESG 対応をベースとした持続的成長性への期待が、企業の価値評価へ大きな影響を与えるようになりつつあります。したがって、生物多様性に対して何も行動をしないことは、経営上の大きなリスクとなる可能性を孕んでいます。
私たちの暮らしや経済は、生物多様性を基盤とする生態系から得られる恵みによって支えられています。過去 100 年間の人間活動の影響により、種の絶滅速度はこれまでの地球の歴史から見ても異常な速度で急上昇し、地球の生物多様性は危機的な状況にあります。
こうした状況を受けて、2020 年の「G7 2030年自然協約(Nature Compact)」では「ネイチャーポジティブ(自然再興)」という、「自然を回復軌道に乗せるために、2030 年までに生物多様性の損失を止めて反転させる」目標が合意されました。また、2022 年 12 月開催の生物多様性条約締約国会議(CBD COP15)では、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が決定されました。同枠組において、事業者は、気候変動対策、過剰消費の削減、持続可能な生産、生物多様性への投資等の取組を進めることで、ネイチャーポジティブの推進に寄与することが期待されています。
民間主導の取組としても、ESG 投融資等への関心の高まりを背景に、SBTs for Nature(自然のための科学に基づく目標)や TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)といったフレームワークの検討が進められています。
2.ガイドラインの役割・ポイント
本ガイドラインは、こうした国内外の動向を踏まえて、企業が生物多様性の保全や自然資本の持続的利用、すなわち持続可能な経営を目指す際に参考としていただけるよう作成しました。柔軟かつ効果的に経営課題として生物多様性の保全等に取り組むための基本的指針としてご参照ください。本ガイドラインのポイントは下記のとおりです。
本ガイドラインのポイント
? 生物多様性に関する最近の動向(経済との関わり、昆明・モントリオール生物多様性枠組、国家戦略、目標設定、情報開示等)を追記。金融を含む事業者に関する依存と影響、リスクと機会について解説【第1編】
? 「基本的プロセス」を明確にし、プロセスごとに取組の内容を解説。自社の取組レベルを認識し、より高いレベルへステップアップすることが可能となるよう、目標設定と情報開示を柱に取組のレベルを明示、最新の国際的枠組を紹介【第2編】【第3編】
○定量的な影響評価・目標設定の方法と具体的な指標、情報開示の方法、さらに SBTs for Nature 及び
TNFD 等に関し、実際の事例とともに紹介【第3編】
○Q&A 集として、中小企業、金融機関を含む実務担当者へのアドバイスなどをまとめて紹介【第4編】
○具体的な取組について、参考情報を掲載【参考資料編】
3.ガイドラインの構成
このガイドライン(第3版)は、上記のポイントを織り込み、全4編の構成としています。
●第1編 事業活動と生物多様性
ここでは、生物多様性に関わる基本的な概念の説明、生物多様性をめぐる国内外の大きな動きと TNFD を始めとした国内外の目標や枠組の紹介、そして事業活動と生物多様性の関わりについてご説明しています。
生物多様性を保全することは、事業ポートフォリオの多様化と同様に、生物資源に依存しているビジネスのリスクと不確実性を低減し、事業活動のレジリエンスを高めることに直結しています。さらに、これまでになかった活動領域に踏み込むことで、新たな事業創出の好機にもなります。
世界経済フォーラムの報告書では、生物多様性の損失は生存基盤への脅威として、気候変動に次ぐ深刻な危機であると示され、世界の GDP の半分(約 44 兆ドル)以上は自然の損失によって潜在的に脅かされているとされています。一方で、ネイチャーポジティブ経済への投資と移行で、2030 年までに約3億 9500 万人の雇用創出と年間約 1150 兆円規模のビジネスチャンスが見込めるとされています。
そして、生物多様性と気候変動、循環経済は相互に関係性があります。自然資源の消費を抑制・効率化することは、気候変動対策や生物多様性の保全に貢献することになり、気温上昇を抑制することで、種の絶滅のリスクを低減することに繋がります。また、気候変動緩和策の中には、生物多様性に正の影響を与えるものもあれば、負の影響を与えるものもあります。脱炭素、資源循環、生物多様性の3要素を統合的に考え、企業価値の向上と持続可能な社会の実現を両立させるような経営を推進することで、求められる環境対応を効率的、効果的に実施できます。
ネイチャーポジティブの概念を実際に自社の事業活動に落としこもうとする際には、自社の事業活動がどのように生物多様性に影響を与え、または依存しているかを確認するとともに、どうすればビジネスリスクを減らし機会に結びつけることができるのかを検討する必要があります。
生物多様性及び自然資本に配慮した経営が、国際的にも、金融機関からも求められている一方で、こうしたプロセスを進める際の事業会社にとっての課題としては、目標・指標の設定や定量化・経済的評価が困難であることや、本業との関連性が低い場合もあるといったことが挙げられています。しかし、事業活動のプロセスを把握した上でサプライチェーンを俯瞰して考えると、多かれ少なかれ原材料等で自然資本を活用しています。自社のサプライチェーンを全て詳細に把握することは非常に難しいのが現状ですが、まずは生物多様性への依存と影響が大きいプロセスや原材料を大まかに特定した上で、それらに絞ってサプライチェーンを詳細に把握していくこと、本ガイドラインでもご紹介しているような既存のツールを活用して影響を測ってみることなどが考えられます。
●第2編 生物多様性の配慮に向けたプロセス
ここでは、国内外の枠組への対応を念頭に、実際に事業活動において生物多様性に適切に配慮するための基本プロセス及び各業種・事業ごとの対応の考え方を解説しています。
基本プロセスとして、
(1)社内体制を構築し、自社の事業活動・サプライチェーンが生物多様性に及ぼす影響の把握により、経営としての重要事項を抽出する。
(2)その結果を踏まえ、自社としての戦略や対応方針、裏付けとなる指標・目標を設定し、目標に向けた具体的な取組を盛り込んだ計画を策定する。
(3)計画等に基づいて具体的な取組を実施し、
(4)定期的なモニタリングにより、自社の取組状況を定期的に把握・分析し、計画の進捗状況や達成度を評価するとともに、必要に応じて計画の見直しに反映する、といったように整理をしています。
さらに横断的取組として、
(5)内部の能力構築や、
(6)情報公開や外部ステークホルダー等とのコミュニケーションを随時実施することを推奨しています。
これらの各プロセスは、実際には業種等に応じて対応する必要があります。まずは自社の事業活動について、該当業種・事業活動ごとの取組を特定、参照し、対応を図りましょう。その後サプライチェーン・バリューチェーンの上流・下流の活動についてもサプライヤー等と連携しながら実態の確認をし、対応をしていく流れが望ましいでしょう。
●第3編 影響評価、戦略・目標設定と情報開示等
第2編で取り上げた生物多様性の配慮に向けたプロセスに関連して、生物多様性・自然資本への影響評価の考え方や、それを踏まえた戦略や目標の設定、情報開示等についてより詳しく解説するとともに、参考となるような企業事例を掲載しています。
生物多様性への配慮を経営に位置づけ、実効性のある取組を行うためには、事業活動による生物多様性への影響や依存を可能な限り定量的に把握し、そこから導かれる事業へのリスクや機会を分析・評価する必要があります。
生物多様性や自然資本は、場所によってその脆弱性や受ける影響等は異なります。そのため、評価の目的によっては、事業活動が行われる場所ごとに、生物多様性や自然資本の状況を把握することが必要となる場合があります。その上で、生物多様性に与える影響や、事業の依存度が大きい事業活動・場所を抽出し、事業活動や社会に対するリスクや機会を詳細に分析することになります。その際、生態系はその場所に固有のものであるため、生物多様性に関する影響の評価では負の影響と正の影響を相殺せずに示すことも重要です。
事業活動と生物多様性における影響・依存・リスク・機会を分析した後は事業者として目標設定等の取組を進めた上で、財務に関わる部分を中心に、投資家等に対する情報開示を行うことになります。影響の把握や目標設定、情報開示に関連して、TNFD フレームワークや SBTs for Nature、CDP、生物多様性にかかる国際規格など様々な枠組作りが進んでいるので、可能であればこれらの枠組に対応する形で取り組むことで、効率的な対応が可能となるでしょう。
なお、今回の改訂では、経営層の皆さんや従業員の皆さんが、自社の取組レベルを認識し、より高いレベルへステップアップすることが可能となるよう、目標設定と情報開示を柱に、取組のレベルを5段階でお示ししました。
目標設定と情報開示に関する取組レベル(5段階)
段階的アプローチ
1 生物多様性に関して無実施
2 事業活動のうち、一部分について、実施
3 環境マネジメントシステムなどに基づき継続的に実施
4 将来的に必要となる国際的枠組(SBTs for Nature、TNFD)に向けて一部の活動を実施
5 国際的枠組に対応し、活動を継続的に実施
以上の生物多様性と事業活動の関係の分析やそれに基づく戦略・目標の設定については、対外的に公表してステークホルダーとコミュニケーションを図ることで、事業への理解の深化、資金調達や市場でのレピュテーションの機会、本業におけるイノベーションや企業価値の向上に資する気づきを得ることに繋がっていきます。その際、投資家や消費者等に説明するため、「生物多様性保全に取り組むことが自社製品や自社自体の価値向上にどう結びつくか」について、説得力のあるストーリーが必要となるでしょう。
現在、生物多様性に関する事業者の情報開示に関して、統合報告書、環境報告書、サステナビリティ報告書などを通じて、事業活動による自然への影響の削減等の非財務情報の開示が、多くの事業者によって行われています。一方、最近の動向として、財務情報に関連しての開示を目的とした TNFD フレームワークの議論が進展しています。今後は、これらへの対応も必要となります。同フレームワークは財務情報に関連しての開示を目的としているため、いわゆる CSR 的な取組は必ずしも情報開示の対象とはならない可能性があります。ただし、地域社会での自然保護活動や 30by30 目標への貢献などの取組が本業のリスク・機会にどう繋がるかストーリー付けした上で情報開示することで、地域社会への理解促進や、従業員の士気向上などに繋がる効果が期待されます。
また、欧州においては金融機関に対するサステナビリティ情報開示規則(SFDR)といった規制的な情報開示制度が構築されているほか、デュー・ディリジェンス指令やタクソノミー規則への対応等が求められるようになってきています。取引等の相手国における情報開示制度にも配意し、影響・依存・機会・リスクの分析等を通じてこれらの新たな規制についても統合的に検討していくことにより、国際的な市場の動きに対応しやすくなるでしょう。
●第4編 Q&A集
ここでは、実際に事業活動において生物多様性に関する取組を進めるに当たって、企業の実務担当者からいただくことの多い質問と、それに対する回答をお示ししています。すべての企業、中小企業、金融機関向けに分かれており、2030 年に向けた新たな国際的な枠組・イニシアティブに関する情報を可能な限り網羅していますので、組織内部での説明にもご活用いただければ幸いです。
また、今後も戴いたご意見等を踏まえ、Web 上で更新を続けていく予定です。
●参考資料編(別冊)
世界の生物多様性の状況、国内外の各種枠組、生物多様性に関する団体やイニシアティブ、影響評価、目標設定、情報開示や認証制度に関する参考情報を掲載しているほか、情報公開、定量的目標設定に関する企業の活動事例を紹介しています。
4.おわりに
2010 年に愛知県名古屋市で生物多様性条約第 10 回締約国会議(CBD COP10)が開催され、生物多様性の保全と持続可能な利用のために世界が 2020 年までに取り組むべき「愛知目標」が採択されたことが、日本企業の間で生物多様性の取組が広まるきっかけの大きな一歩となりました。しかし 2020 年を迎えた今、愛知目標のほとんどの項目についてかなりの進歩が見られたものの、ビジネスに関わる目標を含めた全ての目標について、残念ながら完全に達成できたものはひとつもないという結論が出されました。「今までどおり(Business as usual)」の事業や生活を続けていけば、生物多様性は損失を続けるばかりです。私たちが今まで当たり前に過ごしてきた生活、当たり前に消費してきた自然の恵みをこれからも享受していくためには、CBD COP15 にて新たに採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」の 2030 年ミッションにあるとおり、「生物多様性の損失を止め、反転させるための緊急の行動をとる」必要があるのです。
事業者の皆様には、持続可能な経営の実現に向け、自社の生物多様性への依存と影響を把握し対応すること、及び自社の本業である技術やサービスによって機会を得ていくことを期待し、本ガイドラインがその一助となれば幸いです。
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85ページからなる本編はこちらです!
https://www.env.go.jp/content/000125803.pdf