情報更新日:2005年06月12日
運動不足社会の健康を脅かす肥満の蔓延
レスター・R・ブラウン
先進国・発展途上国を問わず、太りすぎの人が増えている。いまや肥満は、流行病ともいえそうな勢いで広がっている。肥満になると、心臓病や脳卒中、乳ガンや大腸ガン、関節炎、成人発症型糖尿病などにかかりやすくなり、健康が損なわれてしまう。米国疾病管理センターの推計によると、米国では毎年30万人が肥満関連の疾病によって死亡しているという。
これまで肥満対策というと、食事法でカロリー摂取量を減らすことに主眼が置かれてきたが、運動不足も肥満に強く結びついていることが明らかになってきた。
人類は400万年にわたって狩猟・採取生活を続けてきた。この体をよく動かす生活様式の中で、人間の代謝系は形作られてきた。したがって、運動を欠かすと健康な体重が維持できないのかもしれない。
現在、成人の過半数が太りすぎだという国がいくつかあるが、これは人類史上はじめてのことである。アメリカでは、成人の61%が太りすぎである。ロシアでは54%、英国では51%、ドイツでは50%という数字である。ヨーロッパ全体では、35歳から65歳の人口の半分以上が体重過多なのである。
発展途上国でも太りすぎの人の数が増えている。たとえば、ブラジルでは成人の36%、中国では15%が肥満である。
以前より肥満の人が増えているというだけではなく、その増え方もこれまでにない勢いである。米国では1980年から94年の間に、成人の肥満は50%も増えた。米国人の男性のうち20%、女性の25%が13.6キロも体重過多である。中国での調査によると、89年から92年の経済成長期に、太りすぎの成人の割合は9%から15%に跳ね上がった。
若年層の肥満も急増している。米国では、6歳から17歳の青少年の少なくとも10人に1人が太りすぎだが、この30年で肥満になる子供の割合が2倍以上に増えている。肥満の子供が成長すると、そのまま肥満の大人になるだけではなく、成人期に病気の治療を難しくする代謝変異も引き起こしてしまう。
肥満が集中しているのは都市部である。社会が都市化し、人々が座って生活するようになると、肥満が増加するのだ。中国でもインドネシアでも、都市部に住む肥満の人の割合は農村部の2倍である。コンゴでは、その割合は6倍にも上る。
ワールドウォッチ・ペーパーの「欠食と飽食」で、ゲーリー・ガードナーとブライアン・ハルウェルは、栄養過多で太りすぎの人は世界中で11億人に増え、栄養不足でやせすぎの人の数に肩を並べていると報告している。王立ロンドン医学学校のピーター・コペルマンは、医学界の考えを一言で言えば、「肥満はもはや、一部の人々に影響を及ぼす外見上の問題だと考えるべきではない。世界全体の健康を脅かす流行病だと考えるべきだ」だと述べている。
肥満は健康に様々な影響を与える。先述した疾病だけではなく、体重が重いと、心臓が血液を送り出す力に対する抵抗が増すので血圧が上がる。関節にかかる力も大きくなるので、腰痛を引き起こすことも多い。肥満の人はそうでない人に比べて、4倍も糖尿病にかかりやすい。
体重が増えると、寿命は短くなる。30歳から42歳までのアメリカ人を対象にこの関係を分析したある広域研究によると、体重が1ポンド(0.45キロ)増えるたびに、26年以内に死亡するリスクは1%ずつ上昇するのである。
太りすぎの結果早死にするアメリカ人が毎年30万人いると推計されているが、この数は喫煙から早死にする40万人に迫りつつある。しかし、肥満と喫煙にはひとつ違う点がある。米国では一人当たりの喫煙量は1980年から99年の間に約42%も減少しているが、肥満は増えているのである。この傾向が続けば、肥満関連の疾病よる死亡数が喫煙関連の疾病による死亡数を追い越すのは時間の問題である。
体重が増えるのは、燃焼するカロリーより摂取するカロリーが多いからである。近代化に伴って、カロリー摂取量は増えてきた。米国ではこの20年間に、男性のカロリー摂取量は10%、女性は7%増えている。現代の食事には脂肪と糖分が多い。今日、平均的なアメリカ人は、食物にもともと含まれている糖分に加えて、ソフトドリンクや調理済みの食べ物などから1日にティースプーン20杯分の砂糖を摂っている。残念なことに、都市部を中心に、発展途上国の食生活も同じ方向に向かいつつある。
カロリー摂取量は増えつつあるが、運動量は減ってきている。米国での最新の調査によると、アメリカ人の57%が「時々運動する」または「全く運動しない」と答えており、この数字は人口に占める太りすぎの人の割合とほぼ一致している。
経済が近代化するにつれ、生活の中で運動する機会が次第に減っている。出勤するにも、自宅からオフィスや工場の職場まで、まさに「ドアを出た瞬間から、行き先のドアの前まで」車で移動する。自動車に乗るようになって、日常生活で歩いたり自転車に乗ったりということがなくなってきた。階段を上り下りする代わりに、エレベータやエスカレータに乗る。余暇はテレビを観て過ごす。英国で
もっとも肥満につながる生活スタイルの要素をふたつ挙げると、テレビを観ることと自動車を持っていることだ。
1日に5時間以上テレビを観る子供は、1日2時間以内の子供に比べ、5倍も太りすぎになりやすい。戸外で遊ぶ代わりに、コンピュータ・ゲームで遊んだりインターネット・サーフィンをして時間を過ごすことも、肥満増加の一因である。
肥満の人は、カロリーの摂取量を燃焼量まで減らそうと、何らかのダイエットをしようとするのが常である。しかし、ほとんど動かない我々の生活スタイルでは燃焼するカロリーが極めて少ないので、残念ながら、ダイエットすることは生理学的に難しい。ダイエットだけで健康な体重まで落とそうと試みるアメリカ人のうち、95%までが失敗している。
どれほどの人が体脂肪を除去する脂肪吸引術を受けているかを見ても、ダイエットが失敗しがちなことがよくわかる。脂肪吸引術とは、皮下脂肪を文字どおり「吸い出す」ものだが、ダイエットがうまくいかなかった人々は死にものぐるいで、最後の手段としてこの危険な外科処置に頼ろうとする。1998年には米国で約40万件の脂肪吸引術が施術された。
多くの場合、肥満の人が健康な体重まで減らそうとするなら、カロリー摂取量を減らすだけではなく、運動をしてカロリー燃焼量を増やす必要がある。我々の代謝系は、狩猟・採取民族の代謝系なのである。この歴史を考えれば、運動することは遺伝的に必要不可欠なのかもしれない。
我々の日常生活に運動を取り戻すことは容易ではないだろう。今日の都市は自動車向けに設計されているので、都市で生活していると、命が脅かされるほどの運動不足に陥ってしまう。我々が健康でいられるかどうかは、歩いたり、ジョギングしたり、自転車に乗ったりしやすい環境を周りに作り出せるかどうかにかかっているといえよう。
もう一度、町づくりをし直さなくてはならない。都市交通の中心には公共交通機関を据え、歩道やジョギング道、自転車専用道路を張り巡らせるのだ。また、駐車場の代わりに、公園や運動場、グラウンドを設けるのである。日常生活の中できちんと運動ができるようなライフスタイルを作り出せないかぎり、肥満という流行病と、それに伴う健康の悪化は蔓延しつづけるだろう。