エダヒロ・ライブラリーレスター・R・ブラウン
情報更新日:2005年06月12日
タバコのない世界へ―米国が先導する禁煙への動き
レスター・R・ブラウン
かつて世界にタバコを広めた米国が、現在、タバコ追放に向けて世界を先導している。米国では100年近くも増加傾向にあった一人あたりの喫煙本数が、1976年の約2,900本をピークに減少に転じた。2003年までには、その数は46%減少し1,545本となった。この傾向が今後四半世紀も続けば、米国では喫煙者がほとんどいなくなるだろう。
喫煙の害が明らかになるにつれて、タバコを段階的に廃止しようという力は勢いを増している。米国臨床腫瘍学会(ASCO)は2003年の年次総会で、世界からタバコを廃絶するよう訴えた。「われわれはガンの専門医として、タバコ製品が引き起こす悲惨な状況に苛立ちを覚える」と、ポール・A・バン・ジュニア会長は述べている。
世界レベルでは、117カ国の医師会が加盟し約1,000万人の医師の代表である世界医師会(WMA)が、喫煙削減のために厳しい措置を取るよう求めている。タバコの煙が原因となった死亡者の数は年間490万人にのぼり、その他の大気汚染による死亡者数の合計300万人を超える数だ。WMAの主な勧告の中には、タバコの増税やタバコ広告の全面禁止などが含まれている。
一方、世界保健機関(WHO)は、「タバコ・フリー・イニシアチブ(タバコのない社会実現構想)」を打ち出した。2003年5月の世界保健総会において、参加192カ国により「タバコ規制枠組み条約」が満場一致で承認された。タバコ広告の禁止、タバコ増税、職場での喫煙制限などを掲げたこの条約は、加盟国中40カ国が批准すれば直ちに発効することになっている。
依存性のあるタバコ製品の世界消費量は、1987年に1人当たり1,038本で天井を打った。米国に約10年遅れて減少に転じた世界のタバコ消費量は、2002年に1人当たり887本となり、15%近く減少した。かつて喫煙大国であったフランス、日本、中国も米国に追随している。
フランスでは現在、政府が本格的な喫煙抑止対策に乗り出しており、1人あたりの年間喫煙本数が1985年の1,750本から2003年には1,338本と、23%以上の減少となった。かつてほとんどの男性が喫煙していた日本では、年間喫煙本数は1992年に1人当たり2,744本でピークに達し、その後、約18%減少して、2003年に2,247本となった。世界最大の人口を抱える中国では、1990年に1人当たり1,440本でピークに達し、2003年には8%減少の1,330本となった。
喫煙が人体に有害な影響を与えるという証拠は増え続けている。喫煙に起因する疾病は、現在わかっているだけでも、心臓病、脳卒中、呼吸器系疾患、数種のガンを含め、およそ25にのぼる。最近の研究結果では、タバコを吸う女性の場合、乳がん発生率が30%も高く、男性の場合には勃起不全の一因となることも明らかにされた。勃起を阻害するのは喫煙による末梢血管の収縮や閉塞だが、これは、心臓病を引き起こす冠状動脈閉塞の前触れでもある。
喫煙関連疾患による年間死亡者数は、世界全体で現在490万人だが、2020年には1,000万人に達すると予想されている。WHOは、成人喫煙者の3分の1近くが喫煙関連疾患により死亡することになると予測している。中国では、喫煙はほぼ男性に限られているが、喫煙率がさらに低下しない限り、中国での喫煙関連疾患による死亡者数は軽く1億人を超えることになりかねない。
肺ガンや心臓病をはじめ、喫煙に起因する疾病が健康に与える害もさることながら、喫煙のもたらす経済コストも大きい。アメリカ疾病管理予防センター(CDC)は研究の中で、医療費や労働生産性の損失分など、喫煙は一箱あたり7ドル18セントの社会的負担を強いていると指摘した。こうした経済的側面を重く見た世界銀行は、WHOと協力してタバコの製造と喫煙の一掃にのり出した。
喫煙を抑止する対策としては、喫煙が健康に与える悪影響についての啓蒙活動、広告の禁止、屋内での喫煙制限、増税、タバコ会社に対する喫煙被害訴訟などがある。啓蒙活動は、喫煙と健康に関する情報がほとんどない発展途上国の農村部で、特に効果が大きいといえる。
米国で禁煙運動の先頭に立つカリフォルニア州は、勃起不全への不安感を巧みに利用したテレビ広告を流している。女性を口説いていい雰囲気になったところで、男性のくわえていたタバコが垂れ下がり始め、女性にふられてしまうというものだ。まだ死を意識するには早い十代の若者たちにとっても、性は大いに気にかかる問題である。タイでは、タバコの外箱に「喫煙は勃起不全の原因となります」という警告文が大きく印刷されている。
米国では、各州政府によるタバコ税の引き上げが一般的になってきた。増税は、喫煙を抑止すると同時に、膨れ上がる財政赤字に歯止めをかけるのにも一役買っている。2002年、50州のうち19州が、タバコ1箱につき平均42セント税金を引き上げ、2003年にはさらに13州が増税を行った。ニュージャージー州では、1箱あたり39セントの連邦税に加え、2ドル5セントの税金を上乗せした。ニューヨーク、コネティカット、マサチューセッツの各州では、1箱あたり1ドル50セントの課税である。
厳しいタバコ税を課して喫煙を抑止してきた国もある。こうした取り組みの先頭に立つのは、1箱5ドル99セントの税金を課すノルウェー、5ドル3セントの英国、3ドル52セントのアイルランド、そして、3ドル8セントのデンマークなどである。
タバコ製造業者は販売製品に対して責任を負うべきだとして、法的措置に訴える動きも多くの国で盛んになりつつある。このようなタバコ訴訟が最も進んでいるのは、おそらく米国だろう。1998年11月下旬、米国のタバコ業界は50の州政府に対し、喫煙関連の疾患治療のために高齢者向け医療保険制度(メディケア)がこれまでに負担した医療費として、合計2,510億ドル、米国国民一人当たりほぼ1,000ドルに相当する驚異的な金額を支払うことに同意した。
タバコの煙の害から非喫煙者を守る試みは、飛行機やレストランでの分煙などから始まった。最近では、全面的な禁煙がこれにとって代った。今では、職場や公共施設、飛行機、電車、バス、レストラン、バーなど、屋内での喫煙を法律で禁じている自治体は珍しくない。ニューヨーク、デラウェア、コネティカット、メイン、カリフォルニアなどの各州も、レストランやバーを全面禁煙としている。2003年4月、ノルウェーは世界で初めて、レストランやバーを全国的に禁煙とする法案を国会で可決した。アイルランド、オランダもこれに続こうとしている。
インドと中国にはさまれた山岳地域の小さな王国ブータンは、喫煙を完全に禁止する世界で最初の国になりそうだ。同国20県のうちすでに19県の保健当局が、タバコ製品販売を非合法化したり公共の場での喫煙に罰金を課すよう取り組みを行っている。
喫煙対策は、喫煙に関連する疾病を速やかに減少させ、平均寿命を延ばすことになるだろう。ほんの数年前までは、タバコのない世界を実現するために、市民運動グループ、政府、医療団体、WHO、世界銀行などが一丸となって活動するなどということは、突拍子のない夢物語に思えたかもしれない。今では、それが現実のものになりつつあるのだ。