レスター・R・ブラウン
世界の穀物収穫量が4年連続で不足し、その不足分が毎年前年を上回っている。今年(2004年)この不足分を埋め合わせるのは容易ではないだろう。2003年の穀物不足分は、これまでの記録をはるかに上回る1億500万トンであり、この量は世界の年間消費量19億3,000万トンの5%にあたる。
この4年間の収穫減により、世界の穀物繰越備蓄量は過去30年間で最も低い水準にまで落ち込み、わずか59日分の消費量となっている。小麦とトウモロコシの価格は7年連続、コメの価格も5年連続で高騰している。(
データ参照)
世界の農家たちは今年、この4年間の減少分を取り戻すことができるだろうか。ただでさえつねに不確実な状況にさらされているのに、生産者は今日では、新たな傾向として台頭してきた地下水位の低下と気温上昇とも闘わなくてはならない。今年もまた穀物収穫量が大きく不足すると、穀物価格はここ数カ月のような上昇を続け、その結果、世界中の食料価格は跳ね上がるだろう。
今年は莫大な収穫量増加が求められている。まず、昨年の不足分1億500万トンを補うに充分な収穫量。さらに、今年新たに増加が見込まれる7400万人を養うのに必要な1,500万トン。今年の収穫開始時点での穀物備蓄量は「59日分の消費量」という危険水準に達していたため、食糧の安全保障上、最低必要とされる70日分にまで立て直す必要もある。今年とりあえずその半分にあたる65日分まで回復させるとしても、さらに3,000万トンが必要となる。
つまり、現在の生産と消費の危ういバランスを保つには、今年、穀物の収穫高を1億2千万トン増やす必要があるということだ。だが、食糧安全保障をある程度までは引き上げようとすると、計1億5千万トン増やす必要がある。
ところが残念なことに、1億2千万トン増を達成できる見込みすら十に一つもなく、おそらく5年連続で収穫量が消費量を下回ることになるだろう。問題は、今年の不足分がどのくらいの量になるのか、それがどの程度世界の食糧価格に影響するのか、である。
今年の穀物収穫量予想については、コメやトウモロコシより小麦の方が容易である。理由は簡単で、昨秋に作付けした北半球の冬小麦が、世界の収穫量の大部分を占めるからだ。主要生産国の中で、2003年に比べて作付面積が減ったのは、中国、米国、ロシア、ウクライナだが、インドや欧州連合では増えており、総面積としてはほとんど変わりない。インドや欧州連合で、昨年の熱波や干ばつが原因で減少した小麦の生産量が期待通り回復するとすれば、今年世界の小麦収穫量は、優に3,500万トンは増加するであろう。
コメ作りは水に依存しているため、作付面積、収量ともに、年ごとの大幅に変動することはあまりない。今年、唯一大きな伸びが予想されるのは中国である。中国政府は、4年連続で縮小しているコメの作付面積を回復させるため、政府買取価格の引き上げを含め全面的な努力をしている。早期の推計では、今年中国のコメの収穫量は1億1,500万トンから1億2,200万トンへの上昇も可能だ。ほかのコメ生産国での増加を控え目に見積もっても、昨年を1,200万トン上回る収穫高は達成圏内のようだ。
トウモロコシは、その大部分が飼料に用いられるが、世界のトウモロコシ収穫量を予測するには、まず収穫量の40%を占める米国から見てみよう。トウモロコシ作付け面積は、昨年とほぼ同じと見込まれているが、米国のトウモロコシの収穫は降雨量に大きく依存するため、熱波と旱魃の影響を受けやすく、収穫量は大幅に変動することもある。米国の農家が、昨年の記録的な収穫量に匹敵するトウモロコシを収穫できるかどうかは疑わしいところだが、それができると楽観的に仮定し、ほかの生産国でも増収になれば、2004年世界のトウモロコシの収穫量は優に1,000万トンは増加するだろう。
ここ数年、生産が落ち込んでいる大麦、ライ麦、カラス麦、モロコシ、キビなどの雑穀については、300万トンの収穫増を見込むとしよう。
小麦3,500万トン、コメ1,200万トン、トウモロコシ1,000万トン、そしてその他の穀物300万トンという予想増加分を合計すると、昨年の収穫量より6,000万トン増えることになる。これで改善はされるが、それでも不足分を埋めるには、まだ6,000万トン足りない。さらに備蓄をある程度回復させようとすると、9,000万トン足りない計算になる。
先に述べたとおり、地下水位の低下と気温の上昇により、穀物の生産量を増やすことがますます難しくなっている。中国のトウモロコシの3分の1と小麦の半分を生産している華北平原や、インドの穀倉地帯であるパンジャブ州を含む大部分の州、それに米国の南部大草原地帯や南西部では地下水位が低下し、井戸が枯れ始めている。その上、これらの3カ国ではいずれの国でも、農家が都市に水を奪われている。これ以外のもっと小さな国々でも帯水層の枯渇や都市部への水供給が原因で灌漑用水が不足している。
ここ2年というもの、世界の主要な食糧生産地域では、記録的あるいはそれに次ぐ高温のため作物が枯れてしまった。1970年以降、地球の平均気温は摂氏0.6度上昇している。過去最高の気温を記録した4年のうち3年までが、収穫高不足の続くここ4年のことである。今年の世界の平均気温が平年(1950-80年の平均)を上回るのはほぼ間違いないだろう。まだ分かっていないのは、どの程度上回るか、最も影響を受けるのはどの食糧生産地域となるかである。
2004年、6,000万トンが不足するという予測が現実のものとなれば、世界は未知の領域に踏み込むことになる。穀物備蓄量が12日分減少し史上最低の47日間分の消費量にまで落ち込むか、それとも食糧価格が高騰し消費の削減を強いられることになるだろう。これは、世界中に存在する1日2ドル未満で暮らす30億人の人々にとっては極めて厳しい状況となる。実際には、備蓄量の取り崩しと価格高騰の両面で不足分が埋め合わされることになるだろう。
予測された規模の不足が起こると、2005年には、1970年代初頭に起きたような食糧不足に対応する政策が執られるのはほぼ間違いない。当時、米国などの穀物輸出国は、国内の食糧価格の上昇を抑制するため、輸出量の規制を行った。
この兆候はすでに現われている。2002年9月、カナダは熱波で収穫高が減少した直後、国内需要を確実に満たすため小麦の輸出を制限すると発表した。その2カ月後、同じように干ばつで収穫高の減少を被ったオーストラリアは、輸出先を従来の相手国のみに制限した。2003年半ばには、欧州連合が数カ月間にわたり穀物輸出許可証の発行を停止した。そして2004年1月、ロシアはパン価格の高騰を食い止めるため、小麦に輸出税を課した。
今後1年の間に穀物備蓄量が低下し、食糧価格が急騰することになると、低所得の穀物輸入国では政情不穏が広がり、その規模によっては世界全体の経済成長に支障をきたす危険がある。そして、これが原因となって日経株価指数やダウ平均500ほか、主要な指標が下がり、そうして人々ははじめて実感するのかもしれない。今後の経済は、人口の安定、水の生産性向上、気候の安定に向けて世界全体で取り組めるかどうかにかかっている―それも戦時下並みのスピードで行う必要がある―ということを。