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エダヒロ・ライブラリーレスター・R・ブラウン

情報更新日:2005年09月11日

デッドゾーン(死の水塊)、世界の沿岸に広がる

 
                                             (ジャネット・ラーセン) メキシコ湾には毎年夏になると、魚や他の水生生物が生存しない巨大な「死の水塊(貧酸素水塊)」が出現する。過去数十年にわたって拡大してきたこの水塊の範囲は、今や米国ニュージャージー州よりも広い2万1,000平方キロメートルにもなることがある。それに比べると規模は小さいが、チェサピーク湾でも同じ事態が見られる。1970年代以降、生命の存在しない広い水塊が毎年出現するようになっており、その範囲は湾の40%に及ぶこともある。 世界中には146カ所もの貧酸素水塊が存在する。貧酸素水塊とは、溶存酸素濃度(*1)が低すぎて生物が生命を維持できない水塊だ。1960年代以降、その数は10年毎に倍増してきた。その多くは季節的なものだが、なかには年間を通して貧酸素状態が続く場所もある。 これらの沿岸水域で、魚や他の水生生物が死に追いやられているのはなぜだろうか。さまざまな事態が複雑に絡みあった結果であることは確かだが、その発端は増加する世界の人口に合わせて、作物を増産しようと懸命になる農家である場合が多い。 化学肥料は作物を成長させるための養分として与えられるが、それが川や海に流れ出ると水中の植物プランクトンにまで栄養を与えることになる。窒素やリンの濃度が過度に高い環境では、植物プランクトンや藻が大量に増殖することがある。こうして発生した植物プランクトンが死ぬと、その死骸は海底に沈み、微生物によって分解される。この過程で海底から酸素が奪われ、貧酸素状態、つまり酸欠状態の水塊が作り出されるのである。 ほとんどの海洋生物は貧酸素状態では生きのびることができない。魚などの泳げる生物は、貧酸素水塊から逃げ去っていく。しかし、そうすれば安全かというとそうではない。新しい場所に移ることで捕食動物に狙われやすくなったり、別の脅威にさらされることもあるからだ。そして、移動が間に合わない貝や甲殻類などの水生生物は、酸素の乏しい水の中で窒息してしまう。 貧酸素水塊の規模はさまざまで、湾岸や河口付近の小さなものから、海底におよそ7万平方キロメートルにわたって広がるものまである。そのほとんどは温暖な海で発生しており、米国東海岸沖やヨーロッパの海に集中している。その他、中国、日本、ブラジル、オーストラリア、そしてニュージーランドの沿岸沖でも確認されている。 世界最大の貧酸素水塊はバルト海にある。ここでは、農業廃水、化石燃料の燃焼によって堆積した窒素、し尿の垂れ流しが組み合わさって、海が富栄養状態になっている。同様の原因で、アドリア海北部、黄海、タイ湾でも貧酸素域が生じている。一部の沿岸海域では、沖合での養殖も富栄養化の大きな一因となりつつある。 世界的に知られる貧酸素水塊のうち43カ所は米国の沿岸水域に見られる。メキシコ湾には今や世界で2番目に大きな貧酸素水塊があり、米国の年間漁獲量のおよそ18%が捕れる非常に生産性の高い漁場の崩壊につながっている。 湾岸の漁業者は、エビや魚を求めて貧酸素水塊の外で漁を行わざるを得なくなった。湾岸の海産物の中で最も経済的価値の高いブラウンシュリンプ(*2)の水揚げは、過去最高を記録した1990年以来減少傾向にあり、溶存酸素濃度が低い年ほどその年間漁獲高も低くなっている。 メキシコ湾の貧酸素水塊を生み出す主な原因は、化学肥料から流れ出した過剰な養分がミシシッピ川によって運ばれてくるせいだと考えられている。現在ミシシッピ川流域からメキシコ湾に流入する窒素の量は、毎年約160万トンに及んでいるが、その量は1955年から1970年の間に測定された年平均流入量の3倍を超える。ミシシッピ川の流域面積は全国面積の41%にものぼるが、窒素の大部分の「源」はといえば、生産力の高いコーンベルト(*3)で使用される化学肥料なのだ。 世界中で1年間に使用される化学肥料は1億4500万トンにのぼり、過去50年間で10倍に増えた。時を同じくして、世界中で貧酸素水塊が増加している。また、毎年自然環境に有効窒素(*4)が加えられていくだけでなく、湿地の干拓や、河川敷の開発などにより、栄養分を処理する自然の浄化力も低下の一途をたどっている。20世紀の間に、世界の湿地の半分が消失した。 米国では、オハイオ州、インディアナ州、イリノイ州、アイオワ州のように、主だった農業州の中には湿地の80%が干拓されている州がある。また、ルイジアナ州、ミシシッピ州、アーカンソー州、テネシー州では、湿地の50%以上が消失している。このため、農家が使用する過剰な化学肥料がさらにミシシッピ川からメキシコ湾に流れ込むことになる。 原因となっている要素の組み合わせが場所により異なるので、貧酸素状態を解消する唯一の方法といえるものはない。しかし鍵となるのは、富栄養化を抑え、生態系の機能を回復させることである。幸い、注目すべき成功例もある。 デンマークとスウェーデンの間にあるカテガット海峡では、1970年代から貧酸素状態になり、プランクトンの異常発生や魚の大量死に悩まされていた。1986年にノルウェーのロブスター漁が壊滅状態になり、デンマーク政府は行動計画の策定を迫られた。 それ以来、主に汚水処理施設や産業からの排出削減によって、水中のリン濃度は80%低減した。さらに沿岸の湿地再生、農家による肥料の使用削減も行われたことにより、プランクトンの増殖が抑制され、溶存酸素濃度が上昇したのである。 また、黒海北西の大陸棚に広がる貧酸素水塊は、1980年代のピーク時には2万平方キロメートルに及んでいた。この地域の中央集権的計画経済が破綻したことが主な原因となって、ドナウ川流域におけるリンの使用量は60%減少、窒素の使用量も半減し、黒海に流れこむその他の河川流域でも同様に使用量が減少した。 その結果、貧酸素水塊は縮小し、1996年には23年ぶりに消滅した。農家は肥料の使用量を大幅に削減したが、収穫量はそれに比例して減少したわけではなかった。つまり、それまでは農家が過剰に肥料を施してきたということだ。 黒海に存在した貧酸素水塊の主な要因はリンであったと見られるが、北海やバルト海では大気中の窒素、すなわち化石燃料の燃焼により排出される窒素が主な原因と思われる。エネルギー効率の改善や節約などを通して燃料の使用を抑制し、再生可能なエネルギーへの転換をはかれば、この問題の原因を軽減できる。 メキシコ湾についていえば、農地からの窒素の流出を抑制することで、貧酸素水塊を縮小することができる。作物が必要とする量の肥料を的確に与えれば、植物が吸収する栄養分が増加し、海への流出をなくすことができるだろう。湿地の再生や保護に加え、環境保全型農法によって土壌の浸食を防いだり、農作物の輪作を変えていくことも海へ流入する窒素の量を減らすために有効な手段である。 米国農地トラストの施肥最適管理実施保証制度(Nutrient Best ManagementPractices Endorsement)のような革新的なプログラムによって、慣習となっている化学肥料の過剰使用を減らすことができる。施肥についての勧告に従って使用量を減らした農家は、そのせいで収穫が減った場合でも、財政面での補填が保証されている。肥料購入にかかる費用を節約でき、損失に対しては保険がつくのである。米国内の試験プログラムでは、肥料の使用量が4分の1減少した。 貧酸素水塊の中には、慎重に目標を設定し、管理することで、わずか1年で縮小できるものもある。しかしその他の貧酸素域(特に、大部分が閉鎖状態で栄養分の入れ替わりが遅いバルト海)では、事態の改善には相当の時間がかかると考えられる。 つまり早急に行動を起こす必要があるということだ。それというのも、貧酸素水塊は、栄養分の流入量や気候条件次第で縮小・拡大するものだが、その結果生じる魚類の個体数激減という事態は、そう簡単に元には戻らないからである。 (*1):水中に溶けている酸素濃度 (*2):クルマエビの一種 (*3):米国最大のトウモロコシ生産地帯 (*4):動植物が栄養分として窒素を取り込めるよう、窒素固定されて、硝酸塩やアンモニウム塩などの形になった窒素のこと。窒素固定をできるのは一部の細菌のみで、マメ科の植物はこのような細菌を根粒細菌の形で共生させている。
 

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