アースポリシー研究所
エコ・エコノミー最新情報2007年第3号
2007年3月21日
値上がりする世界の食糧-自動車の燃料に大量に転用される米国の穀物
http://www.earth-policy.org/Updates/2007/Update65.htm
レスター・R・ブラウン
もしあなたがスーパーマーケットでの支払いが毎週増えていると感じるなら、それはおそらく当たっているだろう。米国で収穫される穀物は、エタノール工場にますます流れてゆき、世界の食糧価格の高騰に拍車がかかっているのだから。
トウモロコシの価格は去年1年で2倍になった。小麦の先物取引もこの10年間の最高値だし、コメの値上がりも続いている。加えて、大豆の先物価格は5割の上昇だ。ブルームバーグ(訳注:金融、経済情報をはじめ様々な情報を提供するサービス会社。その分析には定評がある)は、エタノール燃料用の原料としてトウモロコシの使用が急激に増えた結果、世界の食の流れに思わぬ事態が生じていると分析している。
食糧価格の高騰によって真っ先に打撃を受けるのは、トウモロコシを主食にする国々である。そうした国は20カ国を超えるが、その中の一つメキシコでは、トルティーヤの値段が60%値上がりしている。腹を立てた7万5,000人ものメキシコ国民は街頭で抗議デモを繰り広げ、政府はトルティーヤの価格統制をせざるを得なくなってしまった。
中国、インド、米国はこの3国で世界人口の40%を占めるが、ここでも食糧価格の上昇が続いている。これらの国ではトウモロコシを直接口にすることは比較的少ないが、中国、米国はいずれも、結果的には食肉や牛乳、鶏卵という形でトウモロコシを間接的に大量に消費しているのだ。
中国では穀物や大豆価格の高騰が食肉や鶏卵の価格を押し上げている。1月の豚肉価格は前年より20%高く、また鶏卵価格は16%上昇している。穀物の依存度が豚肉ほどではない牛肉の場合も、6%値上がりしている。
インドでは、2007年1月の食糧全体の物価指数が、前年同月比で10%上昇した。インドの北部で主食とされている小麦の価格は11%も跳ね上がっており、世界の市場価格を上回っている
米国農務省は、国内の2007年の鶏肉の卸売価格は、前年よりも平均10%、鶏卵1ダースはなんと21%、牛乳は14%高くなるだろうと予想している。だがこれは前奏曲に過ぎない。
過去には、食糧価格の上昇は天候に左右されるというのが常識で、それも常に一時的なものだった。それが今回は違う。エタノール工場がどんどん建ち並ぶにつれ、世界の穀物価格は石油価格に追従するかたちで上昇し始めている。穀物価格は、これから長期間にわたって上昇していくだろう
かつては切り離されていた食糧経済とエネルギー経済が、今やひとつの経済として形成されつつある。この新しい経済では、穀物の燃料としての価値が食物としての価値を上回ると、市場では穀物がエネルギー経済に流れるだろう。石油価格が上昇すれば、食糧価格も上がることになる。
2006年には米国の穀物収穫量の約16%がエタノールの生産に使われていた。現在、約80のエタノール工場が建設中であるが、その生産能力は現在の2倍を上回るため、2008年には穀物収穫量のほぼ3分の1がエタノールに回されてしまうだろう。
米国は世界最大の穀物輸出国で、その輸出高はカナダ、オーストラリア、アルゼンチン3国の輸出量をあわせたよりも多い。そのため、米国の穀物収穫量の動向は世界全体に影響を及ぼす。大量の穀物を自動車の燃料生産に転用すると、輸出量は減少するだろう。今や世界の穀倉地帯は米国の燃料タンクへと急速に変貌しつつあるのだ。
1990年代後半には、それまで数十年間減少傾向にあった飢餓人口が増加に転じた。現在、国連が緊急食糧援助国として挙げている国は34カ国。チャド、イラク、リベリア、ハイチ、ジンバブエなど、こうした国々の多くは、破綻国家もしくは破綻寸前の国家と見なされている。通常、食糧援助プログラムの予算は決まっているため、穀物の価格が2倍になると、食糧援助は半減してしまう。
メキシコなどの低中所得諸国では、食糧価格の上昇に対する都市部での抗議デモが政情不安につながる恐れがあり、結果的に破綻国家や破綻寸前の国家の数が増えてゆくだろう。政治不安の拡大は、ある時点で、世界の経済進歩を妨げかねない。
こうした背景があるにもかかわらず、米国政府は「エタノール・ブーム」に浮かれている。ブッシュ大統領は、一般教書演説で2017年の代替燃料の生産目標を350億ガロンに設定した。これには、穀物由来及びセルロース系エタノール、液化石炭が含まれている。
セルロース系のエタノールを競争力のあるコストで生産することは今のところ困難だし、ガソリンよりも炭素含有量の多い液化石炭に対しても市民の反発が高まっていることから、この目標を達成するためには、燃料の大部分を穀物に依存しなければならないだろう。収穫された米国の穀物の大半が燃料に奪われ、食用に残るのはわずかとなり、数百カ国の穀物輸入国の取り分はさらに少なくなる可能性がある。
今後、自動車を所有する8億人と世界で最も貧しい20億人が、穀物をめぐって真っ向から争うことになる。食糧価格の高騰により、世界経済の「はしご」の低い段にいる数百万人が、生きていくために必要な消費量を下回る食糧しか手に入れられず、はしごから落ち始める危険性がある。
2007年2月に世界食料計画のジェームズ・T・モリス事務局長が行った報告によると、現在、毎日1万8000人の子どもたちが飢えと栄養失調で死亡しているという。この一日の死亡者数は、対イラク戦争における過去4年間の米軍戦死者数の6倍である。
この恐ろしいシナリオにも、代案はある。自動車の燃費基準を今後10年間で20%段階的に引き上げれば、米国で収穫される穀物をすべてエタノールに転換した場合と同量の石油を節約することができる。
そのための有力な選択肢となりつつあるのは、プラグイン・ハイブリッド車への移行である。ガソリンと電気のハイブリッド車に、コンセントから夜間に充電できる二次電源を搭載することによって、日々の通勤や買い物などのごく短距離の移動を電力でまかなえるようになる。これに、安い電力を送電網に供給できる多数のウィンドファームへの投資を行えば、ほとんどの場合ガソリン1ガロン(3.785リットル)あたり1ドル程度の電力で走行できるようになるだろう。
心強いことに、トヨタ、日産、GMの自動車メーカー3社はプラグイン・ハイブリッド車の発売計画をすでに発表している。プラグイン・ハイブリッド車への移行キャンペーンを全米に呼びかけているプラグイン・パートナーズにはすでに、電力事業者や企業、州・市政府、農業団体や環境団体など、508のパートナーが参加している。
急速に増えるパートナーのリストには、米国公共電力協会、米国電力研究所、米国風力エネルギー協会、米国コーン生産者協会、およびロサンゼルス、ダラス、シカゴ、ボストンの各市が名を連ねている。数多くのパートナーがすでに、プラグイン・ハイブリッド車が発売され次第、合計8,000台以上を購入する意向を表明している。
エタノール・ブームは政策として十分に考慮された代替案ではない。ますます多くの穀物に由来する燃料製造業を助成する現在の政策を継続するか、より燃費の良い自動車やプラグイン・ハイブリッド車と風力電力を軸とする、新しい自動車燃料経済への移行を奨励するか、米国政府が決断すべき時が来ている。
これは、世界的に食糧価格が上昇し、飢餓が広がり、政治が不安定化する未来か、それとも食糧価格の安定と石油依存度の低下、および二酸化炭素排出量の大幅削減を可能とする未来のどちらを選ぶかの問題である。
(翻訳:酒井、木村、小林)