レスター・R・ブラウン
21世紀は勇気づけられる出来事で幕を開けた。何しろ国連の加盟国が、「2015 年までに、貧困に苦しむ人々の数を半減させる」という目標を採択したのだ。そして2005年の時点で、世界は予定よりも早いペースで目標を達成しつつある。その大きな要因は中国とインドにある。中国は過去25年の間に年9%の経済成長を達成し、インドは過去10年間で年6%に近い勢いで発展しており、両国で何億もの人々が貧困から救い出されている。
中国の貧困者数は、1981年の6億4,800万人から、2001年には2億1,800万人へと減少した。これほど大幅な減少は歴史上例がない。インドも経済分野での発展が目覚ましい。2004年に首相に就任したマンモハン・シンは、力強いリーダーシップを発揮し、農村地域のインフラを整備するという直接的な方法で貧困解消に取り組んでいる。特定の目的に絞った投資が、最貧困層を対象に投入されているのだ。もし、国際社会が、改革に前向きに取り組むインドを積極的にバックアップするならば、さらに何億という人々を貧困から救うことができるだろう。
インドの勢いを持続させるためには資源が必要だ。今、国際社会がすべきことは、そうした資源を確実にインドに投入することなのだ。インドが経済発展を続けている今、世界は次の段階として、その他の地域の貧困、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国と、中南米と中央アジアに点在する小国に集中している貧困の解消に本腰を入れて取り組むことができる。
タイやベトナム、インドネシアなど、東南アジアの数カ国も目覚ましい発展を遂げつつある。大規模な景気後退がない限り、こうしたアジア諸国の経済成長により、貧困削減という国連のミレニアム開発目標は、2015年までにはほぼ確実に達成されるだろう。
こうした良いニュースがある一方で、悪いニュースもある。7億5,000万の人々が住むサハラ砂漠以南のアフリカ地域では、貧困がさらに悪化している。飢餓、非識字、病気が拡大していて、中国とインドでの貧困削減の成果を相殺しつつある。アフリカに対しては、特に十分な対応が必要なのだ。
この数十年で急速な人口増加に直面した多くの国は、人口爆発による弊害にさいなまれている。これらの国では、増え続ける子供たちの教育、膨れ上がる若い求職者のための雇用創出、人口増加がもたらす環境影響への対処、という問題を同時に解決しようと苦慮しているが、もはや限界にきている。HIVの流行といった、より重大な脅威が新たに発生すると、政府はほとんど対応できない。
工業化社会では日常的に処理されている事柄が、発展途上社会では本格的な人道危機問題となりつつある。多くのアフリカ諸国で死亡者数が増加し、世界の人口統計は、新たに悲劇的な展開を見せている。各国と国際社会が協力して、家族規模の縮小を加速しなければ、多くの国で収拾のつかない事態が発生し、さらなる死者をもたらすとともに、政情不安と経済の衰退が拡大するだろう。しかし、この暗い先行きを変える方法がある。それは、今すぐ人口増加に歯止めをかけたいと願う国々を支援することである。
世界の一体化がいちだんと進む中で、貧困の解消と人口の安定化は、国家の安全保障問題である。人口増加に歯止めをかけることが、貧困とそれがもたらす一連の悲惨な状況をなくし、また、貧困をなくすことが、人口増加に歯止めをかけることにつながる。私たちに残された時間は少ない。一刻も早く、かつ同時にこの二つの問題に取り組む必要があるのは明らかである。
国連ミレニアム開発目標は、2015年までに、貧困に苦しむ人の割合を半減させることに加え、飢餓に苦しむ人の割合を半減させること、初等教育の完全普及を達成すること、すべての人が安全な飲料水を利用できるようにすること、HIVやマラリアといった伝染病の蔓延を食い止めることを目標に掲げている。これらに密接に関連して、妊産婦の死亡率を4分の3削減し、5歳児未満の子供の死亡率を3分の2削減することも目標に掲げている。
2015年までに貧困に苦しむ人を半減させるという目標は、予定よりやや前倒しで進んでいるようだが、飢餓に苦しむ人を半減させるという目標は、思うように進んでいない。しかし、初等教育を受けている子供の数は、主にインドでの改善により、かなり増加しているようだ。また、5歳児未満の子供の死亡率は、1980年の1,500万人から、2003年には1,100万人に減少しており、これは今後も減り続けると思われる。
貧困を解消し、家族規模縮小への移行を加速させるために何が必要かは明白だ。それは初等教育の完全普及や、AIDS、結核、マラリアといった伝染病の克服、リプロダクティブヘルス(性と生殖に関する健康)の提供、HIVの感染防止等であるが、それには予算を追加する必要がある。こうした施策を実施するためには、現在すでに支出されている金額に加えて、合計で、年間推定680億ドルの資金が必要になる。
プランB予算 パート1:基本的社会目標達成のために必要とされる年間追加予算
(予算) (使途)
120億ドル 初等教育の完全普及
40億ドル 成人の非識字の解消
60億ドル 44の最貧国で、学校給食の実施
40億ドル 44の最貧国で、未就学児童および妊婦の支援
70億ドル リプロダクティブヘルスと家族計画の実施
330億ドル 基礎的な保健医療サービスの完全普及
20億ドル コンドーム不足の解消
680億ドル 合計
こうした施策の中で最もウエイトの高いのが、教育と保健医療分野への投資であり、この2つが人的資本の開発と人口安定化の核をなしている。教育には、初等教育の完全普及と成人の非識字率をゼロにするための地球規模でのキャンペーンという2つの目標が含まれており、また保健医療には、子供へのワクチン接種を始め、伝染病の防止といった基本的な内容が盛り込まれている。
WHOに提出された「2001年マクロ経済と健康に関する委員会報告」によると、その中に描かれているこうした基本的な保健医療対策を実施することによって、2010年までに毎年約800万人の命が助かるという。貧困の罠から抜け出すためには、これらの取り組みが鍵を握っている。(「2001年マクロ経済と健康に関する委員会報告」http://www.cmhealth.org/を参照)
われわれは歴史上初めて、貧困の解消を可能にする力を、技術、財政の両面で手に入れている。低所得国家が人口増大の罠から脱却できるよう支援することは、世界中の豊かな国々にとって極めて有利な投資なのだ。工業国家が教育、健康、学校給食に対して投資を行うことは、世界中の最も貧しい国々の窮状に対し、人道的な支援を差し伸べるという意味でもあるが、そのことよりもさらに根本的な意味がそこにはある。それは、こうした投資こそがわれわれの子供たちが住む次の世界を形作っていくということである。
(和訳:浜崎、角田、酒井)