レスター・R・ブラウン
持続的な発展を可能にする新しい経済の構築には、時代遅れの産業の段階的な消滅や既存の産業の再構築、新規産業の創出が伴う。この新しい経済では、再生可能なエネルギー源が動力源となり、交通システムの多様化――鉄道・バス・自転車への依存度が高まり、車への依存度が低くなる――が進み、ありとあらゆるものがリサイクルされるようになるだろう。例えば、効率化によって多くの国では石炭が次第に利用されなくなるが、代わりに英国のように天然ガスが使われたり、デンマークやドイツのように風力が利用されたりするだろう。
自動車は、ガソリンを使う内燃エンジンから、電気を併用するガソリンハイブリッド車やディーゼルハイブリッド車、家庭用コンセントなどで充電できるプラグイン・ハイブリッド車、燃費の良いディーゼル車へと移行しており、世界の自動車産業が直面する再構築は小幅なものになるだろう。その際には、エンジン工場の設備入れ替えのほか、自動車技師や自動車修理工の再養成が必要になる。
また新しい経済は、新たに重要な産業を生み出す。これらの産業には、まだ存在していないものもあれば、動き始めたばかりのものもある。その一つが風力発電だ。タービンの製造、設置、保守管理という3つの付随産業をもつ風力発電産業は、今はまだ初期段階にあるが、新たなエネルギー経済の基盤になると期待されている。やがて何百万という風力タービンが、風を安価な電力に変え、風景の一部となり、世界中の農村地域に収入と雇用をもたらすことになるだろう。
風力発電が主要な低コストの電力源になると、それによってまた新たな産業が生まれる。水素製造産業だ。風力タービンが普及すると、電力使用量が減少する夜間には大量の余剰電力が発生する。こうしたほとんど使われない電力を利用することで、タービンの所有者は水素製造装置を稼働させ、風力を水素に変換することができる。そうすれば、現在は天然ガスを燃料としている発電所を、水素を燃料として動かすことができる。風力タービンはやがて、炭鉱や油田、ガス田に取って代わるだろう。
世界の食糧経済については、多くの変化が起こる中、養殖漁業への移行が続くだろう。水産養殖は、世界の食糧経済において最も急速に伸びている分野で、1990年以降、毎年9%ずつ成長している。魚類、特にコイ、ナマズ、ティラピアなど雑食魚の養殖は、穀物を非常に効率よく動物性タンパクに変えられるという理由だけで、急成長が続きそうだ。また、こうした水産養殖の成長に伴い、魚に必要な栄養を研究する専門家が餌を配合する水餌産業への需要も急速に高まっている。それは、今日の家禽産業への需要に匹敵するほどだ。
自転車の製造や、点検・修理なども成長産業である。つい1965年まで、世界の車と自転車の生産台数はどちらも約2,000万台で基本的に同じだった。それが、2003年の時点で、車の年間生産台数4,200万台に対し、自転車生産は1億台を超えるほどに伸びた。こうした自転車販売台数の増加は、主にアジアで自転車を購入できるほど豊かになった人々が増えたことを反映している。先進国の中では、現在オランダとデンマークが他国に先駆けて都市の輸送モデルの開発を進めているが、これを見れば、世界中で自転車が今後どのような役割を果たすのかがわかる。
自転車の使用が拡大するにつれ、電動自転車への関心も高まるだろう。電動自転車は、自転車の動力を完全に、あるいは部分的にまかなうことのできるバッテリー駆動の小型電気モーターを除けば従来の自転車と変わらない。しかし、電動自転車の販売台数は今後も急増し続けるだろう。
さらに、水の生産性を高める産業も成長している。土地の生産性向上に専念した前の半世紀と同じように、これからの半世紀は水の生産性向上に焦点が当てられるだろう。灌漑技術もさらに効率が高まる。また、すでにいくつかの都市で始まっているが、都市部で供給される水の継続的な再利用は、現在の「水で流して、おわり」のしくみに取って代わり、今後当たり前のことになるだろう。
石油価格の高騰に伴って、テレビ会議も注目を集めている。人々は、燃料と時間を節約するために、音声と視覚の両方でつながる電子会議に「出席」することになるだろう。いつの日か、何千もの会社が電子会議を開く日が本当にやってきそうだ。
ほかの有望な成長産業として、太陽電池製造、ライトレール(次世代型路面電車システム)の整備、そして植林が挙げられる。電力が不足している発展途上の国や村に住む17億人にとって、太陽電池の大量生産は電気を供給するための最善策である。また、「交通渋滞と公害はもういい」という人々の声を受けて、世界中の町が車の使用を制限し、ライトレールに切り替えて移動の利便性を図っている。植林も、森林再生のための取り組みがどんどん行われ、植林地が広がるにつれて、一歩先を行く経済活動として浮上してくるだろう。
世界経済の再構築によって創出されるのは、新規の産業だけではない。新たな職業も生まれる。実際のところ、全く新しい専門性の高い仕事や、専門職の中でも新たな分野が出現する。風力発電への転換を大々的に進めるには、立地調査を行い、ウィンドファーム(集合型風力発電所)の建設に最適な場所を特定する風況調査専門の気象学者が何千人単位で必要になる。新しい経済における風力気象学者の役割は、古い経済で石油地質学者が果たしていたものに匹敵するであろう。
また、環境に配慮する建築家もますます必要とされている。エネルギーや資材面で効率が良く、暖房、冷房、照明に関しても自然の力を最大限生かした建物の設計ができる建築家のことである。今後、水不足が進む中、流域水文学者の出番も増えていく。彼らは、地下水の流れを含む地域の水循環を研究し、帯水層の持続可能な供給量を見極める役目を負い、流域管理システムの中心的存在となっていくだろう。
世界が使い捨て経済から脱却する中で、技術者には、自動車からコンピュータに至るまで、リサイクル可能な製品設計が求められるようになる。時間がかからず簡単に解体でき、部品や原材料が取り出せるような製品設計があれば、リサイクルを包括的に実施するのは比較的簡単だ。これに携わる技術者は、原材料の流れの環を閉じ、一方通行型(使い捨て)経済をリサイクル型経済へと転換する使命を負うことになる。
地熱エネルギーに恵まれた国では、発電所であれ、暖房用にこの地下エネルギーを直接活用する場合であれ、最適な場所を選定するのは地熱地質学者に任されることになる。石油地質学者を再教育し、地熱技術を習得できるようにするのも、将来、急増が見込まれる地熱地質学者への需要に対応する一つの方法である。
それ以外に、特に途上国で早急に必要なのは、水を使わない無臭のコンポスト型トイレを使った汚物処理システムを設計する衛生技術者である。水不足の地域では、このような設備推進に向けての動きが見られるところもある。さらに、今後ますます必要になるのは、輪作や間作を専門とする農学者である。この場合、求められるのは、さまざまな耕作地での短い作付け間隔にも耐えうる作物の品種改良や選定、輪作しやすい農法についての専門知識である。
企業が、経済の再構築という試練をくぐりぬけていかなければならないことは明らかだ。しかしそれは大学も同様である。経済の再構築には、風力気象学者、エネルギー設計技師、リサイクル技術者という新たな職業が必要となり、それゆえに将来の専門家を育てる教育課程への需要も高まるのである。