レスター・R・ブラウン
プランBとは「現時点で、政治的に実現可能だろうと考えられること」ではなく、「文明を救うために必要なこと」をまとめたものだ。プランBは、特定の分野やセクターに限ったものではなく、各種の想定内に収まるようなものでもない。
プランBの実行とは、貧困を撲滅し、人口を安定化させ、地球の自然システムを回復させるなど、同時にいくつもの行動をとることを意味する。また、総力を挙げてエネルギー効率改善と再生可能なエネルギー源の利用に取り組むなどして、2020年までに二酸化炭素排出量を80%削減することも必要だ。
この「私たちの文明を救う計画」は、規模も壮大だが、実行のスピードも極めて速くなければならない。日本軍による真珠湾攻撃の後、1942年に米国の産業経済が遂げた改革を彷彿させる、戦時下のようなスピードで世界のエネルギー経済を改革しなければならないのだ。当時米国は、わずか数カ月のうちに、自動車製造を軍用機や戦車、銃の製造へと切り替えた。この驚くべき迅速な変革を可能にした鍵の一つには、3年近くに及んだ自動車の販売禁止措置があった。
今、私たちは非常事態に直面しているが、前向きな気持ちでいられることも多い。私たちの抱えている問題は、すべて既存の技術で対応することが可能である。また、世界経済を環境面で持続可能な方向へと軌道修正するために私たちがしなければならないことは、既に複数の国々で実施されていることがほとんどだ。
既に実用化された新技術の中に、「これまでのやり方に代わる」プランBの要素が見える。例えばエネルギー分野では、最新型の風力タービン1基で、油井1本に匹敵するほどのエネルギーを作ることができる。真空断熱材を用いた日本製の冷蔵庫は、10年前のモデルに比べ、消費電力をわずか1/8に抑えたものだ。またガソリン・電気併用のハイブリッド車は、燃費が1リットルあたり約21キロと、今走っている平均的な自動車の2倍も効率が良い。
プランBの一部を先行して実施している国も数多い。例えばデンマークは、現在電力の20%を風力でまかなっており、これを50%にまで増やす計画である。欧州では、約6,000万人分の家庭用電力が風力発電でまかなわれている。中国では、屋上設置の太陽熱温水器が、2007年末までに約4,000万世帯に普及する見込みだ。アイスランドでは、現在90%近くの家庭で暖房に地熱エネルギーを利用しており、家庭用暖房には事実上石炭を使っていない。
食料についてみると、インドでは飼料源のほとんどを作物残滓でまかなう小規模な乳製品生産モデルによって、1970年以来牛乳の生産が4倍以上に増えた。インドは米国を抜いて世界一の牛乳生産国となり、同国では今や乳製品の生産額がコメの生産額を上回っている。
中国では、生態学的に優れたコイの混合養殖の活用を中心に、養殖漁業が進んでいる。それにより、中国は世界で初めて養殖の生産量が海洋からの漁獲量を上回る国となった。実際、中国の2005年の養殖による生産量は3,200万トンで、これは世界の海洋からの漁獲量のおよそ1/3にあたる。
森林が再生された韓国の山々にも、プランBの世界の姿が見られる。韓国の国土は、一度はほとんど木がなくなり荒れ果てた。しかし現在では65%が森林に覆われ、洪水や土壌浸食が抑えられて、同国の地方にも健康で安定した環境が戻ってきた。
米国では、過去20年間で耕地の1/10(そのほとんどは非常に浸食されやすい土地)が休耕地となり、保全耕起法への移行も進み、土壌浸食が40%減少した。同時に、米国の穀物収穫高は20%以上増加した。
都市の中にも、非常に革新的なリーダーシップをとっているところがある。ブラジルの人口100万人の都市クリティバでは、1974年に交通システムの再構築が始まった。その後、人口は3倍になったが、自動車の交通量は30%減少した。アムステルダムでは様々な都市交通システムが発展しており、市内の移動手段の40%近くが自転車で占められている。パリでも、自動車交通量の40%削減を目指して、自転車を主役とする交通多様化が計画されている。ロンドンで同様の目標を達成するために導入されているのは、市の中心部に入る自動車への課税である。
利用可能な新技術が増えていることに加え、こうした新技術をいくつか組み合わせることによってまったく新しい結果を生み出すこともできる。家庭用電源から大容量のバッテリーに充電できるガソリンと電気のプラグイン・ハイブリッド車と、安価な電気を送電する風力発電所への投資を組み合わせれば、日常の走行のほとんどを電気で、ガソリン換算で1ガロンあたり1ドル(1リットルあたり約28円)未満のコストでまかなえるようになる。世界のほとんどの地域では、現在輸入している石油を国内の風力エネルギーで置き換えられるのだ。
難しいのは、自然界が定めた数多くの最終期限に間に合わずに経済システムが崩壊しはじめる前に、新しい経済を、それも戦時下のように大急ぎで築かなければならないことである。私たちの文明は、私たち自身が作り出した流れによって苦境に陥っているのだ。
環境破壊の流れを逆転させようとする試みが勢いづいているのは、喜ばしいニュースである。一例をあげると、2007年初頭にオーストラリアは、2010年までに白熱電球を禁止し、電力消費量が1/4で非常にエネルギー効率が高い電球型蛍光灯に置き換えると発表した。カナダもすぐに同様の措置をとり、欧州、米国、中国もまもなくこれに続くと期待されている。
世界は政治的イニシアティブのティッピングポイント(訳注:動きが閾値を越えて一気に拡大するポイント)に近づいており、世界の電力使用量を12%近く減少させ、705もの石炭火力発電所を閉鎖できるかもしれない。この「白熱電球禁止」運動は、気候を安定化させるための戦いにおける、最初の大勝利となるかもしれない。
この持続可能な新しい経済の建設に参加することは、心躍る経験だ。そして新しい経済がもたらす生活の質も、心楽しいものとなるだろう。きれいな空気を吸い、混雑と騒音と公害が減った、より文明的な街で暮らせるようになる。人口が安定し、森林が拡大し、炭素排出が減少する世界は、手の届くところにあるのだ。