レスター・R・ブラウン
化石燃料価格の上昇、石油不安の深刻化、それに気候変動への懸念が落とす石炭の将来に対する暗い影。そうした状況を反映して、米国では今「新しいエネルギー経済」が台頭しようとしている。石油、石炭、天然ガスに依存した「古いエネルギー経済」は、風、太陽、地熱が生み出すエネルギー経済に取って代わられつつあるのだ。こうした変化が今、1年前には予想もできなかったほどの規模とスピードで進行している。
テキサス州を考えてみよう。石油の産出量では長年全米第一のこの州は、風力発電量でも2年前にカリフォルニア州に追いつき、今や首位の座にある。テキサス州では現在、およそ6,000メガワット規模の風力発電設備が稼動しており、ほかにも建設および計画中のものが3万9,000メガワット分ある。すべてが完成した暁には、この州の風力発電設備容量は4万5,000メガワット(石炭火力発電所45基分に相当)に達する見込みだ。そうなれば、2,400万人の州民の家庭用電力を賄えるだけでなく、ルイジアナやミシシッピーなど近隣の州にも送電することが可能となるだろう。
風力発電を商業規模で行なっている30州の中で、テキサス州やカリフォルニア州に次いで発電設備容量の大きいのが、アイオワ、ミネソタ、ワシントン、コロラドの各州である。ほかにも風力発電にかけては頭に「超」がつくほど並外れた州がいくつか誕生しようとしている。
まずサウスダコタ州東部では、クリッパー・ウインドパワーが英国石油メジャーのBPと手を組んで、総電気出力5,050メガワットという世界最大級のタイタンウインドファームを建設しようとしている。既にその開発はスタートしており、このウインドファームが完成すれば、現在同州78万人の住民が消費している電力の5倍もの電力がもたらされる。このタイタンプロジェクトには、今や廃線となったアイオワ州を横断する鉄道線路沿いに送電線を引き、イリノイ州や米国中西部の工業中心地帯にまで電気を送る計画も含まれている。
また、ワイオミング州の南中部では、コロラド州の億万長者フィリップ・アンシュッツが2,000メガワットのウインドファームを開発中である。既に彼はカリフォルニア州までの1,440キロ区間に高圧送電線を架設する権利を取得している。この投資を契機に、住民こそ少ないが風の豊富なこのワイオミング州で、今後多くの巨大なウインドファームが開発されてゆく扉が開いたのだ。
ほかにも開発中の送電線がある。州を南北に走るその送電線は、ワイオミング州東部の風力電気を、急成長を遂げているフォートコリンズ、デンバー、コロラドスプリングス等のコロラド州の各都市に届けるだろう。風に恵まれたカンザス州やオクラホマ州も国の南西部にまで送電線を引き、その豊富で安価な風力エネルギーを売り込もうと計画している。
カリフォルニア州はロサンゼルス北西部のテハチャピ山地に4,500メガワットのウインドファームを開発中である。また米国東部では、風力エネルギーでは新顔のメイン州が、130万の州民の需要をはるかに上回る発電設備容量3,000メガワット規模の風力発電所の建設を計画している。さらに、南に下ったデラウェア州でも沖合いの風を利用してウィンドファームを作る計画があり、州民の家庭用電力の半分を賄える最大600メガワットの電力を発電するという。
既に700メガワットの風力発電規模を持つニューヨーク州も、設備容量をさらに8,000メガワット増やす計画を立てており、その大部分をエリー湖やオンタリオ湖を吹き抜ける風を利用することで発電しようとしている。いずれオレゴン州も、風の潤沢なコロンビア川渓谷に900メガワットのウインドファームを作り、現在の発電規模をほぼ2倍に増やすだろう。
どうやら風力は、米国の新たなエネルギー経済の中心的役割を担うよう運命づけられているようだ。最終的には、数十万メガワットという電力を供給することになるだろう。太陽エネルギーも急激に発展している。米国の豊かな太陽エネルギーは、太陽光を電力に変えるため、太陽熱発電所と太陽電池を利用する太陽光発電所の両方によって活用されている。
太陽電池の設置に関しては、100万世帯の屋根に太陽電池を取り付ける「ミリオン・ソーラー・ルーフ計画」を打ち出しているカリフォルニア州が断然トップだ。太陽電池の設置はニュージャージー州でも急速に進んでおり、その後をネバダ州が追っている。
今日、米国最大の太陽電池設備は、ネバダ州のネリス空軍基地に並べられた14メガワット規模のものだが、現在、商業規模での太陽光発電が大きく伸びようとしている。カリフォルニア州の大手電力ガス会社PG&E社が太陽電池による電力供給契約を2件結んでおり、その合計容量が800メガワットだというのだ。この2つの発電所を合わせると、31平方キロメートルの砂漠が太陽電池で覆われることになり、最大出力電力は大規模な石炭火力発電所1基分に匹敵する見込みだ。太陽エネルギーを利用した発電所は、その出力電力がエアコンの需要と同時にピークを迎えるため、暑い気候の地域で魅力がある。
液体を入れた容器の上の反射鏡で太陽光を集め、その液体を約400℃にまで熱し、蒸気を発生させて発電する太陽熱発電所の技術は、急に大きな注目を浴びるようになっている。米国には、1991年に完成した350メガワットの容量を誇る、世界唯一の大規模な太陽熱発電施設がある。
しかし2008年9月の時点で、国内では、個々の容量が180メガワットから550メガワットに及ぶ大規模な太陽熱発電所10基が建設中か開発段階にある。そのうち8基はカリフォルニア州に、あとの2基はそれぞれアリゾナ州とフロリダ州に建設される予定だ。米国の太陽熱発電容量は、今後3年間のうちに420メガワットから3,500メガワット近くにまで増加しそうである。実に8倍の伸びだ。
風力と太陽エネルギーの発展と並んで、地熱エネルギーも爆発的な勢いで開発されている。2008年現在、米国の地熱発電容量は約3,000メガワットで、そのうち2,500メガワットはカリフォルニア州で生産されている。そして、この状況も急に変化し始めている。
現在、米国西部の12州で96ほどの地熱発電所が開発中で、それらが完成すれば米国の地熱発電容量が倍増すると見込まれているのだ。カリフォルニア、ネバダ、オレゴン、アイダホ、ユタの5州が地熱発電の先陣を切って進んでいることにより、今後、膨大な規模の地熱エネルギーが開発される準備ができている。(詳しいデータは、http://www.earthpolicy.org/Updates/2008/Update77_data.htmを参照のこと)
今後、新しいエネルギー経済は、主に再生可能エネルギー源で発電した電力によって促進されることだろう。建物の照明や冷暖房には電気が使われるだろう。さらに、プラグイン・ハイブリッド車や市街地のライトレールトランジット(次世代路面電車)システム、日本や欧州のように都市間を結ぶ高速鉄道システムに移行していけば、米国の交通システムの大半は電気で賄えるようになる。
歴史上、これほどまでに多くの関心が同時に、しかも一カ所に集中するのは珍しい。今の米国における再生可能エネルギー源の開発を後押ししているのは、そうした関心である。何といっても、再生可能エネルギーへの移行は、風力、太陽光、地熱エネルギーの供給を誰も断ち切ることはできないという理由だけで、エネルギー安全保障を高めてくれる。
その上、ここ数十年、石油と天然ガスに見られる激しい価格変動は引き起こさない。ウィンドファームか太陽熱発電所がいったん建設されれば、燃料に費用がかからないため、価格は安定する。再生可能エネルギーへの転換は、炭素排出量の劇的な削減にもなる。私たちにとっては、気候の安定した時代に向かうことができ、気候変動による最も危険な影響も避けることができる。
再生可能エネルギーへの転換はまた、石油に流れる資金を国内にとどめ、新しいエネルギー経済への投資に回すことを可能にする。さらに、国の再生可能エネルギー源が開発され、雇用も創出されるだろう。経済の大混乱と失業の増加というこの時代に、こうした新しい産業は何千もの雇用を毎週新たに生み出していくことができる。
風力、太陽光、地熱産業はそれぞれ、新たな労働者を雇用し続けているだけでなく、建設業や、鉄鋼、アルミニウム、シリコンといった素材製造業における新規雇用も創出している。新しいエネルギー経済を構築し動かしていくには、かなりの数の電気技師、配管工、屋根職人が必要になる。また、気象学者、地質学者、太陽エネルギーの技術者など、高度な技術を持った専門家も数え切れないほど多く雇用されることになるだろう。
再生可能エネルギーへのこうした転換を、確実に、かつ迅速に進め続けるには、一つの重要な分野、つまり、しっかりとした国の送電網の建設において、国のリーダーシップが必要となる。個人投資家たちは長距離にわたる高圧送電線に投資しているが、これらの送電線は、慎重に計画された国の配電網に組み込まなければならない。豊かな再生可能エネルギーの持つ可能性を最大限に生かすには、アイゼンハワー大統領が確立した州間高速道路システムに匹敵するほどの配電システムが必要なのだ。
最後にあたって一言述べよう。このエネルギー転換を動かしているのは、強烈な興奮だ。それは、「人間は今、地球そのものが存続する限り絶えることのないエネルギー源を開発しているのだ」という認識から生まれるものである。
油田は底をつき、石炭も使い果たされようとしている。しかし、産業革命以来、私たちは初めて永遠に存続しうるエネルギー源に投資しているのだ。この新たなエネルギー経済は、次世代に手渡す私たちの遺産となりうるだろう。