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エダヒロ・ライブラリーレスター・R・ブラウン

情報更新日:2009年07月04日

米国における交通システムの再構築:高速鉄道の可能性

 

                        レスター・R・ブラウン

気候の安定化に向けて、大気中の二酸化炭素(CO2)レベルを一定に保つことは、何よりも優先すべき課題だが、その他にも石油生産の減退に向けた備え、交通渋滞の緩和、大気汚染の軽減など、いずれの国も交通システムの再構築に取り組まざるを得ない複数の事情を抱えている。

世界の大部分が熱い視線を向ける米国式の車中心の交通モデル(4人につき車3台)は、米国でさえ長く続けられる見込みはない。まして、それ以外の国となればなおさらのことである。

将来の交通システムの形態は、自動車の役割の変化を軸に構築される。それは、圧倒的に農村的な社会であった世界が、主として都会的な社会へと変化することで徐々に影響を受ける。2020年までに、世界人口の55%近くが都市生活者となるが、都市における車の役割は縮小している。欧州では、この傾向がかなり進み、ほぼすべての国で車の販売台数は頭打ちとなり、今では減少に転じている。

世界の石油産出量がピークに近づくとともに、採算の取れる形で採掘できる石油は不足し、米国が進める世界の自動車生産拡大路線を支えるどころか、米国内の自動車を維持することさえ難しくなるだろう。オイル・ショックは今や、国家の安全を脅かす重大なリスクである。1億3,300万人の労働者のうち88%が自動車通勤をしている米国は、恐ろしいほど脆弱といえる。

気候を安定化させたいと望むどころか、世界のほとんどの場所でドライバーは立ち往生し、交通渋滞を悪化させ、それにより不満と事業コストを増大させている。米国では、労働者の平均通勤時間が、1980年代前半から着実に延びている。自動車は「移動性」を保証したが、だんだんと都市化が進む社会で自動車の数が増加すると、ある時点から逆の現象だけを生むようになる。「非移動性」である。

都市交通の将来像が、路面電車、バス、自転車、車、徒歩を組み合わせたものであるのに対し、800km以内の都市間の移動を将来的に担うのは、高速鉄道である。高速新幹線を開発した日本は、この分野の草分け的存在である。最高時速300kmで走行する日本の新幹線の1日の乗客数は、およそ100万人に上る。特に利用者の多い路線では、3分おきに列車が運行している。

日本の高速鉄道網は、1964年に東京~大阪間の515kmを結んだことに始まり、今や2,190kmまで路線を延ばし、ほぼすべての主要都市を結んでいる。最も乗車率の高い路線の一つが、最初に開通した東京~大阪間を結ぶルートで、この路線の1日あたりの乗客数は11万7,000人に上る。同区間の走行時間は2時間半だが、車だと8時間かかる。高速鉄道は、エネルギーだけでなく時間も節約しているのだ。

日本の新幹線は40年以上にわたり、高速で何十億人もの乗客を運んできたが、一度も大事故を起こしていない。到着時間の遅れも平均6秒ほどである。現代社会の七不思議を挙げるなら、日本の高速鉄道システムは、まさしくその一つといえるだろう。

パリとリヨンを結ぶ欧州初の高速鉄道が開通したのは1981年のことだが、その後欧州は大躍進を遂げた。2007年前半の時点で、欧州の高速鉄道は総延長4,883kmに及び、2010年までに新たに2,754kmが整備される予定である。そして2020年までに、欧州全域に広がる高速鉄道システムに、ポーランド、チェコ共和国、ハンガリーなどの旧東欧諸国の鉄道網を連結し、大陸鉄道網として整備することを目標に掲げている。

ひとたび都市間を結ぶ高速鉄道路線が開通すれば、各都市を鉄道で移動する人の数は飛躍的に増える。たとえば、312km離れたパリとブリュッセルを85分で結ぶ鉄道路線が開通すると、両都市間を鉄道で移動する人の割合は24%から50%に増加した。自動車の利用は61%から43%へと減少し、CO2を大量に排出する航空機での移動は実質上なくなった。

欧州の高速鉄道における旅客マイル当たりの二酸化炭素排出量は、乗用車の1/3、飛行機のわずか1/4である。プランB経済においては、鉄道はグリーン電力で走るので、二酸化炭素排出量は基本的にゼロになるだろう。このような鉄道網は、快適で便利というだけではなく、大気汚染や渋滞、騒音、事故の発生を軽減する。しかも、旅の途中で交通渋滞に巻き込まれたり、空港でセキュリティー・チェックのために長蛇の列に並ぶ、といったことによるフラストレーションからも解放される。

各国間を結ぶ現在の鉄道網はさらに広がり、パリ~シュツットガルト間、フランクフルト~パリ間、そして英仏海峡トンネル~ロンドン間の路線が次々と開通している。英仏海峡トンネルとロンドンを結ぶ新路線により、ロンドン~パリの所要時間は、ほぼ2時間20分に短縮された。最近の路線では、列車の最高時速は320kmにもなる。

高速鉄道に関して日本ならびに欧州とその他の国々を比較すると、そこには格段の開きがある。米国にはワシントン、ニューヨーク、ボストンを結ぶアセラ・エクスプレスがあるが、速度の面でも信頼性の面でも日本や欧州の鉄道には及ばない。

中国でもいくつかの主要な都市を結ぶ高速鉄道の開発が始まっている。2007年開通の北京と上海を結ぶ高速鉄道は、両都市間の移動時間を12時間から10時間に短縮した。現在中国では、全長6,000kmに及ぶ高速鉄道路線が走っているが、2020年までにこの長さを倍増する計画である。

米国では、二酸化炭素排出量の削減と減少する石油供給への備えという二つの必要に迫られ、道路への投資から鉄道への投資にシフトすることが求められている。1956年、アイゼンハワー米大統領が州間高速道路網建設に着手したが、それは、国家安全保障を理由に正当とされた。

今日では、気候変動による脅威と石油供給の不安定性という二つの理由から、旅客輸送、貨物輸送のいずれにおいても、高速電化鉄道システムの構築が必要と考えられる。そのために多少の追加電力が必要となるが、供給源としては、風力発電を中心とする再生可能なエネルギーが利用できるかもしれない。

旅客鉄道システムを作るとすれば、日本と欧州がモデルとなるだろう。大陸横断高速鉄道を平均時速270kmで走行した場合、途中で各主要都市に停車したとしても、東海岸から西海岸までの移動時間は15時間という計算になる。それと並行して、米国全土に電化された鉄道貨物輸送網を構築する必要がある。これにより、長距離トラックの需要は大幅に減少するだろう。

運輸部門における二酸化炭素削減の努力を世界規模で効果的なものにするには、まず米国から始めることである。米国のガソリン消費量は、日本、中国、ロシア、ドイツ、ブラジルなど米国に次ぐ上位20カ国の合計消費量を上回る。米国は、全世界の8億6,000万台の車のうち、およそ28%に当たる2億3,800万台を保有する世界一の自動車大国であるばかりか、車1台当たりの走行距離はほぼ最上位であり、燃費は最下位に近い。

米国に必要な政策を三つ挙げよう。一つは、有効なガソリン税の導入である。今後12年間に毎年1ガロン(約3.8リットル)当たり40セント(約39円)のガソリン税を段階的に導入し、それを所得税の減税で相殺すれば、米国のガソリン税は現在欧州で一般的となっている1ガロン当たり4~5ドル(約390~490円)にまで上昇するだろう。ガソリン価格の上昇とも相まって、このような課税は、低燃費車への切り替えを促進するには十分すぎるものとなるはずだ。

二つ目は、2006年の販売車に適用されている1ガロン当たり22マイル(約35km)という燃費基準を2020年までに1ガロン当たり45マイル(約72km)まで引き上げることである。これは、2007年後半の連邦議会で承認された1ガロン当たり35マイル(約56km)という基準を上回る。この政策 は、米国の自動車産業における燃費向上への取り組みを後押しするだろう。

三つ目は、交通インフラへの投資を道路建設から都市内・都市間鉄道建設へと移行することであり、二酸化炭素削減目標の達成は、この重大な転換にかかっている。

 

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