エダヒロ・ライブラリーレスター・R・ブラウン

情報更新日:2009年09月11日

世界人口の安定化に向けた動き

 

                        レスター・R・ブラウン

現在、世界には、人口が基本的に安定している国、またはゆっくりと減少している国が43カ国もある。日本やロシア、ドイツ、イタリアなど、出生率が最も低い国々では、おそらく今後50年間にわたり人口はある程度減少するだろう。

また、出生率が置き換え水準(長期的に人口が一定規模で維持される水準)、もしくはこれをほんの少し下回るところまで減少している国はもっとたくさんあり、これらの国では、多くの若年層が生殖年齢を過ぎると人口は安定に向かう。中国や米国がこのグループに含まれる。3つ目のグループは、2050年までに人口が2倍以上に増えると予測されている国々で、エチオピア、コンゴ民主共和国、ウガンダなどがここに含まれる。

国連の予測は、出生率に関する3つの異なる前提条件の下で世界人口がどのように増加するかを示している。最も一般的に使われている中位予測では、世界の人口は2050年までに92億人、高位予測では108億人に達する。

また、男女一組当たり子供1.6人という、置き換え水準を下回るレベルにまで世界の出生率が急速に移行すると想定した低位予測では、人口は2041年に80億人弱でピークに達し、その後減少するという。貧困や飢餓、非識字の解消、そして、すでにひっ迫している自然資源への負担の軽減を目標とするなら、低位予測に向けて努力する以外、私たちに選択の余地はほとんどない。

世界の人口増加に歯止めをかけるには、計画出産を望む女性が一人残らず、そのために必要な家族計画サービスを利用できるようにしなくてはならない。残念ながら、現在は、2億100万組のカップルが、必要なサービスを受けられずにいる。

米国国際開発庁の元幹部、J・ジョセフ・シュパイデル氏は言う。「村で貧しい人々と生活を共にし、働いている人類学者たちに聞くと……たいてい彼らはこう答える。『女性たちは、また妊娠したらどうしようとおびえながら暮らしている』と。彼女たちは妊娠をまったく望んでいない」。家族計画サービスの不足を解消することは、世界の最も差し迫った課題かもしれない。その効果は絶大で、しかもかかる費用はごくわずかだ。

明るいニュースもある。子供の数を抑えたいというカップルを後押ししたい国は、すぐにでもそれを実行できる、ということだ。イランは、今にも過去最高を更新しそうだった人口増加率を、たった10年間で、途上国の最低レベルまで下げた。

1979年、イランの最高指導者になったアヤトラ・ホメイニ師は、すでに定着していた家族計画プログラムを直ちに撤廃、その代わりに大家族を提唱した。ホメイニ師の呼びかけに呼応して出生率は上昇、1980年代初めには、イランの年間人口増加率は、生物学的な限界に近い4.2%というピークにまで達した。こうした極端な増加が、経済や環境にとって負担になり始めると、イランの指導者たちは、人口の過密や環境の劣化、失業がイランの将来を揺るがしつつあることに気付いたのだ。
(詳しい情報はwww.earthpolicy.org/Updates/Update4ss.htm を参照。)

1989年、イラン政府は方針を180度転換し、家族計画プログラムを復活させた。1993年5月には、国家家族計画法が可決され、教育、文化、保健などいくつかの省庁が資源を動員して少子化を推進。イラン国営放送には、人口問題や家族計画サービスの利用に対する人々の関心を高める、という責務が与えられた。また、農村部に暮らす人々に保健サービスや家族計画サービスを提供するため、およそ1万5,000カ所の「地域保健センター」や診療所が設置された。

宗教指導者らも、少子化推進運動に直接かかわった。イラン政府はあらゆる避妊手段を導入したが、その中には、イスラム諸国では初となる男性の不妊手術という選択肢も含まれていた。ピル(経口避妊薬)や不妊手術などの避妊手段をはじめ、あらゆる産児制限手段が無料で提供されたのだ。実際にイランは先駆者となり、カップルに対して、結婚許可証を受け取る前に現代的な避妊手段の講習を受けることを義務付ける唯一の国となった。

保健医療への直接的な働きかけのほかにも、女性の識字率向上に向けた幅広い取り組みが始まり、識字率は1970年の25%から2000年には70%を超えるまで上昇した。また、女子の就学率も60%から90%に上がった。さらに、地方世帯のテレビ普及率が70%であることをうまく活用し、テレビを通じて家族計画に関する情報を全国に普及させたのだ。こうした取り組みの結果、イランでは子供の数が7人から3人未満となり、家族の小規模化が進んだ。1987年から1994年にかけて同国の人口増加率は半減、2006年には1.3%となり、米国をほんの少し上回る程度となった。

研究者らは、出生率の低下に対する学校教育の役割に注目しているが、リプロダクティブヘルス(性と生殖に関する健康)や男女の公平、家族の規模、環境保護についての人々の考え方をもっと速く変えることができるのは、ラジオやテレビの連続ドラマである。よくできたドラマの場合、短期間で人口増加に大きな影響をもたらすこともある。これらの費用は比較的少なくて済むため、学校教育システムの拡充を進めながらでも続けることができるのだ。

この取り組みの効果をほかに先駆けて証明したのは、メキシコ国営テレビネットワーク、テレヴィサの副社長であるミゲル・サビド氏だった。彼は、非識字に関する連続ドラマシリーズを放映した。ドラマの中で登場人物の一人が読み書きを学ぼうと識字センターを訪れると、その放送の翌日には25万人もの人々がメキシコ市にある識字センターを訪れた。ついには、このドラマを見たのをきっかけに、84万人のメキシコ人が読み書きの講座に入会したのだ。サビド氏は別の連続ドラマでは避妊を扱い、そのドラマのおかげで、メキシコの出生率は10年もたたないうちに34%低下した。

このやり方をいち早く取り入れた団体はほかにもある。米国を拠点にする人口メディアセンターは、15カ国ほどでプロジェクトを始めており、ほかのいくつかの国でもプロジェクトの開始を計画している。例えば、エチオピアでは、HIV/エイズや家族計画、女子教育などの、健康や男女の公平の問題をそれぞれ取り上げたラジオドラマを制作した。

2002年の放送開始から2年後に行った調査では、エチオピアにある48カ所のサービスセンターに、リプロダクティブヘルスに関する医療サービスを求めて初めてやって来た人の63%が、こうしたドラマのどれかを聴いていると回答している。また、避妊薬の需要は157%増加した。

リプロダクティブヘルスや家族計画サービスの提供にかかる費用は、それらがもたらす恩恵に比べれば、取るに足らないものだ。こうしたサービスを途上国のすべての女性に行き渡るように拡充するには、先進国と途上国の双方から170億ドル(約1兆5,000億円)近い追加融資が必要になるだろう。

少子化への移行は、経済的に大きな利益をもたらす。バングラデシュでは、1回の望まない出産を回避するために政府が62ドル(約6,000円)を支出することで、ほかの社会的サービスへの支出を615ドル(約5万円)節約できるという分析結果がある。リプロダクティブヘルスや家族計画サービスへの投資が、子供一人当たりの教育や保健医療に充てる財源を増やすことになり、その結果、貧困からの脱却にも拍車がかかるのだ。

人口増加に歯止めをかけたいと望む国々に対して、それを迅速に実行できるように後押しすることで、人口の抑制に加え、経済学者が言うところの「人口ボーナス」がもたらされる。国が少子化に向けてすぐさま行動を開始した場合、養育や教育を必要とする若い被扶養者の数の伸びは、成人労働者の数の伸びに比べると少なくなる。こうした状況では、生産性が急速に高まり、貯蓄や投資が増え、経済成長が加速するのだ。

「人口ボーナス」の効果は数十年しか続かないが、たいていそれだけの年月があれば、一国の近代化の幕開けには十分である。実際、石油資源に恵まれた一握りの国を除けば、人口増加を抑えることなく近代化に成功した途上国はない。

国連の予測では、効果的な避妊手段を利用できない2億100万人の女性のニーズを満たすことで、年間5,200万件の望まない妊娠や2,200万件の人工流産、そして140万人の乳児の死亡を未然に防ぐことができるという。つまり、家族計画サービスの不足を解消しなければ、社会が負うコストは、私たちが対応しきれないほど大きくなるかもしれないということだ。

 

このページの先頭へ

このページの先頭へ