レスター・R・ブラウン
「2004年12月初旬、フィリピンのグロリア・マカパガル・アロヨ大統領は、森林の乱伐によって鉄砲水や地滑りが発生し、340人近い死者が出た後、軍と警察に違法伐採を取り締まる命令を下した」との報道があった。
それより15年さかのぼる1989年には、タイ政府が、激しい洪水や多くの死者を伴った地滑りが起こった後に、木材の伐採を国内全土で禁止した。1998年8月には、数週間にわたる記録的な長江流域の洪により300億ドルもの被害を受けた後、中国政府が、長江上流域での木材伐採を全面的に禁止した。どの政府も森林のもつ洪水制御などの機能の方が、森から産出される木材よりも社会にとってはるかに価値が大きいことを、高い代償を払って遅まきながら学んだ。
20世紀の初め、地球上には推定50億ヘクタールあった森林は、その後徐々に減少し、今では40億ヘクタールにも満たない。現在残った森林は、発展途上国の熱帯/亜熱帯地域と、先進国の温帯/寒帯地域に、ちょうど半分ずつ分布している。
発展途上国の森林は1990年以降、毎年約1,300万ヘクタールずつ消滅した。この面積はほぼギリシャ一国の面積に相当し、10年では現在の世界の森林面積の約3%にも達する。一方、先進国では、毎年推定560万ヘクタールずつ、むしろ森林が増えている。これはおもに、放置された農地が自然に森林に戻ったり、営利目的の植林地が増えたためである。したがって、実質的な森林消失面積は、世界全体で年間700万ヘクタール余りである。
ところで、これらは国連食糧農業機関(FAO)の公式データであるが、残念ながら深刻な現状を反映していない。例えば、皆伐されたり焼き尽くされた熱帯林はほとんど再生することなく、荒れ地になったり、せいぜい低木が生える程度であるが、公式の森林データでは「森林」として数えられることがある。また、消失した原生林の跡に植林されることがあるが、そのような植林地は、もとの原生林と似ても似つかないにもかかわらず、「森林」としてカウントされている。
世界資源研究所(WRI)の報告によると、「残存する森林の大部分は、かつては生態系が十分に機能していた森林が縮小したものであったり、細かく分断され攪乱された森林に変わっている」。世界に残存する森林のうち、WRIが未開拓林(フロンティア・フォレスト)と定義する「比較的、攪乱されておらず、その森
のすべての生物多様性(各森林のタイプに応じた生存能力のあるさまざまな生物群種を含む)を十分に維持していけるだけの広大な手つかずの自然林」は、世界にわずか40%しか残されていない。
森林への圧力は高まる一方である。薪、紙、木材の利用が増え続けているためだ。2005年に切り出された35億立方メートルの世界の木材のうち、半分以上が燃料用であった。発展途上国だけでは、薪に使用される木材が全体の3/4近くを占める。
アフリカのサヘル地域とインド亜大陸では、薪を得るための森林破壊が拡大している。都市部の薪需要が、近隣の森林の持続可能な生産量を上回ると、森はゆっくりと、しかし確実に都市部から遠ざかっていく。その過程は長期にわたって撮影された衛星写真ではっきり確認できる。
都市から森林までが遠くなるにつれ、薪の輸送コストが増え、そのため、エネルギーを濃縮した木炭の産業が発展し始める。マーチ・ターンブルは『(仮題)アフリカ・ジオグラフィック(オンライン版)(Africa Geographic Online)』の中で、次のように述べている。「サヘルの大きな街はどこも、月面のような不毛
地に囲まれている。今やダカールやハルツームで木炭を手に入れようとすると、街から500キロ以上、離れなければならない。時には隣国まで行かなければならないほどだ」。
東南アジアやアフリカの例で明らかなように、木材の伐採には大きな代償も伴う。ほとんどの場合、木材の伐採は外国企業によって行われるが、彼らの関心は一度にできるだけ多くの木材を得ることであり、持続可能な生産量を永続的に維持することなど、二の次である。ある国の森林が消滅すると、伐採企業は別の土地に移動し、後には荒れ地だけが残る。ナイジェリアもフィリピンも、かつては熱帯硬材の最大輸出国であったが、今では林産物の純輸入国である。
21世紀に入り、そのすさまじい発展ぶりにより、地球上に残る自然林にもっとも悪影響を及ぼしているのは、爆発的な成長を遂げている中国の木製品製造業だろう。中国は今、世界中に家具、床材、チップボードなど、建築に必要な材料を提供している。国内および国外の市場に供給するため、中国は国境を越え、しばしば違法にインドネシア、ミャンマー、パプアニューギニア、シベリアなどで木材を乱伐し、調達してきた。今や、中国の伐採企業はアマゾンやコンゴ盆地にまで進出しようとしている。
企業と保護団体から成るNGO「フォレスト・トレンド」は、このまま伐採が続くと、インドネシアとミャンマーの自然林は約10年以内に消滅すると推定している。また、パプアニューギニアの自然林は16年で消滅、ロシア極東の自然林は広大ではあるが、それでも長くて20年しかもたないとみている。
農地や牧場のための開墾は森を焼き払って行われることが多いが、それによって失われた森は、ブラジルのアマゾン、コンゴ盆地、およびボルネオに集中している。ブラジルでは、大西洋岸熱帯雨林の93%が失われ、今ではアマゾンの熱帯雨林で破壊が広がっている。ヨーロッパとほぼ同じ面積のこの巨大な森林は1970年までほぼ手つかずであったが、すでに20%近く失われている。
世界で2番目に大きな熱帯雨林のあるアフリカのコンゴ盆地は10カ国にまたがっている。アマゾンの熱帯雨林と同様、コンゴ盆地の森林も、おもに木材伐採、採鉱、農業利用などのために著しく破壊が進んでいる。400種の哺乳動物の生息地、中でもゴリラ、コビトチンパンジー、チンパンジー、アフリカ象の世界最大の生息地であるこの1億9,000万ヘクタールの熱帯雨林は、今、年間160万ヘクタールずつ縮小し続けている。
マレーシアのボルネオ島(サラワク州とサバ州)では、パーム油需要の急激な伸びにより、1998~2003年の間に年間8%ずつアブラヤシ農園が拡大した。ボルネオ島のインドネシア領(インドネシア名:カリマンタン島)では、年間11%以上と、さらに急速に拡大している。
パーム油は、今や、バイオディーゼル燃料の主要原料としても注目を集めており、アブラヤシの栽培は今後さらに急速に拡大すると思われる。ほぼ無限に伸びるバイオディーゼルの需要により、現在、ボルネオをはじめとする各地の熱帯雨林が危機にさらされている。
かつては大部分が森で覆われていた人口960万人の国ハイチは、薪需要の増加と農園開墾のために森林が伐採され、現在の森林面積は全土の4%にも満たない。木が伐採されると、土壌が流出する。かつては熱帯の楽園であったハイチが今では、生態的にも経済的にも抜け出すことのできない下降スパイラルに陥った国として、事例研究で取り上げられている。現在のハイチは、食糧援助と経済支援を行う国際機関によって何とか生きながらえている破綻国家である。
人口1,800万人の島国マダガスカルの生態系豊かな熱帯雨林が、今、ハイチと同じ轍を踏もうとしている。木炭生産や食糧用の農地開発のために森林伐採が行われるにつれ、過去に各地で起こった被害と全く同じことが次々と起こっている。環境運動家たちは、マダガスカルの景色がまもなく低木と砂地だけになってしまうだろうと警告している。
アマゾンでは放牧地や農地を作るための森林伐採が進むにつれ、陸地から海に流出する雨量が増加し、陸域で循環して降雨を増やす雨量が激減した。そのため、森林の乾燥化が始まり、それがある一定の時点に達すると、無力になった雨林で火事が起きやすくなる。アマゾンの雨林は次第に弱体化し、もはや救うことのできない瀬戸際の状態にまで近づきつつある。
同様の状況がアフリカでも進みつつあるようだ。アフリカでは、薪利用の増加と木材伐採企業による大規模な原始林の伐採により、森林破壊と裸地化が急激に進んでいる。樹木が消滅すると、流出する雨量が増加する。つまり、樹木が吸い上げて大気に放出していた水が地面から失われる。森が消滅すると雨量が減り、したがって作物の生産量も減ることになる。
ますます多くの国が森林破壊の危険性を認識し始めている。現在、原生林の伐採を全面禁止、または一部禁止している国は、中国、ニュージーランド、フィリピン、スリランカ、タイ、ベトナムである。ただ残念ながら、ほとんどの場合、一国で伐採が禁止されても、伐採地が他国に移ったり、違法な伐採を加速させるだけである。