レスター・R・ブラウン
米国は二酸化炭素(CO2)排出量が増え続けた1世紀にピリオドを打ち、エネルギーの新時代に突入した。米国代表は12月のコペンハーゲン国際気候変動会議の準備をする中で、驚くべき強い姿勢でその交渉に臨む決意だ。それは過去2年間で米国が炭素排出量を劇的に9%削減させた実績と、今後もさらに大幅な削減をするという約束に基づいている。
これらCO2削減の取り組みで目に付くのが自動車の燃費基準や家電の省エネ基準の強化と、CO2を排出しない電力で建物の冷暖房と照明をしようという動きである。供給面では、米国の風力、太陽熱、地熱エネルギー源の開発を援助する取り組みが目だっている。
CO2排出量が減ったのは不況やガソリン値上げが一因であるが、省エネ効果やCO2排出ゼロのエネルギー源への転換によるところもある。風力発電所の新規建設数が記録的に増えていることも一因だ。このCO2排出量の大幅削減によって、米国がコペンハーゲンでさらなる大規模な削減を強く訴えるのは当然だろう。
石油と石炭の使用を一世紀以上にわたって増やし続けてきた国にすれば、2007年以降の減少はまさに驚きである。昨年、石油使用は5%、石炭は1%、CO2排出量は全体で3%削減された。エネルギー省の1月から8月までのデータによると、今年の石油使用量はさらに5%下がると見込まれている。石炭は10%削減の見込みだ。全体では、天然ガスを含む化石燃料によるCO2排出量は過去2年間で9%下がった。
今まで私は仕事がら悲観主義者と思われてきた。ますます進む人口増加と迫り来る食糧危機に取り組むことを仕事にしてきたからだ。依然、これらの問題に懸念を抱いているのは事実だが、今日、二酸化炭素の排出量を示す数値は間違いなく良い方向に向かっている。
米国議会は2020年までに15~20%の削減案しか考えていないが、ほんの少しの努力で、米国は確実にこれ以上の削減が可能だろう。気候変動が壊滅的被害をもたらす可能性は高い。そんな事態に世界が直面していることを考えると、米国はコペンハーゲンの会議では、2020年までに80%削減することを強く訴えるべきだろう。
化石燃料使用を減らしてCO2を削減しようという取り組みは、国、州、都市など政治のあらゆるレベルで進行中であり、企業、電気ガスなどの公益事業、大学などでも進んでいる。これだけにとどまらず、気候変動への関心が高く、節約志向である何百万人ものアメリカ人が自らのライフスタイルを変えて省エネとCO2削減を目指そうとしている。
石油業界は「クリーンな石炭」の推進という理念を掲げ、年間4,500万ドル(約41億3,200万円)の予算を組んだものの、今やそのまぼろしを追い求めることをあきらめようとしている。7月9日、新規の石炭火力発電所建設に反対するシエラクラブの全国的草の根計画の責任者、ブルース・ニルスは建設中止に追い込んだ発電所の数が2001年以降で100基目に達したことを発表した。
テネシー川流域開発公社は11の老朽化した火力発電所(平均47年)を持ち、裁判所からも10億ドル(約918億円)を超す公害防止設備の設置命令を受けている。ここでは現在、アラバマ州のスティーブンソン近くのウィドウズクリーク石炭火力発電所にある8基のプラントの中で一番古い6基と、テネシー州のロジャーズビル近辺にあるジョンセビア石炭火力発電所の閉鎖を検討中である。全部で、12州の約22の石炭火力発電所が木材燃料の火力発電、風力発電、天然ガス発電に変わりつつある。
公益事業の需要が下がっているのは、経済不況だけが原因ではなく、省エネが進んだためでもある。州によって省エネの進み具合には大きな開きがあり、省エネ技術開発を推進している州もあれば、古い技術が足かせとなっている州もある。
ロッキーマウンテン研究所の試算によると、省エネ対策が遅れている下位の40州が電力の省エネが進んでいる上位10州と同じレベルになれば、全米の電力消費の1/3は減らせるという。これは米国の617の石炭火力発電所の62%を閉鎖できる数である。
米国の石炭火力発電所が閉鎖されてゆく中で、風力発電は飛躍的に数を増やしている。昨年、102基の風力発電所が稼動を始め、840万キロワットの発電が可能になった。この数字は8つの石炭火力発電所に相当する。今年は、前半で49基の風力発電所が完成し、更に57基が建設中である。さらに重要なのは、建設を開始できるように、3億キロワットの風力発電計画が(300の石炭火力発電に相当)実現化を待っているということだ。
米国の太陽電池設備台数は年間40%の勢いで伸びている。政府の新しいインセンティブもあり、家屋、ショッピングモール、工場の屋根への設置も急速に増加し続けるはずだ。
このほか、鏡を使って太陽光を集めて発電を行う太陽光発電プラントもカリフォルニア、アリゾナ、ネバダ州で急増している。溶融塩による蓄熱技術によって、日没後6時間もプラントの運転が可能になったことがますます幅広い投資家の関心を集めている。約600万キロワットの太陽熱発電所が建設中か、開発段階にある。
石油の使用も減っている。経済不況のせいもあるが、石油の供給がますます不安定になりつつあることや、将来のガソリン価格に対する消費者の不安が高まっていることなどが激減の理由である。ガソリンの需要はさらに減るだろう。というのは、5月に発表された燃費基準で、2016年までに新車の燃費を42%、軽トラックでは25%引き上げることが決まったからだ。
その傾向は今年始めから8月までの新車の売上高に顕著に現れている。そこから分かるのは昨年同時期に販売された車と比べ、今年売れた新車は、1ガロン当たりの平均走行距離が非常に伸びているということである。
こうした改善もインパクトはあるが、実際、燃費を向上させる上で大きい効果がもたらされるのは、プラグインハイブリッド車や電気自動車への移行によってだろう。電気モーターは燃費がガソリンエンジンより3倍も良いというだけでなく、車の運転にも国内の風力発電による電力が使えるという良さがある。コストもガソリン価格に換算して、1ガロン当たり75セント(約69円)と安い。燃料費の安さがより明確になれば、プラグインハイブリッド車や電気自動車への移行は大方の政策担当者の思惑よりもはるかに早く進むだろう。
CO2の排出削減は、もう政治的に可能かどうかの話をしているときではない。科学の立場からその必要性を話し始める時期に来ている。科学的には恐ろしい事態になっているのだ。氷の融解だけを見ても文明が脅かされていることが分かる。グリーンランドでは氷床の融解が進んでいる。
もし全ての氷床が融けてしまうと、それには数世紀を要することは明らかだが、海面は23フィート(約7メートル)上昇するだろう。最近の報告書は、今世紀中に海面は最大6フィート(約2メートル)上がるのではないかと予想している。そういうことになれば、ロンドン、マイアミ、ニューオーリーンズ、アレクサンドリア、上海のように低地の沿海部にある多くの都市の一部あるいは全部が水没し、何百万人もの難民が生まれるだろう。同時にアジアの穀倉デルタ地帯でも川が氾濫し、バングラデシュやベトナムでの穀物の収穫に大打撃が及ぶだろう。
ヒマラヤ山脈やチベット高原での氷河が融けてしまうと、インダス川やガンジス川、長江、黄河から氷が融けた水が失われてゆくだろう。この氷河融水こそ乾季にも川の流れを絶やさず、これらの川の上に成り立つ灌漑システムを支えていたものである。中国が世界の小麦とコメの第一の生産国であることを忘れてはならない。インドにしても、いずれの穀物も生産高では世界で二番目である。したがって、もし両国で穀物の収穫が減るような事態になれば、世界中で食物価格が高騰するだろう。
このような巨大な氷塊の融解を防ぐためには、2020年までにCO2の排出を80%削減するというかなり思い切った手を打たなければならない。それが達成できれば、現在387ppmある大気中のCO2濃度は、2020年には400ppmで頭打ちになるだろう。そのとき初めて、CO2濃度を、米国の中心的な気候科学者ジェームス・ハンセンが、地球温暖化による最悪の事態を食い止めるために削減する必要があると主張する350ppmにまで落とすことが可能になるだろう。
もし米国が80%の削減を推し進めるなら、他国も米国にならって削減するだろうか?特に、世界最大のCO2排出国である中国はどうだろう?それにインドは?
過去には、もし国際社会の取り決めに反対する国があると、国際社会は貿易取引の中止や輸出禁止をしたり、当該国からの輸出品に関税を課す等の措置をとることができた。今は二国間制裁という選択枝もある。なんといっても米国は中国にとっての最大の輸出市場なのである。
しかし、今回はそのようなことをしている状況ではない。なぜなら、気候変動による影響をどこよりもまともに受けている国があるし、またCO2削減に熱心に取り組むことで、新エネルギー産業の分野に投資が生まれているからである。世界で一番多く石炭火力発電所を建設している中国とインドも、食糧の安全保障では地球温暖化による影響が最も直接的に現れる国の一つである。エジプトや韓国、日本のような小さい国なら穀物の半分以上を輸入することもできるだろう。しかし、多くの国民を抱える両国ではそうした輸入ができない。世界には輸出にまわせるそれだけの穀物がないからである。
嬉しいニュースがある。中国が方針転換を速め、風力、太陽、地熱エネルギーに移行し始めているのだ。中国では毎週新しい石炭火力発電所が建ち、そのことに世界は当然懸念を抱いているのだが、しかし建設速度はにぶっているように見える。そして米国と同じように、中国も老朽化し、錆付いた多くの石炭プラントを閉鎖し始めている。
再生可能なエネルギーに関しては、中国には現在の電力需要の7倍分の風力発電能力がある。出足は遅かったが、中国は今、世界でこれまで見たこともないような大規模な風力発電プラントを建設している。風力電力では最近まで米国が世界をリードしていた。しかし、中国の追い上げスピードは目にもとまらないと思えるほどで、来年には米国を追い越すだろう。
太陽光利用の面では、世界中にある屋根に取り付ける温水器のうち2/3が中国にあり、太陽電池の生産量も中国が最も多い。今月の初めには、中国政府は米国のどの設備より4倍も大きい200万キロワット規模の太陽電池設備を建設する計画があると発表している。
インドにおけるCO2削減問題と将来のエネルギー需要問題を解決する鍵は、風力エネルギーだけではない。ほかにも大インド砂漠(タール砂漠とも言う)の豊な太陽光がある。そこで得られる太陽エネルギーはインド全経済の電力を賄えるほどだ。また日没後も数時間電力を発電できるこの新しい太陽光発電プラントはインドが石炭一辺倒の状態から抜け出すことを可能にするだろう。
CO2の削減にも問題点はある。新エネルギー産業の立地場所は国内のどこに置くのか?誰が風力タービン、太陽電池パネル、高効率の発光ダイオードを作るのか?いずれにしろ、CO2の削減をいち早く成し遂げた国が、競争市場での優位を保つのは確かである。
地球の気候を安定させる仕事は複雑である。そしてそれにはリスクが伴う。もし米国がこの問題の先頭にたち、しかも大胆に取り組むなら、世界は米国に付いてくる、そう私は信じている。