レスター・R・ブラウン
太陽エネルギーの利用が、あらゆる面で拡がっている。その背景には気候変動とエネルギー安全保障に関する懸念の高まり、太陽エネルギーの利用に向けた政府奨励策の拡充、その利用コストが下がる一方で化石燃料費が上昇するといった状況がある。本格的に広まり出している太陽エネルギー技術、それは、太陽光を給湯と暖房の両方に使える熱に変換する太陽熱集熱器の利用である。
例えば中国では現在、2,700万台の太陽熱温水器が屋上に設置されている。4,000社近い中国企業がこの装置を製造しており、比較的シンプルで低コストのこの技術は、電気のない村々で「リープフロッグ(かえる跳び)型発展」(訳注:電気のない生活から化石燃料に依存する段階を通らず、一気に再生可能エネルギーにジャンプする発展のしかた)を見せている。
わずか200ドル(約1万8,800円)で、村の住民は屋上設置型の太陽熱集熱器を取り付けて、生まれて初めて熱いシャワーを浴びることができるのだ。この技術は中国全土で野火のような勢いで広まりつつあり、既に市場が飽和状態に近づいている地域もある。中国政府は2020年までに、給湯を目的とした屋上太陽熱集熱器の集熱面積を現在の1億1,400万平方メートルから3億平方メートルに増大させる計画だ。
中国では、この装置によって生み出されるエネルギーは、石炭火力発電所49基の発電量に匹敵する。インドやブラジルなどほかの発展途上国でも、近い将来何百万もの世帯がこの手頃な価格の温水技術に頼るようになるかもしれない。電力網がない農村地域へのリープフロッグ型発展は、携帯電話が従来の固定電話網の導入段階を飛び越え、何百万もの人々にサービスを提供するようになった経緯と似ている。従来の固定電話網を当てにしていたら、彼らはいまだに設置工事の順番が回って来るのを待っていなくてはならなかったであろう。屋上太陽熱温水器の初期設置費用を一旦支払えば、基本的にお湯は無料で手に入る。
エネルギーのコストが比較的高い欧州でも、屋上太陽熱温水器は急速に普及しつつある。オーストリアでは、今や全世帯の15%が給湯をこの装置に頼っており、中国のようにほぼ全世帯が太陽熱集熱器を屋根の上に載せている村もある。ドイツでも普及が進んでいる。現在約200万人のドイツ人が屋上太陽熱システムで給湯と暖房の両方が賄える家に住んでいるとワールドウォッチ研究所のジャネット・サウィン氏は指摘する。
近年、欧州で屋上給湯暖房装置が急速に導入されていることに後押しされ、欧州太陽熱産業連盟(ESTIF)は、2020年までに屋上集熱器の集熱面積を5億平方メートルに、つまり全てのヨーロッパ人一人当たり1平方メートルという野心的な目標――世界のトップであるキプロスの現在一人当たり0.93平方メートルを少し上回る――を掲げた。ほとんどの装置は温水と暖房の両方に対応できるように設計された太陽熱コンビシステムになる見通しだ。
欧州では太陽熱集熱器はドイツ、オーストリア、ギリシャに集中しており、フランスとスペインでも本格的に動き出している。スペインでは2006年3月、新築または改築の際に集熱器を取り付けることが義務化され、設置への取り組みに弾みがついた。それを受け、ポルトガルもすぐに独自の義務付けを行った。
ESTIFの推定によると、欧州連合には1,200ギガワット熱量相当の太陽熱給湯暖房を長期的に開発する潜在能力が備わっている。つまり、太陽が欧州の低温暖房(床暖房などのように低温で時間を掛けて空間全体を温めていく暖房システム)の需要の大半を満たせるということだ。
米国の屋上太陽熱温水器業界は、長らく隙間市場を中心に展開してきた――1995年から2005年の間、スイミングプール向けに1,000万平方メートル分の太陽熱温水器の販売とマーケティングが行われている。しかしこうした実績を元に、2006年連邦税額控除が導入される際には、業界は住宅用太陽熱給湯暖房装置を大量に販売する体勢を整えていた。ハワイ、カルフォルニア、フロリダを中心に、2006年には装置の導入が3倍に増え、以降も設置は急ピッチで進んでいる。
今あるデータを基に世界的な予測をしてみたい。2020年までに中国は太陽熱温水器の集熱面積を3億平方メートルに、ESTIFは欧州において5億平方メートルにする目標を定めている。同年までに米国が3億平方メートルにすることは、近年導入された税制上の優遇措置を考慮すれば、確実に実現可能な範囲と言える。日本には現在700万平方メートル分の給湯用太陽熱集熱器が屋上に設置されているが、同国は化石燃料をほぼすべて輸入していることから、2020年までに8,000万平方メートルに到達することは容易であろう。
中国と欧州連合が目標を達成し、日本と米国での導入が予測通りに進めば、2020年までに合算して11億8,000万平方メートル相当の温水暖房容量が確保される。中国を除く発展途上国についての妥当な推測を加えると、同年に世界の合計は15億平方メートルを超える可能性もある。この面積があれば、2020年までに世界全体で1,100ギガワットの熱量相当の太陽熱が利用できるようになるだろう。石炭火力発電所690基に匹敵する量だ。
アースポリシー研究所は、今後10年以内に世界の実質炭素排出量を80%削減することで急変する気候を安定させるべく大規模な計画を打ち出し、その一環として再生可能エネルギー源による熱生産について2020年の目標値を設定している。この目標値の半分以上を太陽熱で賄えることになるのだ。(詳しい情報は、『プランB4.0:人類文明を救うために』の4章と5章を参照のこと。
www.earthpolicy.org/index.php?/books/ pb4にて無料ダウンロード可。)
このように工業国では太陽熱を利用した給湯暖房が大きく広がることが予想されており、太陽熱温水器が電気やガスによる温水器に取って替わると、現在稼動中の石炭火力発電所のいくつかを閉鎖し、天然ガスの利用を減らすことが可能になる。また一方で、中国やインドのような国では、太陽熱温水器は石炭火力発電所を新設する必要性をもっぱら減らすことになるだろう。
欧州と中国では、太陽熱温水暖房装置は経済的に大きな魅力がある。先進国では節電により平均10年も経たないうちに採算が取れるからだ。また、エネルギー安全保障と気候変動に対する懸念にも応じている。
中国を中心に屋上太陽熱設備の価格が下がるなか、イスラエル、スペイン、ポルトガルのように、新築の建物すべてに屋上太陽熱温水器の設置を義務付ける国が多くなるだろう。こうした屋上の装置は、もはや一時的な流行ではなく、急速に主流となって来ているのである。