レスター・R・ブラウン
日々のピーク時やある季節に集中する電力需要に対応するためだけに大型の発電所を建設するのは、電力システムの管理方法として非常にコスト高である。そう気づき始めた電力会社がますます増えている。
既存の電力網は一般的に「非効率」「無駄が多い」「機能性に欠ける」という三拍子揃った地方の電力網をつなぎ合せている。そうした電力網では、例えば、余剰電力を不足している地域に回すことができないことも多々ある。今日の米国の電力網は、州間幹線道路建設以前の20世紀半ばの道路網に似ている。今必要なのは、州間幹線道路に相当する電力網だ。
送電線が混雑しているために安価な電力を消費者に送れないのは、交通渋滞と同様の損失を生じる。送電能力不足による消費者の損失は、米国東部だけで年間160億ドル(約1兆4,880億円)に及ぶと推定される。
米国に強力な全国電力網があれば、電力を余剰地域から不足地域へ絶えず動かせるようになり、必要となる総発電容量も減らせるだろう。最も重要なのは、その新しい電力網があれば、風力、太陽エネルギー、地熱エネルギーの豊富な地域と消費の集中する地域とをつなぐことができるということだ。あらゆる再生可能エネルギー源を利用する全国電力網は、それ自体が電力の安定供給の要因になるだろう。
しかし、必要に応じて電力を移動させることができ、新しいエネルギー源と消費者とをつなぐ強力な全国電力網を設置することは、まだ取り組みの半ばでしかない。電力網と電気製品の双方が同じようによりスマートに(賢く)なる必要がある。
一番わかりやすく言えば、スマートグリッド(賢い電力網)とは、進歩した情報技術を活用して、この技術を発電、電力供給、利用者システムに取り入れ、電力会社が直接消費者とやり取りできるようにするものである。そして、もし消費者の承諾があれば、消費者の家電製品とも通信可能にするものである。
米国の電力研究所によると、スマートグリッドの技術があれば、年間で米国経済に1,000億ドル(約9兆3,000億円)近い損失をもたらしている停電や電力の変動を減らすことができる。センター・フォー・アメリカン・プログレスが2009年に発表した優れた研究、『進歩に向かって2.0:全米クリーンエネルギー・スマートグリッドの構築』において、ブラッケン・ヘンドリックスは、幾つかの情報技術があれば、電力網の効率を上げる可能性が大いにあると指摘している。
「適例として、電力網で電圧と電流をリアルタイムにモニターするための同期フェーザをもっと広範囲に使用するよう促進することが挙げられる。電力網全体でこの種のリアルタイム情報をさらに有効利用できれば、全米で少なくとも20%の省エネができると推定される」。このほかにも数多くの事例があり、電力網の効率アップの可能性がうかがえる。
『進歩に向かって2.0:全米クリーンエネルギー・スマートグリッドの構築』(仮邦題)
Wired for Progress 2.0: Building a National Clean- Energy Smart Grid
(http://www.americanprogress.org/issues/2009/04/wired_for_progress2.0.html)
スマートグリッドは地理的に電力をより効率よく移動させるだけではない。時間的な電力使用の移動、例えば、電力需要がピークの時間帯からそうでない時間帯への移動も可能になる。これを実現するには、ある時間帯にどれだけ電力が使われているかを正確に調べる「スマートメーター」を持つ消費者との協力が必要になる。
これにより、電力会社と消費者との双方向の通信が可能になり、お互いに利益となる方法でピーク時の電力需要を減らすよう協力できるようになる。さらに、双方向での電力計測も可能になり、屋根に太陽光発電パネルを取り付けたり、自宅用の風力発電機を設置している顧客は、余った電力を電力会社に売り戻すことができるようになる。
電力網からの信号を受信できるスマート家電とスマートメーターとを組み合わせれば、需要のピーク時を避けて電力を使用できるようになる。需要が多い時間に電気代を高くすれば、消費者は行動パターンを変えるよう促され、市場の効率化も進む。例えば、皿洗い機を午後8時でなく、電力需要がずっと低い午前3時に動くよう設定することも可能である。また、需要集中時の負荷を軽減するために、エアコンを短時間切ることも可能である。
欧州でも、技術は異なるが同じ目標を実現する先駆的な取り組みが行われている。どの電力網においても送電中の電力には多少の変動がある。イタリアのある研究チームが、電力網の送電状況をモニターする機能をもつ冷蔵庫の試験を実施中だ。
この冷蔵庫は、電力の需要増加あるいは供給低下があると、影響を及ぼさない範囲内ですぐに自動的にスイッチが切れる。『ニュー・サイエンティスト』誌は、この技術が英国の3,000万台の冷蔵庫に取り入れられると、英国の最大電力需要が発電容量にして2,000メガワット分減少し、石炭火力発電所4基の閉鎖が可能になるとしている。
同様の取り組みは、住宅や商業用ビルに設置された空調システムでも実施できるだろう。スマートグリッドの設計を行う米国の会社、グリッドポイントのCOO(最高執行責任者)であるカール・ルイスは「われわれは、どこかの家のエアコンのコンプレッサーを、室温はまったく変えないまま、15分間止めておくことができる」と語る。スマートグリッドの最も重要な点は、情報技術にある程度投資すれば、最大電力使用量が削減でき、電力の省エネとそれに伴う炭素排出量削減の両方が図れるということだ。
時間帯によって電力料金を変える試みを他に先駆けて始めた電力会社も幾つかある。オフピーク時の電気料金をピーク時よりもかなり低く設定するというものだ。同様に、夏が非常に暑い地方では、季節的な需要のピーク時にはコスト高になることが多い。
一例であるが、ボルティモア・ガス&エレクトリック(BGE)は2008年に試験的なプログラムを実施した。このプログラムで、同社は、参加した顧客の承諾をもとに、最も暑い何日かについて、予め顧客が選択した一定の時間間隔で顧客のエアコンを止め、それによって節約された電気量に応じて顧客に大幅な払い戻しを行った。
この地域の現行電力料金はキロワット時あたり約14セント(約13円)であるが、一番需要が集中する時期のさらに需要がピークになる時間帯に電力の使用を控えると、顧客にはキロワット時あたり最大でその12倍以上にもなる1.75ドル(約163円)が払い戻された。したがって、顧客がある午後4キロワット時の電力を節約すると、顧客に請求される電力料金は7ドル(約651円)の減額となった。
このプログラムによって、ピーク時の顧客の電力消費量は1/3も削減され、同社はそれに力を得て、2009年の夏季に向けてさらに進んだ「スマート」技術を使った同様のプログラムを計画することになった。
米国内ではスマートメーターへの移行が急速に進んでおり、ここ数年の内にスマートメーターを設置しようと計画している電力会社は28ほどにのぼる。主導的に取り組む会社の中には、カリフォルニアの二大電力会社、パシフィック・ガス&エレクトリックとサザンカリフォルニア・エディソンも含まれており、2012年までに、それぞれの510万および530万の顧客すべてにスマートメーターを設置する計画である。いずれも、ピーク時の電力消費量を削減するための変動料金制度を導入する予定だ。
ほかにも、中西部のアメリカン・エレクトリックパワー(顧客数500万)やフロリダ・パワー&ライト(顧客数440万)など、全顧客へのスマートメーター接続を目指している会社はたくさんある。
欧州でも、フィンランドを筆頭にスマートメーターの設置が進んでいる。スウェーデンの調査会社、バーグ・インサイトは、2013年までにヨーロッパで8,000万のスマートメーターが設置されるだろうと予測している。
やっかいなことに、スマートメーターという用語は幅広い種類のメーターに使われており、スマートメーターといっても、消費者にその時その時の電力使用データを知らせるだけのものから、顧客と電力会社間が双方向で情報をやり取りできるようになっているもの、さらには、電力会社と個々の家電製品との間での情報伝達が可能なものまで含まれる。肝心なことは、メーターがスマートになればなるほど省エネが進むということである。
電力網、送電システム、電力使用のすべての効率を一挙に向上させる情報技術の利点を活かすことは、まさにスマートなやり方だ。簡単に言えば、スマートグリッドにスマートメーターを組み合わせることで、電力会社と消費者の双方が今よりもずっと効率的になるのである。