レスター・R・ブラウン
市場の失敗を是正する一つの方法は課税シフトである。つまり、環境のためにならない活動の価格が、真実のコストを反映し始めるように、そうした活動への課税を引き上げ、これを所得税の引き下げで相殺する。
コストをかけずにこの目標を達成する方法は、補助金のシフトである。世界の納税者たちは、化石燃料の燃焼、帯水層からの過剰揚水、森林の皆伐、魚の乱獲などの環境破壊活動に対して、少なくとも年間7,000億ドル(約60兆5,080億円)の補助金を負担している。地球評議会が「持続不可能な開発への補助金」と題した調査の中で述べているように、「世界が自らの破壊に年間何千億ドルもの金を注ぎ込んでいるとは何とも信じがたい話」なのである。
ためにならない補助金がたちの悪いものであることは、海洋漁場において、特に明白である。これらの補助金がもたらした結果の一つとして、今では、トロール漁船の数が余りにも増え、それらの捕獲能力は、持続可能な漁獲量の2倍に近い。
現在、海洋漁場の3/4が、許容量以上の捕獲が行われているか、乱獲から回復中なのである。従来どおりのやり方を続けると、これらの漁場の多くは崩壊するだろう。カナダのニューファンドランド沖のタラ漁場は、そうしたことが実際起きることを示した典型例である。長い間、そこは世界で最も生産性の高い漁場の一つだったのだが、1990年代初めに崩壊し、回復の見込みはなさそうである。
結局のところ、各国政府は漁業への補助金を撤廃する必要がある。魚を絶滅させるような乱獲を促す、これらの補助金を、漁場を再生する海洋公園の設立へシフトさせるなら、海洋漁場の回復にとって大きな一歩になるだろう。
ケンブリッジ大学保全科学グループのアンドリュー・バルムフォード博士率いる英国の研究者チームは、83の比較的小規模で管理の行き届いた保護区のデータをもとに、大規模に海洋保護区を運営する場合のコストを分析した。同研究者チームによれば、海洋の30%を占める海洋保護区のネットワークの管理コストは、わずか120億ドル(約1兆373億円)から140億ドル(約1兆2,102億円)であり、今日、各国政府が漁業関係者に与えている有害な補助金220億ドル(約1兆9,017億円)よりも大幅に少ないという。
バルムフォード博士は、「私たちの研究が示すように、海と海洋資源を永久に保全する余裕が私たちにはあり、しかもそれは、持続不可能なやり方で乱獲するために今私たちが費やしている補助金よりも少ない額でできる可能性があるのだ」と述べている。
地下水位の低下によって別の問題が引き起こされているが、それも補助金のシフトによってある程度は対処できるかもしれない。過去半世紀に、何百万本ものかんがい用の井戸を掘ったことで、涵養率を上回る速さで水がくみ上げられ、事実上、地下水を採掘するような状況になっている。
各国政府が、帯水層からのくみ上げを、持続可能な量に制限していないために、世界人口の半数以上を占める国々で、現在、地下水位が低下している。こうした国々には、三大穀物生産国の中国、インド、米国が含まれている。
いくつかの国では、水の生産性を向上させるプログラムに必要な資金が、多くの場合かんがい用水の無駄遣いを奨励している補助金の撤廃で賄える。そういった補助金は、インドのようにエネルギーへの補助金であったり、米国のようにコストを大幅に下回る価格で水を提供する補助金であったりする。これらの補助金を撤廃することで、事実上、水の価格が上昇し、効率的な水利用が奨励されるだろう。
気候の分野では、多くの国々で、化石燃料への補助金を撤廃するだけで、炭素排出量を削減することができる。イランは極端な補助金対策をとっている典型例である。その補助金で石油の国内価格を国際価格の1/10に設定し、自家用車の保有とガソリンの消費を強く奨励しているのだ。
世界銀行の報告によると、イランが年間370億ドル(約3兆1,983億円)の補助金を段階的に廃止すれば、同国の炭素排出量は実に49%も削減されるという。そうすれば、国家収入を同国の経済発展のための投資に回せるようになるため、経済力も高まる。イランだけではない。再生可能エネルギーへの補助金を廃止すれば、インドで14%、インドネシアで11%、ロシアで17%、ベネズエラで26%、炭素排出量が削減されると、世界銀行は指摘している。
すでに数カ国がこうした補助金を撤廃しつつある。ベルギー、フランス、そして日本は、石炭に対するあらゆる補助金を段階的に廃止してきた。ドイツは、1996年に最大67億ユーロ(約7,555億円)だった石炭への補助金を2007年には25億ユーロ(約2,819億円)まで削減した。石炭使用量は1991年から2006年にかけて34%減少した。同国は、2018年までにこの補助金を全廃していく予定だ。
石油価格の高騰に伴い、多くの国々が、国際市場価格よりはるかに下回る燃料価格を維持する補助金を、大幅に削減、または廃止している。財政を圧迫しているというのがその理由だ。こうした国々には、中国、インドネシア、ナイジェリアが含まれる。
英国の緑の党は、「航空産業の経済的マイナス面」という調査において、英国の航空産業への補助金について説明している。国税の完全免除を含めた180億ドル(約1兆5,559億円)の優遇税制措置に加え、航空機で汚染された大気を吸うことに起因する疾患の治療費や気候変動のコストなど、支払われていない外部コストや間接コストは、75億ドル(約6,483億円)近くにのぼる。英国における補助金は国民一人当たり計426ドル(約3万6,800円)である。これは本質的に、逆進税制でもある。つまり、英国民には航空機に乗るだけの余裕のない人もいるのに、より裕福な国民のための高価な輸送手段に対する補助金を支えているからだ。
主要先進国の中には化石燃料(特に気候への悪影響が最も大きい石炭)への補助金を減らしている国もあるが、米国は化石燃料と原子力産業への援助を増やしている。
アース・トラック社の創立者ダグ・コプロウ氏が2006年の調査で算出したところによると、米国連邦政府のエネルギー産業への年間補助金額は740億ドル(約6兆3,966億円)にのぼる。内訳は石油・ガス産業が390億ドル(約3兆3,712億円)、石炭産業が80億ドル(約6,915億円)、原子力産業が90億ドル(約7,780億円)である。この額は現在、「恐らくかなり増えているだろう」とコプロウ氏は指摘する。石油資源の節約が必要な時代に、米国の納税者たちは石油を枯渇させるために補助金を出しているのだ。
経済的混乱を引き起こす気候変動に直面している世界は、石炭や石油の燃焼を奨励する補助金を正当化することはもはやできない。こうした補助金を風力、太陽光、バイオマス、地熱といった、気候に配慮したエネルギー資源の開発に振り向けることは、地球の気候安定化に役立つだろう。
補助金を道路建設から鉄道建設へシフトすれば、多くの場合、交通の利便性を高めつつ、炭素排出量も削減できるはずだ。補助金を伐採道路の建設のためではなく植林のために使うなら、世界各地の森林被覆の保護・回復を支援しながら、炭素排出量を削減することになるだろう。
多くの政府が財政赤字を抱える混迷した世界経済では、課税や補助金をシフトすることが、財政の均衡と、雇用の創出、環境への経済的支援の確保に役立つ。課税と補助金のシフトによって、エネルギー効率の向上、炭素排出量の削減、環境破壊の軽減が期待できる。つまり、3つの側面で、同時にメリットが得られるということだ。