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エダヒロ・ライブラリーレスター・R・ブラウン

情報更新日:2012年04月25日

5,000万ドルがティッピング・ポイント?

 

                        レスター・R・ブラウン

2011年7月21日の記者会見で、ニューヨーク市長マイケル・ブルームバーグは、シエラクラブの脱石炭キャンペーンに5,000万ドル(約38億円)寄付すると発表した。シエラクラブの最高執行役員であるマイケル・ブルーンは、それを「ゲームチェンジャー【訳注:状況を劇的に変える出来事】」だと言った。確かにそうだ。ただしこれによって米国、いや世界が気候問題のティッピング・ポイント【訳注:それを超えると一気に加速する閾値】を迎えることにもなりそうだ。

同じ石炭の廃止を訴えるのでも、マイケル・ブルーンとマイケル・ブルームバーグでは言葉の影響がまるで違う。シエラクラブにかかわりのない人は、ほとんどマイケル・ブルーンを知らないが、マイケル・ブルームバーグの方は同世代で最も成功した企業経営者の一人として、どんなビジネスマンにも知られている。

シエラクラブの脱石炭キャンペーンには二つの主要な目標がある。一つは新しい石炭火力発電所の許可、および建設を阻止することだ。これまでに153件の発電所建設計画が中止された。二つ目は、492の既存発電所の閉鎖である。シエラクラブは、全面あるいは一部閉鎖が決まった71の発電所をリストに挙げており、その大半は2016年までに完了する。

気候を安定させるさまざまな努力が実を結ぶか否かは、世界で炭素排出の最大要因となっている石炭にかかっている。石炭廃止への段階的な取り組みは、中国に次いで世界で2番目に石炭使用量の多い米国で、現在順調に進んでいる。

ブルームバーグの寄付は多くの波及効果をもたらしそうだ。まず何よりも、ほかの慈善家たちがこれに後押しされて気候の安定化のために投資する可能性がある。

石炭への投資の可能性はすでに下降線をたどっており、その流れは今後一段と速まるだろう。2010年8月のレインフォレスト・アクション・ネットワーク(RAN)の発表によると、バンク・オブ・アメリカやJ.P.モルガンをはじめとする米国の大手投資銀行数社が山頂除去採炭【訳注:炭層に達するために山頂を爆発物で吹き飛ばす採炭方法】に携わる会社への融資を打ち切った。また、ここへきてブルームバーグが反対意見を表明したことで、投資家たちは石炭に対してさらに慎重になるとみられる。

このブルームバーグとシエラクラブの取り組みはさらに、石炭の燃焼が引き起こす大気汚染により国内で毎年1万3,200人の命が失われている点にも目を向けている。黒肺塵症で亡くなる炭坑労働者を含めれば、その数はさらに多くなる。

こうした石炭がらみの年間死亡者数の前では、イラクやアフガニスタンの戦争で死亡する米国人の総数は小さく感じられるほどだ。中東にいる米軍兵士の命を守るために米国は莫大な金額を投じている。それは正しい判断だろう。ブルームバーグが言っている。同じことを国内の人に対してもしようではないか、と。

さらに、この脱石炭キャンペーンは、石炭の燃焼に伴って社会が負担する保健医療費への関心をも惹起している。その保健医療費は、現在年間1,000億ドル(約7兆7,000億円)以上と推定され、国民一人当たりだとほぼ300ドル(約2万3,000円)、一世帯(4人)当たりでは1,200ドル(約9万2,000円)に上る。これが現実である。しかし、これを負担しているのは石炭会社ではない、米国民なのだ。

石炭の段階的な廃止にさらに拍車をかけているのが、気候科学者がこれまで何十年間も警告し続けている異常気象の激化である。2011年の上半期、テレビのニュース番組はどれも気象報道で独占された感があった。異変の最初は、アラバマ州のタスカルーサが破壊されるなど、一ヶ月の間に記録的な数の竜巻が発生したことである。ついで、その数週間後、さらに激しい竜巻がミズーリ州を襲いジョプリンを壊滅状態に陥れた。

アリゾナ、ニューメキシコ、テキサスの3つの州では、干ばつや熱波により記録的な、あるいは過去の記録に迫るような山火事が発生し、ミシシッピ川下流では川が氾濫した。また焼け付くような熱波はグレートプレーンズの南部や中西部、東海岸の大地を焦がした。テキサス州では記録史上最悪の干ばつが一年間も続くなど、強烈な熱波は国中で干ばつの記録を更新し続けている。

石炭の先行きは明るくない。 2007年から2010年の間に米国の石炭消費量は8%減少した(参照データ: www.earth-policy.org)。これに対し、ウインドファームは新たに300カ所以上が稼動を始め、合計2万3,000メガワットを超える発電容量を有するまでになっている。これは23の石炭火力発電所が出力する電力量に相当するものだ。

「電気をどこから得たいと思うか」との全国世論調査の結果でも、石炭と答えた人は僅か3%と少なかった。石炭業界は「クリーンな石炭」をうたい文句にし、それに多額の投資をしているが、それでも一般の人が思っているのは石炭には勝ち目はないということである。

この脱石炭キャンペーンには、シエラクラブ、RAN、さらに非営利団体アースジャスティスの有能な弁護士グループに加えて、地球の友(Friends of theEarth) やグリーンピースなども参加している。

グリーンピースは一般の人々の目を環境問題に向けさせることにかけては高い能力を持った団体である。そのことが顕著に発揮されたのは、5月に同団体の8人の活発な活動家がシカゴにある高さ450フィート(約140メートル)のフィスク石炭火力発電所の煙突に上り、「石炭はやめよ」との文字を落書きしたときだった。彼らは発電所の煙によってシカゴの街がひどく汚染されることに、人々の関心を向けさせようとしたのだ。

米国が国内の石炭火力発電所を閉鎖することは、世界へのメッセージとなる。マイケル・ブルームバーグは石炭の段階的廃止を進めるシエラクラブの見事に組織化された計画に賛同し、私財の提供を申し出た。そのことから、今目に浮かべることができるのは、石炭のない社会に生まれ変わった米国の姿である。米国は再び世界のリーダーになれるだろう。そのときは地球の気候を安定させるリーダーとしてである。

 

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