このメールニュースをはじめて2年になりますが、「ニュースが書けなくなるほど時間が足りない!」事態は、今回がはじめてでした。先週の金曜日の明け方に、出版社での校正を終えて、『非戦』の編集作業は、ほぼ手を離れました。
どんな思いで、どんな経緯で、この本が生まれたのか、坂本龍一さんとともに、『非戦』の編集にあたった sustainability for peace というグループのメンバーのおひとり、作家の宮内さんがお書きになったものをいただきました。
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(転送歓迎)
非暴力こそが真の勇気
──『非戦』が生まれるまで
宮内勝典
実りかけた稲が窓にひろがる東北の旅館にこもり、長編小説を書きつづけていた。あと一息で完成するところだった。そんな夜、突然、電話がかかってきた。「テレビを見ろ!」と言う。コードを抜きっぱなしにしていたテレビをつけると、世界貿易センタービルが燃え上がっていた。
戦争が始まったのかと目を疑っているうちに、二つの超高層ビルが崩壊していった。
釘づけになった。もう、テロであることは明白だった。ハイジャックされた旅客機は十一機だと報道されているから、次はかならずホワイト・ハウスに突入するはずだ。
その瞬間がいつやってくるのか、目を瞠いているうちに、夜が明けた。そして、その日、9.11以来、小説はついに一枚も書けなくなった。
湾岸戦争のときと同じような昂ぶりがアメリカを覆っていくのが、はっきりと見て取れた。アメリカ人の気質からして、もう戦争は避けられないだろう。
「この連続テロは、国際社会全体への攻撃だ」と報復戦争を呼びかけるブッシュ大統領に、怒りを覚えた。
人類の英知を結集すべき京都議定書から「一抜けた」と、まっさきに離脱したくせに、今度は国際社会に向かって戦争協力を呼びかける。しかも、恫喝するように。
日本政府がどう対応するか、予測がついた。湾岸戦争のとき、2兆円もの金を出して、国際社会から笑いものになったから、今度はかならず自衛隊を派遣しようとするはずだ。
発言しなければならないと思った。意志表示すべき時だ。時に迫られていた。手もとのノート・パソコンと、言葉で闘うしかない。「海亀通信」という自分のサイトで、積極的に発言を始めた。
湾岸戦争のとき、ぼくはニューヨークで暮らしていた。日本経済がまだ頂点にあった当時、アメリカのメディアはいっせいに日本を批判していた。「金だけ出して、若者たちの命は差しださないのか。日本らしい、汚い、狡いやりかたじゃないか」そんな論調が多かった。
ぼくは「ニューヨーク・タイムズ」に投稿するつもりで、原稿を書きはじめた。ペリー来航から、日本が急カーブを切るように近代化へ突入していった過程。アジア侵略、植民地主義、真珠湾攻撃、原爆投下。
そして、憲法9条を持つに至った経緯をわかりやすく書いて、なぜ日本が派兵できないのか、アメリカ人にも理解してもらおうとしたのだった。国際社会は、日本の憲法9条のことなど、ほとんど何も知らないのだからだ。
そのとき、痛切に思った。いま書きかけているようなことを、日本の首相が国連なりで堂々と述べるならば、どれほどの衝撃、インパクトがあることだろう。われわれは参戦することができない、だから、2兆円の金を、戦争協力ではなく、和平のために差しだすと言えば、日本は国際社会から孤立することをまぬがれ、「尊敬」さえ得ることができるかもしれない。
アメリカ人は若い民族だ。シニシズムには冒されていない。だから、汚い、狡い日本人という見方も変えてくれるだろう。
国際社会も、憲法9条を持つ日本独自のスタンスを理解し始めるだろう。だが、湾岸戦争はあっという間に終わり、ニューヨークで戦勝パレードが開かれた。紙吹雪がビルの谷間を真っ白に埋めつくすほど舞い、なんと、ワグナーの音楽がかかっていた。
あの十年前と同じになってはいけない。間もなく、アフガンへの空爆も始まるだろう。そして、アメリカの一極支配が完成して、戦争協力した日本は、ますます属国化し、右傾化していくだろう。いま、世界の岐路にさしかかっている。人類全体が、あぶない淵へ向かって分かれ道を曲がろうとしているのではないか。
インターネットを通じて、詳しい情報がぞくぞくとやってくるようになった。ニューヨークの坂本龍一、屋久島の星川淳、環境ジャーナリストの枝廣淳子、さらに世界中に散らばる友人たちが、各国のサイトを読み漁っては、読むに値すると思われるものを、次々にメールで送ってくれる。
効率よく情報を回すために、友人たちの間でMLがつくられることになった。新聞社の記者たち、経済、環境問題の専門家、平和運動家たちも加わってくれた。そうしてMLの情報は、驚くべき量に膨らんでいった。
たった一人、報復戦争に反対票を投じたバーバラ・リー下院議員のスピーチや、WTCでわが子を失った人びとのメッセージ、各国の作家、思想家、ジャーナリストたちの論考もどんどん集まってきた。
MLメンバーたちの内部で、「もったいない、本にしようか」という声が、自然に湧き上がってきた。
坂本龍一さんが、幻冬舎に国際電話を入れ、まったく一夜にして緊急出版が決まった。本のタイトルも、すぐに『非戦』と一致した。
プロの翻訳家、同時通訳者である友人たちが、猛烈な勢いで翻訳に取りかかった。翻訳許可や版権を取るため、世界中にメールが飛び交った。目を見張るほどの進行速度だった。
新聞社のメンバーたちは、激務の間を縫いながらインタビューをしたり、調査、情報確認、地図づくりの作業に取りかかった。決して表に立つこともなく、裏方に徹しての作業だった。このようなジャーナリストたちがまだ残っていたのか、と目を疑った。「無償の行為」という言葉も、久しぶりに思いだされた。
ミュージシャンや、アイヌ民族、被曝体験者たちの原稿も次々に集まってきた。印税は、テロの犠牲者や、アフガニスタンの難民たちに寄付されることになっていた。
メールは連日、250通を超えるようになった。378通に達した日もあった。MLをつくって、まだ一か月もたっていなかった。
ぼくも大急ぎで「種・戦争・希望」というエッセイを書いた。そのくらいしか役に立てなかった。
そして、つい先日、校正が終わった。390ページぐらいの厚い本になりそうだ。こんな猛スピードの本づくりは、生まれて初めてだった。
いまこの稿を書いている時点で、首都カブールが陥落し、タリバンは拠点であるカンダハルに追いつめられている。オサマ・ビンラディン氏が捕まるか、暗殺されるか、殺害されるかして、戦争は間もなく終わるかもしれない。雪の降りしきる山岳部で、長いゲリラ戦がつづくかもしれない。
この戦争は、まだ終わっていない。終わるどころか、いまも多くのことを炙りだし、ぼくたちに考えつづけることを強く迫ってくる。石油欲しさに他国へ介入する超大国のエゴ。白人主導主義。パレスチナ問題に対する、欧米の不公正さ。(その点に関しては、テロリスト側の要求がまったく正当であると思われる)
金融・資本の暴走を食い止めるシステムを、本気で考えるべき時がきていること。イスラム社会には利子がなく、資本や欲望の暴走を抑えようとするシステムが、まだ機能しているようだ。
アングロサクソンによる世界の再構築、新植民地主義も台頭しつつあるのではないかという危惧感も、ひそかに炙りだされてきた。
日本は、憲法9条を持つことを、国際社会にきちんと訴える必要があることも明らかになってきた。この国の基本的なあり方、姿勢などを、まともに考え、それを国際社会に知らせなければならない。
そうでなければ、十年前の湾岸戦争や、今回の報復戦争と同じように、また泥縄式に対応することになるだろう。これでは、タカ派が勢いづいてくるばかりだ。
ぼく自身は、憲法9条を楯にして、中立的な独自のスタンスを探っていくべきだと思っている。安保があるかぎり完全な中立はありえないだろうが、国際社会から孤立せずに、むしろ「尊敬」さえ得ることのできる独自のあり方、座標軸を探るべきだ。そのためには、平和への地道な貢献をしなければならないだろう。自衛隊派遣は逆コースだ。
さらに連続テロと報復戦争は、宗教・文化の多様性についても、いやおうなく炙りだした。アメリカの一極支配、グローバリゼーションが完成して、ハンバーガーと、車と、ハリウッド映画が文化と錯覚されるような未来社会など、ぼくは望まない。多くの民族・文化が共生していくべきだろう。未来は、そこにかかっている。
民族を基盤としたアイデンティティーも、いずれは役に立たなくなるだろう。人類は、いやおうなくクレオール化の方向へ進んでいくはずだ。文化もまた、輸血を必要としているのだ。そうした混血化・多層化から、新しい文化も生まれてくるはずだ。文学の分野でも、すでにそうした現象が起こっている。
過去ではなく、民族でもなく、多層化する未来のほうにアイデンティティーを探っていこう。
平和とは、文化が活性化している状態のことだ。
そうした、さまざまの考えが『非戦』にぎっしりと詰まっている。ぜひ、読んでほしい。食うに困らず、頭上から爆弾が降ってくることもなく暮らしているぼ
くたちにとって、考え抜くことだけが、唯一の義務だという思われてならない。ぼくはいま月に一度、ピース・ウォークに参加して、路上に立っている。一緒に歩きながら考えよう。
アフガン空爆がつづいているさ中、友人たちと一冊の『非戦』を生みだそうとしながら、痛切に思いだされたのは、「非暴力こそ真の勇気だ」
と説きつづけた、マハトマ・ガンジーのことだった。
(海亀通信 http://pws.prserv.net/umigame/)
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『非戦』 監修 坂本龍一+sustainability for peace
12月20日、幻冬舎から刊行予定 (予価1200円+税)
問い合わせ先 幻冬舎 03-5411-6222
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この<sustainability for peace>という10人ちょっとのグループの母体であり舞台となったMLを設定したのは、10月7日のことでした。宮内さんが書いてらっしゃるように、情報交換の中から、「出版して広く読んでほしいね」という声が出たのが10月16日。それから、どの論考を載せるか、だれに執筆を依頼するかという議論が展開して(MLメール数約200通/日)、10月末に、翻訳や掲載許可の依頼など、本格的な作業がスタートしました(MLメール数300通/日)。
年内に出したい!ということで、11月10日が原稿締切。10日間でほとんどすべての原稿の準備をしたことになります。そして、校正をしながら、細かな詰めを行い、いま、印刷所に回ったところです。これほどの「短期決戦型出版プロジェクト」はあまりないので、ギネスブックに載るかも(^^;)。
忙しかったけれど、とてもおもしろいプロジェクトでした(まだ完全には終わっていませんが・・・)。ほとんどお互いに会ったこともないメンバーのグループなのですが、うまく専門を活かした役割分担が自然にできて、励まし合いながら進められたこともよかった。
私は主に海外執筆者を担当しましたが、「思いは通じる!」という体験を何度もしました。私のHPにも載せさせてもらっている手紙や論考もいくつか本に含まれていますが、ネットメディアで流れていた情報がほとんどだったので、本に掲載する許可をもらうために、執筆者を突き止めるのにいちばん苦労しました。
[No.557] に掲載させてもらったロドリゲス夫妻(ワールドトレードセンターのテロで息子さんを亡くされたご両親)に連絡を取るためには、最初に夫妻の手紙が載っていたニュースレターの事務局に連絡をし(私のニュースやHPへの掲載はこの事務局の許可を得ました)、「ここには○○さんから送ってもらったから」と紹介してもらい、その方から「私のところには△△さんから来たのよ」と紹介してもらい、またその方にメールを書いて送ったものの、「果たして、たどり着けるのだろうか・・・?」と不安になりました。〆切はすぐそこだし!
そうしたら、ご夫妻の友人という方から、「夫妻に聞いてあげたわよ。とっても喜んでいたわ。アメリカにもあなた方のようなジャーナリストがもっといてくれたらいいのに。ぜひがんばってね。応援しています」とうれしいメール。
また、今回の件で存在を知って連絡をした Oriononline や Middleeast
Realities というオンラインでいろいろな著者の論考が読めるサイトの編集長からは、「そういう本を出すなら、こういうのもあるよ。よかったら著者に連絡して許可を取ってあげるよ」とうれしいオファーも。「キャー、また翻訳するものが増えた~」と叫びつつ、着実に本の中身が濃くなっていきました。
今回の本を進めるにあたって、「できるだけ多様な立場の人々の見地を紹介したい」という思いが強かったので、欧米の知識人だけではなく、さまざまな現場で活動している人々、インド、スリランカ、ネパール、レバノンなどからの声も、小学生や高校生の声も収められています。
自分が担当した執筆者とのやりとりはそれぞれが小さなストーリーで、私にとって忘れられないものとなりました。特にアメリカ在住の方々から、「そういう戦争反対の声を出したいのだけど、出しにくいの。だからぜひがんばってほしい」という思いが伝わってくるメールもあり、日本語版の出版を契機に、せめて論考の英語版が読めるウェブページを作りたいね、とグループで話しています。
まさに怒濤のような1ヶ月。しかも11月は通訳・講演のハイシーズンでしたから、ほとんどスケジュールに空きがない中での作業・・・ということで、ニュースが犠牲?になったのでした。ご心配をかけた方々、すみませんでした。m(_ _)m
その間にもご紹介したい情報や話がたくさん溜まってしまったので、次はニュースの怒濤かなぁ?(^^;