エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース
2005年06月20日
「環境とエネルギーの授業」(3)-授業研究会にて(2000.12.02)
三田小学校の5年生の「環境とエネルギーのポスターセッション」を参観させてもらった後、校長先生のお誘いで職員による授業研究会にも参加させていただきました。
学習のねらいや手法について、質問や意見が交換されました。去年は家庭科から環境を取り上げたそうです。校長先生が「環境問題に詳しい人」と紹介してくださったので、環境問題の現状について知りたいという先生もいらっしゃいました。
先生方の意見交換のあと、時間を取ってくださったので、何点か思ったままを感想として述べました。多少付け加えましたが、こんな内容です。
*(1)子どもたちのプレゼンテーションにびっくりしました。
通訳をしていると「欧米人に比べると、日本の人はプレゼンテーション(自分の意見や考えを伝えるために提示すること)があまり上手じゃないなぁ」と思うことがありますが、今日の子どもたちのプレゼンテーションをみて、安心しました。
ただ用意したものを読むだけではなく、どうやって観客の注意を引き、伝えたいメッセージを伝えるか、いろいろと工夫をしていたからです。
アメリカでは「show & tell」(見せて、説明する)というトレーニングを小さいときからやります。何かを見せてそれが何か、相手にわかるように説明するという練習です。アメリカは移民の国ですから、「察し合い」を期待し合うことはできません。しっかりことばやジェスチャーで相手に伝えることがコミュニケーションの大前提となっています。
今日の子どもたちが大人になって会議に出てきてくれたら、私も通訳しやすくなるなぁ、と思いました。
*(2)課題に沿って、自分で調べ、深める力がついたと思います。
インターネットや取材に行く、本を調べるなど、情報収集と、関心や課題に沿って追求する力がついたことでしょう。今後も何か問題があったとき、課題が見つかったときに、この自分で調べるスキル(他人に聞くことも含めて)が役立つと思います。
数字や文字の羅列である「データ」は、お互いの関連性がわかってくると「情報」になります。そして、ある情報が自分にとってある意味を持っていることがわかると、それは「知恵」になり、「行動」に結びついていくのだと思っています。頭での理解だけではなく、腑に落ちないとなかなか「行動」に結びつかないような気がします。「腑に落ちる」ためには、「腑」=自分の身=実感に基づいたテーマが大切だなぁ、と思います。実感が最初からある場合もあるし、途中で気づくこともある。でも、実感を得られやすいテーマもあれば、そうでないテーマもあると思います。
*(3)「環境」ということば
体育館の子どもたちの発表でも、この先生たちの研究会でも、よく聞かれたけど違和感を感じたことばがあります。「環境」ということばです。
「環境」ということばは、最近あちこちに出てきますが、元来は、学者やジャーナリストしか使わないことばだ、という人もおり、私もそんな気がします。
子どもたちだったら「この夏は特に暑かった」とか、「最近は梅雨でもカタツムリを見かけないね」とか、「ドングリを割ったら全部中が空っぽだったよ」とか、そんなことばが日常生活では聞かれるのではないかな、と思います。
その点で、環境問題に家庭科から取り組んだ去年は、「もったいない」ということばなど、子どものことばから出発されたというのは面白いな、と思いました。
温暖化を取り上げているグループも多かったですが、温暖化なども難しいことばで、本を読んでもなかなかわかりにくいし、先生方もどう説明すれば、というお話もありました。
私は子どもたちに話をするときは、「セーター1枚でちょうどよいときに、2枚も3枚もセーターを重ねて着たら、熱くなってくるじゃない? 今の地球はそんな感じなんだよね。じゃあ、地球の着ているセーターって何だろう?と思うでしょう。二酸化炭素などの膜なんだよ。
二酸化炭素はものを燃やすと出ます。毎日の生活ではあまりものを燃やさないだろうけど、電気を使うたびに、遠くの発電所で石油や石炭を燃やして発電するので、そこでモクモクと二酸化炭素が出ているんだよ。だからできるだけいらない電気は消そうね。自動車も同じだよ。その分、地球のセーターが厚くならなくてすむからね」
など説明しますが、どうでしょうか?
*(4)学習のスタート
火力発電所の見学からスタートした、というアプローチはユニークだと思いました。というのも、環境派からみると、火力発電所は、大きな環境問題の一つである温暖化に大きく貢献しているので、今後置き換えられなくてはならないもの、と考えられているからです。
(聞くのを忘れましたが、原子力を調べた少年が「二酸化炭素を出さないので原子力は増やすべき」という考えをどこで入手したのか、興味があります。本で調べたときか、この発電所の見学のときかな?)
*(5)学習の広がり
子どもたちの興味や関心から出発して、その「課題」自体について調べたあと、その発展する方向を示すことも大切なのだろうなあ、と思いました。
たとえば、日本は木材チップをどの国から輸入しているかをグラフでまとめていたグループがありますが、国産と輸入の割合、なぜ輸入が多いのか、日本に木がないためか・・・と、日本の森林・林業の現状に導くこともできるでしょう。
プリウスについて調べたグループには、プリウスはすごいけど、プリウスだったら日本中、世界中で車が無限に増えてもよいのか、ということも考えてもらえるでしょう。
小学5年生では難しいのかもしれませんが、途上国との関わりは発表に含まれていなかったように思います。また、リサイクルのグループがいくつかありましたが、着物の仕立て直しや新聞紙で習字の練習をした、などの昔の人や生活の知恵などにもつなげられたら、と思います。
*(6)環境教育
環境教育は「共育」ともいわれますが、これは分野が新しいので、みんなで勉強しあって理解を進めていく、行動につなげていく、ということだと思います。
最近出た環境教育の会議では、環境教育を4つの言い方で表現していました。日本語では全部「環境教育」になってしまいますが、
- education IN enviornment (環境の中での教育)
- education ABOUT environment (環境についての教育)
- education FOR enviornment (環境のための教育)
- education THROUGH environment (環境を通しての教育)
その会議では、新しい動向として「環境を通しての教育」ということで、「まちづくり」や子どもたちによる「校庭づくり」の実践が発表され、面白かったです。
*(7)子どもたちに何を伝えられるのか、何を示すべきか
各地で学校の先生方にこの質問を受けます。問題の現状が暗いだけに「どのように」示すべきか、ということも聞かれます。
「将来はこんな便利な生活はできなくなる」という、悲観的な見方ではなく、「もっとよい時代の先陣を切るのがキミたちだよ」といえるようになりたい、と思っています。
今の「便利な」生活は、実は危ういものであり、ベストではない、ということです。「もっとよい時代」になれば、燃料電池自動車で騒音も大気汚染もなく、便利なうえ快適かもしれない。豊かな自然が取り戻せて、もっと楽しく遊べるかもしれない。そういう姿を大人がまず描き、信じ、示せないと、と思っています。
モノをたくさん持つこと、たくさん消費することが幸せではないということです。
実際にお話しさせてもらったのは、数分です、念のため。でも、いきなり授業参観に行って、研究会まで出させてもらった上に、感想をお話しする機会までいただいて、本当に嬉しく思いました。
私に下さったお手紙の転載を快諾して下さった校長先生、授業計画案を含め、授業の様子をニュースに書くことを許可してくださった担任の先生方にも深く感謝しています。
*環境への取り組みの三原則
この研究会では、時間がないのでお話ししませんでしたが、「実感ベースの学習」というお話をしたときに頭にあったのは、浜名湖のそばの三ヶ日町の5年生の子どもからもらったお手紙のことでした。
以前、浜名湖の奥にある猪鼻湖をきれいにしよう!という、私がコーディネーターをさせてもらった公開パネルディスカションの話を書きました。
この公開パネルディスカションには、約100人の方が聞きにきてくれました。とても嬉しかったのは、その中で「10代」の方が15人ほどいたことです。夜の時間帯でしたが、中学生も何人かきていました。
参加者のそれぞれがアンケートに真摯なメッセージを残してくださいましたが、いちばん整ったしっかりした字で書いてくれたのは、最年少10才の少女でした。
「私たちは、自由研究を利用して、ふだん目にしているつり橋川といの鼻湖計11ヶ所を水質調査、ヘドロなどをじっくり調査したりしています。どこもとてもきたないです。そこでいろいろな不安が出てきたところ、このような機会があったので、参加させてもらいました。とても分かりやすく教えていただきました。ありがとうございました。」
この後、私は15人の「10代」の参加者にお礼状を出しました。共同研究をしている5年生の女の子ふたりから、返事が来ました。
ひとりは、上でアンケートを引用させてもらった少女です。もうひとりの女の子は、こう書いてくれました。
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お手紙ありがとうございます。
私達は今、とてもよごれている水について考えようということで、いの鼻湖やつり橋川の調査をしてみました。やはり、とてもよごれていました。そこで私達は、
お母さんに「米のとぎ汁を流さないで」などのことを毎日言うようになりました。
次第に、お母さん達もだんだんなれてきて、私達が言わなくても、庭へ捨ててくれるようになりました。こんなふうに、私達子どもがお母さんにしつこく言うことで、お母さんはしっかりやってくれるということが分かったので、これからはどんどん言おうと思いました。
また、お母さんばかりに言っても、自分がしっかりしなくてはなりません。そこで私ができることを見つけて、やるように心がけています。こうして見ると、私達子どもにもできることはたくさん見つかりました。
1人1人の考えを生かしながら、いの鼻湖がきれいになっていくといいなと思いました。
P.S. 8月12日に行われたかんきょう調査船の説明で分かったのですが、レイクリフターとバブルストリーマー(注:湖を浄化するために設置されていた装置)は、こうかがないということでやめてしまったそうです。とても悲しいです。いの鼻湖をもっともっときれいにできるとよいです。
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自分たちの町の湖が汚れていることが本当に悲しいのだろうなぁ、と思います。そして、自分たちの生活とその問題とのつながりも、彼女たちにはわかっています。「行政が」「予算が」「人材が」等々いわずに、自分たちで調べ、考え、行動を起こしている彼女たちを応援していますし、近くに湖がなくても、そういうつながりや実感に結びつく題材はいろいろあると思います。
以前、「環境への取り組みの三原則」として
その1:取り組むべき内容を持っている
その2:取り組もうという気持ちを持っている
その3:取り組むためのスキルを持っている
という考えを書きました。逆に、気持ちや思いだけあっても効果的な活動には結びつきません。情報収集力や、課題に沿って追求する力、まとめてコミュニケーションする力は、「その3」の大切な要素です。
三田小学校の5年生は、とっても大切なスキルと、内容への第一歩を勉強したのだと思います。今後にさらに期待しています! そして、いつかまた(呼ばれなくても)、見せてもらいにうかがいたいと思っています。