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エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース

2005年09月11日

予防原則(2002.12.15)

大切なこと
 
2002年9月のはじめに、バラトングループという環境分野の研究者の国際的な集まりに参加してきました。ハンガリーでの1週間の合宿での「獲得物」のひとつ、今年の合宿のメインテーマの1つでもあった「予防原則」についてご紹介しましょう。 日本ではあまり「予防原則」という言葉を耳にすることはありませんが、EUのこの分野の専門家の話を聞いて、ヨーロッパでは「予防原則」が単に「予防策を講じましょう」という一般的な意味ではなく、特に化学物質や環境問題に関わる政策を決定するためのアプローチのひとつであることがわかりました。 たとえば、経済活動に役に立つから、とある化学物質が作り出されたとしましょう。実際に工業プロセスで用いるまえに、この化学物質の安全性などを調べていると、人体や環境に害を与えるおそれがあることがわかりました。でも「科学的に、その有害性の因果関係は証明できるのか?」といわれると、必ずしも科学的には証明しきれない、という状況です。 このような状況の時に「科学的に有害性が証明できないのだから、この化学物質は使ってもよい」という論議もありますし(これまでの多くがこちらでしょうか)、「科学的には因果関係が証明できないが、有害性に関してまだ不確実な部分が多いため、この化学物質を予防的に規制したほうがよい」と考えることもできます。 この後者の考え方(政策立案や決定まで含む)を「予防原則」(precautionary principle)といいます。リスクマネジメントの考え方です。 ハンガリーでの会合では、欧州環境庁から昨年出された「Late lessons from early warnings: The precautionary principle 1986-2000」の編集責任者を務めた方がプレゼンテーションを行い、参加者との熱心な議論が繰り広げられました。この報告書のタイトルは「早期に警告が発せられていた事例を振り返ることで、今後への教訓を学ぼう」という意味です。 1986〜2000年のあいだに実際に「予防原則」がとられた、またはとりうる可能性があったがとらなかった14の事例を、それぞれの分野の専門家が事例報告をし、多くの事例から学ぶべき12のポイントを結論として提示しています。 取り上げられている14の事例は、 漁業の崩壊/放射線/ベンゼン/アスベスト/ポリ塩化ビフェニル(PCBs)/ ハロゲン含有炭素化合物/ジチルスチルベストロール(DES)/成長促進抗生物質 /二酸化硫黄/ガソリンの添加剤として使用される鉛代替品メチル-t-ブチルエー テル(MTBE)/五大湖の化学物質汚染/トリブチルスズ(TBT)防汚剤/成長促進ホ ルモン剤/牛海綿状脳症(BSE) です。それぞれの分野の専門家は、自分の担当する事例に関して、 1)「早期警告」が最初に出されたのはいつだったか? 2)リスクを低減するために、その情報がどのように使われたか、または使われなかったのか? 3)そのコストと便益はどのようなものだったか? 4)今後のために役立つ教訓は? を報告しています。 また、この報告書の最初の部分は「予防原則とは何か」「これまでの国際条約に、予防原則の考え方はどのように反映されているか」などの解説となっています。 たとえば、 ○1987年のフロンに関するモントリオール議定書には、「precautionary measure(予防的措置)をとることでオゾン層を保護しなくてはならない」とあります。 ○1992年の地球サミットでのリオ宣言では「環境保全のために、各国はその能力に応じて、recautionary approach(予防的アプローチ)を幅広くとらなくてはならない」とあります。 ○1992年の気候変動枠組み条約には、「締約国は、気候変動の原因を予測し、予防し、最小化するとともに、その悪影響を緩和するために、precautionary measures(予防的措置)をとらなくてはならない」と定められています。 では、欧州環境庁のレポートでは、14の事例から、どのような「将来への教訓」が提示されているのでしょうか? この報告書が発表されたときのプレスリリース文があります。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 コペンハーゲン 2002年1月10日  政策形成へ予防原則を用いる〜欧州環境庁が過去の事例から学んだこと 欧州環境庁(European Environment Agency:EEA)は、CFC(クロロフルオロカーボン、フロンガスの一種)によるオゾン層破壊や「狂牛病」の流行などの過去の事例について画期的な検証を行い、政策の意思決定に役立つ12の教訓を導き出した。検証を行った事例は、科学的な不確実性や予測困難な展開という状況の中で公共政策が策定されたケースや、人体や環境への有害性を示す明白な証拠が無視されたケースなどである。 本日発表された欧州環境庁の報告書、「Late lessons from early warnings:the precautionary principle 1896-2000」(「早期警告から遅まきながらの教訓:予防原則1896-2000」)では、過去100年の間にヨーロッパや北米で人体や環境に影響を及ぼすさまざまな有害性の問題に対処する際に、為政者が予防の概念をどのように適用してきたか――あるいは適用してこなかったか――を検証している。 この報告書は、政策決定過程で予防原則をどのように用いるかについて、ヨーロッパとアメリカの相互理解を深める手助けとなるだろう。予防原則に関する欧米間の議論は、合成ホルモンの牛への使用や遺伝子組み替え植物および食品の安全性を巡って繰り広げられている。 「この報告書では、有害性に関するこれまでの事例が取り上げられているが、そこから得られた12の『遅蒔きながらの教訓」を考慮することで、人間やその環境に対する有害性を最小限に抑えつつ、新しい技術を最大限進めるという非常に困難な取り組みを、今後はもっとうまく進めることができるだろう。これが私たちのいちばん伝えたい結論だ」と、欧州環境庁長官、ドミンゴ・ヒメネス-ベルトラン氏は述べた。 各分野の専門家が持ち寄った14の事例には、規制当局が行動を取らなかったことが結果的に人間の健康や環境に予見できない大きな影響を与えたケースや、問題の存在を訴える早期の警告や「ぎりぎりの段階で声高に発せられた」警告までもがまったく無視されたケースなど、多くの例が示されている。 その結果、アスベストが引き起こした悪性中皮種によって数十万人が死亡したり、カナダ、カリフォルニア、スコットランドでは乱獲によって漁場が崩壊し、地域社会に壊滅的な打撃を与えるなど、さまざまな影響が生じている。 事例研究から導き出された12の「遅まきながらの教訓」には、次のような内容が盛り込まれている。 ○物質が日常生活でどのように使用され、廃棄されるのかを現実的に考えること ○規制当局が既得権益に「捕らわれ」ることを許してはならない ○人間のニーズを満たすさまざまな方法を開発することで、1種類か2種類の物質が市場を独占してしまわないようにすること。アスベストやCFCs(フロンガス類)、およびPCBs(ポリ塩化ビフェニ-ル類)として知られる汎用性があるが有害な工業用化学物質などがその例である。 ○リスクを評価する際は、関係するあらゆる専門家の知識のみならず、"素人"や地元の情報も必ず用いること ○問題に関する早期の警告には、環境や人体への長期的なモニタリングを行い、追跡調査すること 報告書の編集チームのまとめ役であるデンマーク工科大学環境科学技術学科のポール・ヘレモス教授は、次のように述べている。 「予防原則を用いることによって、健康や環境への影響を減らす以上のプラスを得ることができる。もっと多様な、そしてもっと柔軟な技術を、と刺激することによって、技術革新も進むし、科学がよりよいものになるからだ」 教授はさらに言葉を続けた。「事例を見れば、予防原則を誤用したり無視したら、どれほど大きな害が及び、コストがかかるかわかる。しかし、予防しすぎても、高くつくことがあるかもしれない。技術革新の機会を失ったり、ある方向への科学研究が進まなくなるかもしれないからだ。もっと多様な情報源からのもっと多くの情報について、科学的、政治的、経済的にさらなる評価を行えば、社会は技術革新とそれが将来的にもたらず有害性のバランスをもっと上手に取れるようになる。今回の事例から導き出された12の『遅 まきながらの教訓』は、このバランスを取るために役立つだろう。」 教授は次のように付け加えた。「12の教訓のどれも、不確実性があるが得られるものも大きいという状況下での意思決定のジレンマを取り除いてくれるものではない。教訓があるからといって、不確実性が消えたり、無視した結果が回避できるわけではない。しかし少なくとも、高い代償を払うことになる影響を予測したり、技術革新の賛否両論のよりよいバランスを取ったり、嬉しくない不測の事態がもたらすコストを最小限にする確率を高めてくれるだろう。」 事例として取り上げられているのは、BSE(「狂牛病」)の発症、家畜の成長促進のために使用する合成ホルモンや抗菌剤、流産予防のために女性に服用させる発癌性のある合成ホルモンDES、北半球での漁場の乱獲、医療用放射線の照射、アスベスト、CFC、ベンゼン化合物、MTBE(無鉛ガソリンの添加剤)、トリブチルスズ(船の防汚剤)、PCB、北米五大湖の化学汚染、二酸化硫黄による大気汚染である。 この報告書は、「このような情報があれば、EUや欧州環境庁参加国は環境を保護し持続可能な開発に貢献する健全で効果的な政策を組み立て見出すことができる」という情報の例である。予防原則に関する用語の定義に関する意見が一致していないことから予防原則の適用がいっそう困難になっているが、本報告書は、重要な用語の定義の明確化にも貢献しようとするものである。 ヒメネス・ベルトラン氏は次のように述べた。「予防原則はEUにとってだけの問題ではない。その貿易への潜在的な影響を考えれば、予防原則の適用は世界規模で影響を及ぼしうる。予防原則の適用をめぐって現在EUと米国が議論しているが、議論で使われている用語の意味が統一されていないことも、その一因である。 この報告書は、有害性を有する技術に関するこれまでの意思決定について、より深い共通の理解を進める上で役に立つはずだ。その結果、今後の意思決定に関してEUと米国が歩み寄ってほしいと願っている。また、EU内でも米国内でも、予防原則適用の賛否をめぐって盛んに議論が行われているが、そこでの話し合いにもこの報告書が役立つと思う。」 12の「遅まきながらの教訓」は以下のとおりである。 (1)技術の評価及び公共政策立案において、不確実性とリスク、及び「知らないということ」を認識し、対応すること (2) 早期警告に対し、環境と健康に関する十分な長期モニタリングと研究を行うこと (3) 科学的知識の盲点や隙間を見出し、埋める努力をすること (4)学問領域をまたぐ研究を行う際に起こりうる障害を特定し、減らすこと (5) 規制当局が評価する際に、実世界の状況が十分に考慮されるようにすること (6) 潜在的なリスクと共に、主張されている正当性と利点を体系立てて詳細に検討すること (7) 評価対象の選択肢と共に、ニーズを満たすその他の代替案を幅広く検討し、予期せぬ事態が引き起こすコストを最小限に抑え、技術革新の利点を最大にできるよう、よりしっかりした技術や、多様な技術、順応性のある技術を推進すること (8) 評価する際は、関係する専門家の知識のみならず、"素人"や地元の情報も必ず用いること (9) 様々な社会グループがそれぞれ前提としていることや重要だと考えていることを十分考慮に入れること (10) 情報や意見の収集に際してはだれからも受け入れるというアプローチを保ちながらも、当局は利害関係者から独立した立場を維持すること (11) 研究や活動において制度が原因となっている障害を特定し、減らすこと (12) 懸念に足る根拠がある場合は、潜在的な害を軽減するための行動を取ることによって「分析麻痺」に陥らないようにすること 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用ここまで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 この報告書は、欧州環境庁のホームページからダウンロードできます 報告書の前書きに、このような一節があります。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 予防的な行動を採るコストは通常、目に見え、誰が支払うか明確であり、多くの場合、短期的なものである。 その一方、予防的な行動を採れなかった場合のコストは、それほど目に見えるものではなく、誰が支払うのか明らかではなく、より長期的なコストとなるので、ガバナンスの問題を突きつけるものとなる。 したがって、予防的な行動を採るべきか、採らないべきかを全体として判断することはきわめて難しい。本報告書の事例に見られるように、経済面だけではなく、倫理面をどう考えるかも関わってくるのである。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用ここまで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 [No.505] で「世代間倫理」についてご紹介しました。「予防」とは、未来の害を未然に防ぐという意味からいっても、「世代間」の視点が入るのだと思います。現在の世代が決定する政策に、「目に見えにくく、負担者が明らかではなく、長期的」な影響やコストをどう反映するか、という世代を超えた視点を含めていく ための重要なコンセプトではないかと思うのです。 この報告書は、200ページを超える「大作」です。将来の禍根を未然に防ぐための「対策のための大作」、とても重要な文書だと思います。
 

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