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エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース

2005年09月25日

広がる気候変動の懸念 〜欧米金融界の対応と米国での訴訟問題(2005.09.25)

反響BEST10
 
千葉商科大学三橋規宏氏の主宰する環境NGO「環境を考える経済人の会21」(略称 B-LIFE21:Business Leaders' Inter-Forum for Environment 21)の6月の朝食会での、末吉竹二郎氏(国連環境計画・金融イニシアティブ特別顧問)による「広がる気候変動の懸念」 〜欧米金融界の対応と米国での訴訟問題」のお話です。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 【2003年、気候変動を要因とする自然災害による経済的ロスは650億ドル】 本日はお招きいただきましてありがとうございます。楽しみにして参りました。 今日は、環境問題の中でも気候変動を中心にお話をさせていただくわけですが、私自身環境問題の専門家でもありません。科学的知識も含めて皆さんのほうが私よりもいろいろなことについてご経験や知識をお持ちだと思います。 現在、金融が環境問題、気候変動問題にどのように取り組んでいるのか。特に海外の金融機関がどうなのか、そこでいろいろな面白いことが起きておりますので、それをお話しすることが、皆さんが今後いろいろなことをお考えになる上でお役に立つのではないかということで本日やって参りました。 訴訟問題ということでも、私は法学部も出ていませんし、もちろん弁護士資格もないというまったくの素人ですが、訴訟社会アメリカに長くおりました関係上、社会が動く時に、法律の面、訴訟の面で世の中が動いていく面を垣間見てきましたので、その点から知っていることをお話しようと思っています。 ヨーロッパの保険会社が、今、気候変動がもたらす実際の損害について非常にナーバスになり始めています。例えば、2003年というと皆さんのご記憶にあるのは、日本の冷夏だと思いますが、ヨーロッパは猛暑でした。フランスだけでも約2万人の、特にお年寄りの方が亡くなるという非常に暑い夏でした。大洪水が起きるなど、気候変動を要因とする自然災害が多発しました。 彼らの推計によると、1年間で世界的な経済的ロスが650億ドルということです。今の換算で約7兆円です。そのうち、保険金の支払いでカバーされた部分が160億ドルです。ですから、2兆円弱のお金を保険業界が出したということです。一業界がこれだけ負担したということです。 従来から気候変動を原因とするさまざまな自然災害の経済的ロスは、約10年のスパンで倍増するのではないかという予想がありました。そのこと自体大変な驚きですが、2004年度の数字が出たのですが、トータルでNational Disasterが、昨年は1,450億ドルに増えました。 これは皆さんご記憶に新しいと思いますが、日本にも台風18号を中心に、史上初の10個の台風が上陸しました。そして、アメリカでも大きなハリケーンが四つ襲いました。一つのハリケーンは上陸して海に出たのですが、もう一度再上陸しました。 自然災害といっても原因が違いますが、スマトラ島沖の大津波もありました。その損害は約1兆円と言われています。17万人が亡くなり、依然10万人が行方不明、100万人以上が怪我をされているという大災害だったわけです。トータルとして約15兆円ということで、1年前の倍以上になってしまいました。そのうち保険業界がカバーしたのが440億ドル、5兆円近いお金が流出してしまいました。 先日の日本の損保業界の新聞によると、この3月期の決算が発表されていて、自然災害による保険金の支払い総額が5,500億円という報道がなされていました。これはもちろん台風、新潟地震、福岡の地震等ですが、福岡と新潟というのは地震の付保が小さかったこともあり、確か保険金支払額が各々150〜160億円です。ところが台風18号だけで約2,600億円の保険金の支払いが出ているそうです。ですから、損保業界も5,500億円の支払いのために準備金の取り崩しまでされているという状況です。 したがって、今国連のUNEPの窓を通じて見ている私の印象では、環境問題というと生物の多様性から水の汚染、土壌の汚染、さまざまな問題がありますが、本日の私の話の結論的なものを申し上げると、環境問題はカーボンリスクだということです。温暖化などという生ぬるい言い方はしていません。あるいは、クライメートリスクという言い方をしています。(注:カーボンとは炭素、クライメートは気候のことです) このカーボンリスクが、いまやビジネスリスクなのだという認識が急速に高まって、それに対するアクションを早く取らなければいけない。このようなコンセンサスが非常に強くできてきているのではないかと思っています。 逆に言うと、この日本では地球温暖化、「みんなでネクタイをはずそう」、「女性が冷房の中でひざ掛けがいらないようにしましょう」という、実に平和な言い方で地球環境問題をマイナス6%にするということでやっておられますが、いまや100年後に温暖化がどうなるという話ではなく、今日の問題、明日の問題だという認識です。 現在、台風4号が近づいているようですが、昨年の事象で一つだけ非常に気にしなければいけないものがあります。昨年3月にブラジル沖でハリケーンが発生しました。これは史上初のことです。南大西洋ですから、南半球の大西洋とブラジル、アルゼンチン沖のほうは海温が低いのです。ですから、アジアモンスーン地帯のように海面の温度が高くて台風が多発するというところではありません。歴史上は、そこではハリケーンは発生しないと思われていたところで台風が発生しました。 「カタリーナ」という名前が付けられていますが、これは温暖化がもたらす気候変動です。クライメートリスクがいろいろなところで起き始めているということで、数ある調査の中の一つではないかと思います。 【人類がグローバルな環境問題に取り組まざるを得なくなった酸性雨の脅威】 国連環境計画(UNEP)とは何かということですが、これは1972年12月に発足しました。その発足のきっかけになったのが、その年にストックホルムで開かれた「国連人間環境会議」の結果で、その時にUNEPの設置が決まりました。 では、そのストックホルム会議というのは一体何だったのかということですが、例えば、日本は公害先進国と言われていました。環境庁が設置されたのが1971年ということで、そのような意味では、日本は非常に早い段階から環境庁が設置された先進国でもありますが、それだけ公害がひどかったという証明でもあると思います。 これは私の言い方ですが、いわゆる公害問題は地域限定型だったと思います。今後もそうだと思います。地域限定というのは、公害の原因と、そのもたらす被害が同一地域内、あるいは特定地域内に限定されるということです。原因と結果の究明、対策がどちらかというと取りやすいものを地域限定型公害と呼んでいます。 この当時、海洋が非常に汚れ始め、北欧の森林、湖が酸性雨で痛めつけられました。よくご存知かと思いますが、phというものがあります。0〜14までですので7が中性ですが、酸性雨のひどさはphで言うと2.2や2.3という限りなく2に近いところまでいくそうです。生のレモンを絞るとphは2に近いところなのです。別の言い方をすると、レモンを絞った汁がそのまま降ってきたということです。 それを知って非常にびっくりして、いろいろな原因究明と対策を取ったのですが、結局、原因と被害を受けるところが国境を越えた問題になったのです。初めて人類が、グローバルな環境問題に取り組まざるを得なくなった。 その結果、生まれたのがストックホルムの人間環境宣言ということです。ここで初めて、地球規模の環境問題に最重要課題の一つとして取り組むべきだという宣言が世界に向けて出されたのです。それを受けて国連の総会でUNEPの設置が決まったということです。 それから20年間、UNEPはさまざまな活動をしてきました。モントリオール条約もUNEPの働きでできてきましたし、京都議定書の前提になっている気候変動枠組み条約というものもありますが、これもUNEPが裏方でいろいろと動いてきました。その裏にIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)があります。これがCO2問題に早くから警報を出しています。 そうした活動をしてきたのですが、1992年に先ほど申し上げた枠組み条約が決まり、それの署名ということで、リオで第1回地球サミットが開かれました。その準備をしている過程で、UNEPの事務局がこのようなことに気がつきました。発足以来20年間活動してきたけれども、民間(プライベートセクター)から参加してくるのはいつも産業界の人ばかりであるということです。どこにも銀行の顔がない。証券会社も来なければ、投資顧問会社も誰も現れない。金融機関は一体どこに消えたのかということです。 改めて申し上げるまでもなく、社会の大きなお金の流れを社会的機能として担っている金融機関が、こういった地球規模で取り組むべき課題に何も関心を示さないというのはおかしいではないかということで、その時には主としてヨーロッパの銀行に声を掛けたのだそうです。 それがきっかけになり、UNEPと外部の金融機関とのパートナーシップが組めるようになりました。今では約180社ありますが、商業銀行から始まり、さまざまな銀行、証券会社、アメリカではInvestment Banker、投資顧問、あるいは投資信託、あるいは損保です。 保険というのも非常に大きなグループで有力なメンバーですが、それらが集まってパートナーシップを組んで、持続可能な社会をつくるために金融機関として何をすべきか、何ができるのか。そのベストプラクティスを協同研究で探していって、それを広めていこうというパートナーシップのもとでのイニシアティブです。 国連は外部のプライベートセクターとさまざまなパートナーシップを持っているようですが、これはその中でも最大規模のパートナーシップとなっています。日本からは現在16社に入っていただいています。 【中堅損保会社が16社も倒産したハリケーン「アンドリュー」】 本日の話は、気候変動に焦点を合わせてお話したいと思っています。UNEP FI(Finance Initiative:金融イニシアティブ)の活動のご紹介の中で、気候変動についてどのような動きをしてきたのかということで、お話を進めさせていただきます。 UNEP FIの活動はさまざまあるのですが、その中に自由意志でいくつかのテーマを選んで、グループをつくってそこで勉強会を持っています。その中に早くからクライメートチェンジが大きなワーキンググループになっています(気候変動ワーキング・グループ:CCWG)。 現在、メンバーはここに書いてあるようなところ(Bank of America, DresdnerBK, UBS, Swiss Re, Munich Re, SAM他)ですが、先ほど申し上げましたSwissReや、Munich Re、これなどは保険業界の方々が再保険会社として非常に心配されていることを代弁しているとも言えると思います。 目的としては、クライメートチェンジ(気候変動)に金融機関として何ができるのかということのスタディをやっています。そこがすでに2002年に最初のオピニオン・ペーパーを出して、「気候変動は世界経済にとって大きなリスクなのだ」という警鐘を鳴らしています。 日本語的あいまいさの中で「地球温暖化防止」というような話ではなく、「気候リスク」と言い切っています。このリスクがこのままいくと、保険はもとより、銀行、金融機関全体にとって業務の存続すら困難になってくるのではないか。場合によっては、個別企業ベースでしょうが、倒産するということも懸念されるようになってきたということです。 倒産というと大げさのようですが、私自身がニューヨークにいる時に体験したことがあります。1992年にフロリダをハリケーン「アンドリュー」という最大規模のハリケーンが襲いました。これが当時としては未曾有の大損害を出しました。この保険金の支払いのため、にアメリカの中堅損保会社が16社倒産しました。保険金の支払いで、会社存続ができないということです。現実に起きているのです。 【FIが発行する金融機関に向けたオピニオン・レター】 先ほど申し上げたように、「経済的損失は10年ごとに倍増する」とこの時に言っているのですが、はるかにこのスピードを超えた動きが出ているということです。ですから、金融機関は早く気候変動への認識を深めて、いろいろな業務へそのことを反映させるべきではないかというオピニオン・レターをすでに出しています。 2004年というのはどのような意味かというと、昨年ですが、排出権取引。これは特に今年1月からEUでスタートしたEmission Trading Systemは、やはり経済効率の良いシステムではないかということで、金融機関もその中でビジネスチャンスでもありますし、Financial Solutionといったリスクに対する金融機関の果たすべき役割の中で、排出権取引のマーケットの中でもいろいろなことができるのではないかということを、意見として出しています。 もう一つ、再生可能エネルギー(Renewable Energy)。日本では新エネルギーと言っています。風力、太陽光、バイオマス、地熱等の新しいエネルギー源ですが、これについてのオピニオン・ペーパーを出しています。これは非常に明快な、金融機関にとって新しいビジネスチャンスです。これは全て新しい事業が起きてくるので、新しい事業にお金を貸す、あるいは融資する、あるいは投資するとういビジネスチャンスが生まれるわけです。そういったことでも注目すべきであるという意見を出しています。 資料にSustainable Energy Finance Initiative(SEFI)とありますが、Sustainable Energyであり、Renewable Energy、新エネルギーなのですが、昨年6月にボンで会議が開かれました。それを機に、UNEPと外部のグループが一緒になってSustainable Energyを進めていく上で金融が何ができるのか、そのようなイニシアティブを始めました。 皆さんすでにご存知の話ですが、日本は2010年までに新エネルギーからもたらされるエネルギーを全体の1.5%にという目標を掲げています。ヨーロッパは20%や30%、場合によっては50%近いものを新エネルギーでやるという、遠い将来の話ではありますが、そのような目標をすでに掲げています。 日本はわずか1.5%です。その1.5%についても定義があいまいなので、実態はもっと大きいのだといったような議論がありますが、いずれにしてもそのようなレベルです。今年5月に中国では新しいエネルギー法の法律ができて、2010年に10%に広げるということをやっています。 ですから、この日本の1.5%という数字は、太陽光発電では製品的にも技術的にも日本は非常に優れているという話から類推される、「日本は非常に新エネルギーに国として熱心に取り組んでいる」というイメージとはまったくかけ離れた目標です。このようなところも、日本は将来に向けて何を考えているのかということがまったくわからないという私の強い懸念です。 【「2050年に1990年比-80%」目標を発表したシュワルツェネッガー知事】 もう一つ横道にそれます。私は先週ロサンゼルスに行っていたのですが、現地の新聞で大きく取り上げられていたのが、国連の「Earth Day」というものでした。それの関連で、サンフランシスコで会議がありました。 その席でカリフォルニア州のシュワルツェネッガー知事が非常に大胆なプランを発表しました。アメリカは連邦政府レベルでは京都議定書を離脱していますが、さまざまなレベルで京都議定書に近い動きが出ています。それでカリフォルニア州知事は次のようなプランを発表しました。 「2010年までに2000年のレベルに持っていく。」京都議定書は1990年のレベルから、2008年から2012年の間に日本でマイナス6%です。カリフォルニア州は2010年に2000年のレベルに持っていきます。「2020年には1990年のレベルに、そして、2050年には1990年のマイナス80%にする」と言っています。 さすがに個別具体的な方策は言わなかったのですが、知事はサインをしてそれを世間に発表しました。その中で、彼は「カリフォルニア州は、地球温暖化への戦いの世界のリーダーになります」と宣言しています。あのアメリカですら、一つの例ですが、そのような動きが現実に出始めているということです。 アメリカのことで、私が一つだけ感じていることがあります。それは連邦政府レベルで非常にネガティブだから、アメリカ全部がまったくネガティブであると思っていると大間違いだということです。 私の一番懸念するところは、アメリカの産業界が温暖化で世界をリードできる準備が整った途端、世界にとんでもないことを言い始めるのではないかと思います。要するに、アメリカ企業がビジネスチャンスだと思ったらものすごいことを言い始めるということです。ですから、アメリカはだめなのだと思って日本がノロノロしていると、とんでもないことが将来起きる。これは、過去フロンガスで現実に起きた話です。 そして、オピニオン・レターの直近は、京都議定書が発効になる。その中で京都メカニズムの中でのCDM(クリーン開発メカニズム)の話をしているのですが、やはりこの中でビジネス界の、とくに銀行の立場から言うと、2012年以降の方向性の早期明確化ということです。 これは何かというと、2012年までが京都議定書で一応中身が決まっているのですが、2012年というと今日から考えると、あと7年しかありません。私もニューヨークでたくさんのプロジェクトファイナンスを手がけてきましたが、もちろん産業界の事業推進サイドの皆さんもよくおわかりだと思いますが、新しいプロジェクト、難しいプロジェクトを、わずか7年しか経済性が計算できないようなことで進めるかという話です。 2013年以降どうなるかわからないような状況の中で、2012年までの対応のためにCDMをというのは非常に難しい話です。発展途上国で新しいCO2削減のための事業を興す、プロジェクトを興す。さらに、一番下に"Additionality"と書いてあります。日本では「追加性」と訳しているようですが、要するに従来ベースのプロジェクトに比べて、当該プロジェクトは明らかにCO2の削減がAdditionalに、Addonでできるのだ、ということを証明しなければいけない。これは非常に難しいことのようです。 そういった非常に難しさの伴うCDMプロジェクトを、7年しか計算ができない中で進めるというのは、現実的に非常に難しいことです。できるとすると、7年以内にペイされるようなものでしかできないか、非常にシンボリックに金額の小さいものでしかできないというのが現実ではないかと思っています。 2012年以降、いわゆるポスト京都については、日本自体も早く方向観を出さなければ、ポスト京都の議論に加われないと思います。2013年以降をオープンにしたまま、日本が2013年以降の議論で世界の中でリーダーシップをとるということは、事実上不可能ではないかと思います。 【社会に反するような事業はSocial Licenseを剥奪してよいという考え方】 ここで少し具体的な例で、世界の銀行がどうかということをお話します。最初にBank of Americaの話をします。Bank of Americaが昨年5月に大きなコミットメントを発表しました。その中で次のように言っています。「Bank of Americaはアメリカにおける最大規模の金融グループになりたい。」これは要するに、トップにいるCITI Groupに早く追いつきたいということです。これは個別企業のプランですが、と同時に「世界で尊敬される企業になりたい」ということです。 世界から尊敬を勝ち得たい。そのためには当然責任が伴ってきます。その責任というのは、「大きな地球的規模の課題に取り組むことこそ、世界から尊敬を得る企業になりえるのだ」。そして、Bank of Americaの銀行自体の健康度合いです。それはFinancialも含めてさまざまな意味での健康度合いですが、この健康度合いは全て、ビジネスを行うコミュニティの健康度合いに比例するということです。 何が言いたいのかというと、自分たちが健康であるためにはコミュニティが健康でなければ健康になれないのだ。逆に言うと、コミュニティが病気になると、銀行が病気になってしまう。ですから、自らの健康を保つには、地域のコミュニティの健康を保つ必要がある。そのような責任を持っています。 そのような文脈の中で、「気候変動を含む地球環境問題にBank of Americaも一生懸命取り組んでいきます」ということを発表しました。このことについては、後ほど補足したいと思います。 ヨーロッパではDeutsche Bankの例を申し上げます。Deutsche Bankは、UNEP FIがスタートした1992年の創設時からのメンバーの一人です。非常に熱心です。ご存知の通り、ドイツの政治的背景は、1960年代から「緑の党」などがあり、今も外務大臣は「緑の党」の出身です。ああいった社会であれば当然と言えば当然かもしれませんが、ドイツ銀行自体も非常に熱心です。 そのドイツ銀行が次のように言っています。「ドイツ国内、あるいはヨーロッパの中で仕事をしていくのは当然だけれども、国際社会の中で当然Deutsche Bankは仕事をしていきます。その時にはCorporate Citizenshipを非常に意識して、責任を果たしていきたい。 SustainabilityこそをDeutsche Bankの銀行経営の中心に置きます」ということです。特に印象深かったのは、ドイツ銀行のこの部門の責任者と昨年北京を一緒に旅行をしたので、その間も含めていろいろと話を聞いたのですが、例えば、このようなことがすでに起きているということです。 ドイツ銀行というのは国際的な銀行ですので、海外での大きなプロジェクトのファイナンスをやっています。プロジェクトファイナンスというのは、銀行にとって非常においしいビジネスです。大型プロジェクトのエージェントになると、フィーの収入はもちろん莫大なものが入りますし、銀行界で大きな顔ができますし、さまざまな広がりが出ます。そして、ノウハウも蓄積されます。ですから、プロジェクトファイナンスは、できることなら一つでも多くエージェントとして入りたいのです。 そのような中にあり、ドイツ銀行は環境、あるいは社会的責任の面に問題のあるプロジェクトが出た場合には、エージェントから降りるというのです。それは現実に起きていることです。 例えば、アメリカの営業本部がベネズエラで大きなプロジェクトを取りたい。それが従来の考えであれば、まったく問題がない案件だったのですが、彼のセクションでは「これは環境上、非常に問題がある」ということで否認したということです。これはドイツ銀行の中でも大問題になり、大喧嘩になりました。例えば、インドの水力発電所でもそのようなケースが出ています。 皆さんが融資の依頼をされると、銀行の中には依頼を受けて融資をしていいかどうかという審査のための形式があります。一番上に申請書(application form)があるのですが、おそらく今、日本の銀行には、そこに「環境問題がどうか、社会的責任がどうか」というスペースはないと思いますが、ドイツ銀行では明らかにその評価を三つ並べて、そのトータルで点数を出すということにして、内部の判断が行われているということです。 金融機関は、今まで申し上げてきたとおり、金融機関の持っているさまざまな金融機能があります。これは個別銀行、個別金融機関のお金儲けのために、社会がライセンスを与えたわけではないと思います。もちろん、私企業としての利益の追求は非常に重要ですが、金融機関がなにゆえに社会から銀行あるいは保険会社を経営するライセンスを得ているのかということを、もっとよく考えるべきだと思います。 こういった地球規模の問題、日本の将来にかかわる問題については、金融機関はその基礎的な社会インフラを社会から与えられているのだという自覚のもとで、このようなことに取り組んでいくべきではないかということです。 今のCSRの世界の言葉で言うと、Social License to Operateという言葉があります。事業を行う上で、社会から与えられたライセンスという考え方がCSRの世界であります。ですから、社会に反するようなオペレーションについては、SocialLicenseを剥奪してもいいのではないかということが裏にある考え方です。 例えば、インドネシアで熱帯雨林を破壊してパルプ工場をつくって、ヨーロッパで製品を売るという大規模なプロジェクトに対して、ヨーロッパの消費者が反発して、インドネシア政府が最後にまさにSocial License to Operateを剥奪したということで、その事業が破綻しました。日本の銀行も含めて、国際金融団が大きな問題に直面したという現実もあります。 例えば先ほどのプロジェクトについて言えば、一つ「赤道原則」というものがあります。2003年6月にワシントンに世界の有力行が集まり、これから、特に開発途上国での大型プロジェクトについては、事前の環境アセスメント、社会的アセスメントを行って、改善がなされない場合、自分たちの基準に合わないプロジェクトであれば、融資に参加しませんというコミットメントを発表しました。 非常においしいプロジェクトから、自ら手を引くということを予め発表しました。このこと自体、金融界にとっては非常な驚きです。お金を出さないという話を言っているのです。 美談に聞こえるのですが、逆に言うと銀行界も非常に心配を始めているのです。変なプロジェクトに入ってしまうとLender's Liabilityがかかってくるのです。自分たちがお金を出したプロジェクトが社会的に問題を引き起こす、あるいは、環境上に非常に問題を引き起こすと、わずか1件のプロジェクトのために銀行自身が非常に窮地に陥らざるを得なくなる。それを未然に防ごう。 それには「みんなで渡れば怖くない」ということで、「うちは赤道原則を取っているので、このようなことを要求します。それにパスしなければプロジェクトから降ります」という、格好いい否認の口実にもなるという、裏の側面もあるのではないかと思います。日本ではみずほファイナンシャル銀行1行ですが、いずれにしても世界の銀行ではこのようなことも始まっています。 【環境破壊を伴う事業への投融資を止めさせようとするGlobal Finance Campaign】 先ほどBank of Americaについて、「後ほどお話します」と申し上げたのが、The Global Finance Campaignです。カリフォルニアにRAN(Rainforest Action Network)というNGOがあります。RANがここ数年The Global Finance Campaignという非常に強烈なキャンペーンを展開中なのです。 それにはもう一つ副題が付いていて、Ending Destructive Investmentといいます。要するに、環境破壊を伴う投資と融資を止めさせようということです。終止符を打たす。そのキャンペーンがこれです。そして、彼らが最初にターゲットにしたのがCITIグループです。 なぜ、私企業をターゲットにしたのかというと、最近の世界のNGOの流れの一つだと思いますが、政府にいくら言っても埒が明かない。政府が、ある意味で強すぎると言いますか、のれんに腕押しなのです。それに時間を取られるよりも、私企業を狙ったほうが効果的にできるのではないか。効率よく物事が進むのではないかということで、今、私企業にターゲットを移し始めています。 RANも連邦政府ではなく、私企業に移しています。とくに、対象に経営トップを置いています。まずトップを落とせば、後は陥落も目に見えているだろうという戦略です。ところが、CITIがなかなか落ちなくて、約4年かかったそうです。しかし、昨年1月にCITIグループが、先ほど申し上げたBank of Americaの中身と 同じようなものを発表しています。 そこでCITIグループが冒頭言っているのは、CITIグループが世界的な大企業である。とすると、世界的大企業としての責任を考えると、地球規模の課題にCITIグループも一緒に取り組むということが責任だ。その地球規模の課題は何かというと、貧困と環境と経済発展である。この三つの分野でCITIグループもがんばりますということを発表せざるを得なくなったのです。そしてRANの戦略は、次は第二のBank of Americaだと公言していて、それが昨年5月で4ヵ月後に陥落しました。 3番目は当然JP Morgan Chase Manhattanですが、これが少してこずって、ちょうど1年かかり、今年4月末にJP Morgan Chaseが同じようなコミットメントを発表しました。そして、次のターゲットはおそらくWells Fargoなどに広がり、さらに証券会社にも広がりというような動きになってくると思います。 彼らのプレッシャーは大きく、例えば、JP Morgan Chase Manhattanの会長の自宅がある地域の小学生に、会長宛のレターを書いてもらって、それをマンハッタンのオフィスに持っていって渡したり、全米のJP Morgan Chase Manhattanの支店にみんなで押しかけていってプレッシャーをかけるなどしています。 1年かかったわけですが、Bank of Americaに次いで第3位が陥落したとういことです。これはアメリカでオペレーションをする日本の国際的銀行も、「まったく対象外」と誰が言い切れるのかということです。 【年金運用の判断基準に損をしない範囲でのNon-Financialな要素を入れることを盛り込んだエリサ法】 もう一つ、今年5月10日にニューヨークの国連本部で、気候リスクに関わる機関投資家のサミット会議が開かれました。これは何かというと、機関投資家が今クライメートリスクを投資判断の基準の中に取り込もうとしているわけです。気候リスクを取り込まない投資判断は、アメリカ流で言うと、Fund ManagerとしてFiduciary Duty(受託者責任)を果たしていないのではないかという問題意識が出てきました。 受託者責任というのは何かというと、皆さんの年金を預かっている基金の構成員のために基金を運用するときに、何をベースに判断しなければいけないかということを決めたのがFiduciary Dutyです。ファンドの運用委託を受けた受託者の責任で、これはアメリカにエリサ法(退職者所得保障法)という非常に厳しい法律があり、そこに非常に厳しいことが書かれています。 そのFiduciary Dutyの中に、実はFinancial Returnだけを求めていくのではなく、違う判断基準も入ってもいいという動きにだんだんとなってきているのです。年金運用でもっとも大事なことは、Financial Returnだけれども、その判断基準にNon-Financialな要素を入れることも、Financial Returnを損ねない範囲であればいいという具合に変わってきたのです。これは投資の世界で非常に大きな違いです。 先ほど少し申し上げましたが、新エネルギーで金融をどうしようかという話ですが、今年5月にSEFI(Sustainable Energy Finance Initiative)のためのアドバイザリーボードがスタートしました。世界から産業界、金融界など、さまざまなところから約13名招聘され、私も呼ばれました。非白人の中で私1人なのですが、そのアドバイザリーボードがスタートして、世界レベルで新エネルギーのための金融を進めていこうという動きも始まりました。 【CO2を大量排出している企業は第二のタバコ産業になる可能性大】 ここで訴訟問題に入ります。実は今、国際条約や、Global / Regional、あるいはその辺りの環境問題に関しての条約や協定が約500あるそうです。環境に限らず一つの国が他の国に害を及ぼすということは、国際法上違反事項である。さらに国内的には、日本でも公害防止法などいろいろとありますが、国内法でも公害を起こすと賠償責任があるという話です。 すでにある法律を本当に執行すれば、温暖化問題も防げるはずだというのがベーシックな認識ですが、それでは物事が動いていかないということで、今、個別具体的に訴訟問題が起き始めているということです。よく「訴訟社会アメリカ」といわれていますが、裁判の力で物事を変えていこうということです。 実は、アメリカの司法関係者、とくに検察側では、このようなことを言い始めています。「立法、行政、ビジネスが動かないために、空白ができたときにそれを誰が埋めるのか」という話です。「その空白を埋めるのは自分たちだ」ということです。社会に空白ができたら、検察が動くのだということです。 これは聞き様によっては非常に怖い話ですが、実はそのような動きが出始めています。そして、シュワルツェネッガー知事も言っていますが、今アクションを起こさなければだめだということです。これは非常にいろいろなところで言われる言葉です。 結論から言うと、かなりの確度でCO2大量排出をしている企業、業界、国も含めて第二のタバコ産業、第二の薬品産業、第二のアスベスト産業になる可能性は十分あるのではないかと思っています。原因と結果が国際的ですので、ご存知のようにCO2はいったん大気中に出ると、1日から1週間で地球を一周するそうなので、相手はどこでもいいのです。 すでにいくつか起きているので、簡単にご紹介すると、例えばアメリカで2002年8月に原告の人たち(City of Boulder, Colorado, City of Oakland, Friends of the Earth,Greenpease他)が被告(Exim Bank of the US, Ocerseas Private Investment Corp.)に対して、過去10年間で約320億ドルを油田開発やパイプラインなどに融資している。それは油田開発等によってCO2が大量に出ている。そのような事業にお金を出すのは法律違反ではないか。アメリカの環境保護法に反するのではないかという訴えを出しています。 アメリカの法律によると、環境評価をした上でこのようなプロジェクトにお金を付けるべきだとなっているのですが、環境評価ができていないのではないか。それが地球温暖化にどのような負荷をもたらしているのか。そのような情報を少なくとも出すべきであるというような訴えをしているのです。 すでにオーストラリアでは、新しい石炭鉱山を開発する時のライセンスがあるのですが、その時に、その石炭鉱山が将来的に温室効果ガスの排出にどのような具合で影響を及ぼしていくのか。そのようなことも重要なファクターとして入れて開発許可を出すべきであるという判決も出ています。 ドイツでは、国内法では環境情報法というものがあります。環境に関する情報は公開すべきだという法律です。それに基づいて、公的資金(税金)を使った輸出金融が助けたプロジェクトが、実際にCO2にどのような影響を与えているのかという情報を出せと言ったところが、情報が出てこないということで、輸出金融公社を担当している四つのドイツ中央政府の役所、すなわち財務省、経済労働省などを訴えて、情報を出せということを言っています。 【CO2大量排出者である電力会社5社を訴えたアメリカの8州とニューヨーク市】 二番目に、Civil Law(民法)のレベルでは、昨年7月下旬に、アメリカの八つの州とニューヨーク市がアメリカの電力会社トップ5社を連邦裁判所に訴えました。 この八つの州の人たちが何を言っているのかということですが、これはニューヨーク州の検事総長を始め、いろいろな方が言っていますが、彼らの言い分は「CO2が地球温暖化をもたらして、その結果、気候変動が起きているということは、すでに科学的知見になっている。すなわち、原因と結果が非常に明確になってきている。 それを前提に考えると、州の当局、市の当局、州政府、市の政府は、自分たちの地域の州内の住民の経済、あるいは自然環境、さらに人間の健康問題、さらに言えば自分の州内の子供達の将来、これを守る義務がある。CO2は、いまや経済、環境、健康、さらに子供の将来に非常に大きな脅威になっている。そうすると、その人たちの生命、財産を守る義務のある州の当局者が、そのことで行動を取るのはまったく当たり前の話だ」ということです。 彼らはこぞってアメリカの電力会社トップ5社を相手取って連邦裁判所に訴えているのですが、これは損害賠償の訴えではなく、五つのCO2の大量排出者(電力会社)に「CO2を減らせ」という裁判所命令を出してほしいという訴訟を起こしているのです。ともかく、連邦裁判所が五つの電力会社に、「もっとCO2を減らせ。あなた方が排出するCO2が人々の生命、財産を脅かしている。そのことについて対応を取れ」と命令するということです。 彼らはこれをした時に非常に高々と宣言をしていました。これは初めてのケースです。とくに行政レベルが私企業をこういったかたちで訴えた初めてのケースで、Grand Breakingという言葉を使っています。地球温暖化への戦いの中で新たにRegal Frontができたのだというようなことも言っているので、これは今後さまざまなことで尾を引いていくのではないかと思っています。 【温暖化によって生存権が脅かされるイヌイットの人たち】 もう少し違った視点、Human Rights(人権)から申し上げます。北極圏が他の地球の地域に比べて、地球温暖化のネガティブなインパクトを非常に大きく受けているという報道がたくさんなされているというのは、皆さんもご存知だと思います。 もともとアラスカ、カナダといった北極圏に住んでいるエスキモー(イヌイット)の人たちは、われわれ日本人とファミリーが一緒でモンゴロイドの方たちです。昔、海峡を歩いて渡ったという人たちですが、今この地域に約15万5,000人のイヌイットが生活しているそうです。 彼らの生活圏が、温暖化のために深刻な破壊が始まっているということです。例えば、エスキモーはアザラシの狩猟で長年自分たちの生活を支えてきたのですが、そのアザラシがとれなくなった。あるいは、温暖化によって海面水位が上がります。そのことによってアラスカの海岸線が侵食されている。 住居がどんどん崖崩れによって壊れ始めています。そして、例えば冬に川に張る氷の厚さが薄くなってきた。そうすると、そこを通路にして生活圏を確保していたエスキモーが、氷が割れて川に落ちると死んでしまうというようなことが起きている。 そして、これまで雨が降らなかったところに雨が降ってしまう。雪の上に雨が降ると、凍ってしまうのです。地表が全部氷で覆われます。そうすると、トナカイなどは自分の足で雪を払いのけて下にあるコケを食べて命をつないでいたのが、氷になると自分の足では氷が割れないのです。彼らのヒヅメはほとんど割れてしまって出血をしています。悲惨な写真を見ましたが、白い雪原の上に血の跡が延々と続いていました。 そのようなことが起きています。エスキモーの人にとってみれば、そうしたことが単純に環境破壊ではない。自分たちの基本的人権、生存権を侵され始めているという認識なのです。 エスキモーの団体が今取っている行動は、ワシントンにある南北アメリカの人たちの団体の人権を扱う部署に、「ブッシュ政権はイヌイットの人権侵害を行っている」ということで訴えをしました。 彼らが狙っているのは、そこで確かにブッシュ政権はエスキモーの人たちの基本的人権を侵害しているという認定がされると、それをもってアメリカ国内法で私企業に損害賠償を求めていく、あるいは、CO2の排出の削減の訴を改めて起こすことです。そのような訴を起こすためのベースをつくるためにこのような行動を起こしているようです。 【欧米から切花(CSR)を持ち帰っても根づかない】 4番目に、「原告適格性の転換」という非常にわかりにくいことを書きました。"Injury to all is injury to none"という言葉ですが、私は専門家ではありませんので説明が難しいのですが、全ての人に被害が及ぶような事件は、誰も被害者がいないという法的な認識をしていました。特定の人に特定の被害が起きると、それは誰が原因をつくったのかという加害者の特定化が進むのですが、全ての人が被害者で加害者が誰もいないという認識です。これは法律上の認識です。 つまり、例えば地球温暖化です。私は地球温暖化問題を話す時に、被害者が明日加害者になり、加害者が明日被害者になるのだという言い方をしていますが、そのような概念で見ると、法律上、訴を起こせないのだというのが従来のアメリカの考え方だったのです。 したがって、そういった問題について訴を起こせるQualificationを持ったのは、例えば行政府などというところしか原告になり得ないとういのが従来の考えだったのですが、ある裁判で、最高裁判所もそのようなことは言っていない。たくさんの人が被害を受けていても訴を起こせないということであれば、何もアクションが取れないので、そのような考え方はやめるべきだというのが正しいのではないかという言い方を始めています。 その例になったのがこの裁判なのですが、埋立地からCFCsのガス等が出てオゾン層を破壊して、それが将来的には皮膚がん等で人の健康を害する。特に埋立地に例えば電気冷蔵庫などをそのまま捨てる。郡はその処理をしないままどんどん捨てていって、そこからガスがどんどん漏れていってオゾン層の破壊になっている。それを「やめろ」と個人が訴えたのですが、その裁判の中でこのようなことが言われました。 私の素人考えでは、これなどはアメリカの司法の中にも地球規模、あるいはアメリカ全部に被害が及ぶような問題であっても、裁判の対象にしたほうがいいのではないかというように、考え方が変わってきているということです。 このようなことをいくつか断片的に申し上げましたが、例えば今の日本のCSRの状況を見ていると、欧米が何十年もかかってきたCSRを、まさに一夜漬けの勉強で1年や2年で日本に取り込んで、それでCSRレポートをつくって済んだと思っているようです。ところが、CSRも含めて、社会の考え方やシステムを変えていく上では、目に見えたことだけを変えていくということでは、根づかないと思います。私はこれを「切花論」と言っています。 例えば、アメリカに行ったら非常にきれいなバラが咲いていた。「これはすばらしい、日本に持って帰ろう」と言ってちょん切って、花一輪日本に持って帰ってきて、「これがアメリカのバラだ。日本でこれをみんなで楽しもう」と持ってきても、当然ながら根づきません。 きれいなバラが一輪咲くには1年365日の気候風土があり、それを育てる人、愛でる人、さまざまなシステム、サブシステムが総合的に成り立って、初めてバラが一輪きれいな花を咲かせるということから考えると、例えばCSRを日本に持ち込もうとすると、さまざまなことが必要なのです。 とくに日本の現状で不思議に思っているのですが、CSRをやるのに、例えば法律上CSRに会社のお金を使うのがなぜ許されるのかという話を考えられたことはありますか。CSRに年間1,000万円お金を使うとする。社長は何の権限でそれを決めるのですか。 アメリカでは、例えばそのようなことについても、裁判を含めてCSRのために会社の財産を適当な範囲で使うことはいいのだということをアメリカの法曹界も約10年間議論をして、そのようなことで理論武装をしてきています。裁判所の判例も出ています。 そのようなことで考えると、今申し上げた裁判の話は、NGOなど先鋭的な人たちが何とか一矢報いようということで手段として訴訟を使っているということもあるのですが、やはり法律上のバックアップをしていかなければ、社会に定着しません。 ですから、日本はこれからCO2、CSRなどさまざまな問題に取り組んでいくわけですが、何も企業で社長などが頭の中でCSRは重要だということでやるということで定着する話ではないと思います。ですから、そのためには裁判も含めて法律上のバックアップも非常に重要ですし、さまざまなことを社会の中でつくっていかなければ定着しない。 そのような意味で見ると、裁判の問題も当事者としては非常に重要な問題ですが、社会全体で見ると、「このようなことをやっていくことによって、CO2問題を社会としてどのように受け止めていくのかということが非常に定着していくのではないか」と考えています。 ですから、皆さんもそうでしょうけれども、日本の中における政府、企業の意思決定者は、私の最後の言葉で言えば、早くリーガルポジションをつくったほうが、ゆっくりお休みになれるのではないでしょうかということです。これで私の話を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。 三橋規宏 どうもありがとうございました。今、末吉さんのほうからイニシアティブについてのお話があったと思いますが、いわゆる温暖化対策ではなく、いまやカーボンリスクであり、それは直にビジネスリスクにつながっているのだというようなお話がありましたが、ご質問はありませんか。 谷口正次 谷口と申します。世界銀行の動向を教えていただきたいと思います。赤道原則などにも参加しているのかどうかについても伺いたいと思います。 【従来の資本重視の考え方からCSR重視へシフトしている各国の開発銀行】 末吉 私が聞いているのは、赤道原則をつくる前に世界銀行や、世界的な組織の中でこのような考え方はあり、それをベースに踏まえながら民間銀行として何をやればいいのかというようなことが来ています。ですから、そのような意味では関係がありますし、世界銀行も、この度、辞められたウォルフェンソン氏の中でこの10年間でずいぶん変わったという評価ではないでしょうか。 単純に、「先進国に比べて発展途上国に不足しているのは資本だ。資本を持ち込めば全てうまくいくのだ」という従来の考え方に対して、「資本も大事だけれどもキャパシティビルディング、人材をどうするのか、教育をどうするのか。もっとベーシックでは地区住民の医療技術、医療水準の向上を図らなければいけない」。そのようなことで、世界銀行もさまざまな新しい考え方で開発金融をやっていこうと変わってきていると聞いています。 そしてもちろん、例えばSEFI、先ほど申し上げました新エネルギーのFinance Initiativeにも、実はアドバイザーの中に一人世界銀行の方が代表で入っています。ただ、一方では世界銀行というのは国の政策、各国のメンバー国の政策の影響を強く受けるということで、NGOから見るとまだまだ言葉の上だけだとか、実体が伴っていないのではないかという批判があるのは事実だと思います。 ただ、明らかにこのような方向に変わってきていますし、5月中旬にフィジーに行ったのですが、そこでアジア太平洋地域の開発銀行の第28回の集まりがありました(アジア太平洋地域開発金融機関協会)。ADFIAP(The Association of Development Financing Institutions in Asia and the Pacific)と呼んでいますが、日本では日本政策投資銀行がメンバーです。各国の政府系の開発銀行がメンバー(現在55行)になっていて、その人たちの会議に出て驚きました。 公式のアニュアルミーティングの後に、1日かけていろいろなセミナーがありました。そのセミナーのテーマは全部CSRです。あるいは、環境問題にどのように取り組むのかということです。ですから、それを見てもとくに発展途上国は極端な話、環境やCSRはさておいて、もっと経済的発展のほうに注力したいというのはわかります。 当然そのような側面も現実的にはあるのでしょうけれども、そのようなグループの集まりですら1日かけてCSRは何なのか、環境問題はどうなのか、人権問題をどうすればいいのかということを議論する時代になっているということです。そのようなことが、私は非常に重要なのではないかと思っています。 永岡文庸 米国ではCSRの問題に関していつも出てくるのが、ミルトン・フリードマン(Milton Friedman:1912-)の話です。要するに、企業の社会的責任は一つだ。単純に言えば市場の中でルールを守って利益を拡大すればいい。利益を追求すればいいのだということが、いまだにアメリカから聞こえてくるのですが、今の末吉さんの話ですと、かなり法的なバックアップで、いろいろな判例の積み重ねで企業がCSRに対して人権などいろいろな投資をしても、それはかなり法的に支持されているという言い方でしたが、そのようなことなのでしょうか。 末吉 いろいろな意見があるのは当然です。CSRの保守、本流でもあるヨーロッパですら今年1月に、エコノミスト誌が面白い特集をしました。「CSRというのは何なのか。」 今お話がありましたように、フリードマン流の株式会社は利益を求めるのが一番ではないか。それにCSRは何の役立っているのかという意見が出ました。そうすると、NGOを含め、読者からものすごい反論が出たのですが、それを彼らはフェアに載せています。ヨーロッパですらそのような議論があるのも事実ですが、私は世界の流れはフリードマンの言う利益の追求だけでは済まされないと考えています。 ただ、日本でも東大の先生でそのようなことをおっしゃっている方がいますが、ではそもそも利益とは何なのかという話です。利益の定義は誰も話しません。その時に、世界の流れでCSRについて言っていること、私自身も強くそう思っていることは、「では短期の利益と中長期の利益をどう関係させるのか」という話です。 短期の利益をいくら半期、二期、三期実現し得たとしても、中期的にそのビジネスのやり方が社会に受け入れられなければ、どこかで破綻するのはかなり確実な問題だと思います。ですから、フリードマンの言うことも長期的利益、長期的収益の確保こそ株式会社の最大の目標というように読めば、CSR、環境も完璧に包含されると思います。  先ほど申し上げました、年金基金の長期的な展望という言い方をしましたが、彼らも言っていますが、短期的利益ばかりに企業が追われているのは、長期的な投資を狙っている人たちからすると、非常に困った話であるというのがベースにあります。極論を言うと、Day Traderという言葉があります。一日の中で売り買いを何度もする。そのようなやり方をウォールストリート・ルールと称していますが、そのようなウォールストリート・ルールに追われる企業経営であってほしくないということを言っているのです。 そこをお考えになる時に、単純に利益イコール即全ての意味での利益ということではなく、企業はどのようなタームでの、どのようなコンディションでの利益を求めるのか。その中身をよく吟味されなければいけないと思います。 私はよくCSRのことでお話をする時に申し上げているのは、「CSRはコストではない。投資です」ということです。投資というのは、当然その先に収益のリターンがあります。コストは単純に言えば、一時的なキャッシュのアウトフローです。そのようなことで考えるのではなく、長期的視点の中での投資なのだと思えば、世界がずいぶん変わるのではないかと思います。 【国際社会の中で環境問題に対する共通の価値観を持たなければ日本の金融機関の復活は難しいのではないか】 三橋 このCSRの議論というのは多くあります。例えば、今おっしゃったような中長期的に利益を得るためには、環境にも、社会的側面にも配慮しなければいけないという、あくまでそのような解釈でやっていくのか。あるいは、今言われているようなトリプルボトムラインというようなかたちで、ぜんぜんそうではないという視点で考えていく考え方があると思います。 しかし、私は質の違いということ、これからの時代ということを考えれば、やはり中長期的には環境も配慮し、社会的側面も配慮しなければというフリードマンの言うことを解釈してやることはないと思います。むしろ、まったく違う二つの側面がこれからの企業に求められているのだということだと思います。 私が質問したかったのはもっと現実的な問題で、このB-LIFE21でも損保ジャパンは初めからのメンバーですが、いわゆる銀行はなかなか入らない。私もトップセールスとして環境マインドを持った銀行の大手トップに何度もアプローチしたのですが、おっしゃったように「環境問題なんかくそくらえ。とにかく不良債権を抱えて四苦八苦していて、生き残らなければいけない。そんな時に...」というような考え方をずっとこの何年間も持っているのです。 そのようなことから言うと、今の末吉さんの話しから見ると、例えばヨーロッパ、あるいはアメリカの銀行と日本の銀行のトップの問題意識が、なぜかくも違ってしまっているのかというようなことについて、今も銀行と関わり合いがあると思うので伺いたいと思います。 私は新聞記者時代には金融を担当していました。当時は都市銀行のトップの人たちというのは普通の産業界のトップと違い、非常に将来をバランスよく見るマクロ的な展望を持っていたのですが、いまや金融機関のトップというのは視野が狭く、とても日本経済そのものの議論ができない。ましてや環境、世界というようなことに対しては、もっとできない。非常に困ったことだと思います。 しかし、金融が果たす役割は非常に大きいのです。赤道原則が実施されれば、相当に熱帯雨林は守られてきたはずです。そのようなかたちで、しかも熱帯原則などには今日本の場合にはみずほファイナンシャル銀行しか入っていないようですが、そのようなことを含めて日本の金融機関のトップの頭の中というのは、不良債権処理も終わって変わってきつつあるのでしょうか。私もまたトップセールスして勧誘しようと思っていますが、どの辺が狙いどころなのでしょうか。 末吉 まず東京三菱銀行に行かれるといいのではないでしょうか。私自身の反省も含めていくつか申し上げます。 先ほどのUNEP FIの歴史の中で、2000年にドイツのフランクフルトで会議があったと申し上げましたが、実は私がこの問題に関わるきっかけになったのはその会議なのです。フランクフルトの会議というのは、ドイツ銀行がホスト役になりこの会議を招聘しました。 私は、当時働いていた日興アセットマネジメントのエコファンドの話をしてほしいということで参り、エコファンドの紹介かたがた日本の実情を話す機会を与えられました。その時に私自身、大変ショックを受けました。 それまで金融機関と環境問題というのは、ニューヨークでプロジェクトファイナンスをやっていた関係上、スーパーファンド法という非常に厳しい法律があり、土壌汚染が発見されれば貸し手である銀行にも非常に大きな責任が問われかねないということで、そのことについて非常に認識があったのですが、今のような動きがあることはまったく知りませんでした。おそらく日本の銀行員が誰も知らなかったと思います。 その会議に行った時に、ホストバンクのドイツ銀行の当時の頭取のブラウア(Dr.Breuer)という方が挨拶に立ちました。ドイツ銀行の頭取がコミットメントを言われるのです。確かに誰かがつくった文章かもしれませんが、いずれにしても発言するのは自分ですので、自分の言葉としてドイツ銀行としてもコミットする必要があるし、個人としてもこのような問題は非常に重要なのでコミットします、ということを滔々と述べられたのです。 その話を聞きながらふとしたことを思いました。東京の丸の内で、日本の金融機関のトップで、自分の言葉で環境問題についてこのような発言を公の場で言える人がいるのだろうか。自分の銀行、あるいは前におりました銀行、会社も含めてどなたがこのようなことを言うのかと思いました。残念ながらその時には、「あの人なら言うに違いない」という人は誰も浮かびませんでした。 実は、それ以来自分への反省も込めて、日本の銀行が国際社会の中でみんなと一緒に共通の価値観を持って動いていくということをしていかなければ、バブルで壊れ続ける日本の金融機関の復活は本当にあり得るのだろうかということをだんだん強く思うようになり、日本の金融機関にそのようなことを知っていただくには、どうすればいいのかということが、私の非常に大きなテーマになりました。 それを自分自身考えながら、ちょうどその会議でスピーチをした直後に、UNEPFIからSteering CommitteeといってFIを動かしていく定員12名のアドバイザリーボードがあり、そこに入ってくれという要請を受けました。これも従来の10年間、メンバーは全部白人でした。このようなことを言うのは、知っていただきたいのであえて言うのですが、有色人種、非白人からは初めてだったのです。ということは、日本の含めアジア全部、まったく関係がなかったということです。 そこに入っていろいろとやっているうちに、何か良いものがないかと思っていたのが、3年に2回程度行われる国際会議を日本に持ってくるのがオリエンテーションとしては非常に良いのではないかということで、それをやることが私にとって非常に重要なのではないかと思い、そのことに専念しました。日本政策投資銀行をはじめ、いろいろな銀行の方、損保会社の方に支援していただき、非常に有意義な会議が開かれました。 現在メンバーは少しずつ増えていて、一国の単位で16社というのは世界でも非常に大きな勢力になってきました。ですから、日本の中においてもそのようなことが少し変わり始めましたし、個別銀行でも、例えば今年3月に三井住友ファイナンスグループは、「環境と金融」という大きなテーマでセミナーを開かれました。そこで松下和夫先生にもお会いしました。 CSRも含めて、例えば東京三菱銀行はCSR室と変えてきましたし、そして、小さな報道でしたので気づかれなかった方が多いと思いますが、実は先月、東京都が都内で営業活動をする22の金融機関を集めて、石原都知事からの要請ということで22金融機関に東京都が進める環境行政に協力してほしいという会議が初めて持たれました。 これにはあるきっかけがあります。私が東京都の環境局の方々といろいろな議論をして、「世界の趨勢から見ると地方政府といえども、金融機関の機能をもっと活用すべきではないか。そのようなことを呼びかけるのは正しい方向ですし、金融機関もそのような呼びかけには応じるはずです」というようなことで、いろいろな準備をしてきて、先月22行に集まっていただいてそのような会議が持たれました。 これは日本でも初めてのことですし、世界でも地方政府レベルとしては大変ユニークなモデルになり得るのではないかと思いますが、これなども少しずつ金融機関が問題意識を変え始めていると思います。 そして、バブルの関連で申し上げると、私は自分の反省も含めて、バブルで社会に非常に大きな負担、迷惑をかけたわけです。そこからの復帰の過程で、バブルの処理が済まなければ自分たちはそのような前向きのことには入れないというのは、おかしい考え方だと思います。 バブルの処理の段階で、すでに環境配慮の不良資産の処理をしなければいけないはずです。あるいは社会的責任の見地を持っての不良資産の処理をしなければいけませんし、そして一行員の立場を慮って言うと、暗い話ばかりの連続の中に、銀行で働くモチベーションは何かと考えた時に、やはり社会との共生、社会との共感性が持てるようなことを銀行員自身も持たなければ、これはちょっと大変なのではないかと思います。 これは一般企業のレベルでもそうでしょうけれども、CSRのもっとも単純な言い方をすれば、例えば、今日お集まりの皆さんが家に戻られてご家族と夕食をとられる時に、「うちの会社はこういう会社だよ」、「お父ちゃんはこういう仕事をしているんだよ」と言えるのか、それとも「実は中国から輸入した豚を鹿児島産の黒豚といって売って非常に儲かっている」などという話をされるのかということです。そのような、自分の仕事を家族にも素直に言えるようなビジネスのやり方が、CSRの原点ではないかと思います。 ですから、是非この会議にも商業銀行、あるいは証券会社、あるいは投資顧問などというところにもメンバーを募られるといいのではないでしょうか。私でお役に立つことがあれば致します。 三橋 どうもありがとうございました。
 

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