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日本には、「風が吹けば桶屋が儲かる」、「因果応報」など、目の前のことだけでなく物事のつながりを考える習慣が古くからあります。日本だけではありません。物事の全体像をとらえ、つながりに着目するシステム思考に通ずる考えは、古代ギリシャや中国をはじめ、古今東西いたるところに見られます。
しかし、実践的な学問としてのシステム思考が発達してきたのは、意外と最近のことです。1930年代、ルードヴィヒ・フォン・ベルタランフィは、自然界にある細胞、生物個体、集団、生態系などのさまざまなレベルのシステムには普遍的な原理があり、それらの原理はあらゆるフィールドに適用できるとする「一般システム理論」を提唱しました。
その原理のひとつが、「部分は全体の目的の中での機能を担い、他の部分と相互に影響しあうこと」でした。そこから「システムの全体像を見ることが重要である」という考え方が、当初は生物学や工学の分野で発展します。1948年にはノーバート・ウィーナーが、自然界のシステムの一般的な原理が、経済の市場メカニズムや、政治での意思決定、人間の心理にも働いており、社会科学の分野でもシステムに関する知識や経験を応用できると提唱しました。
1956年、システム理論をすでに工学分野で応用していたMITは、産業界への応用を図ります。1961年、ジェイ・フォレスターは『インダストリアル・ダイナミクス』を出版し、ビジネスでなぜ在庫が変動するかなど、コンピューター・シミュレーションでサプライ・チェーンのシステム構造を分析しました。こうして、システム理論を社会や経済の問題に応用する枠組みを築き、システム・ダイナミクスという新しい学問分野を開拓したのです。
また1969年にはフォレスターは都市開発にシステム理論を応用した『アーバン・ダイナミクス』を発表しました。1972年には、フォレスターに師事するデニス・メドウズ、ドネラ・メドウズらが、ローマクラブの委託研究の成果として、地球規模での生態系と経済などの関係をシミュレーションした『成長の限界』を発表します。こうしてシステム・ダイナミクスは経済、社会、環境などにも応用分野を広げていきます。
その後、システム・ダイナミクスは、MITから派生して、米ダートマス大、英ロンドン・ビジネス・スクールなど世界各地の大学で教えられるようになりました。また、このころからシステム・ダイナミクスの基礎となるシステム思考が、小学校5年生から大学生まで幅広く教えられるようになります。
1988年には、PC上で簡単に操作できるソフトウェアが発表され、システム・ダイナミクスのシミュレーションがメインフレームだけでなくPC上でも行えるようになりました。
また、同年「ピープル・エクスプレス」という企業経営者がシステム思考を経営に活かすためのシミュレーション・ゲームが開発されます。飛行機のパイロットが実飛行の前にフライト・シミュレーターで訓練を受けるのと同じように、経営者が実社会に起こるビジネス上の問題を「疑似体験」する学習ツールです。
ほかにも、経済と自然資源のシステムを体感して長期的視野の重要性を考える「フィッシュバンクス」など、さまざまなシミュレーション・ゲームが開発されました。これらのゲームは、企業トップや政府の高官から、一般の市民、学生まで幅広くシステム思考を学ぶツールとして活用されています。
そして、システム思考を一躍有名にしたのが、ピーター・センゲの著した『最強組織の法則』です。原書の『フィフス・ディシプリン』は1990年に出版され、翌年のベストセラーとなりました。この本で紹介されたシステム思考やシステム・ラーニングは、ビジネス戦略の上で重要なアプローチとして幅広く注目されるようになりました。
こうしてシステム・ダイナミクスとシステム思考は、ビジネス界はもちろん、経済、社会、環境といった分野でも幅広く活用されていきます。デニス・メドウズとドネラ・メドウズは、毎年9月に世界各地のシステム思考の専門家をハンガリーのバラトン湖に集め、システム思考を活用して地球規模での問題の理解や解決のための話し合いを始めました。24年間続くこの会合は、バラトン・グループ・ミーティングと呼ばれています。チェンジ・エージェントからは枝廣が過去4回のミーティングに参加するほか、運営委員にも選出され、世界の第一人者たちとのチャンネルを強めています。
ビジネスや社会の問題解決に有用とされるシステム思考も、残念ながら日本ではそれほど普及していません。私たちチェンジ・エージェントは、デニス・メドウズをアドバイザーに迎え、ジェイ・フォレスターはじめ多くの第一人者とつながりながら、バラトン・グループ・ミーティングで学んできたシステム思考を日本で幅広く紹介するための活動を展開していきます。