7月23日に、愛・地球博での「持続可能な社会を実現する環境教育」をテーマとした愛・地球会議が開催されました。私はこのイベントのコーディネーターとして、テーマの設定や講演者やパネリストの選定に関わり、当日はパネルディスカションでのコーディネーターを務めました。
シーラ・シスル(WFP国連食糧計画事務局次長/南アフリカ)氏による記念講演、デニス・メドウズ氏による基調講演のあと、阿部治氏(立教大学教授・ESD-J代表理事/日本)、ヴィム・A・ハフカンプ(ロッテルダム、エラスムス大学教授 / オランダ )、チャオ・シンドン(国家環境保護総局宣伝教育センター員 / 中国 )とデニスによるパネルディカション「真の変化をもたらすために行動する人を育てる環境教育」がおこなわれ、冒頭に私が15分ほど話しました。この部分をお伝えします。
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記念講演と基調講演をいただいて、パネルディスカッションを始めたいと思います。パネルディスカッションのタイトルは、出ていますように長いタイトルをつけました。「真の変化をもたらすために行動する人を育てる環境教育」とはどういうものかでしょうか? 「真の変化」と「行動」というところに特に焦点を当ててパネルを進めていきたいと思っています。
基調講演のデニス・メドウズさんの話でも、「行動こそ」という話があったと思うので、つながると思います。私のほうから15分ほど、全体の枠組みを設定するようなイントロダクションをさせていただこうと思います。
最初に、デニス・メドウズさんの話でも、2100年までのシミュレーション、コンピュータのモデリングの結果を見ていただきました。ここで、少し別のシミュレーションの結果をお見せしたいと思います。これは地球シミュレーターというプロジェクトで、国立環境研究所の西岡理事からファイルをいただいたものですが、
気候変動、つまり温暖化がこのままいくとどうなるかということを示しています。1950年〜2100年までの世界の気温のシミュレーションのデータです。
(シミュレーションをお見せする)
どのように思われたでしょうか?
これから先のところはもちろん予測です。このままいくとこうなるというデータをお見せしました。これからお話しすることは、もちろん環境教育の話ですが、時間との戦いでもあるということを少し感じていただきたいと思ってお見せしました。
各地そして世界の現状を見ていると、今の温暖化をはじめ、何が問題であるかというのは、ほとんどの人が知っています。そしてどうすべきかということも、ほとんどの人はわかっています。
たとえば温暖化であれば、「温室効果ガスを出す化石燃料ではないエネルギーを使って、経済や社会を動かしていかなくてはならない」というように、どうすればいいかはわかっているわけですね。
そしてそのために必要な技術も、もうほとんどあります。ソーラー発電にしても風力発電にしても、化石燃料を使わなくてもエネルギーがつくれるようになっている。そして、日本でも世界でも、自治体でも企業でも、NGOでも地域でも、みんなそれぞれのところで頑張っています。
それなのになぜ、先ほどデニス・メドウズさんが見せてくれたような、行き過ぎて崩壊するシミュレーションがたくさん出てしまうのか。今お見せしたような気候変動のシミュレーションが出てしまうのか。
問題は何かわかっている。解決策もわかっている。そのための技術もある。みんな一生懸命やっている。それなのになぜ?と思うのです。
今、その状況を変えていくために必要なことが、少なくとも二つあると思っています。一つは、基調講演のデニス・メドウズさんのポイントでもありますが、単なる情報や知識や知恵ではなくて、それを実際に行動に変えていくことです。いくらいろんなことをみんなが知っていても、私たちが行動を変えない限り、地球に対する影響が変わらないからです。
じゃあ、どうやったら行動を変えることができるのでしょうか。私はこれをよく「三位一体」と言います。まず、「変えられる」と信じている心、「変えたい」という気持ちがあること。
そして、やみくもに「変えたい」とか「このままじゃいけない」と思っているだけだと、焦りにしかなりません。そうではなくて、何が問題でどこをどう変えればいいか、戦略的に考えていくための頭が必要です。
でも頭だけでは、頭でっかちの評論家になってしまいます。実際に結果を出すために計画をつくって実行していく、動いていくということですね。その三つがそろってはじめて物事は変わると思っています。
私たちが何か新しい行動を取るときに、まず「知らない段階」があります。どういう行動を取ったほうがいいとか、取らなきゃいけないとかを知らない段階です。まずそこで環境教育は役に立てます。いろいろ情報を提供し、教えることができます。単なるデータではなくて、それがある意味を持った知識となれば、「あ、なるほど、そうなのか」と思うでしょう。
ただ、知識だけではなかなか行動につながりません。「それが自分にとってどういう意味があるのか」という、自分とのつながりができてはじめて、その情報なり知識は、知恵や気づきになります。それがあってはじめて「行動」につながると思っています。
一つ興味深い事例があります。いまお話ししたように「知らない段階」から「行動」まで、たくさんの人たちが動いていかないといけないわけですが、ある新しい考え方やある新しいやり方が広がっていくには、どれぐらいの時間がかかるものなのかを示す一つの例です。
ここでは詳しく話しませんが、「どう考えたって、こうしたほうがいい」ということが発見されてから、実際に世の中のほとんどの人がそうするようになるまで264年かかった、という事例があります。この264年の間に、本当は苦しまなくていい人たちがたくさん苦しんだでしょう。
今の環境問題も同じような気がします。どうすればいいかはもうわかっている。やり方もわかっている。でも、それが実際に社会の行動にならない。その遅れが大きければ大きいほど、環境へのダメージや未来世代へのツケが大きくなっていきます。じゃあ、新しい考え方とかやり方とは、どのように広がるのでしょう?
まず最初に、新しい考え方ややり方を思いついたり、考えつく人、技術を開発する人がいます。「イノベーター」と言われる人たちです。でもその人たちだけでは、なかなか世の中に伝えたり、動かしていくことができません。
このような新しい考えを思いついたり、新しい技術を発明する研究者などは、なぜそれが大事なのか、それをどうしたらいいのかを、わかりやすく伝えることが得意とはいえない人が多いのです。
ですから、イノベーターの手助けをする人、つまり、その考えを「実はこういうことなんだよ」「こういうふうにしたらいいんだよ」と翻訳して伝えてあげる人が必要です。これを「チェンジ・エージェント(変化の担い手)」と言います。変化の担い手をもってはじめて、イノベーターの考え方が世の中に伝わっていきます。
また、世の中にも、新しいことに対して、すぐ「やってみよう」と思う人と、「どうかな」とちょっと様子を見る人といますね。世の中で最初に使ってみる人、アーリー・アダプターとよく言いますが、その人たちが使ってみて、その様子を見てはじめて、社会の主流派が「あ、使ってもいいのかな」「あのほうがいいのかな」というように広がっていきます。
その中には「そんなことやらなくても、これまでのやり方のほうがいいよ」とか、もしくは、何か新しいことをやろうとすると必ず反対する人とか、足を引っ張る人とか、社会はそういうふうにいろんな人たちから成っています。
現在の状況は、もう何をすればいいかはわかっていて、どういうふうに技術を使えばいいかもわかっています。今必要なのは、それを広げていくチェンジ・エージェントをたくさんつくることだと思っています。
今日この午後、ここにいらっしゃる方は、ほとんどの方がチェンジ・エージェントかチェンジ・エージェントの卵だと、私は思っています。私も卵ですが、「何とか変えたい」「広げていきたい」「伝えたい」、そう思っている人たちのことを、チェンジ・エージェントと呼んでいます。このようなチェンジ・エージェントをできるだけ早く増やしていかないと、先ほどのシミュレーションでお見せしたように、時間のほうが先に進んでしまいます。
時間との戦いに負けないためには、単に自分の目の前だけを変えるんじゃなくて、一つ変えたら、ドミノ倒しのようにたくさん変化が広がるような、そういう変化のデザインをしていくことです。そして、人を動かすようなコミュニケーションの力をつけること。こういったことが必要なんだろうなと思います。そうしたときに環境教育はどういったことが果たせるのか。
あとで阿部先生から詳しくお話をいただきますが、持続可能な開発のための教育、ESD(Education for Sustainable Development)は、三つの考え方がベースになっています。一つは価値観。私たちが何を大事にするのか、そしてどういった方法で教えていくのか、学んでいくのか、そしてどういう力をつけたいのかということです。ESDでもいろいろ考えていますが、今日はぜひ、パネリストの先生方にもご意見を聞きたいと思っています。
少しだけ、私が、こういう力を育みたいと思っていることをご紹介して、おしまいにしようと思います。
一つは新しい文化や新しい社会をつくり出す力です。たとえば、世界の反対側から、安いからといって物を持ってくるんじゃなくて、地元でエネルギーや物を循環していく。そういった小さな循環を大切にする文化。たくさん持つことが幸せではないと、幸せと所有を分離することができる考え方。効率やスピードを上げ続けなくても幸せに生きられる社会。
「誰かが言うから」とか「テレビが言うから」とか「政治家が言うから」ではなくて、ひとりひとりが自分自身の考えで、生き方・あり方を選んでいく社会。そして、大切なつながりを取り戻すことができる社会。自分の心とか、家族とか、友だちとか、地域とか、地球とか、今、あまりにも忙しすぎて、大事なつながりがたくさん切れているような気がします。それをもう一度つなぎ直す、そんな社会。
もう一つは、取り戻す力を身につける、そういった環境教育を進めてほしいと思っています。たとえば、お金があればあるほどいいと、みんな思っていますけど、GDPは伸びているけれども、実際にほんとに幸せかどうかを測る、真の進捗指標(GPI)というのがあります。これを見ると、実は下がっている。こういっ
た事実があります。本当の幸せ、本当に大切なことを取り戻す力です。
それから、ビジョンを描く力。ビジョンを描くといっときに、今、目の前の問題をどうしたらいいかというふうに考えるのではなくて、すべて思うとおりにいったら、理想的な世界になったら、どういう世界のあり方があるんだろう? どういう日本になっていたいんだろう? どういう地域、組織、そして私自身になっているのだろう? とまず理想像を描いて、そこから現状を振り返って間を埋めていくというビジョンの描き方をバックキャスティングと言います。バックキャスティングの力をつけたいと思うのです。
そして、「じゃあ、こうしよう」と思ったことが実行できる力。これは企業でよくPDCAサイクルという言葉で言われますが、目的に向かって計画を立てる。実際やってみる。思ったとおり進んでいるかどうか、振り返りをして、それを次の計画にまた活かしていく。これを私は「変化のマネジメント」と呼んでいますが、この力をつけていくと、1回やって「だめだった」と挫折するのではなくて、変化をし続ける力が身につくでしょう。
そして、いずれにしても、デニスさんの話にもありましたし、先ほどのシミュレーションもそうですが、これから減らさなくちゃいけないことがたくさん出てきます。でも私たちはこれまで、成長すること、増やすことに慣れてきた。それがいいんだとずっと信じてきていた。そういった成長神話から脱却する、その力が必
要です。それをまた人に伝えていく力が必要です。
それと、真の解決策を考える力。私たちが今、直面している問題の多くは、昔は、もしくは昨日は解決策だった。それが今は問題を引き起こしているということがよくあります。たとえば、これは実は、デニス・メドウズさんのスライドをもらって使っているんですが、こんなことが、地球でも、皆さんの組織でも、自分の生
活でも、ないでしょうか? 今はいいけれども、でもそのツケがあとになって回ってくる。もしくは、一つの問題を解決したと思ったら、それは別の問題を引き起こしている。こういったふうにならない考え方の一つが、先ほどメドウズさんも言っていましたが、「システム思考」というアプローチがあります。
今、私は、デニスさんにいろいろ習いながら、システム思考を紹介しよう、日本で広げようと思っています。システム思考というのは、自分の見えている出来事、たとえば何かがうまくいかないとか、たとえば会社でいうと、株価が下がったとか売り上げが落ちたとか、そういう出来事というのは、氷山の見えているとこだけだと。そこだけ見て「どうしよう」と言うのでは、本当に解決策にはらない。
その下には実は、行動パターンがあり、それをもたらしている構造があり、そして私たちの意識、無意識の前提がある。そのように深いところまで見て、特に構造のところを見て、どうやったら直せるかということを考えていくのがシステム思考のアプローチです。
先ほどメドウズさんも紹介してくれましたが
、『地球のなおし方』という本は、ドネラ・メドウズさんとデニス・メドウズさんと私の共著で書いた本ですが、システム思考の入門書になっています。ご興味のある方は、めくってみていただければと思います。
そしてもう一つは、つながりや重なりをつくり出す力。いちばん最初の記念講演でシスルさんが、南の視点、飢えに苦しんでいる子どもたちの話をしてくれました。単に環境だけではなくて、社会とのかかわりのところの大事な話だったと思います。その重なりをつくり出して、そこを大切に環境教育でも考えていくことができると思います。
いちばん最後に、デニス・メドウズさんの長年のパートナーで、『成長の限界』その他を一緒に書いていらしたドネラ・メドウズさん、日本では『100人の村だったら』というお話の著者として有名ですが、ドネラ・メドウズさんが「持続可能な社会をつくるために五つ、大切なことがある。一人ひとりがそれをやっていかなきゃいけない」とおっしゃっていることがあります。それを紹介したいと思います。
ビジョンを描くこと。ネットワークを広げること。真実を語ること。学ぶこと。
そして、慈しむこと。
こういった力、こういったことができる人たちを育てることも、環境教育にとってとても大事なことだと思います。そして、それぞれのフィールドで、いろいろな考え方、いろいろな取り組みをやっていらっしゃるパネリストの方々のお話をうかがいながら、パネルディスカッションを進めていきます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用ここまで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「環境教育」の必要性が叫ばれ、取り組みが行われるようになったのは、それほど昔のことではありません。地球環境の悪化があらゆる側面で顕著になり、「このままではまずい!」と始まったさまざまな活動の一つが環境教育への取り組みなのです。
とすれば、環境教育とは、環境教育学という座学ではなく、「状況を変える」ための行動を促さなければ、その目的は達せられない、と考えています。環境教育はつねに、環境問題の解決に向けてどれほど貢献できたか、役に立てたか、という観点から評価を受けるべきだと思うのです。どんなにすばらしい教材を製作しても、どんなに美しいプログラムを組んでも、地球環境が少しもよくならないのなら、環境教育としては失敗ということになります。
今回のパネルディスカションは、以下の主なポイントにしぼって進めました。
○持続可能な社会を創り出すために、何が必要か(ビジョン)
○現在、何ができているか(達成できていることの確認)
○何が足りないか(ギャップ分析)
○ギャップを埋めるために何が必要か(方法論や手段)
○そのための取り組み例とそこから学べること(PDCAサイクルのCにあたる部分)
○特にグローバルな連携でいっそう進むことは何か、それをどう作り出せるか
講演者・パネリストのおかげで、情報と刺激に満ちたシンポジウムとなりました。会場の方々にとっても、「変えていくために行動する環境教育」について、気づき、考えることによって、焦眉の急である環境問題の解決と、ひとりひとりの幸せにつながる教育を考えるひとつの場となったことを祈っています。