2006年07月06日
米国出張の所感(2006.07.06)
6月21〜22日ワシントンで開催された『ビジネスと持続可能な開発会議2006』を皮切りに、システム思考の会合のほか、いくつもの取材や見学、意見交換などをおこなった1週間あまりの米国出張で強く感じたことをいくつか書き留めておこうと思います。
●大企業のマインドセット(意識・無意識の前提)の変化
ステークホルダーとの対話を通じて、従来の自分たちの目的やポジションを見直し、ビジネスの前提を大きく見直す動きをひしひしと感じました。
たとえば、アメリカは地球温暖化を軽視していると思いがちですが、エクソン・モービル社など今まで気候変動を認めていなかった企業も、いまやその対応を、しかも積極的に打ち出さないと生き残れない、という見方に変わっています。
その"変わり身の早さ"は、「でも最近まで温暖化なんてナイって言っていたじゃない?」とツッコミを入れたくなるほどでしたが、そこはひょうひょうとしたもので、「我が社はいまでは温暖化対策の旗手です」というアピールぶりです。
アメリカは温暖化対策では遅れていると思われていますが、どっこいそんなふうに安心?しているあいだに、日本企業はすぐに抜かされ、置いていかれそう、、、という危機感を持つほどでした。"変わり身の早さ""過去は不問にして先に進む"態度に呆れていないで、あの対応や変化のスピーディーさは見習うべきかも。
●アメリカの大企業の途上国に対するまなざしの強さ
ワシントンでの会議で、米国の大企業が次々とプレゼンテーションをするのを聞きながら、「貧困や飢餓などの世界レベルでの問題に対しても、その原因ではなく解決策の一部になろう!」と自分たちの活動の中心におき始めている企業が増えていることを強く感じました。
それは、「グローバル企業の社会的責任」として、途上国の貧困や経済開発をどうにかしなきゃいけないという動機でもありますが、片や、もう先進国市場はほとんど飽和しているのだから、途上国の市場ににどういうふうに入っていくかを考えている、という面も強いです。
そのときに、これまでの先進国市場に対するやり方をするのではなくて、新しいやり方として、社会的責任と兼ねたような形で、途上国の経済開発を援助する、そして開発の結果、市場が育ってきたら、自分たちの市場とする、というアプローチといえます。このアプローチを明言している大企業がいくつもあり、実際に、途上国への援助+市場開発を進めている取り組みの紹介がいろいろありました。
日本はアジアに位置し、地域に途上国がたくさんありますが、私の知っているかぎり、日本企業の途上国の見方は、「安い労働力の供給地」であって、「数十年後に市場として成熟したら事業の対象としよう」と考えることはあっても、貧困や飢餓の問題に自らが取り組むことで、その「市場の成熟=経済開発」を手伝おう、そこにビジネスチャンスがある、という意識はあまりないように思います。
途上国は、現実の飢餓や貧困に手をさしのべてくれる米企業と、自分たちを安価な労働力としてしかみていない日本企業に対して、それぞれどのような思いを抱いているのだろう? その差が、今後どのように出てくるのだろうか?と考えさせられたのでした。
●米企業・組織へのシステム思考の普及
会議のさまざまなプレゼンテーションやディスカションで、システム思考やシステム思考を使ったいろいろな概念がここかしこに現れているのを目の当たりにしました。「欧米では、企業でもNGOでも政府でも国際組織でも、システム思考はふつうに採り入れられているよ」と聞いてはいましたが、システム思考の重要性に多くの企業が着目し、自社の強化のために活用していることを実感しました。
たとえば、ダウ・ケミカルでは副社長クラスの役員を毎年3、4人ずつシステム思考のトレーニング・プログラムに派遣しているそうです。
今回のワシントン会議全体のキーワードも「レジリアンス」(弾力性。しなやかな強さ、という感じです)というシステム思考でももっとも重要な概念でした。「リーン」で「グリーン」な生産体制を作りつつ、サプライ・チェーン、エネルギー、情報などの密接につながりのあるさまざまなネットワークとそのもろさの中で、いかに環境や自分自身の変化に対して、弾力的に対応し、変化を取り入れていく能力を高めるか、という概念で、これは「自己組織化」などとならんで、システム思考でももっとも重要な概念のひとつなのです。
システム思考で全体像をとらえる力を鍛える。そしてもっとも本質的な問題解決の働きかけを見出す力を鍛える。そういったアプローチを大学でも企業でもやっていることを目の当たりに感じ、「日本でももっともっと伝え、広げ、身につけてもらわなくちゃ」と思って帰ってきたのでした。英語と並ぶ共通言語という意
味で、システム思考は欧米やグローバルに活躍したい人には必須ともいえます。
●中国の台頭
中国については、著しい経済開発と、それにともなう地球への環境影響という意味で、以前から注目されていますが(「中国の二酸化炭素排出をなんとかしなくてはならない」というように)、今回、私が思ったのは、そういった問題に対して、かかわっていく側、主体者としての中国がずいぶん出てきている、というこ
とでした。
たとえば、システム思考の企業などの組織での応用例の一つは「学習する組織」です。ピーター・センゲ氏はこの領域で著名な方ですが、彼と話をしていたときに、「日本ではこの動きが広がっていないけど、中国ではこの「学習する組織」を実際に使っていこう――企業で使っていこう、自治体で使っていこうというネットワークができつつある」と言っていました。「自分もこの数年、中国を大きなターゲットとして活動を展開している」とのこと。
中国の政府や企業に、システム思考的な全体的な視野や効果的な働きかけのツボを見抜く力を持った人々がたくさん誕生してくる!......本質的な問題解決の面でも日本より進んでいく。。。というイメージが浮かんでしまったのでした。
また、サステナビリティ研究所を訪問したときにも同様の感想を持ちました。ここは、ドネラ・メドウウズさんの立ち上げた研究所で、ひとつのプロジェクトとして、2年ほどまえから「ワールド・フード・ラボ」という、世界の大手の食品会社や小売業をつないで、食品の生産・流通を変えていこうという動きを始めています。
これについては、また詳しく紹介できれば、と思いますが、もともとはアメリカとヨーロッパの企業とのコラボレーションで始まりました。米国の流通業界でいえば、現在の参加企業で食品の流通全体の70%を占めるほど、大きな動きとなりつつあります。
その話を聞いていたとき、「日本からの参加者は一社もないですが、中国では動きが始まっています」とのこと。この9月には、中国に大きなミッションを送り込んで(政府系の研究機関が中国側のホスト)実際のプロセスを始めるそうです。
これは中国人から、「自分たちもやりたい」と言ってきたので、いっしょに組んで始めているとのこと。このように、「何とかしなきゃいけない」対象としての中国ではなくて、このような問題に自分たちで取り組もうとしている人たちがとても増えている中国を感じたのでした。
中国には日本の10倍の人口がいますから、その気になれば、いろいろな活動にたくさんかかわることができるのだろうなあ、と思います。。。
●日本の存在への危機感
このようなあちこちでの話を見聞きしながら私が危機感を覚えたのは、3年後、5年後に、このような国際会議に出たら、中国人がたくさん発表しているだろうな、そこに日本人はいるのかな? ということでした。
日本でも、多くの企業や組織がたくさんのさまざまな活動を進めていますが、世界のまなざしがまだとても弱く、内向き・自己(国内)完結型の活動が多いと思うのです。世界に乗り出していって、他国やグローバルな取り組みをいっしょにやろう! グローバルな課題に取り組もう!という企業・組織がとても少ないのです。
同時に、英語で発表して英語で議論できないと、このような国際会議に「傍聴者」ではなく「参加者・貢献者」として出ることは難しいので、英語での発信力・議論力という意味でも、もっと日本の力を底上げしないと、世界での日本の存在感が薄くなってしまう、という危機感を抱きました。アジアといえば中国、というように、日本を通り越して中国のほうが、積極的なかかわりという点でも強くなってくるのではないかな、と。
●私にできること
・このメールニュースや講演などの機会に、自分のできる範囲でできるだけ、世界の動きやようすを日本に伝える
・ジャパン・フォー・サステナビリティの仲間たちといっしょに、日本の進んだ情報を世界に英語で発信する活動を続ける
http://www.japanfs.org/index_j.html
・システム思考を日本の企業や組織、一般の方々に「ふつうに」使ってもらえるようになるよう、チェンジ・エージェントでの活動に力を入れる
http://www.change-agent.jp/
どれもこれまでも大事だと思ってやってきた活動ですが、今回の出張で、ますますその大事さを再確認し、もっと力を入れなくては!と思ったしだいです。
●今後について
9月にInternational Sustainability Innovation Council of Switzerland(ISIS)の委員会に出席する予定です。
これは、スイス連邦工科大学とThe Sustainability Forum (TSF)が、グローバルな持続可能性の問題について専門家をまじえて議論し、具体的な政策提言などを出していくために、この秋に新しく立ち上げる評議委員会。スイスを本拠地として、インターナショナルなメンバーから構成される委員会で、運営委員会のどなたかが私の名前と活動をご存じで強い推薦があったとのこと。
委員会メンバーのリストには、国連環境計画(UNEP)の事務局長や、あちこちでお名前を拝見している博士や研究者などのお名前が並んでいます。私は研究者ではないので、自分の知っている日本でのイノベーションの話を伝え、世界の動きを日本に持ち帰るぐらいしか役に立てないけど、せっかくのチャンスなので、参加を決めました。
日本国内でも数年前から、「女性×NGO/環境ジャーナリスト」という、"たまたま"のポジションのせいで、審議会や評議会などへのお声がけが増えているのですが(ほとんどお受けできないのですが)、今後は、「英語×アジア」ということで、今回のような国際的な場面に声がかかる機会が増えるのではないかと思っています。
たまたま英語で議論ができる、たまたまアジア人、ということで、声がかかりやすいポジションにいるだけなのですが、でもチャンスがあるなら、できるだけ活かして、日本での取り組みや考え方、東洋の価値観を伝えていければ、と思っています。まだまだ力不足ですが、それでも「ゼロよりはマシ」だと思うので。
(日本の研究者の方々がそれぞれの分野での国際会議に参加されることは多くても、こういった分野横断的な場には「日本からの参加者がなかなか探せない」と聞いたこともあります。多忙である、ということもその理由の一つだと思いますが、こういった会議には、アジアからの出席者は少なく、日本からの出席者はゼロであることが多いのです)
そして、こういう場面にどんどん出ていって、世界と日本をいろいろなチャンネルでつなげる人材や仲間がもっともっと増えないかなあ、と。そのために私にできること、何があるのかな......と、飛行機の中で思いをめぐらせながら帰ってきたのでした。
(余談ですが、「でも英語が......」と思っていらっしゃる方がいるとしたら、15年まえにはまったく英語ができなくて、10年まえだって駆け出し通訳者のくせに英語が出てこずにひーひー言っていて、5年前ですら、人の話の通訳ならともかく、国際的な場で自分の考えを英語でプレゼンしたり議論する日が来るとは思っていなかった私としては、人生、「やったらやった分だけ進む」という以外はわからないものだから、あきらめずにできるところからやりましょう!とエールを送りたいなあと思うのです)