エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース
2006年09月13日
スイス出張の雑感記〜今年もバラトン合宿へ行ってきます(2006.09.12)
8月31日から9月1日まで、スイスのチューリッヒで「サステナビリティ・フォーラム」という、スイスの大学や企業などのネットワーク組織が、機関投資家やその他の関係者を集めて、「短期的視野か長期的視野か、誰がそれを気にしているのか」というシンポジウムを開きました。
このシンポジウムに日本からの唯一の参加者として出席しましたので、雑感のレベルですが、あちこちの全体会や分科会の雰囲気を少しでもお伝えできれば、と思い、感想記をお届けします。
このサステナビリティ・フォーラムのメンバーは、世界大手の再保険会社スイス・リの会長をはじめ、そうそうたる企業の幹部もたくさん名を連ねており、「どのようにして、産業界を持続可能な方向へ向けるか」ということを、毎年さまざまなテーマで話し合っています。
今回のシンポジウムは第6回ということで、投資の動きを中心に、なぜ市場は短期的視野なのか、持続可能な方向に社会や経済を動かしていくための投資はどうあるべきかということをテーマに、2日間にわたり、全体会やさまざまな分科会で議論が展開されました。
SRI(社会的責任投資)や環境を意識した投資は、ここ数年で大きく増えてきているが、それでも全般的にやはり市場は短期的な視野に偏っている、というのが共通認識となっており、「短期から長期へ、どのように投資市場の視野を広げられるか」が議論されました。
今回の会議には、「Beauty and Beast(美女と野獣)」という副題のついた全体会セッションもありました。長期的な視点での投資を美女、短期的な視点での投資を野獣という位置づけです。これほどはっきりと「長期がよい。短期はよくない」と位置づけるのだなあと、ちょっとびっくりしたほどです。
市場が短期的視野なのは、短期的に大儲けをすることができるからであり、長期的な視野を持たせるためには、「長期的な視野を持ったほうがよりよいリターンがあることを明らかにしていかなくてはならない。そのためには情報や奨励策が必要で、責任ある投資こそが長期的にはよりよい結果を生み出すという実例を出していかなくてはならない」などの議論が聞かれました。
また、ゴールドマン・サックスの幹部の力強いスピーチの中で、「ESG」という言葉が何度も出てきました。この「ESG」は、2日間の会議を通してさまざまな人が口にしたキーワードだったのですが、私は初めて聞きました。
これは、Environment、Social responsibility、Governanceの頭文字を取ったもので、「環境や社会的責任、ガバナンスを意識した」という意味で、「ESGを意識したポートフォリオ」や「ESGのアプローチ」などという言葉があちこちで聞かれました。
「これまでのESGの投資はネガティブなスクリーニングで、何を避けるべきかを主にしてきたが、これからはポジティブに、何を応援すべきか、何を増やすべきかを中心にすべきである」という発言もありました。
市場が長期的な視野を持って投資することの妨げとなっている要因についても、さまざまな意見が出ました。まず、企業のCEOや政治家の任期が短い。2、3年から4年ほどで代わってしまうため、どうしても長期的な視野が持ちにくいこと。また、将来の不確実性や、全体に加速気味の社会のペースも、長期的視野が持ちにくくなっている原因のひとつです。「前もって計画する」文化が失われ、「on the spot society」(その場主義的な社会)になっていることも、長期的な視野が持ちにくくなっている要因である、ということです。
あるパネリストは、特にESGにかかわるような定性的な情報が欠如していること。また、短期的な投資を優先するようなインセンティブが存在していること。また、顧客側にもダブルスタンダード(長期が好きだというけれど、実際に見ているのは短期)があること。また、ミニマム・インタレスト・レートなど、政府の規制も長期的な視点を妨げる要因となっていることなどを指摘していました。
またこのような状況を変えていくための教育の話題も取り上げられました。「誰が誰を教育するのだろう?」という発言に、さまざまな意見が交わされました。たとえば、企業が政府当局に対し教育をすべきだが、信頼が欠如しており、企業がさまざまな情報提供や教育活動をしようとしても、ロビー活動としてしか見てくれないという声もありました。また、ESGの要素をビジネススクールに入れていくためにはどうしたらよいのかを取り上げて議論した分科会もありました。
「なるほど!」と思ったコメントは、「教育とは対話である」という発言でした。新しい枠組みをつくるためのコラボレーションこそが教育だ、という指摘です。また、長期的な視野を持つには、リスクを取ることを恐れないこと。そのためには、信頼が不可欠であること。そして、教育や意識啓発を促していくことの重要性などが語られました。
また、例えば、ファンドマネージャーの報償のスキームを、長期的な視点を入れるように変えていくこと。また、共同で活動していくプラットフォームをつくることで、株主の活動を促進していくことが必要、とある分科会では総括していました。この点で、「ガバナンスとはコンプライアンスではなく、アカウンタビリティだ」という声が聞かれました。また、単年度制ではなく、数年間の業績を見るような指標が必要だという声も聞かれました。
「投資の基準にESGが入っていないからと訴訟が起こるのはいつだろうか?」との問いかけに、「そういう時代が近づきつつある」実感を会場で共有したようです。非財務情報の公開についても、財務情報ですら100年かけてまだ統一された枠組みがないのだから、非財務情報の報告の枠組み現在ないのも無理はない、しかし、ここ2、3年でさまざまな動きが出てきて、みんながやり始めるようになるのではないか、という声も聞かれました。
最後に、投資家のなかでもこれ以上投資家らしい人はいないのではないか、という感じのパネリストが、「再生可能エネルギーインデックスは、ほかのものに比べると158%ものパフォーマンスだ。持続可能な投資家であることで、大いにお金を儲けることができる。だから、これを逃す手はない」と自信満々に言い切っていたのが印象的でした。
翻って考えたときに、日本では、エコ融資の動きはさまざまに出てきていますが、エコ投資はそれほど大きくなく、特に、機関投資家の動きはほとんどないといえます。イギリスやアメリカでは、投資総額の半分以上を機関投資家が占めていますが、今回の会議でも明らかだったように、機関投資家が持続可能な投資にたいへん積極的になっています。(機関投資家の投資によって、どうやって企業を持続可能な方向に進ませることができるか、という分科会もありました)
9月7日付の朝日新聞によると、2005年のSRIの市場規模は、アメリカが約274兆円、イギリスが約22.5兆円。日本は7月末現在、28本のSRI投信があり、総資産残高は2,500億円と、けた違いに小さな額です。
世界で約350兆円のSRIの規模があるうち、日本は0.1%しか占めていません。株式市場の規模で言うと、世界約4,700兆円のうち、日本は約570兆円と12%を占めているにもかかわらずです。
イギリスでは、2000年の年金法改正がひとつの突破口になりました。年金基金に対し、投資判断に環境、社会、倫理面を考慮しているかどうかの情報開示を義務づけた、というものです。
日本でも、個人向けの投資にSRIを広げていく動きに加えて、英国のように法律や仕組みを変えることによって、年金基金などの機関投資家の目をESGに向けていく必要がありますね。
さて、明日から今度はハンガリーに出張に出ます。今年で5回目になりますがバラトングループの合宿に参加するためです。
バラトングループの新しいウェブサイトがオープンしています。(英語)
http://www.balatongroup.org/index.html
バラトングループは、『成長の限界』を書いたメドウス夫妻が25年前に始めたもので、300〜400人いるメンバー(ふだんはメーリングリストで情報・意見交換をしています)のうち「50人限定」で、ハンガリーのバラトン湖畔で毎年合宿をしています(今年は25周年の特別合宿なので、70人ほどの拡大グループです)
5日間にわたって、システムダイナミクスの専門家のほか、世界各地のさまざまなサステナビリティの専門家・研究者・活動家が参加し、朝から晩まで、議論をしコーヒーやワインを片手に情報や意見の交換をし、共同プロジェクトの立ち上げや打ち合わせをする、というとても刺激的でユニークな場です。
この合宿での唯一の掟は「部屋に閉じこもってはならない。すべての時間をメンバーとの交流に費やすこと」というものです。3度の食事、休憩時間、夜の時間など、同じ人とばかり話をしないよう、お互いに声を掛け合いながら、いろいろな人といろいろな話をします。(日本人として、というと語弊があるかもしれま
せんが、同じ人と話していた方が気がラクだ......という傾向のある私には、最初はかなり「新しい体験」でした。だいぶ慣れてきましたが。^^;)
1年目は、プレゼンテーションを聞いてもわからないところも多く、その場での議論にもなかなか参加できず、個別のお喋りで「私はこう思ったんだけど」と伝えることができるぐらいでした。
2年目は、全体の議論でも少しずつ意見を言えるようになってきました。
3年目は、自分からワークショップの題材を提出でき、とても参考になるやりとりをすることができました。また、全体セッションの進行について意見を聞かれたので、「西洋人だけではなく、東洋人にも参加しやすいプロセス」を提案しました。
具体的には、発表のあとすぐに全体での議論にするのではなく、まず小人数のグループで意見交換をしてから全体議論にすれば、遠慮がちな人や英語が得意でない人も参加しやすくなる、と提案したのです。提案は採択され、自分が助かっただけではなく、西洋人にも効果上々だったため、毎年のプロセスに組み込まれました。
そんな貢献?が認められたのか、4年目からは、バラトングループの運営を担当している運営委員会の委員(コミュニケーション担当副委員)に選ばれ、合宿だけではないかかわりが始まりました。
今年が5年目ですが、1日目の全体セッションの「ファシリテーター」というお役目をいただいているほか、ワークショップ開催にも手を挙げようと思っているところです。
運営委員会も合宿中に2回開催されます。今年、これまでドネラさん亡き後ずっとリーダーシップをとってきたデニスがリーダーの役からは引退し、アラン・アトキソン氏をリーダーとする複数の若手による新しい統治のしくみに移行するのです。
こうして振り返ってみると、進化・成長させてくれる場なんだなあ、と改めてありがたく思います。せめてものお返しに(?)最後の晩のちょっぴりフォーマルな夕食会には、ゆかた姿で登場しようと計画中です。(^^;
25周年を記念する今年の合宿のテーマは、
"Change Mechanisms towards sustainable world development pathways"
(持続可能な世界を作っていくための変化のメカニズム)
システム思考でいうところのレバレッジ・ポイント(小さな力で大きく動かせる介入ポイント)の世界各地の実例がたくさん聞けそうで、とても楽しみです〜。