前々号で、レスター・ブラウン氏のアースポリシー研究所から「穀物争奪戦:スーパーマーケットとガソリンスタンドの戦い」をお届けしました。この記事は、去年の夏に出されたものですが、それから半年ほどたって、状況はどうなっているのか? 今年1月に出された最新情報をお届けします。
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自動車燃料用穀物の需要に対する甘すぎる見積り
世界は穀物の歴史的な高騰に直面するのか?
レスター・R・ブラウン
(英語版)
原油が高騰した2005年後半以後、燃料用エタノール精製工場への投資が急激に増えている。しかし、業界の変化があまりにも急激なため、データ収集が追いついていない。現在建設中のエタノール工場数を十分につかめていないため、エタノール工場が必要とする穀物量がかなり少なく見積もられている。農家、家畜業者、食品加工業者、エタノール投資家、穀物輸入国は、不十分なデータをもとに判断を下しているのだ。
トウモロコシの2008年の収穫量のうち、エタノール工場に必要なのは6,000万トンにすぎないと米国農務省(USDA)は予測しているが、アースポリシー研究所(EPI)の推定量は、その2倍以上の1億3,900万トンである。
EPIの予測にほぼ間違いがなければ、車と人との間に穀物争奪戦が起こり、世界の穀物価格が史上最高値に値上がりするだろう。重要な問題は、どこまで穀物価格が値上がりするのか? いつ危機が訪れるのか? そして食物価格の高騰により、世界はどのような影響を受けるのか? ということである。
USDAの見積量が少なかった理由の一つは、発表日が2006年2月だったことにある。原油価格の高騰がエタノール工場への投資に及ぼす影響が明らかになってきたのは、発表日からかなり経ってからであった。しかしもっと重要な問題は、USDAが建設中のエタノール工場のデータを、業界団体の米国再生燃料協会(RFA)ほぼ一社だけに頼っており、そのRFAのデータが業界の動きに追いついていなかったことにある。
一方、EPIが予測の根拠としたのは、米国で建設中のエタノール工場のデータを収集し、公表している4社のデータである。その内の一社は、もっともよく引用されるRFAであるが、その他に、『世界のエタノールとバイオ燃料報告書』を発行しているヨーロッパの調査会社F.O.リヒト、『エタノール生産者マガジン』を発行しているBBIインターナショナル、『エタノール・トゥデイ』を発行しているアメリカ・エタノール連盟(ACE)のデータも利用した。
残念ながら、RFA、BBI、ACEによる建設中のエタノール工場のリストは、どれも完全ではない。あるリストには載っているが、他のリストには載っていない工場がいくつかあった。EPIは、この3社のリストとF.O.リヒトの隔週報告書を元に、より精度の高いマスターリストを作成した。例えば、RFAのリストでは建設中の工場数は62だが、EPIのリストでは79である。(EPIのリストは下記のページで閲覧可能。リストをさらに充実させるために、新たな情報をお待ちしています。
www.earthpolicy.org/Updates/2007/Update63_data.htm.)
EPIのまとめでは、2006年12月31日現在、116のエタノール工場で年間5,300万トンの穀物が消費されている。また、79の建設中の工場は、ほとんどが既存の工場よりも規模が大きくなるため、これらが稼働体制に入ると、年間5,100万トンの穀物を消費するようになる。さらに、11の既存工場で拡張が予定されており、800万トンが上乗せされる。(トウモロコシ1トン=39.4ブッシェル=エタノール110ガロンに相当)
その上、同じくこの時点で計画中のエタノール工場は、優に200はある。仮に、これらが2007年の上半期に、2006年の下半期と同じペースで建設されるとすると、2008年の収穫が始まる同年9月1日には、新たに30億ガロンの生産能力をもつエタノール工場が稼動していることになる。これには2,700万トン以上の穀物が必要だ。
そうなると、エタノール工場全体で必要なトウモロコシは、USDAが予想した2008年の収穫量の半分、つまり1億3,900万トンにまで膨れ上がってしまう。生産されるエタノールは約150億ガロン、米国の自動車燃料需要の6%を満たす量である。(この予測では、2007年7月1日以降に着工し、2008年に収穫した穀物を使用する工場は、一切考慮していない)。
世界の主要な穀物を燃料生産に転用しようという前例のない動きが、今後いたるところで食糧価格に影響を及ぼすだろう。世界のトウモロコシ価格が上昇すると、消費者が代わりの穀物を買ったり、穀物の作付けをめぐって土地の奪い合いが始まることから、小麦やコメの価格も上昇する。2006年後半、トウモロコシと小麦の先物取引価格は、すでに過去10年の最高値を付けている。
生産高では世界の40%、輸出高にいたっては世界の70%を占める米国のトウモロコシだが、それが今、世界の食糧経済に大きな影を落とそうとしている。米国から輸出されるトウモロコシは年間5,500万トン、これは世界全体の穀物輸出高のほぼ1/4に当たる。トウモロコシの生産量が全米一のアイオワ州だけでも、カナダ一国の生産量を上回っている。しかも、第二位のイリノイ州もアイオワ州をわずかに下回るだけである。この米国からのトウモロコシの輸出が大幅に減少するような事態になると、世界経済全体に衝撃が走るだろう。
アイオワ州立大学のエコノミスト、ロバート・ワイズナー氏の報告によると、2006年末現在、アイオワ州のエタノール工場(稼働中、拡張中、建設中、計画中を含め)のトウモロコシ需要は、全体で27億ブッシェル(トウモロコシの場合1ブッシェルは25.4キログラム)に及ぶという。しかし、豊作の年でも同州の収穫高は22億ブッシェルしかない。エタノール工場と家畜業者とは穀物をめぐって競合関係にあることから、アイオワ州はトウモロコシを輸入せざるを得なくなるかもしれない。
トウモロコシの供給が急速に逼迫すると、価格の上昇は朝食用のシリアルのようにトウモロコシをそのまま使った製品だけにとどまらず、ミルクや卵、チーズ、バター、家禽、豚肉、牛肉、ヨーグルト、アイスクリーム等のトウモロコシを間接的に使う製品にまでも波及する。恐ろしいのは、こうした食糧価格の急激な上昇が、エタノール燃料の製造業界に対する消費者の反発を招きはしないかということである。
エタノール燃料の推進派は、トウモロコシをエタノールの生産に使用しても、食糧経済が完全に打撃を受けるわけではないと主張する。その指摘は確かに正しい。蒸留プラントに投入されたトウモロコシの30%は乾燥穀物として回収されるし、その量は限られてはいるが、肉牛や乳牛、豚、鶏の飼料として利用できるからだ。
推進派の人たちはまた、主に大豆作りを止めてトウモロコシ畑を増やし収穫量を上げれば、米国のエタノール工場に必要なトウモロコシは調達可能だとも主張する。確かにトウモロコシ畑を増やすことはできるだろう。しかしこれまでの経験では、必要な収穫量が得られるという確証はない。
しかも、世界の穀物生産は過去7年の間で6年も消費を下回り、その備蓄高は過去34年間で最低レベルにまで落ち込んでいる。よりにもよってこの時期に、トウモロコシの需要が急激に高まっているのだ。
農業の側から見ると、自動車燃料の需要は底なしだ。というのは、25ガロン(約100リットル)のタンクを、たった一回満タンにするだけのエタノール量で、1人の人間が1年間食べていける穀物が必要になる。たとえアメリカ全土で収穫された穀物すべてを使ってエタノールを生産したとしても、国内で必要とされる自動車燃料のわずか16パーセントしか賄えないのだ。
世界には、今の利便性を失いたくないと考える8億人のドライバーたちと、ただ生き抜くだけで精一杯のもっとも貧しい20億人の人々がいる。現在、この両者間の穀物をめぐる競争が大きな問題として浮上している。
食糧価格が急上昇すると、インドネシア、エジプト、アルジェリア、ナイジェリア、メキシコなど穀物を輸入に頼る多くの低所得国では、都市部で食糧を求める暴動が勃発する可能性もある。そしてその結果生じる政情不安はすべての国々に直接影響を及ぼし、世界経済の発展を止めてしまう恐れがある。食糧価格だけではなく、日経平均株価とダウ株価指数の動きにも危機が及ぶのだ。
それでも、穀物ベースの自動車燃料経済を構築する代わりの策はいくつかある。現在、米国では自動車燃料の2%がエタノールであるが、自動車の燃費基準を20%引き上げれば、この2%に相当するエタノール量は、ごくわずかなコストで何倍にもなる。
また、今後10年間で、充電可能なプラグイン・ハイブリッド車に移行すれば、毎日の通勤や食料品の買い物のような短距離の走行に電気を使うことが可能になる。そして、安価な電気を供給するために何千もの風力発電所に投資すれば、米国の自動車は風力を主な動力源とすることもできるだろう。ガソリンに換算すれば、1ガロンに1ドルもかからない計算だ。現在、自動車産業の中心地デトロイトで製造される自動車を、プラグイン・ハイブリッド車に転換させるための突貫計画も準備されている。
そろそろ、新たなエタノール工場の建設を認可するのは一時中断しよう。少し時間を取って一息入れ、食糧価格の高騰を招かずにエタノール製造に回せるトウモロコシの量を判断するのだ。
政策上目指すべきは、エタノール燃料はトウモロコシ価格と農場の収入が維持でき、世界の食糧経済を崩壊させない範囲で使用することである。同時に、「スイッチグラス」などのセルロース原料(食物には使われないエネルギー供給原料)からエタノールを製造するためのさらなる努力も必要となってくるだろう。
世界は、食糧と燃料との間で新たに生まれた争いに対処するための戦略を、切に必要としている。そして、穀物の生産と輸出、エタノール製造で世界の首位に立つ米国こそが、この問題の行き先を決めるのだ。私たちは、「輸入石油への依存」という一つの問題を解決しようとして、「世界的な食糧経済の混乱」というさらに深刻な問題を生み出してはならないのである。
(翻訳:横内、酒井、荒木)
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バイオ燃料をめぐる状況を、システム思考のループ図というツールを使って、私なりに表したものをこちらに載せておきます。
(図1)
自動車燃料への需要が増え、ピークオイルや他の政治的情勢から石油生産量が減少すると、ガソリン価格が上昇します。また、温暖化への対策として、化石燃料ではない代替燃料の需要が増大します。
すると、自動車用燃料として、バイオ燃料(バイオエタノールやバイオディーゼルなど)の需要が増大します。そして、レスター・ブラウン氏が述べているように、米国ではトウモロコシ、ブラジルでは大豆などの食糧用作物がバイオ燃料に転換されるようになっているのです。
(図2)
トウモロコシや大豆からつくったバイオエタノールは、ガソリンの代替として使われ、ガソリン価格の高騰や温暖化への対策として役立っていると考えられます。
しかし、問題はそこで終わるわけではありません。レスター・ブラウンが述べているように、食糧用作物がバイオ燃料に転換されればされるほど、生産された作物のうち、食糧用にまわされる分が減ってきます。まさに、ガソリンスタンドとスーパーマーケットとの奪い合いになるのです。
食糧用に生産されるトウモロコシや大豆が減少してくると、世界の食糧価格が値上がりしてきます。そうすると、ただでさえ貧しい人たちが、さらに食糧を手に入れにくくなります。
(図3)
また、今回のレスターの論考には出てきていませんが、バイオ燃料への需要が増大していることから、ブラジルなどでは熱帯雨林を切り開いて、燃料用作物の作付面積を広げています。
森林を開墾して大豆畑にすることから、土壌が日の光を浴び、風にあおられ、土壌浸食が進んで砂漠化を引き起こしています。
また、熱帯雨林を切り開くことから森林面積が減少し、生態系の破壊につながっています。
森林の面積が減少すると、内陸部に降る雨が減ります。するとさらに森林が減っていくという悪循環が起きます。内陸部の雨が減ることが、さらに砂漠化を推し進めています。
(図4)
森林面積が減少すると、二酸化炭素の吸収量も減少します。すると大気中の二酸化炭素濃度が上昇してしまい、もともとバイオ燃料が目的としていた温暖化を悪化させてしまいます。
現在、特に、米国は原油価格の高騰から、日本やヨーロッパは温暖化への対策としてバイオ燃料を推し進めています。しかし、そのことが逆に、森林面積を減らすことによって、温暖化を加速しかねないのです。
このように、目の前の問題と目の前の解決策にそれぞれが飛びつくと、レスター・ブラウンが述べているように、全体として生産量を超える作物が必要なバイオ燃料の生産設備ができたり、温暖化対策のはずが、温暖化を加速することになったりしてしまいます。(個別最適化の集合は、全体最適化にはならないのです)
全体像を見たうえで、何のために何をどこまで進めるのか全体で調整をする必要があります。さもないと、それぞれがよかれと思ってやったことが、全体としては、そもそも守りたかったものを破壊してしまうということにもなりかねません。
最も必要なのは、目についた解決策に飛びつきたくなるのを「ちょっと待てよ」と抑えて、「いまよかれと思ってやろうとしていることは、想定していない影響を、別の場所や後世に与えないだろうか? この対策は何につながり、何に影響を与えるのだろうか? そもそも、この問題は、どのような要素のつながりが引き起こしているのだろうか?」と、一歩引いて、全体像をとらえようとすることです。
いまお見せしたバイオ燃料のループ図は、システム思考のセミナーやワークショップでも使っているものですが、システム思考は、このような地球環境問題をはじめ、組織や個人の問題状況の構造を知るため、のちや他所に禍根を残さない真の解決策を考えるために、とても役に立ちます。
4月に、ビジネス向けと個人向けのワークショップを開催しますので、ご興味のある方、ぜひループ図などのシステム思考の基本ツールを身につけ、複雑さを増す社会の中で、変化に翻弄されるのではなく、変化を予期し、変化を創り出していく力を身につけていただけたらうれしいです。
ちなみに、システム思考のできる人を「システム・シチズン」と呼びます。世界中の人がシステム・シチズンになったら、レスター・ブラウンが「原油が高騰したら、食糧不足が広がる」と警告を発しているような、「風が吹いたら、桶屋がつぶれた」というような不幸な状況は起こらなくなるはず、と信じて、システム思考を伝えることに力を注いでいる今日この頃です。。。