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エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース

2007年04月11日

環境エネルギー政策研究所メールマガジンNo. 37のご紹介(2007.04.10)

新しいあり方へ
 

いつも送ってもらっている「環境エネルギー政策研究所」のメールマガジンは、飯田哲也所長の世界的視野の論考や、日本各地のエネルギーをめぐる動きや取り組み、展開が載っていて、楽しみにしています。

「気候の歴史は動き始めたのだ」--飯田さんの寄稿などをご紹介したいとお願いしたところ、快諾をいただきました。期日の過ぎてしまったイベント案内のみ削除してお届けします。継続してお読みになりたい方は、下記の連絡先までどうぞ〜!


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


【SEEN No. 37】環境エネルギー政策研究所メールマガジン
「Sustainable Energy and Environmental News (SEEN)」 - No. 37

2007年2月1日

★配信先の変更、配信の停止等の連絡はshusshi_huusha@greenfund.jpまでお願いします。

■■■今号の目次■■■

1.風発「気候の歴史が動きはじめた」
                       飯田哲也(ISEP所長)
2.連載「光と風と樹々と」(16) 1969年7月20日の意味
               長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)
3.飯田市おひさまレポート「飯田市美術博物館の省エネ工事はじまる」
                  竹村英明(おひさま進歩エネルギー)
4.プロジェクトフラッシュ
5.お知らせ

・編集ノート

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■会員募集中!
環境エネルギー政策研究所(ISEP)は、活動を支えてくださる会員の方々を募集しています。持続可能なエネルギー政策の実現を目指すISEPの趣旨に賛同される個人・団体は、どなたでも会員となっていただけます。ぜひ、会員になってISEPを支えて下さい。詳しくは下記ウェブサイトをご覧になるか電子メールでご照会ください。
ウェブサイト:http://www.isep.or.jp/sien.html電子メール:isep@isep.or.jp
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1. 風発「気候の歴史が動きはじめた」
                       飯田哲也(ISEP所長)

気候安全保障の時代へ、今、まさに歴史が動いている渦中(エポック)にあることが実感される。このエポックを生み出した「3つ歴史的な貢献」がある。一般の人々の「気候の危機」への認識を急速に高めたアル・ゴア「不都合な真実」の昨年来からのブレーク、率先して動くコスト(費用)よりも何もしないリスク(損失)の方がはるかに大きいことを指摘した英国スターン卿を代表者とするスターンレビュー、そして2月2日に公表されたIPCC第4次報告の3つである。とくに、IPCC第4次報告は、過去50年間の温暖化現象が人為影響であることをほぼ断定し、21世紀末に平均気温で最大6.4℃(最良の予測でも4.0℃)も上昇しうるという危機的な内容であった。一本の映画や一編の経済報告や科学報告なのだが、これらが今後の国際政治や各国の政治・経済・政策、そして企業行動に与える大きさは計り知れない。

他方、日本の地滑り現象がますます目立つ。「3つ歴史的な貢献」と対比すると、あまりに落差が大きいのである。現在、8.1%(2005年度)も温室効果ガスを増大させてしまった日本では、遊び呆けた後の一夜漬けの受験生のように、第1約束期間の直前になって、京都議定書目標達成計画の検証評価をしている。ようやく環境省(中央環境審議会)と経済産業省(産業構造審議会)が一緒になって見直しができるようになったのは一歩前進といえる。達成の頼みは、大きいところから、新エネルギー(約4,690万トン-CO2)、経団連自主行動計画(約4,240万トン-CO2の削減効果。以下同)、建築物の省エネ向上(約3,670万トン-CO2)、トップランナーによる機器効率向上(約2,900万トン-CO2)あたりなのだが、いかんせん、有効な「政策」がほとんどない。経団連自主行動計画は、経団連が総排出量の規制(キャップ)や環境税の導入といった強い規制を避けるために予防的に導入した、いわば「塹壕」だ。内容も不透明で、全体として排出総量削減を担保するものではない。この「規制逃れの塹壕」に頼らざるを得ないところに、日本の気候変動政策の悩ましい矛盾がある。

また、新(自然)エネルギーはもっとひどい状況だ。1月29日に、経済産業省の新エネRPS法小委員会が新しい目標値(案)をひっそりと公表した。2014年で160億キロワット、「1.63%」というもので、2010年に比べて38億キロワット、0.28ポイント増という微々たるものだ(ちなみに、2010年の1.35%から逆算すると、160億キロワットは1.77%になるのだが、なぜか報道では1.63%となっており、根拠は今のところ不明である)。かねてより、「新エネ春闘」と揶揄してきたとおり、この低水準の目標値は論外だが、それは本質的な問題ではない。昨年の新エネRPS法評価検討小委員会を含めて、制度の有効性とその見直しはいっさい真面目に検討されず、ひたすら経産省と電力会社によるウラ舞台での交渉に終始してきた。根回しの必要性も分かるし、個人的には双方とも真面目に努力したことは評価しているつもりだ。しかし全体の構図としては、国民に対しても公共政策のあり方としても、いかにもできが悪く、不誠実になってしまっている。そして、それ以上に重大なことは、「何かsomething interestingが起きそう」というワクワクするような期待感がいっさいないのである。海外メディアの注目は、ゼロといっても良い。熱分野や輸送燃料分野は、それ以上に無策だ。

その同じ1月29日からブリュッセルで、欧州再生可能エネルギー政策会議が開かれたので参加してきた。この会議は、事実上、2020年に自然エネルギー20%(一次エネルギー比)という新しい欧州連合の目標をお披露目するためのものであった。これまでが2010年で12%だったから、じつに8ポイントも増大させる野心的な目標値だ。その週は、「欧州持続可能なエネルギー週」と銘打って、政策会議だけでなく、さまざまな関連イベントが催されており、さながらお祭りのようだった。欧州(とくにドイツ)で成功した自然エネルギー政策も、こうして欧州のエネルギー政策の「核」となり、世界の自然エネルギー政策を動かしている。

彼我の差を痛感するが、絶望することはない。新しい変化は周縁の現場で起き、進化し、拡大しながら、中央と全体の構造を変える。霞ヶ関や永田町から目を離して、地域を見渡せば、東京都の再生可能エネルギー戦略など、周縁の現場で新しい変化は始まっている(東京都は中央にあるが、環境エネルギー政策の現場としては周縁にある)。気候の歴史は動き始めたのだ。

                       飯田哲也(ISEP所長)


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2. 連載「光と風と樹々と」(16)
  1969年7月20日の意味
             ……月から見た地球、太陽系の外から見た地球
              長谷川 公一(環境社会学者 東北大学教員)

■「ててまぁー」

 「ててまぁー」
 息子は、3・4歳頃まで、保育園の帰りなどに、月を見上げるたびに、こういって指さした。
 地球から一番近い、一番大きく見える星、月。

 人類が初めて月に到達したのは、1969年7月20日。現在40歳代半ば以上の人の多くは、世界中に同時中継されたこの日の興奮を覚えているだろう。

 私はといえば、豪雪と西瓜の産地で有名な山形県尾花沢市の中学3年生だった。教室で、このテレビを見た覚えがある(調べてみると、宇宙飛行士が月面に降り立った日本時間は、7月21日(火)昼の11時56分である。記憶はややおぼろげだが、給食の時間を少し繰り上げて見たのではないか)。22日の朝刊の写真は鮮やかに覚えている。正確には、私は人口約1万人弱の県境に近いもっといなか町の中学校から夏休み直前のこの前日、20日(月)に、人口3万人弱のこの市に、銀行員の父の転勤にともなってやってきたばかりの転校生だった。

■ケネディ宇宙センターにて

 この1月、Abe Fellow Retreat という名前の研究会に招かれて、フロリダ州のココアビーチを訪れた。車で30分ほどの所にケネディ宇宙センターがある。現在のスペースシャトルに至るまで、アメリカの歴代の宇宙ロケットのほとんどを打ち上げてきた場所である。自由時間に数人で出かけた。
 3万4000ヘクタールという広大な敷地面積。センター内のバスツアーによる標準的な見学でも、ゆうに3時間がかかった。
 現役の打ち上げ場であるとともに、冷戦時代の米ソの宇宙開発競争から、アポロ11号の月面着陸によるアメリカの勝利、現在の国際協力によるスペースシャトル計画へというアメリカの宇宙開発の流れを臨場感たっぷりに感得させてくれる、本物のテーマパークでもある。
 展示や案内の全体の力点はスペースシャトルにあるものの、圧巻は、アポロ計画関係のコーナーである。まず前振り的な約8分間のビデオを入り口で見せる。スプートニク・ショック(1957年10月にソ連が世界初の人工衛星の打ち上げに成功し、アメリカや日本などに大きなショックを与えた事件。日本では工学部の定員大幅増の契機となった)、ガガーリンの世界初の有人宇宙飛行の成功(1961年4月)に対して、失敗が多く、大きくソ連に水をあけられた1960年代初期までのアメリカの宇宙開発、“We chose to the moon!”と何度も繰り返すケネディ大統領の1962年のライス大学(管制センターのあるテキサス州ヒューストンにある)での演説、ジェミニ計画、アポロ計画と続く。発射台の火災事故で飛行士3人が死亡したアポロ1号の悲劇(67年1月)をのりこえて、いよいよ月周回をめざすアポロ8号の打ち上げへ、と続く。
 1968年12月21日のアポロ8号を載せたサターンV型ロケットの打ち上げシーンは、管制センターを見下ろすかたちの観客席で、シアター形式での上映である。発射時間が近づくにつれ管制センターのそこかしこが点滅し、窓ガラスを揺さぶる轟音も含めて、打ち上げシーンの臨場感と迫力がすごい。1人の管制官が不安と緊張の中で、爪を噛むシーンなどが印象的である。シアターを出ると、全長111メートルの本物のサターンV型ロケットが展示されている。
 月着陸シアターでは、いよいよアポロ11号の月着陸シーン。入り口の前に60年代風のテレビモニターがあり、パリのシャンゼリゼやアムステルダム、アームストロング飛行士の母親など、世界中が月着陸の同時中継を待っているという当時の映像を映し出す。月面着陸時間が近づき、再びシアターのドアが開く。
 正面には模型の月表面。スクリーンでは着陸船が地上の管制センターと交信しながら、着陸地点を探している。しばしば地上との交信が途絶する。誘導コンピュータからの処理能力オーバーを意味するエラー・メッセージ。着陸予定地点をオーバーしていることに飛行士らが気づく。月着陸船を手動操縦に切り
替える。残りの燃料は30秒を切る。緊張と焦燥と悲壮感が強まる管制官の刻々の表情。ようやく着陸。アームストロング飛行士が着陸船を降り、左足から月面に降り立つ有名なシーンが続く。先刻とはうってかわって管制センターにはじける喜び。幾つもの予定外の出来事を乗り越えながら、かろうじて、月面着陸に成功したことがわかる貴重な映像だ。
 69年7月当時、また私がこれまで見てきたニュース画像からは、完全にコンピュータ制御された至極順調な予定どおりの着陸だったという印象ばかり受けてきたが、実際は、管制官ですら(管制官だからこそというべきか)、はらはらしどおしの、まったく余裕のない綱渡り状態だったことがわかる。
 最後に、人類史上はじめて月に降り立った宇宙飛行士ニール・アームストロングが、現在のにこやかな笑顔で、“No dream, No possible.”と語りかけて、このシアターは閉幕する。

■2年半で8機を打ち上げたアポロ計画

 ここに記してきたように、失敗したアポロ1号から11号まで、2年6ヶ月しかかかっていない。この間に8機が打ち上げられた(2号、3号は、1号以前の打ち上げである)。はじめて月の周回軌道に乗ったアポロ8号から、月面着陸に成功した11号までは、何とわずか8ヶ月という短さである。40年近くを経た現在からみても、驚異的な短さではないか。60年代終わりまでに月面着陸というケネディ大統領の宣言(61年5月)があったとはいえ、いかに短期間に集中的に人材と資金が投入されたプロジェクトだったかがわかる。これだけ短期間に達成された国家的プロジェクトは、広島・長崎に投下された原爆開発計画マンハッタン計画があるぐらいだろう。マンハッタン計画も、1942年9月から45年8月まで、3年弱のプロジェクトだった。
 アポロ計画は、月面着陸の成功と膨大な経費によって、72年12月に打ち上げられたアポロ17号で打ち切りとなるが、アポロ計画に投下された総予算は250億ドルと公表されている。
 ライバルだったソ連は、結局、月への有人飛行は実現できなかった。
 月面着陸が成功したのは計6回、これまで月に降り立った宇宙飛行士は2人づつ12人である。
 1回だけ失敗したケースがある。70年4月に打ち上げられたアポロ13号は、司令船の液化酸素タンクの爆発事故により、月面着陸を断念し、月着陸船を「救命ボート」として利用するという離れ技で、酸素不足、電力不足、二酸化炭素の増大による窒息死の危険、大気圏突入の失敗の危険などの予期せぬ難題を幾つも乗り越え、地球に奇跡的に生還し「輝ける失敗(a successfulfailure)」と呼ばれている。月面着陸以上に、評価の高い事件である。事実にほぼ忠実に、1995年に「アポロ13」としてトム・ハンクス主演で映画化されたが、不慮の事態に遭遇したときの、宇宙飛行士と管制官をはじめ、関係者の問題処理能力の高さ、冷静な判断力、総合力の高さを、CGを駆使して見事に映像化している。

■アメリカが輝いた最後の日

 ケネディ宇宙センターからホテルに戻りながら、1969年7月20日は、アメリカがもっとも輝いていた最後の日だったのではないか、国力の頂点だったのではないか、と思った。40万人以上が参加したといわれる野外ロック・フェスティバル、「ウッドストック・フェスティバル」が開かれるのは、それから1ヶ月もたたない同年の8月15日から17日である。アポロ計画に邁進した60年代後半は、黒人暴動が多発し、ベトナム戦争が泥沼化し、学生反乱とウィメンズ・リブ運動、カウンター・カルチャーが高揚した時代でもある。キング牧師の暗殺(68年4月)、ケネディの弟ロバート・ケネディの暗殺(68年6月)など、血なまぐさい事件が相次いだ。
 月に約束どおり人間を送り込み、無事生還させることができた国が、それだけのコンピュータ制御技術をもつ国が、ベトナム戦争に苦悩し、国内の亀裂と分裂は深刻化し、既成の秩序への異議申立てに直面する。栄光の裏側で同時進行していたのは「苦悩する大国」というもうひとつのアメリカである。
 
■人類の唯一の居場所・9ヶ月後の第1回アースディ

 若者らの呼びかけで、環境汚染に反対する第1回アースディが開かれ、2000万人が参加したのは、1970年4月22日である。科学技術の勝利でもあった人類の月面着陸は、皮肉にもというべきか、あるいはきわめて健全なことに、“Our only Earth”「かけがえないの地球」「宇宙船地球号」という意識をかきたて、国際的に環境運動の大きなうねりをもたらすのである。1972年のストックホルムでの「国連人間環境会議」は、その頂点である。アメリカやヨーロッパの文脈では、環境社会学も、このうねりの一つの産物である。
 地球温暖化問題を扱った話題の映画、アル・ゴアの「不都合な真実」については昨年11月発行号の本MLでも論じたが、もっとも印象的で感動的なシーンの一つは、ラスト近くで出てくる、太陽系の外に飛び出した無人宇宙探査機が40億マイルのかなたから送り返してきた地球の映像である。太陽系の外から見た地球は、一つの青い点に過ぎない。しかし確実に、水のある青い星である。
“everything that has ever happened in all of human history has happened on that tiny pixel. All the triumphs and tragedies. All the wars. All the famines. All the major advances.”ゴアが引用する、無人宇宙探査機計画の主導者カール・セーガンの言葉である。“It is our only home.”とゴアは語りかけ、温暖化の危機に直面する地球を守ることはモラルの問題だ、と続ける。
 人類の居場所は地球にしかない、ということを何人にもまのあたりにさせてくれたのが、1969年7月20日の月面着陸だった。幼子が「ててまー」と指さすように、有史以来、人類が夢見てきた黄色に輝く月は、実は不毛の大地だったのである。
 月面着陸という究極の夢の実現によって、人類は、共通の夢を失ったのかもしれない。これ以後、宇宙への夢は急速にしぼんでいく。9ヶ月後、3度目の月面着陸をめざしたアポロ13号の飛行は、当初テレビ局には全く注目されなかった(皮肉にも、液化酸素ガスタンクの爆発事故という異常事態が判明して以降、メディアは飛びつく)。月面着陸は、新たな夢をかきたてることにはならなかった。
 NASA(アメリカ航空宇宙局)が公開し、一般に流布している地球の写真は、たった2枚しかない。アポロ11号の月面から見た半球の地球と、アフリカ大陸が写っているアポロ17号から撮影した全球の地球である(満月にあたる真ん丸な地球の写真はこれしかない)。
 人類は失った夢の代わりに、地球を守るという、足元での大きな現実的な課題を意識させられたのである。

               長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)


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3.飯田市おひさまレポート
       「飯田市美術博物館の省エネ工事はじまる」
                  竹村英明(おひさま進歩エネルギー)

 おひさま進歩エネルギーの「まほろば事業(環境と経済の好循環のまちモデル事業)」は事業年度の最終年である三年度が終ろうとしている。初年度が太陽光発電の設置、二年度、三年度がエスコ事業の省エネ工事実施。おひさまは、この2事業を対象に匿名組合契約による市民出資を集めた。予定した事業規模は約4億円で、ほぼこれに匹敵する規模の事業実績を残せる見込みである。
 二年度目に、おひさまにとっては不可抗力の事情が発生し、環境省交付金をまったく受け取れないという事態があり、出資者への最初の現金分配が予定の満額分行えるかは、まだ検討中であるが、契約年度を通じての返還・分配はまず予定通り行えるものと、正直、胸をなでおろしている。

・飯田市美術博物館の空調交換

この1月から、環境文化都市飯田の象徴でもある「飯田市美術博物館」の省エネ工事がはじまった。展示室を含む全館の空調を行っている、大きな古い空調機の交換を中心とした省エネ改善で、総事業費で2億3千万円を超える事業である。
 この美術博物館は、1988年に竣工し、およそ18年間順調に営業を続けている。美術館では菱田春草の「春秋」をはじめ著名な絵画を所蔵し、博物館では飯田市周辺から出土した魚介類の化石などから、太平洋プレートによる造山運動と南アルプスなどが出来上がったメカニズムをわかりやすく解説している。来訪者は年間およそ6万4千人で、10万人都市にあって堅実な営業実績を残している。正面入り口手前の庭には、巨大な安富桜(エドヒガン)が鎮座している。樹齢は350年、樹高20m、枝ぶりの直径は同じく20メートルはあろうかという見事な古木で、桜の季節には大勢の見物客が訪れる。
 そんな美術博物館の命ともいえる空調システムが、この5、6年トラブル続きで修繕をしながら「だましだまし」使っている状態だった。思いきった空調機交換を何度も飯田市に要請していたが、数億円は必要という予算規模に市もとても予算化できないで来ていた。その一方で、多い年には1千万円を超える修繕費がかかったりしていた。
 美術博物館からこの空調交換をおひさまエスコでやってくれないかという打診があったのは昨年夏のことである。そもそも当初に予定していた規模とはかけ離れたものであり、最初は躊躇があった。環境省が認めてくれるのかという不安もあった。
 しかし、「自然エネルギー.コムグループ」としては、空調機交換について備前グリーンエネルギーでの実践経験もあり、技術的には可能との判断があった。環境省を訪問した機会に打診を繰り返し、その省エネ削減量の大きさが認識してもらえたからか、補助金対象として認めてもらえて、思い切って挑戦をすることになったのである。

・市の税金を使わず巨大改善工事の初期投資費を捻出

 省エネ改善工事の中心は、屋上と1階にある3つの古い空調機を撤去し、新たに屋上に高効率の空調機を設置することである。屋上の機器は古く18年たって寿命をむかえていた。1階の機器は10年ほど前に追加された高効率機器で、高度な温度湿度管理を行えるもので、本体と補助用の機器2台で構成されていた。
 当初計画は、屋上に省エネ型本機1台、補助用機器1台の計2台への交換を考えていたが、検討を重ねるうちにT社の最新鋭機が高効率である上に、連結システムで、規模も自由に変更できるし、自分自身がバックアップ機器にもなるという「優れもの」であることがわかり、それを1台設置することになった。7連結なので7台というべきかも知れないが、当初見込みより、予算もぐんと減らすことができた。私たちが環境省に「紹介した」からでもないだろうが、T社のこの機器は今年の環境省「省エネ大賞」を受賞した。
 通常なら飯田市の行政予算(税金)で行われる美術博物館の改善改修工事が、おひさまが「省エネ事業」として受注することによって、「まほろば」補助金と市民出資資金を投入されることになった。この仕組みは、まさに「公共工事への民間資金の導入」である。
 実際の工事はおひさまから工事業者に発注され、おひさまは資金面ではリース事業者のような役割を担う。一方で工事内容に関しては、省エネ設計・監理事業者のような役割を担う。通常は一緒になることのない二つの役割を担う、まさに「エスコ」の形なのである。
 ただし、美術博物館の省エネ改善工事は、電力削減額を機器工事費がはるかに上回っており厳密な意味でエスコと呼ぶことはできないかもしれない。しかし、二酸化炭素の排出削減は35%以上と絶大な効果を発揮する。飯田市はそれを初期投資費用ゼロで実現し、これまでかかっていた修繕費用が不要になり、電気代は500万円以上安くなり、しかも10年間は機器の機能維持をおひさまから保証されるのである。とても大きな成果と考えるべきではないだろうか。

・ストレートに理解されなかったおひさまシステム

 最初はこのリース事業者と設計監理事業者が一緒になった、おひさまエスコの仕組みが飯田市側に理解されず、おひさまが出した見積書に対し、単なる工事施工業者の相見積を示してもっと安くせよと要求されたり、飯田市の独自起債の方が金利は安いと詰問されたり、とてもギクシャクした。
 単純な工事施工業者であれば資金面でリース業者のような役割は担えないし、単に起債で資金を集めただけでは省エネ設計監理という部分の支出はさらにその中から発生する。この省エネ設計・施工管理部分の役割評価についても、最初はとても低い評価しかいただけず、このままでは事業断念もやむなしというところまで追い込まれたこともあった。
 いちばん苦しかったのは、本来のエスコではなくコスト削減額を機器工事費がはるかに上回っているために、おひさまの取り分が捻出できなかったことである。おひさまエスコの事業モデルは、省エネ改善によって電気料金などのコストを削減し、そこから機器工事費やメンテナンス費などを引いて、残ったメリットを事業者と顧客とでわけるというものである。このメリットが出ないと、おひさまは取るところがないのだ。それにもかかわらず、省エネ設計監理の部分も高すぎると減額を求められ、「ほんとこれでは倒産します!」と訴えたこともあった。
 最終的には、おひさまエスコの仕組みを飯田市の担当者にもよく理解していただき、飯田市長の大英断でこの事業に踏み込んでいただけた。おそらく、飯田市にとってもおひさまにとっても、そして美術館スタッフの皆さんと来訪者の皆さんにとっても、とてもハッピーな省エネ改善となったものと思う。

・小規模商店街エスコの難しさ

 さて、もともと、おひさまエスコは小規模の商店街エスコの実現をめざして事業化を図ろうとしたものである。しかし現実には、小規模商店の場合、ベースとなるエネルギー消費量が毎月数万円と少ないため、削減額が大きくできてもその額は非常に小さい。毎月2万円の電気代を1割減らせても、10年で24万円にしかならない。この額では大きな省エネ効果を得られる工事はできないし、あえてやれば赤字となる。
 実際にいくつか小規模商店のエスコを実施したが、収支計算で顧客を赤字にするわけにも行かず、その部分をおひさまが負担するものばかりだった。少ない投資で最も省エネ効果を上げることができるのは、省エネの基本中の基本の電球から蛍光灯への交換である。ところが、いずれ交換する器具であり、顧客の自費で順繰りに交換していけるレベルのもので、これだけの提案だと顧客が自分で実施してしまうのである。
 小規模商店でもう一つ難しさを実感したのは、契約期間が10年というエスコサービスの長さである。10年間も店内改装もせず同じように営業し続ける店舗は少ないということだ。中には自社建物ではなく貸ビルや貸店舗で営業しているお客もある。改装どころか移転もあり得るわけで、こういう条件のお客と10年のサービス契約を結ぶことはほぼ不可能だ。5年契約が限度というのが実感である。
 さらに地方都市の衰退という現実がある。ほとんどの店舗の売り上げは年々悪くなっており、小規模商店主の意識は地球温暖化問題より売上げの回復と経費節減にある。おひさまエスコは、まさに経費節減なのだが、大きな削減効果が提案ができたところですら、そのメリットをなかなかわかってもらえなかった。
 しかし一方で、この3年間のまほろば事業の格闘の中から、小規模エスコはどのようにやれば良いのか、薄っすらとではあるが、その形が見えてきた。商店街活性化の方策として登場した「さんぽちゃん商店街」プランの中で、その答えが見出せるかもしれない。
 おひさまエスコは、いままだ進化中なのである。

                  竹村英明(おひさま進歩エネルギー)


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4.プロジェクトフラッシュ
 「広がり始めたペレットストーブ」
                   井筒耕平(備前グリーンエネルギー)

 備前では、2006年末〜07年1月にかけて、ペレットストーブの導入が進んでいます。まだ10台に満たない程度ですが、広がる勢いがますます加速しています。

 ストーブの導入先は、一般家庭はもちろんのこと、事業所、診療所などであり、多くの方の目に触れる公的な場所に設置されているものもあります。これまでペレットのことを全く知らない方々の前に、突如として現れるペレットストーブは、十分なインパクトがあるようで「なんじゃこりゃ?」「燃料が犬の餌みたい。しかも木ってすごい!」というような驚きの声が挙がります。また、岡山県内には国内最大規模のペレット工場がありますので、“ペレット”という言葉だけは知っている方も多く、それでも初めて見る方々には驚きがあり、さらにその価値を十分ご理解いただけているようです。

 一方、購入者の方々のご反応ですが、一様に喜びの声をいただいております。「火力を心配していたが十分ぬくい」「お客さんが興味津々で見ているんで入れてよかったです」「芋が焼けるなんてびっくり(オーブン機能がついています)」など、不安視されていた能力面だけでなく、“楽しさ”という価値までも味わっていただいているようです。
 しかしながら、まだまだ配慮の至らない点もあり、厳しくも暖かいお声も頂いております。「木の粉が燃焼室にたまって掃除が面倒」「ペレットはけっこう重いんじゃな」「ペレットの減りが速い」など、機器への評価面で少しご面倒をいただいている部分もあります。
 これらの課題につきましては真摯に受け止め、一丸となってより快適なペレットストーブライフを楽しんでいただくよう努力していく所存です。たとえば、お客様の声は全てメーカーへも反映されております。国内全体のペレット業界発展(成長)のためにも、メーカーには現場の声を届け、ますますレベルアップしたペレットストーブおよびアフターサービスをお届けできるよう進めてまいります。一方弊社におきましても、お客様からいただいたお声は全て蓄積し、今後のノウハウとして活かして参りたいと考えております。

 まだまだ始まったばかりです。しかし、前への確実な第一歩でもあります。
 一歩目を踏み出したビゼグリのペレットストーブサービス、今後にご期待ください。


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市民出資「備前みどりのエネルギーファンド」募集中

 岡山県備前市において、環境省選定の「環境と経済の好循環のまちモデル事業(平成のまほろば事業)」が進められておりますが、この事業を推進していくための資金として、全国の市民による出資「備前みどりのエネルギーファンド」の募集を行なっております。
 現在、備前市役所の本庁舎の省エネ工事に続き、吉永総合支所、日生総合支所の工事も終了というところまで進んでいます。引き続き、次の案件にも着手していきます。
 また、省エネや木質バイオマス導入、太陽熱給湯システム設置などの工事案件も進んでいます。

 なお、ファンド内容は、一口10万円で契約期間10年、目標年間分配利回りは2.1%となっています。

◎ 出資募集および事業内容についてのお問い合わせ
備前グリーンエネルギー株式会社
TEL:0869-84-9500
FAX:0869-84-2332
Email:fund2006@bizen-greenenergy.co.jp
募集サイト:http://www.bizen-greenenergy.co.jp


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編集ノート

 前号に引き続き、今月も大幅に発行が遅れてしまい、申し訳ありません。
 本メールマガジンを購読いただいている皆様、およびご執筆いただいている方々には、お詫び申し上げます。
 次号は、1日過ぎには出すようにいたします。あと1週間ですが(汗)。

 ところで、「風発」にもありましたろうに、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第4次評価報告書第1作業部会報告書が公表されました。この冬の大きな話題となっています。
 この報告書は、気候変動の自然科学的根拠について評価したもので、2100年に地球の気温はどうなるのか、あるいは海面上昇はどうなるのか、といったことがまとめられています。6年前に公表された、第3次評価報告書と比較しても、地球温暖化の影響は一層深刻なものであり、野心的な政策の導入なしには、解決は難しいというものになっています。
 本メールマガジンでも、IPCCの評価報告書について、紹介していくつもりですが、そのこととは別に、日本での受けとめられ方が気になっています。それは、この問題に関するリアルさ、ということなのです。
 確かに、報道によれば、地球温暖化問題は深刻だということはわかります。確かに、言葉だけであれば、日本では雪が減少し、小島が沈み、お米はインディカになる、そういうことはわかるのです。しかし、それがどれほどまでに「痛み」として感じられるのかというと、心もとないのです。

 気候変動によって、私達は何を引き受けなくてはいけないのでしょうか。
 それは、マラリアやデング熱の予防接種かもしれません。あるいは、どれほど多くの難民を引き受け、ともに暮らしていくことになるかもしれません。ホッキョクグマが現在のジャイアントパンダのように希少な動物として動物園の人気者になったとき、大人は子どもに対して、どんなふうに説明すればいいのでしょうか?
 気候変動は、「私たち」を含む、多くの人の暮らしを変え、時に破壊し、あるいは多くの生命を困難に追い込みます。その「痛み」を語る言葉を(数字ではなく)、メディアはもっと伝えるべきだと思うのです。
                             (本橋恵一)

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