まえにもご紹介したことがありますが、地球・人間環境フォーラムでは、さまざまな環境情報を広く伝えるために、環境情報誌『グローバルネット』を発行しています。
私もいただいているのですが、そのときどきのタイムリーな話題をテーマとした特集を軸に、行政の動き、市民や企業の環境問題への取り組みなどを読むことができて、とても参考になります。
購読は随時受け付け。また3ヵ月間のお試し購読(無料)もありますので、よろしければぜひご覧下さい。
http://www.gef.or.jp/activity/publication/globalnet/index.html
この『グローバルネット』の2006年10月号(191号)は、「社会を変える環境金融」という特集でした。かねてから「お金の流れを変えることが大事」と考えていましたので、とても勉強になりました。
この内容をもっと多くの方にお伝えしたいとお願いしたところ、事務局および執筆者の方々からご快諾をいただくことができました。5本続けてお届けします。ぜひ読んでください〜。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
特集/社会が変える「環境金融」
金融が環境に果たす新しい役割
国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)特別顧問
末吉 竹二郎
■環境・社会的責任・ガバナンスを組み込んだ責任投資原則
世界の金融の環境への取り組みが本格化してきたが、その背景には、社会の基礎的インフラである「金融機能」を地球的課題の解決に役立てようとする戦略がある。
2006年4月、多くの機関投資家に囲まれたアナン国連事務総長がニューヨーク証券取引所の取引開始のベルを鳴らした。国連主導で作られた「責任投資原則(Principles for Responsible Investment:PRI)」の発足式典でのことである。
PRIは機関投資家に対して次の六つの原則の実施を求めている。
・投資決定のプロセスに環境(E)、社会的責任(S)、ガバナンス(G)問題を組み込む
・株主行動にESG問題を反映させる
・投資対象にESG問題に関する情報開示を求める
・資産運用業界としてPRIの普及に努める
・PRI実行の効果を上げるために協働する
・PRI実行に関する情報を自ら公開する
PRIの目的は、世界の機関投資家、なかんずく年金基金にESG問題を投資判断に反映させることにある。世界の資本市場(47兆ドル)の25%を持つといわれる年金基金が変われば、世界のお金の流れは変わり、そして、経済や社会のあり方が変わるからだ。
国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)は早くからESG問題を取り上げ、投資ポートフォリオへの影響の調査を行い、その成果を発表している(2004年6月、Materiality Report)。曰く、「ESG問題はすでにパフォーマンスに影響を与えている。だが、資本市場ではそれへの対応ができていない」と。これを受け、アナン事務総長がこのギャップを埋めるためのフレームワークづくりを提唱、そして生まれたのがPRIである。
50機関の署名で始まったPRIだが、その後も参加は増え続け、すでに103機関に達している(2006年9月現在)。その運用資産は5兆ドルを超えた。
PRIへの支持の背景には地球環境の深刻さが横たわっている。温暖化問題は長く将来にわたって人類が直面する危機である。加えて、グローバリゼーションの負の遺産の解決も長期の取り組みが不可欠だ。その長い闘いの牽引車の役割を期待されているのが機関投資家である。巨額の資金を動かすだけでなく、非常に長いスパンで投資を考えられるからだ。中でも、年金基金は40〜50年先の年金支払いが使命だ。とすれば、40〜50年の投資スパンは可能であり、当然そこには地球温暖化問題は入ってくる。PRIはその前文で次のように述べている。「PRIを守ることは社会の広い目的にも合致するものだ。だからこそ、受託者責任を遵守しつつ6原則を守っていくのだ」と。
■革新的環境コミットメント
2004年から2005年にかけて米国金融界のトップ4が相次いで革新的な環境方針を発表した。気候変動や生態系の破壊など地球的課題を取り上げ、それらの解決に本業で取り組むとコミットしたのである。熱帯雨林の破壊につながる事業への融資拒否、温暖化問題への取り組み、さらには経営のあり方として、財務的要因と非財務的要因のバランス確保や、現代世代プラス将来世代への配慮をうたうなどそれまでの金融機関では到底考えられなかった中身である。
これらの動きは当然、各金融機関の自主的な判断に基づくものだが、実はその裏にNGOの激しい運動があった。レインフォレスト・アクション・ネットワーク(RAN)によるGlobal Financeキャンペーンだ。RANは言う。「これまで誰も銀行融資が社会や環境に及ぼす負荷について問うことはなかった。それでいいのか。銀行は経済合理性だけでなく、社会にとって正しいことを追求すべきだ。銀行をレーダースクリーンに載せて監視していく」と。
RANは第一のターゲットをシティグループに絞り、2000年から新聞やTVでのネガティブキャンペーンを始めた。両者が合意したのが2004年の1月。4年もの長丁場の交渉であった。トップが落ちるとあとは一気呵成だ。5月にはバンク・オブ・アメリカ、翌年には、JPモルガン・チェース、続いて投資銀行では初めてのゴールドマン・サックス。米国の大手金融機関がきびすを接して動いたのである。
このキャンペーンが大きな成功を収めたあと、RANの責任者が言った言葉が印象的だ。「市民に残された唯一の手段は非暴力の不服従だけ。この成功は市民社会の支持の賜物だ」と。小さなNGOが社会の支持をバックに世界の大銀行を動かす時代に入ったのである。
■UNEP FIの活動
2002年、UNEP FIの気候変動グループは、「気候変動はすでに世界経済の波乱要因になった。銀行の業務は困難に直面することになる。銀行はすべての業務に気候変動リスクを反映させるべきだ」と警告を出した。振り返ればその先見性は見事だ。同グループはその後も精力的にビジネスの視点から気候変動が金融業務に及ぼす影響についてさまざまな研究成果を発表してきた。2005年末には、モントリオールで開かれた京都議定書第1回締約国会議(COP/MOP1)向けに包括的な「政策提言」まで出している。
金融が気候変動に取り組むための枠組みとして、・長期の気候政策の明確化・温室効果ガス(GHG)削減目標の明確化・グローバルなCO2市場の確立・再生エネルギー、省エネルギー目標の確立――が必要との要求である。従来の金融の枠から一歩踏み出したオピニオンである。
一方、2006年9月、UNEP FIの北米グループは、気候変動が銀行の貸出資産の価格に及ぼす影響についての研究結果を公表した。シティグループ、バンク・オブ・アメリカ、CIBCなどが中心となり、北米にEU域内排出権取引制度のような排出権市場が導入された場合などを想定し、気候変動のローンポートフォリオへのインパクトを試算したのである。使用するデータや分析手法などの制約もあり、現状では「気候変動と貸出資産の価格に明確な相関性は見られない」との結論であった。
この研究は日本の感覚では机上の空論と見えるかもしれない。でも、彼らが強く示唆するように、将来の貸出資産が気候リスクの影響を受ける可能性は否定できない。気候変動という新しいリスク要因がローンの市場価格を左右することになるのは間違いない。日本でも両者の相関性を研究する必要が出てきたのではなかろうか。
最近の動きを総括すると、・融資から投資への広がり・気候変動のクローズアップ・市民社会の意識の高まり――などの特徴がある。地球社会の抱えるさまざまな課題の深刻さが増すにつれ、大きなパワーを持つ金融への期待がどんどん膨らんできている。金融業界はそれをどう受け止め、どう対応していくのか。金融の社会的責任はますます重くなってきた。
(おわり)