[No. 1305] につづき、英国の著名な環境オピニオンリーダーであるノーマン・マイヤーズ氏が、「ぜひ使ってください」とお書きになったものを送ってくださった中から、もう1編ご紹介します。実践和訳チームが訳してくれました。
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経済とは何か?
ノーマン・マイヤーズ
経済は長い間、国民総生産(GNP)という指標で計測されてきた。GNP―現在一部の地域では国民総所得(GNI)と名前を変えている―は、国内で生産されて市場で取引された、すべての財とサービスの経済価値を合計した指標である。経済学者や政治家、株式市場、マスコミその他のオピニオンリーダーたちからは、全経済活動の最終目的であるかのように賛美されている。GNPという概念は、社会の進歩度合いを測る簡便な指標として長い間使われてきたが、今では重大な欠陥を露呈している。
1.従来のGNP算出方法では、プラスの経済活動とマイナスの経済活動を区別していない。このため、GNPには環境および社会に与える多くのマイナス効果(外部不経済)が反映されない。こうした外部不経済は、ますます深刻な形で経済の価値を損ねているにもかかわらず、小麦の栽培や子どもの教育と全く同じように、生活の充足に貢献しているとみなされているのだ。
米国では、廃棄物だけでも公的経済の10分の1に相当する外部不経済が発生しているとみられる。すべての外部不経済を考慮すれば3分の1に相当するかもしれない。米国企業の外部不経済が事業収益より大きい場合もあるだろう。例えば、ファーストフード産業は、健康に与える悪影響を考えれば、経済にとっては実質的にはマイナスになるかもしれないのだ。
このような外部不経済を考慮すると、GNPという尺度は、経済や社会の富の状況について、不正確で誤解を与えるメッセージを出していることになる。GNPを国民純所得(Net National Income)や持続可能経済福祉指標(Index of Sustainable Economic Welfare)、真の進歩指数(Genuine Progress Indicator)などの、より現実的な指標に置き換えるべきだろう。
伝統的な経済学では高く評価される人々は、実際には、車の大事故にあったり、高い離婚費用を負担していたり、長期の癌と診断されていたりする。こうした不幸にかかわる経済活動はすべて、GNPを嵩上げしているのである。
2.GNPは、市場を介さない数多くの経済活動や価値を考慮していない。家事や子育て、ボランティア活動や日曜大工などの非市場性の活動は無視しているのだ。生活の量的側面が高く評価される一方で、余暇、安全、人間関係、環境、快適さなどの、生活の質についてはほとんど評価されない。
3.GNPには、そのほか多くの公式の経済の枠に入らない経済活動が反映されていない。特に問題なのは、脱税、贈収賄、盗品取引、違法ドラッグ、違法ギャンブル、詐欺、売春などのような非合法の経済活動だ。
この種の経済活動は、多くの国でその規模がGNPの10%を超えるまでになっている。インドでは非公式の経済が30%の規模に達しており、ロシアにいたっては、GNPの半分にのぼると推定されている。多くの市民が闇経済に関わって生計をたてているわけで、そうなると、ロシアはお金持ちの国民で満ち溢れた貧しい国ということになるのだろうか。
4.偏った補助金政策も経済を大きくゆがめるものになっている。そのマイナス要因の中でも問題なのは、事業者が補助金のおかげで財やサービスを人為的に低く設定された価格で提供していることである。特に化石燃料、農業、道路交通、水、森林、漁業の分野がそうだ。
独立機関が行った幾つかの分析によると、1ガロン(約3.8リットル)のガソリンを使うのにかかるコストは、環境、社会、経済面にかかる負荷を総計すると、イギリスでは現行価格の3.5ポンド(約820円)ではなく6ポンド(約1,400円)前後となり、米国では現行の1.5ドル(約180円)ではなく7ドル(約840円)になる。
この人為的に操作された低価格は、消費者に対しガソリンは使いたいだけ使っていいのだというメッセージを発信している。化石燃料につぎ込まれる公的補助金の額は往々にして、クリーンで再生可能なエネルギーの10倍にものぼっており、こうした理不尽な補助金制度は、私たちが化石燃料のような時代遅れの資源にいつまでもしがみつくという結果を生み出すことにもなっている。市場は公開、公正な競争からはほど遠く、むしろ非効率で有害な技術を保護する側にまわっているのだ。
5.最後に、経済が成長すれば必然的に生活が向上するという見解について触れよう。過去においては多くの場合、それは事実であった。現在でも開発途上国についてみれば、経済の発展が生活の充足の向上をもたらすということができよう。
しかし、いわゆる先進国では―幾つかの事柄では誤った発展のしかたをした、あるいは行き過ぎた発展をした国々といったほうがいいかもしれない―これは次第に疑わしいものとなっている。ケネス・ボールディング、エズラ・ミシャン、ケネス・ガルブレイス、ハーマン・デイリー、ロバート・コスタンザ、ジュリエット・ショア、ポール・ホーケンといった一流の経済学者たちは、経済が一単位成長するには、生活の充足を一単位犠牲にしなければならないことがある、とまで主張している。
つまり、大規模な汚染、ごみ、原料や乏しい天然資源の使いすぎに加え、過重労働の蔓延、忙しい社会からのストレス、コミュニティの力の衰退、人間関係の希薄さといったかたちで犠牲を払うことになるというのである。現在のイギリス家庭の平均的な家計収入は1980年の5割増しになっているが、生活の満足度は果たして同様の伸びを見せているだろうか。
6.さらに関連する問題をあげてみよう:
的はずれの税システム――体系的なシステム(システマチック)ではないが、この問題はシステム全体に浸透している(システミック); 民主主義から寡頭政治へと変りつつある社会。これは、企業社会が、異常に高まった財務レバレッジ(訳注)という不健全な経済力を後ろ盾に、ロビイストや特定の利益団体を介して政治に圧力をかけている結果である; 経済政策はもはや政府だけではなく、グローバル化した市場によって決定されるという現実
(訳注)
財務レバレッジ:株主資本に対する総資本の倍率。負債(他人資本)をどれだけ有効活用しているかを指す指標。財務レバレッジが高いほど、「てこ」の原理で自己資本を使わずに事業を行っていることになる。財務レバレッジが余りにも高いのは、健全性の面で問題がある。
7.結論:以上からわかるように、経済を抜本的に改革しない限り、私たちが持続可能な発展という緊急命題を達成することはあり得ないだろう。経済学の多くの分野における様々な洞察により、経済システムを微調整するところまでは可能だ。
しかし、私たちはそれ以上に踏み込んで、経済というエンジンの全体を設計し直すところまで進めなければならない。生活の充足はもとより、持続可能な発展を実現しようとどんなに努力したところで、今の経済モデルでは、実際のところ、険しくなる一方の上り坂でひたすら巨大化していく岩を押し上げているような状況だからだ。
8.これまで述べてきたことはすべて、さらに広い視点に立って次のように問題提起することができる。生活の充足についての現在の考え方をもっと広げて、ライフスタイルの満足を超えた「幸福」として捉えるべきではないだろうか? 私たちは、快楽主義的な心理学(ひどい言い方だが)が分析するように、この種のご大層な言葉について単なる机上の空論をもてあそぼうとしているのではない。
はるか昔、ジョン・メイナード・ケインズが提起したこの課題は、今日、ロンドン大学LSE(政治経済学院)や英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)の一流経済学者たちがまちがいなく注目している問題である。いずれ、「幸福省」ができることを期待しようではないか。
「GNPには、詩の美しさも、人と人の絆の強さも含まれません。公開討論の知的レベルも、公務員の清廉潔白さも含まれません。法廷で正義が行われているか、私たちが互いに公正な関係を築いているか、という点が考慮されることもありません。大気汚染のレベルやタバコの宣伝費、医療費は計算に入りますが、子どもたちの健康や教育の質、子どもたちの遊びの楽しさなどは、考慮に入らないのです」
ロバート F.ケネディー
(翻訳: 小林 古谷 庄司)
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