レスター・ブラウン氏のアースポリシー研究所から6月に届いた「低下する地下水面、減少する穀物収穫量」を、実践和訳チームが訳してくれましたので、お届けします。
ここに描かれている水の状況から、ぜひ「そうすると何がどうなっていくのだろう?」「今後、どこにどういう影響が出てくるのだろう?」「食糧をめぐる状況はどうなっていくのだろう?」「食糧以外にどのような影響が出てくるだろう?」と、ご自分で「つながり」をたどって、「そうすると……?」と考えてみてください。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『プランB3.0――人類文明を救うために――』(Plan B 3.0)より
低下する地下水面、減少する穀物収穫量
レスター・R・ブラウン
http://www.earth-policy.org/Books/Seg/PB3ch04_ss2.htm
増え続ける水の需要をなんとか満たそうと、多くの国々で帯水層からの過剰な水の汲み上げが行われている。何百万もの灌漑用井戸を掘ったために揚水量が自然の涵養量を上回ってしまい、地下水が地中深くから採掘されるようになった。各国政府は帯水層からの揚水量を持続可能な範囲に収めることができず、今や世界人口の半分以上を占める国々で地下水面の低下が進んでいる。ここには中国、インド、米国という世界の3大穀物生産国も含まれる。
世界の帯水層のほとんどは水が自然に涵養されているので、水を使い果たした後はおのずと涵養された量だけがくみ上げられるようになる。しかし、化石帯水層(米国の広大なオガララ帯水層や、華北平原の地中深くにある帯水層、サウジアラビアの帯水層など)は涵養されることがない。だから枯渇すればそれまでだ。灌漑用水がなくなったとき、雨がある程度降る地域の農家ならば、また生産性の低い乾燥地農業に戻るという選択肢がある。しかし米国南西部や中東のようにもっと乾燥した地域では、灌漑用水がなくなることは、農業の終わりを意味する。
地下水面の低下によって、収穫量が影響を受ける国も出始めている。穀物生産量で世界第1位の座を米国と競っている中国もその一つだ。2001年8月に北京で公表された地下水調査の結果によると、国内の小麦の半分以上、トウモロコシの1/3が生産されている華北平原で、地下水面が急速に下がっているという。この地域では、地下水をくみ上げ過ぎたために浅いところにある帯水層はほぼ枯渇しており、地下深くにある帯水層まで井戸を掘り進めざるを得ない。だが、この深い帯水層には水が涵養されないのである。
この調査報告によると、華北平原の心臓部である河北省では、深層帯水層の平均水位が年に3メートル弱ずつ下がっているという。河北省の市の中には、その2倍の速さで水位が低下している所もある。深層帯水層の枯渇により、この地域から最後の水資源が失われようとしている。唯一の安全装置だったのに、である。
世界銀行の調査では、中国北部で互いに近接する3つの河川流域――北京と天津を流れる海河、黄河、黄河の南を流れる准河(わいが)――で、地下水の採掘が行われていることが示されている。海河流域では、年間400億トン近くの水が不足している(1トン=1立方メートル)。現在この不足分を埋め合わせている帯水層が枯渇すると、穀物1トンの生産には1,000トンの水を使うため、穀物収穫量は4,000万トン減ってしまう。これは1億2,000万人を養える量である。
中国での水不足も深刻だが、インドの水不足はさらに深刻である。インドは、食糧消費量と生存に必要な食糧とのバランスが非常に不安定な国である。これまでに、インドの農民1億人は井戸とポンプに約120億ドル(約1兆2,900億円)を投資して2,100万の井戸を掘った。
ところが、インドの水事情を調査したフレッド・ピアース氏はイギリスの『ニュー・サイエンティスト』誌に次のように報告している。「インドの伝統的な手掘りの井戸の半分と何百万もの浅い管井戸はすでに干上がってしまい、それらに頼っていた人々の中から多くの自殺者が出た」
インドの穀物収穫量は、水不足と非農地への転用による耕作地減少の影響を受け、2000年以降は頭打ちの状態だ。2005年には世界銀行が、インドの食糧供給量の15%が地下水を採掘して生産されているとの調査報告を出している。言い換えるなら、インド国民のうち1億7,500万人を養っているのは、まもなく干上がるであろう灌漑用井戸の水で栽培された穀物だということだ。
米国農務省(USDA)は、米国の3大穀物生産州であるテキサス、オクラホマ、カンザスの一部で地下水面が30メートル以上低下したと報告している。その結果、大平原南部の何千もの農家で井戸が干上がってしまい、農民たちは生産性の低い乾燥地農業に戻らざるを得なくなっている。米国では、こうした地下水の採掘が穀物生産に打撃を与えつつあるが、全体の収穫量のうち、灌漑農業で栽培される穀物の割合は1/5程度である。一方、インドではその割合が約3/5、中国では約4/5となっている。
1億6,400万人の国民を抱えるパキスタンもまた、地下水の採掘を行っている。肥沃なパンジャブ平原にある双子都市のイスラマバードとラーワルピンディー近辺にある観測井戸の記録からは、水面が1982年から2000年の間に毎年1メートルから2メートル近く低下していることが判明している。またアフガニスタンに接しているバルチスタン州では、州都クエッタ周辺の地下水面の低下が年間3.5メートルにもなる。この州の6つの流域では、地下水を使い果たし、灌漑農地での作物栽培ができなくなってしまった。パキスタンの乾燥地研究所(Arid ZoneResearch Institute)でかつて所長を務めていたサーダー・リアズ・A・カーン氏の予測によると、用水路灌漑地を除くほぼ全流域で、10年から15年以内に地下水が使い果たされ、州の穀物収穫量は大幅に減少するという。
人口7,100万のイランでは、年平均50億トンの水が帯水層から過剰にくみ上げられている。これは、イランの年間穀物収穫高の1/3を賄う水量だ。イラン北東部に位置する、面積は小さいものの肥沃なチェナラン平原では、1990年代後半に地下水面が年に2.8メートルずつ下がり続けた。灌漑のため、そして近隣のマシュハド市への水供給のために、新たに井戸を掘削したことがその原因だ。イラン東部では、井戸水の枯渇とともに人々が村を捨て、次々と「水難民」が生まれている。
2,500万人の人口を抱えるサウジアラビアは、石油は豊富であるが水資源は乏しい。この国では、もっぱら補助金を頼りに、主として地中深くの化石帯水層から水をくみ上げ、広く灌漑農業が行われてきた。政府は、数年間にわたり世界の市場価格の5倍もの値段で小麦を買い上げてきたが、厳しい財政状況に直面し、補助金の削減を行わざるを得なくなった。
その結果、1992年には410万トンにも達していた小麦の収穫は34%減少し、2007年には270万トンへと落ち込んだ。サウジアラビアの農家の中には、深さ1.2キロもの井戸から水をくみ上げているところもある。2008年初めに、サウジ政府は水理学的に限界であることを認め、2016年までに小麦の生産から完全に撤退する計画であることを発表した。
人口2,200万人の隣国イエメンでは、水の消費量が帯水層の持続可能な供給量を超えてしまったがために、国のほぼ全域で地下水面が年に約2メートルずつ下がり続けている。イエメン西部のサヌア盆地では、年間涵養量の4,200万トンを5倍も上回る約2億2,400万トンもの取水が行われているため、盆地の地下水面は1年間で6メートルも低下している。世界銀行の予測では、首都サヌアがあり200万人が暮らすサヌア盆地は、揚水のため2010年を迎えるまでに干上がってしまう可能性があるとのことだ。
人口が年に3%増加する一方で、地下水面はそこかしこで低下し、イエメンの水事情は急速に八方ふさがりの状況になりつつある。過去20年で穀物生産量の2/3が減少した同国は、現在、穀物供給量の4/5を輸入している。
帯水層の過剰揚水は、現在多くの国でほとんど同時に進行しているため、帯水層の枯渇とそれに伴う穫量減少がほぼ同時期に起こることもあり得る。帯水層の枯渇がますます加速していることを考えると、早晩その日が訪れ、手に負えないほどの食糧不足に陥る可能性もある。
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出典:レスター・R・ブラウン著、『プランB3.0:人類文明を救うために』
(Plan B 3.0: Mobilizing to Save Civilization)第4章「水不足が世界の至る
ところで深刻化する」2008年、W.W.ノートン社(ニューヨーク)より刊行。
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(翻訳:五頭美知、荒木由起子、小宗睦美)