アースポリシー研究所からの「プランB最新レポート」を、実践和訳チームが訳してくれましたので、お届けします。
ここに出てくる「格差の拡大と固定化」も、日本社会でも進行している「二極分化」も、システム思考でいう「勝者はますます強くなる」というシステム原型(社会や時代に関係なく普遍的に見られる構造)の1つです。
システム思考の入門書『なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?』
の128〜131ページに、この構造のループ図と解説がありますので、本をお持ちの方は、ぜひ確認して下さいな。そして、以下でレスターが提案していることは、この構造のどこにどのように働きかけようとするものなのか、構造を変えるにはどうしたらよいか? を考えてみて下さい。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
より平等な世界とするために、すべての子供たちに教育を
http://www.earthpolicy.org/Books/Seg/PB3ch07_ss2.htm
レスター・R・ブラウン
世界の最も豊かな10億人と最も貧しい10億人の間の社会的、経済的格差は、史上に例をみないほど大きくなっており、しかもその差は広がりつつある。最貧の10億人が生存ぎりぎりの生活に囚われている一方で、最も豊かな10億人は毎年豊かになっていくのだ。
社会の富裕層と貧困層の格差を縮める方法のひとつは、すべての子供たちが教育を受けられるようにすることだ。つまり、就学していない7,200万人の子供たちが確実に学校に行けるようにすることである。
学校教育を受けていない子供たちは人生のスタートから深刻なハンディキャップを抱えることになる。そのハンディキャップによって子供たちはほぼ確実にきわめて貧しい生活にとどまることになり、貧富の差はますます広がる。
グローバル化の進む世界において、格差の拡大そのものが不安定要因となる。ノーベル経済学賞受賞経済学者のアマルティア・センは、「読み書き算数ができないことは、人類にとってテロリズムよりも大きい脅威だ」と指摘している。
初等教育の完全普及を主導するために、世界銀行は「万人のための教育」プランを実施し、この目標を達成するための優れた計画を策定した国に対して、世銀の資金援助の資格を与えている。資格を得るための主な要件は、基礎教育の完全普及を達成するための合理的な計画を提出すること、計画に自国の資源の相当割合をふりむけることを約束すること、予算と会計の管理の透明性、の3点である。プランが完全に実施されれば、2015年までに貧しい国のすべての子供たちが初等教育を受け、貧困を抜け出す手がかりを得られるようになる。
この目標に向かっていくらかの成果はあがっている。2000年には、初等教育を終える子供たちは78%だったが、2005年には83%に上昇した。大きな進歩だが、上昇率は一様ではなく、データの得られた152の発展途上国のうち、2015年までに初等教育の完全普及の目標を達成できそうなのは95カ国に過ぎないと、世銀は結論づけている。
貧困は多くの場合、次世代に引き継がれる。現在貧困のうちに生活している人々の圧倒的多数が、貧困家庭で育っている。貧困の土壌を断ち切るカギは教育、特に女子教育である。女性の教育水準が上がれば、出産数が減る。また最低5年間の学校教育を受けた母親たちは、彼女たちほど教育を受けていない母親に比べて、出産や乳幼児期の病気で子供を失うことが少ない。経済学者のジーン・スパーリングは2001年に実施した72カ国の研究で、「女性の中等教育の拡大が、出産数の大幅な削減を達成するための唯一かつ最善の方法かもしれない」と結論づけている。
基礎教育は往々にして農業の生産性向上という結果を生む。農業の普及に関わる事業においては、情報を伝えるのに印刷物が利用できるので明らかにメリットとなる。また、農家にとっても、肥料の袋に書かれた説明書が読めることは大きなメリットだ。殺虫剤の容器の説明が読めれば命が助かることもある。
HIV感染が拡大している時には、学校は若者に感染の危険について教育する機関としての役割を果たす。子どもたちがまだ若いうちに、エイズウィルスやその感染拡大を生む生活形態について情報を与え教育する必要がある。すでに感染してしまってからでは遅いのだ。また、若者たちを動員して彼らの間に啓蒙運動を展開することも可能になる。
発展途上国、ことにエイズによって教師たちがグループ単位で減りつつある国々では、教師の養成が切実に求められている。優秀でありながらも家庭が貧しい学生たちに奨学金を与え、将来、たとえば5年間、教職につくという条件で教師養成施設で学ばせるというのは非常に有益な投資となり得るだろう。初等教育の完全普及を達成するための教育人材確保の一助になるし、また、社会の最貧困層に埋もれている才能溢れる人材を育てていくことにもなるだろう。
ジーン・スパーリングは、どんなプランであれ、社会の中で最も支援の手が届きにくい層、特に地方の貧困層の少女が受けられるものでなければならないと考えている。彼によると、エチオピアは、ガールズ・アドバイザリー・コミティ(少女の問題に関する諮問委員会)という組織をつくってこの問題に先駆的に取り組んできた。
このグループの代表者たちは、まだ年齢の若い自分の娘を早く結婚させようとする親たちのもとを訪れ、学校を続けさせるよう説得するのだ。ブラジルやバングラデシュなど数カ国では、少女たちに少額の奨学金を与えたり必要であれば親に手当てを給付したりして貧困家庭の少女たちが基礎教育を受けられるように援助している。
世界の経済がかつてなかったほどのグローバル化を遂げるなかで、世界中で8億人近くになる文盲の成人は大きなハンディを負うことになった。このマイナスを克服するには、ボランティアに大きく依存したかたちで成人向けの識字教育を始めることが最も有効な方法である。国際社会は、教材を揃えたり、必要であれば外部からアドバイザーを迎えたりするための資金援助をすることもできるだろう。バングラデシュとイランでは成人向けの識字教育がうまく機能しており、モデルケースになり得る。
初等教育の完全普及を世界中で達成するには、初等教育に現在費やされている額を超える100億ドル(1兆円)もの外部資金が必要となる。しかし、今や教育は子供たちに書物だけでなくパソコンやインターネットにも触れる機会を与えるものになっており、そういう時代に、学校に行ったことがない子供たちの存在をもはやこれ以上容認するわけにはいかないのだ。
子供たちを学校に行かせるために、学校給食ほど効果的なプログラムはほとんどなく、最も貧しい国々においては特にそうである。1946年以来、米国の公立学校では全ての生徒に学校給食が提供され、少なくとも1日1食はきちんとした食事が確実にとれるようになっている。こうした国家プログラムの恩恵は否定しようのないものだ。
病気や空腹の子供たちは何日も学校を休むことになるし、たとえ登校しても十分に学習できない。コロンビア大学地球研究所のジェフリー・サックス所長によれば、「病気の子供は、認知能力や身体能力の障害と学校教育の中断によって、生涯にわたって生産性があがらないことも多い」という。
しかし、所得の低い国々で学校給食プログラムが実施されると、生徒たちの出席率が跳ね上がって、成績が良くなり、就学期間も延びる。特に少女が受ける恩恵は大きい。給食のおかげで学校に来るようになった少女たちは就学年数が延び、結婚年齢があがって出産児数が減る。これは良いことづくめの状況だ。44の最貧国で学校給食を実施するには、現在国連が飢餓削減のために使っている経費以外に、推定で年間60億ドル(約6,000億円)かかる。
子供たちが学齢に達する前の栄養状態を改善するためにも一層の取り組みが必要で、そうすれば後にその子たちが学校給食の恩恵を受けられる。ジョージ・マクガバン元上院議員は、「貧しい妊婦や子育て中の母親に栄養価の高い栄養補助食品を提供するWIC(女性、乳幼児、児童)プログラムを、貧しい国々でも実施すべきだ」と指摘する。
33年にわたる米国でのWICプログラム実績を見れば、それが低所得層家庭の未就学幼児の栄養、健康、発達の改善に多大な成功を収めてきたことは明らかである。WICプログラムが、最貧44カ国の妊婦、子育て中の母親、幼い子供たちにまで拡大されれば、人生を大きく左右し得る重要な時期にある何百万もの幼い子供たちの飢えを撲滅する一助となるだろう。
こうした取り組みには費用がかかるとは言え、飢餓による生産性低下がもたらす年間損失額と比較すれば安いものだ。マクガバン氏は、この取り組みが「テロリストへの勧誘拠点となりうる、飢餓と絶望という泥沼の一掃につながる」と考えている。豊かなところに莫大な富が蓄積していくこの世界において、子供たちがお腹をすかせて学校に行かねばならないなど、全く通る話ではない。
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出典:レスター・R・ブラウン著、『プランB3.0:人類文明を救うために』
(Plan B 3.0: Mobilizing to Save Civilization)第7章「貧困を解消し、人
口を安定させる」2008年、W.W.ノートン社(ニューヨーク)より刊行。
www.earthpolicy.org/Books/PB2/index.htmにて無料ダウンロード及び購入可。
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<翻訳 小林紀子 古谷明世 山本夕佳>