■レスター・ブラウン氏「文明の転換点」
レスターの研究所からのリリース文を実践和訳チームのメンバーが訳してくれましたので、お届けします。
慌ただしい毎日の中では、「5分後」「2時間後」、せいぜい「明日」か「来週」のことを考えていることが多いかもしれませんが、時には、そんな自分を、雲の上から見下ろすかのように、もっと遠く何光年も離れた宇宙から眺めているかのように、自分とこの時代を見つめる「時間軸」をぐん!と伸ばしてみませんか。
未来の歴史学者は、この時代に生きた私たちのことを、どのように評するのでしょうね?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
文明の転換点
http://www.earthpolicy.org/Books/Seg/PB3ch01_ss5.htm
レスター・R・ブラウン
近年、自然界の限界点、あるいは転換点について、懸念が広がっている。例えば科学者は、減少傾向にある絶滅危惧種の個体数がどの程度まで少なくなると回復できなくなってしまうのかを心配し、海洋生物学者は、どの程度乱獲が続くと漁場が崩壊してしまうのだろうかと懸念を抱いている。
過去の文明にも社会的転換点があったことは分かっている。その転換点とは、文明が脅威の力に太刀打ちできなくなった時点である。例えばシュメール文明では、灌漑に伴う土壌の塩害が、ある時点を境に、自分たちの手には負えないほどになってしまった。マヤ文明の場合、森林を伐採し過ぎ、それに伴って発生した表土喪失の事態が、どうにも手の打ちようがなくなってしまったのである。
社会的転換点とは、社会が単一の脅威、あるいは同時に発生した複数の脅威に打ちのめされ、衰退や崩壊に至ってしまう転換点のことだが、これは必ずしも簡単に予知できるものではない。
一般的には、途上国に比べて経済先進国の方が、効果的に新たな脅威に対応できる。成人のヒト免疫不全ウィルス(HIV)感染率を例にとると、先進国では政府が1%未満での抑制に成功している一方、途上国政府の多くはそれができず、現在、先進国よりも非常に高い感染率に苦しんでいる状態だ。これが最も明らかなのはアフリカ南部にある一部の国で、多いところでは成人の20%、あるいはそれ以上がHIVに感染している。
同じような状況は、人口増加の問題でも起こっている。米国を除くほぼすべての先進国において、人口が頭打ちになっているのに対し、アフリカ、中東、インド亜大陸にあるほぼすべての国においては人口が急増している。
世界人口は、毎年8,000万人のペースで増えているが、そのほとんどが、過剰な人口に圧迫され、地球を支える自然のシステムがすでに悪化している国々、地球を支える自然のシステムを維持する能力が世界の中で最も低い国々で生まれているのだ。このような国々では、国全体が破綻する危険性も大きくなっている。
とは言え、発展が進んでいる国々の管理能力をもってしても手に負えない問題もあるようだ。地下水位が下がっているのが初めてわかった時点で、その影響を受ける国の政府は、帯水層を安定させるために、迅速に水利用の効率化や人口安定化といった措置をとる、と考えるのが普通だろう。
残念ながら、先進国、途上国を問わず、そのような措置をとった国はない。パキスタンとイエメン──この2つの国は、地下水の過剰な汲み上げと安全保障上の脅威になるほどの水不足が大きな問題として頭をもたげ、破綻しつつある状態だ。
炭素排出量を削減する必要性が明らかになって久しいが、カーボンニュートラル(炭素中立)を達成した国は一つもない。今のところ、この課題は、最も技術的に発展した社会にとっても政治的に難しすぎる、ということが明らかになってきている。
紀元前4,000年のシュメール文明において土壌内で上昇した塩分濃度の問題と同じように、大気圏で上昇している二酸化炭素濃度は、21世紀初頭の私たちの文明では手に負えない問題になってしまうのだろうか?
ほかにも、各国政府にとって重い負担になりそうな課題がある。必ず訪れる世界の石油生産量の減少である。世界全体の石油生産量が、新規の石油発見量を大幅に上回るようになってから20年以上になるが、「石油供給量の減少に効果的に対応する計画」とかろうじて言えるようなものを実際に持っているのは、スウェーデンとアイスランドしかない。
解決されていない問題はまだほかにもあるが、これだけ見れば、感覚的に「未解決問題の数がいかに増加の一途をたどっているか」がわかる。というのも、既存の問題も解決できていないのに、一連の未解決問題に新たな問題が加わっているからだ。
分析的に考えると、課題として取り組むべきは、増大しつつある負担が地球のシステムにどのような影響をもたらすかを評価することだ。このような負担が最も顕著に現れるのは、おそらく食料安全保障に対する影響においてであろう。そして食料安全保障こそが、崩壊してしまった過去の多くの文明で弱点とされていたものなのだ。
いくつかの傾向が重なり、世界中の農家が食料需要の伸びになかなか追いつけない状態になっている。その傾向の中でも顕著なのは、地下水位の低下、農地の農業以外への転用の拡大、作物を枯らせてしまう熱波や干ばつ、洪水といった異常気象の増加だ。このような未解決問題の負担が蓄積するにつれ、弱い政府は破綻し始めてしまうのである。
このような問題に輪をかけるように、世界の主要穀物生産国である米国では、穀物収穫量におけるエタノール燃料用の割合が、2005年の15%から2008年には25%以上へと劇的に増加した。石油不安を解消するために米国が編み出した、この見当違いの取り組みによって、世界の穀物価格は2008年半ばに史上最高値にまでつり上がり、空前の世界食料不安を生み出した。
危険なのは、これらの蓄積した問題やその結果生じる事態に、太刀打ちできなくなる政府が増え、国家の破綻が広がり、ついには文明が崩壊してしまうことだ。破綻しつつある国家のリストの上位には「ここが?」と思うような国はない。例えば、イラク、スーダン、ソマリア、チャド、アフガニスタン、コンゴ民主共和国、ハイチなどだ。
そして破綻しつつある国家のリストは年々長くなっている。そうなると「何カ国破綻すれば、文明自体が崩壊するのだろうか?」という不穏な疑問が沸いてくる。その答えは誰にも分からない。しかしこれは、問わねばならない疑問なのだ。
私たちは今、「自然の転換点と政治システムの転換点、どちらが早く訪れるか」という状況にある。グリーンランドの氷床の融解が取り返しのつかないレベルに達してしまう前に、石炭火力発電所を段階的に廃止できるだろうか? アマゾンは火事に対してますます弱くなっているが、それが手遅れになってしまう前に、森林破壊を止める政治的意志を結集させられるだろうか? 破綻国家になる前に人口を安定させられるよう、その国を支援できるだろうか?
私たちには、地球を支える自然のシステムの回復、貧困の撲滅、人口の安定、世界のエネルギー経済の再構築、そして気候の安定を実現するための技術はある。今取り組むべきことは、これらを実現しようという政治的意志の構築だ。文明の救済は、スポーツ観戦ではない。私たち一人ひとりが主役として行動すべきなのである。
# # #
出典:レスター・R・ブラウン著、『プランB3.0:人類文明を救うために』
(Plan B 3.0: Mobilizing to Save Civilization)第1章「21世紀の世界は
『余剰』から『不足』の時代へ」2008年、W.W.ノートン社(ニューヨーク)
より刊行。www.earthpolicy.org/Books/PB3/index.htmにて無料ダウンロード及
び購入可。
問い合わせ先:
メディア関連の問い合わせ:
リア・ジャニス・カウフマン
電話:(202) 496-9290 内線 12
電子メール:rjk @earthpolicy.org
研究関連の問い合わせ:
ジャネット・ラーセン
電話:(202) 496-9290 内線 14
電子メール:jlarsen @earthpolicy.org
アースポリシー研究所
1350 Connecticut Ave. NW, Suite 403
Washington, DC 20036
ウェブサイト:www.earthpolicy.org
(翻訳:丹下陽子、チェッカー:小島和子)