日経エコロジーの今月号で、「現地リポート 沈みゆくツバルの現状」を書かせてもらっています。1月末〜2月はじめに、ツバルに行ってきて学んだこと、考えたことを書きました。
編集部の方のご快諾を得て、その内容を以下に転載します。
本誌には、写真家・枝廣淳子?によるツバルの写真が何枚か掲載されています。ぜひ本誌も見て下さいね。
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現地リポート 沈みゆくツバルの現状
文・写真/枝廣淳子 環境ジャーナリスト・翻訳家
南太平洋に浮かぶ小国、ツバル。海岸のヤシの木の根元を洗う波の映像などで有名なこの国は「沈みゆく悲劇の島」と呼ばれ、「温暖化の被害者」の代名詞だ。一方で、中部大学の武田邦彦氏のように、「ツバルは沈んでいない。子どもたちにウソを教えるな」という主張もある。
実際のところはどうなのだろう。 ツバルは本当に沈んでいるのだろうか。
今年1月下旬、NPO法人「Tuvalu Overview」が主催するツバル・エコツアーに参加して現地を訪れ、街の人々やツバル首相に話を聞いた。
ツバルは、ポリネシアに位置する9つの島からなる小国だ。国土の総面積は約26km2、人口は1万人弱。首都フナフチがあるフォンガファレ島に人口の約半分が住む。
フィジーで飛行機を乗り換えて2時間、コバルトブルーの海にリボンを丸く浮かべたような環礁の島々が見えてくる。平均海抜1.5〜2mという平らで細く伸びる、緑の色濃いフォンガファレ島にプロペラ機は到着した。
第一印象は、「人々は海面上昇で逃げまどっているわけじゃないんだ」。マスコミが作り出したイメージをそのまま受け取っていた自分たちに気づく。実際のツバルは、幸せそうな人々が誰にもにこにこと笑顔で声を掛けてくれる、温かくて素敵な島だ。で、この島が沈んでいる?
島が「沈む」とはどういうことか。実は「沈む」という言葉は、島と海との相対的な関係を表している。お風呂に入っていて、お湯を足せばあなたは「沈んでいく」。お湯を足さなくても、「肩まで浸かりなさい」と言われて体を下げれば、やはり「沈んでいく」。そして、海辺の砂の城が波に削られていくように、地表が削られても「沈んでいく」。
つまり「沈む」とは、「海面上昇」「地盤沈下」「海岸浸食」のどれか、またはそれらの組み合わせによる現象なのだ。
では、「ツバルは本当に沈んでいるのか」。つまり、陸地に対して相対的に海水面は上がっているのか。そして、その原因は何か。温暖化に伴う海面上昇なのか、島の地盤沈下なのか…。
島の構造を説明しよう。島の土台はサンゴ礁がリング状に連なってできた環礁で、その上にサンゴの死骸や有孔虫の殻などが堆積している。健全なサンゴや有孔虫が絶えず島に砂を供給することで、島の地形が維持されていることが特徴である。
島の土台となっているサンゴ礁は石灰質で硬く、波の浸食も受けにくい。だが、その上に載っているサンゴの死骸や有孔虫殻などは波に簡単に流される。何らかの原因で海面が相対的に上昇して、波が石灰質の上の砂の堆積部分に当たるようになったためだろう。「あそこにあった小さな無人島があっという間に消えてしまった」という話を何度か聞いた。
地盤沈下が要因ではない
ツバルの相対的な海面上昇は地盤沈下のせいだという主張がある。地下水の汲み上げ過ぎが原因だとする説もあるし、武田氏は「サンゴでできた島はもろくて崩れやすいこと」「米軍がずさんな埋め立て工事をしたこと」を、地盤沈下の要因だと主張する。実際はどうなのだろうか。
地下水の汲み上げは、汚染問題によりこの数十年間は行われず、雨水利用が中心となっていた。
また、サンゴでできた環礁の島の沈下は一般に0.02〜0.2mm/年と知られている。ツバルでは1993年から豪州国際開発局が数ヶ所の計測個所を固定したベンチマークと比較しているが、潮位計測点の低下は1993〜2009年の間に1.1mmである。2002年より行われているGPSによる地盤高さの連続モニタリングでも地盤の沈下は認められていない。
一方、フナフチの潮位計による観測によると、1993年〜2008年9月の平均潮位上昇は5.9mm/年だ。これは地盤の移動や大気圧、海水や大気の温度、風速・風力などへの補正を加えた数値であり、ここ15年ほどの海面と陸地の相対的な位置変化は、地盤沈下より海面上昇の影響が大きいといえる。
IPCC第4次報告書では、この100年の全球的な平均値として「海面は17cm上昇」(1961〜2003年の全球平均の海面変化トレンドは1.8mm/年)としている。
上図(「海面水位の変化傾向」IPCC第4次評価報告書第1作業部会報告書から図 5.15.(a) TOPEX/Poseidon衛星高度測定に基づく1993 〜2003 年の平均海面水位の短期線形トレンド(1 年当たり、mm)の地理的分布)から、ツバルは海面上昇の著しい地域に位置していることがわかる。
しかし、現地での見学、聞き取りや文献調査をするにつれ、「温暖化→海面上昇→水没」といった単純な図式で表せるものではないこともわかってきた。今回把握できた主な要因をシステム思考のループ図で示したものが下図である。
複数の要因が絡み合う
温暖化で海水が熱膨張することに加え、南極やグリーンランド、氷河の氷が溶けることで海水量が増え、海面が上昇している。海面が上昇すると、海岸浸食が激しくなる。温暖化に伴う嵐の強大化も海岸浸食を加速する。ツバルでは、海岸浸食によって海辺の木があちこちで倒壊している様子を目にした。木が倒れると、その根が抑えていた土壌が流出する上に、嵐や波に対する防波堤機能を失ってますます海岸浸食が進む。
浸食された土壌はサンゴに積もってその生育を妨げ、濁った海水はサンゴの光合成を阻害する。温暖化に伴う海水温の上昇もサンゴに悪影響を与える。こうしてサンゴや有孔虫の生育・生存が危うくなり、島を形成する砂の供給量が減っていく。
このように、温暖化というグローバルな要因がツバルの海面上昇や海岸浸食、島の土壌の減少に影響を与えている。現地では実際に海岸浸食や木の倒壊、サンゴ礁の被害などを見ることができる。
しかし、原因はこういったグローバルな要因だけではない。人口増加や生活の西欧化によって廃棄物や家庭排水が増加。適切に処理されていない汚排水が海に垂れ流されて富栄養化を引き起こし、サンゴに藻が生えるなどしてその生育を妨げている。
グローバル&ローカルな対応
南太平洋に関するデータは計測開始から20年程度のものも多く、長期的なトレンドを断ずることはできないが、少なくともここ15〜20年のデータを見る限り、(1)ツバルでは海面上昇が起こっており、(2)その上昇を説明できる規模の地盤沈下は起こっていないことがわかる。
現在のツバルの状況は多くの要因の組み合わせによる結果である。「要因は1つであるはずだ」という思い込みは捨てねばならない。温暖化以外にも要因があるからといって、温暖化が要因であることを否定することはできないのだ。
そして「ローカルな要因による状況の悪化が、グローバルな要因によって今後悪化していく大きな問題への脆弱性を高めている」ことに対して、短期的および中長期的対策を考え、実行していく必要がある。
私たちはグローバルとローカルの両方の要因に対応しなくてはならないのだ。グローバルな要因だけを強調することは、ローカルな問題から目をそらせる危険性がある。一方で、ローカルな要因だけに帰すことは、本質的な問題解決にはならない。
今後はますますグローバルな要因の影響が大きくなるだろう。21世紀中の海面上昇をIPCCは18〜59cmと予測、独ポツダム気候変動研究所は2m近い可能性を指摘している。
ツバルは国際社会に警鐘を鳴らしつつ、自国のローカルな問題に取り組む必要がある。そして日本を含む世界の国々は「かわいそうなツバルを救うため」ではなく、自分たちのためにも、一刻も早くグローバルな要因の加速を止めなくてはならない。
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ツバルへ行ってみて、「現場に行かないとわからないことがいっぱいある」ことを改めて痛感しました。特にツバルのように、多くの人が気軽に行ける場所ではなく、主にマスコミの伝える情報や切り口に頼って、イメージをつくらざるをえない場合はそうです。
「沈む、沈まない」論争とはまったく違う次元の、ブータンとも共通する「幸せの国・ツバル」の姿や背景を、現地に詳しい方の協力を得て、本に書こうと思っています。
日本での自分の1日あたりの笑顔の量が「1」だとすると、ツバルでは「100」ぐらいだったんですよ。いい1週間でした〜。(^^;