スイスから興味深いレポートを送ってくださる穂鷹さんが、またまた興味深いレポートを送って下さいましたので、ご紹介させていただきます〜。
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「 途上国の自立を支援するスイスの水研究」
穂鷹知美 gassner (at) d01.itscom.net
危機をチャンスに、という近年よく使われる前向きのフレーズを聞くたびに、たのもしさを感じますが、スイスでも、また一つ、資源枯渇の危機を前にして、それを新たなチャンスにした試みが、実用化に向けて動き出しました。
しかも、グローバルな資源確保という課題にとどまらず、途上国への支援という特典メニューとの二本立てという、非常に野心的なプロジェクトです。1936年に設立され、以来水資源の持続的な利用や浄化方法についての研究を重ねて来た、チューリッヒ工科大学の付属研究機関である、エアヴァク連邦水研究所(Eawag)が、このプロジェクトの立役者です。
途上国では、上下水道の設置や浄化処理装置の設置が、金銭的に不可能な貧しい地域が今も多くあります。そこでは、きれいな水が手に入らないため健康状態が悪化し、排泄物の処理が滞ることで、さらに河川など飲料水の水源の水質がさらに悪化するという悪循環から逃れられません。このような現状を緊急に打開し、衛生状態を改善するためには、
設置に膨大な費用がかかる上下水道の整備を押し進めようとするのではなく、これまでと異なる発想が必要なのでは、というのがこのプロジェクトの出発点でした。
ところで、リンの化合物であるリン酸は、カリウムや窒素とともに、農作物の肥料として不可欠の成分なのですが、このリンの主要供給源であるリン鉱山からのリンの生産量は、2030年ごろにはピークに達し、その後深刻な枯渇をするだろうと予測されています 。
このような予測を背景に、鉱山を所有するアメリカや中国、モロッコは1990年代から禁輸措置をとるなど資源枯渇予防措置を打ち出すようになり、この結果、リンの国際価格が近年大幅に値上がりしてきています。今後も値上がり傾向が続くと予想されます。
とりわけ、このリンの高騰の影響を深刻に受けているのは途上国です。ネパールでは、2007年から2009年までの短期間で、いくつかの肥料の価格が、リンの価格の上昇により、7倍にまであがったとされます。途上国で農業を今後も続けていくためには、国際価格に左右されず、リンを安定的に確保することが不可欠となります。
エアヴァク研究所では、人尿の成分分化研究(通常NoMixTechnologie と呼ばれる)を長年続け、人尿から悪臭がなく、持ち運びも簡単なリンの粉末を抽出することに成功しました。
この成果をもとに、2008から2009年にかけて、実際にネパールのカトマンズ郊外で、約100家族を対象にして、特別に設計された落下式トイレ(便器の中央より少し手前部分に、人尿をほかの排泄物から遮断し、効率よく集めるためのしきりが入っている)を設置しました。
人尿から抽出されたリンを使用することで、農家は高い外国産の肥料を買う負担が軽減されました。エアヴァク研究所は、リンの供給だけでなく、排泄物による地域の水質汚染を食い止め、集落の衛生状態を改善することも、このプロジェクトの重要な目的と位置づけていましたが、これもトイレの設置によって、達成可能となりました。
エアヴァク研究所は、これらの成果が評価され、世界最大規模の慈善基金団体であるビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団から、今後4年間、合計して3百万スイスフラン(1フランは現在約85円)の支援を受けられることになりました。
この資金をもとに、エアヴァクはさらにこの秋から、すでに地元自治体の推進で人尿を分けて回収することができる落下式トイレ9万戸を設置している、南アフリカの一農村部で、さらに効率よいリンの抽出と生産方法の開発を目指します。
エアヴァク研究所は、この他にも、大変ユニークな研究成果で 近年 話題をよびました。それは、SODISと通常呼ばれるもので、ペットボトルを利用した汚染された水を飲料水にするための太陽光線による滅菌方法です。
エアヴァク研究所は、この滅菌の最初の発見者ではありませんでしたが、実用化のための研究を重ね、スイス連邦外務省開発協力局と連携して、途上国での実用化を推進する役割を担いました。
途上国の80%の病気が、汚染された水に原因があ り、下痢、コレラ、チフス、A型肝炎、赤痢などを引き起こし、毎年220万人 が亡くなり、特に5歳以下の子供が犠牲となっています。安全な飲料水の確保は、途上国に住む人々の健康を守るための、最重要課題の一つと言えるでしょう。
滅菌の仕方は非常に簡単。 飲料水の普通のペットボトルの3分の1まで水を入 れ、20秒ふった(空気を入れることで水がおいしくなる )後、満杯になるまで水を入れふたを締め、屋根など直接太陽の当たるところに、なるべく水平にして、6時間放置しておく、というものです。
日がさしていれば、これだけで太陽の紫外線により、バクテリアやウィルス性の病原菌の30から80%を減少させることができます。日に当てることで水温が通常50度から60度ほどに上昇することも、滅菌効果を高めることになります。
曇りの場合でも、2日間放置しておくと同様の効果が得られます。しかし、雨の場合は、雨水を積極的に利用する方が望ましいそうです。この方法の環境面での最大の利点は、水を煮沸するのに比べて、滅菌が非常に簡単なだけでなく、木材などの貴重な燃料を、水の煮沸に使わずにすむことです。
この滅菌方法は、WHOやユニセフ、赤十字も推奨しており、2001年から 、中米、インド、南アジアなど30カ国で導入が開始され、すでに2百万人以上が現在この方法を利用していると言われます。
残念ながら簡単な扱い方であるがために、途上国の現地の人の中には、逆に不信感が払拭されず実施ができなくなったり、6時間太陽光線に当てるなどの手法がきちんと守らず、 普及や効果に支障がでたりという報告も最近出されましたが、真価が伝えられ、正しい扱い方が習慣化すれば、今世紀以降、ソーラーエネルギーと同様に、 太陽光線の新たな福音として、長く、広く人々の間に普及していくことになるかもしれません。
<参考文献>
エアヴァク水研究所のサイト(英語) http://www.eawag.ch/index_EN
エアヴァク水研究所によるリン抽出プロジェクトについての報告(英語)(特別仕様の落下式トイレの写真付き
http://www.eawag.ch/medien/bulletin/20101014/index_EN
Die Zukunft liegt im Urin. NZZ am Sonntag, 7. Nov. 2010,
http://www.nzz.ch/nachrichten/hintergrund/wissenschaft/die_zukunft_liegt_im_urin_1.8293066.html
ペットボトルによる飲料水滅菌プロジェクト Solar Water Disinfection(SODIS)についての詳細(英語)
http://www.sodis.ch/index_EN
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用ここまで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
途上国のみならず、日本もリンのほぼ全量を輸入に頼っており、リン資源枯渇に伴う肥料の値上がりに日本の農家も苦しんでいます。下水汚泥を焼却してリンを回収し、肥料として利用しようといった研究・動きもあります。
それにしても、大きな設備を使わずに、その場でリンを回収したり、水を浄化したりといった“身の丈の技術”をどんどん開発したり実用化したりしている水研究所ってすてきですね。