[No. 1982] で、このように書きました。
> 先般のドイツの「脱原発」決定は、政府が自分たちだけで決めたのではなく、11
> 時間にわたって、テレビ等を使って完全公開の委員会を開催し、国民の声を反映
> して決めたとのこと。
http://www.es-inc.jp/library/mailnews/2011/libnews_id002609.html
このドイツのエネルギー政策の進め方・決め方、「日本の参考にもなると思うので詳しく知りたい!」と、インターンとしてお手伝いしてくれている大学生の牧野君にお願いして、環境エネルギー政策研究所の山下研究員に取材してもらい、レポートをまとめてもらいました。そのレポートをお届けします。
一般市民に対するオープンな議論の場が設けられたのは、
「原子力エネルギーが必要かどうかの決断は、原子力の技術専門家が決めることではなく、社会全体のコミュニティそのものが決めなければならない内容である」
という考え方とのこと!
ほかにも、いろいろな点で参考になると思います。
図表を入れたバージョンはこちらにアップされています。
http://www.es-inc.jp/lib/archives/110726_014130.html
~~~~~~~~~~~~~ここから引用~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ドイツ倫理委員会とドイツの民主的エネルギー政策の在り方
ー日本のエネルギー政策が学べることー
7/22/2011
牧野 廉
0.はじめに
人類史上最悪の原発事故とも言われる3月の福島第一原発事故を受け、日本だけでなく世界中の国々において、これからのエネルギー政策の在り方が問われた。
フランスやアメリカなどの大国が原発推進政策を掲げる中、ドイツ政府は、メルケル首相による主導の下「安全なエネルギー供給のための倫理委員会」(以下、ドイツ倫理委員会)を結成し、この倫理委員会を中心に2ヶ月に及ぶエネルギー政策に関する議論を進め、6月上旬には世界でもいち早く脱原発政策を表明している。
その結論に至るまでの過程では、11時間にも及ぶ国民との徹底的な討論の場が設けられており、そこには、市民・専門家・政治家・企業家等の壁を隔てることなく行われた「市民参加型エネルギー政策」の在り方が映し出されている。
では、一般市民の考えを広く取り入れることによって社会のエネルギーの方向性を決める「民主的エネルギー政策」の在り方とはどういったものなのか。また、ドイツでのエネルギー政策の在り方から学ぶことのできる、これからの日本のエネルギー政策の方向性とはどうあるべきなのだろうか。
調査の上で、ドイツのエネルギー政策に詳しいISEP(環境エネルギー政策研究所)所属の山下様に取材協力をいただき、本レポートでは、1) ドイツ倫理委員会の概要 2) ドイツでのエネルギー政策の在り方 3) ドイツのエネルギー政策から日本が学べること、の3点について取りまとめた。
1.ドイツ倫理委員会
1.1. 概要
1.1.1 ドイツ倫理委員会の発足
福島第一原発事故を受け、ドイツのメルケル首相は事故発生から一週間以内に「安全なエネルギー供給のための倫理委員会」(以下、倫理委員会)を結成した。
以後ドイツでは、3月下旬から5月下旬までの2ヶ月間、この倫理委員会を中心に、エネルギー政策に関する市民とのオープンな議論の場が設けられ、最終的にはこの委員会の報告書の意見形成をもとに、脱原発という閣議政策決定が行われている。
1.1.2 目的
この倫理委員会が発足された目的としては、主に次の2つが挙げられる。
第1に、エネルギーと社会の在り方について、(「倫理委員会」というその名が示すように)社会の根本的な価値観から議論を始めることにある。社会と原子力エネルギーや自然エネルギーとの関わり方について、技術や経済といった部分的側面のみにフォーカスするのではなく、そもそもドイツ国民にとって、どういった社会が望ましいのか、また、どういった価値観に基づいて意思決定を行うべきか、といった社会のあり方を問う根本的なレベルでの議論が行われた。
第2に、倫理委員会は、社会全体に対するオープンな議論の場としてその役割を担った。原子力エネルギーが必要かどうかの決断は、原子力の技術専門家が決めることではなく、社会全体のコミュニティそのものが決めなければならない内容であるとして、倫理委員会では一般市民に対してオープンな議論の場が設けられた。
1.1.3 委員メンバー構成
この委員会の目的は、委員会のメンバー構成においても色濃く反映されており、その構成委員は、社会を代表する立場にある17名のメンバーによって構成されている(図表1)。委員の中には原子力(技術)の専門家は誰も選ばれておらず、内訳としては、政治家が6名、学識経験者が8名、その他の民間代表者が3名という構成になっている。
また、倫理委員会メンバー構成の特徴として、議論を倫理的側面から進めるという方針のもと、ドイツではキリスト教の教義が社会の倫理的価値の礎となっていることから、プロテスタント教会の地区監督やカトリックの地区大司教といった、宗教界からの代表者2名が委員として選ばれている。さらに、オープンに議論を行うという方針を反映するため、原発推進派や脱原発派の立場はそれぞれ全体の約半々を占める構成となっている。
図表1:ドイツ倫理委員会 構成委員
(ISEP山下様よりいただいた資料より参照)
http://www.es-inc.jp/lib/archives/110726_014130.html
1.2 議論のプロセス
先に挙げた2つの目的のもと、17名のメンバーによる倫理委員会が3月下旬に結成され、ドイツでのエネルギー政策について、委員会では5月下旬まで2ヶ月間に及ぶ討議が行われた。この2ヶ月間の討議のプロセスにおいては、まず、委員会の構成委員同士による集中的な議論を行った。
この時の議論の内容としては、先に挙げたようにドイツ社会の根本的な価値観を問うような倫理的側面を踏まえた上で、自然エネルギー政策におけるメリットやデメリット、原発を止めた場合の温室効果ガス増大のリスク、テロに対する脆弱性等について、幅広く議論した。
さらに、この2ヶ月の討議プロセスにおいては、委員同士による委員会内での討議だけでなく、一般市民の声も取り入れる形でのオープンな議論の場も二度開かれている。このオープン議論の場においては、倫理委員会の17名だけでなく、様々な分野から21人の専門家、そして200~300名に及ぶ一般参加者との対話の場が設けられた。
具体的には、倫理委員会のメンバーと専門家との議論の時間の他に、市民参加型の各テーマ別の対話セッション(原子力エネルギー、自然エネルギー、ガバナンス、リスクなどのテーマ別)が設けられ、各テーブルにそれぞれの専門家が数名ずつ入る形で、倫理委員・専門家・市民との間での議論が進められた。
この場においても、先に挙げたように、ドイツ国民が望む社会のあり方とは何か、という根本的な問いが立てられた上で、これからの具体的な自然エネルギー政策について、また、原発を維持する上でのリスクに対する脆弱性について等の幅広い討議が行われた。
そして、この討議の模様は、ドイツの国内テレビ局によって11時間に及んで生中継され(さらにこの機会とは別に5時間の議論の生中継)、数多くの一般ドイツ市民がその議論の内容に関心を高めた。
1.3 結果
ドイツ倫理委員会の間で討議を重ね、さらにオープンな議論の場を設けて一般市民の声を取り入れる事で、倫理委員会では、エネルギー政策に関する社会全体のコンセンサスを取りまとめ、議論の内容と今後の方向性について提言を行う形で報告書にまとめた。
結果として、2ヶ月に及んだ討議を取りまとめる際に、これからのドイツ社会の方向性を決める上で決定的となったのは、将来の世代に対する責任という、倫理的な問いかけである。
原発停止による経済的負担、地球温暖化へのリスク、自然エネルギーの技術的側面などのさまざまな観点から議論が行われ、途中では意見の対立もみられたものの、ドイツ倫理委員会が設立された目的にあるように、全体の議論においては倫理的な議論の側面が重要視された。
原発事故による放射能汚染という甚大なリスクを伴うエネルギー技術を利用してよいのか、そして、処理する事の出来ない負の遺産を未来の世代の子ども達に背負わせてしまって良いのか、といった、社会のコミュニティとしての在り方の価値観が問い直され、ドイツ倫理委員会では、結論として脱原発というコンセンサスを取りまとめて、提言報告を行った。
この提言報告を受けて、ドイツのメルケル首相は「2022年までの原発全撤廃を行う」という政府の閣議決定を発表し、再生可能エネルギー普及の拡大推進という新たな目標とともに、世界でもいち早く脱原発を表明した。
なお、この提言報告がなされたドイツ倫理委員会の提言書においては、今後10年以内における脱原発を目指すことが提言され、そのためには、原発停止のための監視管理や、代替エネルギー利用の普及、持続可能な経済モデルへの移行などの取り組みを、コミュニティ全体が団結して行わなければならないと述べている。(提言書の詳細は、参考資料『ドイツのエネルギー移行:未来のための総合的取組み』を参照)。
2. ドイツの民主的エネルギー政策の在り方
このように、ドイツでは倫理委員会を中心にエネルギー政策を見直す議論が社会全体で進められ、結果的にコンセンサスを得る形で、脱原発という国の方針を打ち出すことに成功した。
もともとドイツ国内においては、1986年のチェルノブイリ事故以降から脱原発への世論形成が為されていた流れがあり、さらに原発稼働の延長に関する是非の議論が2010年に問われていたことから、既にエネルギー政策に関する国全体の意識が高まっていたとはいえ、これほど迅速に社会全体の意見を取りまとめて、国際社会の中でもいち早く国の方向性を決定することができたのは大きな成果である。
その上で、先に紹介した倫理委員会は中心的役割を担い、政策決定のプロセスにおいて、ドイツにおける民主的エネルギー政策の在り方が示されていた。今回のドイツ倫理委員会によるエネルギー政策決定の上で、ポイントとなる点をまとめると、以下の4つが挙げられる。
第1に、今回のドイツのエネルギー政策は、市民参加型のオープンなエネルギー政策である。11時間に及ぶ生中継の公開討論が行われているように、今回のドイツ倫理委員会による議論のプロセスにおいては、一般市民も積極的に参加できる政治の場が設けられており、世論の過半数を占めていた脱原発という意見は実際に国の方針としても反映されている。
また、議論の途中で意見の様々な対立もみられたものの、参加者の全体が、結果よりも議論のプロセスを大事にすることで、オープンで健全な議論の場を保つことができていた。
第2に、エネルギーの政策決定を行う上で、ドイツでは倫理的側面からの議論が重要視されている。「ドイツ倫理委員会」というその名が示している通り、今回のエネルギー政策決定を行う上で、社会の根本的な在り方を倫理的に問う議論がまず行われた。
そして、経済面やリスク安全面、技術面からのエネルギーに関する議論も踏まえつつ、コンセンサス形成において決定的となったのは、将来の世代への責任、という倫理的な問いかけであった。
第3に、エネルギー政策に関して、ドイツ社会の全体において非常に高い意識が形成されている。1986年のチェルノブイリ原発事故からの世論形成や地球温暖化問題へ意識の高さもあって、ドイツ社会においては、エネルギー政策は社会全体が取組まなければならない最重要な課題であると捉えられている。
特に今回の福島第一原発事故を受けたことで、ドイツが脱原発をもって自然エネルギーに移行することで、持続可能な社会への形成に向けて、国際社会をリードしなければならない、と国の威信をかけており、社会全体において真剣な取り組みとしての意識が非常に高い。
第4に、今回のドイツ倫理委員会を中心としたエネルギー政策決定において、メルケル首相の強いリーダーシップが発揮された。もともと、2010年には原発の稼働年数を延長する政策を決定していたメルケル首相だが、福島第一原発事故発生に伴って脱原発への世論が高まったことから、そのエネルギー政策を根本的に見直し、約1週間以内にはドイツ倫理委員会を結成している。
委員会の最初と最後の会議にはメルケル首相も参加して、国のリーダーが率先して民主的なエネルギー政策の場を設けることで、社会全体の方向性の決定が導かれたのである。
3. ドイツから日本が学べること
以上に見たように、ドイツでは、市民参加型のオープンな議論を通じた上で、国の方針として「2022年までに脱原発を行う」という政策が打ち出された。比較して日本では、福島第一原発事故発生から4ヶ月経過した今もなお、国全体としての具体的なエネルギー政策は不明確なままである。
3.11以降、一般市民のエネルギー問題に対する関心は高まっているものの、エネルギー政策の策定決議においては、不透明な情報の開示、官僚主導政治など、今までと同様に様々な問題を内包した政治の在り方のままで議論が進められている。
では、日本におけるこれからのエネルギー政策の在り方とはどうあるべきなのか。
また、先に取り上げたドイツの民主的なエネルギー政策の在り方を踏まえた上で、そこから日本が学ぶことができることとは何なのか。以下に、主な3つのポイントをまとめた。
第1に、エネルギー政策は、社会全体によって決定されるものでなければならない。戦後からこれまでの日本のエネルギー政策では、経済産業省を中心とする国の政府官僚機関が、特定業界との利害を調整しつつ、特定分野のみの専門家の意見を取り入れながら、政策決定を行ってきた。
福島第一原発事故は、官僚主導による政策の在り方の問題によって起きた人災でもあることを踏まえると、エネルギー政策は、社会全体の国民主権によって決定されるものであると改めて認識しなければならない。
ドイツ倫理委員会においては、社会全体によって政策を決定するという認識のもと、社会全体の代表者として委員会に選ばれた専門家のメンバーは、原子力専門家に偏ることなく(むしろ、原子力の専門家は選ばれていない)、そして、原発推進派や脱原発派といった立場がそれぞれ全体の半々を占める構成の上で、社会全体に関連する専門家が選ばれており、その在り方から日本は多く学ぶべきことがあるといえるだろう。
第2に、エネルギーの政策を決める上では、一般市民に開かれたオープンな議論の場が必要である。上に挙げたように、これまでの日本のエネルギー政策の策定過程においては、特定の専門家以外の一般市民の意見は反映されることなく、また具体的な情報も社会全体に対して不透明なまま、閉塞的な議論の場において政策決定が行われてきた。
先に述べた通り、エネルギー政策は社会全体の国民主権によって決定されなければならず、そのためには、一般市民に対しても開かれたオープンな議論の場を設けることは不可欠である。一方でドイツでは、11時間にも及ぶ市民参加型の議論の場が設けられ、政策決定において一般市民の声も広く反映された。今後の日本のエネルギー政策においては、一般市民も積極的に議論に参加できる政治の場が設けられなければならない。
第3に、これからの日本のエネルギー政策決定において、社会の根本的な倫理的価値観を問う議論が必要となる。エネルギー政策のみならず、一般的に日本の政治における政策策定のプロセスでは、ある問題について、様々な側面からテクニカルに議論を続け、方向性が曖昧なままで議論の妥協点となる終着点に結論を見出す傾向が強い。
これまでのエネルギー政策の議論においても、代替エネルギーに関する経済的コストの計算や、技術的進歩の見通し等のテクニカルな議論が続けられていることが多い。
しかし、社会の基盤を担うエネルギー問題について議論する上では、そもそも社会にとって望ましい在り方とはなんなのか、また、望ましいエネルギーとの関わり方とは何なのか、といった社会の根本的な価値観についての問いかけは非常に重要であり、それによって、政策策定の議論にも根本的な方向性が見出されることとなる。
倫理委員会を中心としたドイツのエネルギー政策決定プロセスにおいては、まさに、子どもたちへの責任、という倫理的な観点から政策の根本的な方向性が導かれた。
現在日本では、原発停止による経済的負担、代替エネルギーの技術進歩、リスクの管理方法等、様々な詳細にわたる議論がなされているが、そもそも日本の社会にとって望ましいエネルギーの在り方とは何なのか、という根本的な問いを立てることで議論を始める必要があるだろう。
以上に挙げたように、これまでの日本のエネルギー政治の在り方を変える上で、ドイツのエネルギー政策の在り方から学ぶべきポイントとして、主に次の3つの点が重要となる。
第1に、エネルギー政策は社会全体の国民主権によって決定するということを改めて認識し、第2に、一般市民にオープンな議論の場を設け、第3に、社会の倫理的価値観を問う議論が必要である。3.11の大震災と原発事故による深刻な問題を抱える今の日本だからこそ、社会全体で創るエネルギーの未来に進むべく、日本のエネルギー政策の在り方は、新たに変わらなければならない。
参考資料
環境エネルギー政策研究所(2011)「エネルギー・環境会議への12の提言」
(http://www.isep.or.jp/images/press/110611ISEPpress.pdf)
(2011年7月現在)
フリードリヒ・エーベルト財団東京事務所(2011)「ドイツのエネルギー移行:未来のための総合的取組み(環境エネルギー研究所訳)」
(http://www.fes-japan.org/wp-content/uploads/2011/06/e22a721dad09ed883f89e5ef85250e10.pdf)
(2011年7月現在)
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ドイツの進め方から学べることもいろいろ参考にしながら、エネルギーに関する国民に開かれたオープンな議論の場をつくっていきたいと思っています。
7月31日の第1回みんなのエネルギー・環境会議、参加者の募集中です。
http://www.meec.jp/
(本レポートを書いてくれた牧野君もインターンとしてお手伝いしてくれます。感想、コメントなどありましたらぜひ伝えてくださいね!)